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<88>リュートルートのイベントを悪役令嬢がこなすようです

 新年の祝賀行事は毎年、王都にある中央広場で騎士団の演武や地方の領の騎士団の演武が披露される、国民が見学できる行事だった。午前の部と午後の部と分かれていて、午前の部に王都の騎士団の演武が組み込まれている。今年はそこに、チームフラッグスが特別出演という形で、開会の挨拶のすぐ後に演武を行うことになっていた。建国記念日の演武が評判となったので、学生という身分でありながら一番の栄光を得たのだ。

 この行事は王族の出席はなく、その代わり、各騎士団の団長や宰相といった国民の生活に馴染みのある者達が顔を揃えていた。

 関係者席と貴族席は細やかに用意されていて、会場にいる民衆のほとんどが王都に住む平民や地方から来た観光客ばかりだった。

 領地に出かける前の母と美容担当の侍女達に朝から磨かれて美しく着飾った正装姿のシャーロットを迎えに来たリュートは、シャーロットを見つめると動かなくなった。

 美しく化粧を施されたシャーロットは巻き上げた髪に大粒の真珠の髪飾りと白い羽飾りをつけて、白色と水色の沢山のレースを使った、袖のあるエンパイアラインの藍色のドレスを着ていた。肩には白いローブを掛けている。

「リュート?」

 エスコートしてほしくて手を差し伸べながらリュートに話しかけると、シャーロットの手を掴んでリュートは屈むと白い手袋の上から手の甲にキスをした。今日のリュートは黒いトレンチコートにタキシード姿で正装していた。前髪を綺麗に後ろに撫でつけていて、顔がはっきりと見えた。茶色の瞳は優しい眼差しでシャーロットを見つめていて、口元には笑が浮かんでいる。知的で抱擁力のある年上の青年のように思えた。

「シャーロット、君は青い色がやはり似合うね。」

「瞳の色が青いから、かしら?」

 シャーロットが微笑むと、リュートはシャーロットを自分が乗って来た馬車に乗せた。シャーロットは見送りに来ていた母とエリックに馬車の中から手を振って、「行ってきます」と微笑んだ。

 向かいではなく、リュートはシャーロットの隣に座った。

 シャーロットの手を握ったまま、足を組んで座るリュートは、何も話などせず王都の広場につくまで黙っていた。

 話すことが思い浮かばなかったシャーロットは、ぼんやりと窓の外の眺めを見ながら、無理に話さなくてすんで良かったと思っていた。


 王都の広場に馬車が到着すると、先に降りたリュートがシャーロットが馬車から降りるのを抱き抱えるようにして手伝ってくれた。馬車ぐらい自分で降りれるけどなーと思いながら、シャーロットは身を任せた。

「シャル、こっちだよ、」

 リュートはシャーロットをエスコートしながら歩いた。馬車が二人を降ろしてくれたのは広場の端っこだったので、広場の中央にある関係者席までは結構な距離があった。広場は待ちきれない民衆で混雑していて、二人は護衛の騎士たちが守る関係者用の通路を通った。

「その名前で呼ばないで。」

「どうして? 親密になるには呼び方を変えるのが一番だろう?」

 リュートは不思議そうに言った。

「私は嫌なの、その名前。」

 うちの犬とあなたの家の猫と同じじゃないの。シャーロットはリュートを睨んだ。

「ではなんと呼べばいい?」

「シャーロットでいいわ。みんなそう呼んでくれるもの。あなただってリュートでしょう?」

「シャーリー? セシル?」

「どれも嫌。」

 シャーロットは口を尖らせた。

「シャーロットはシャーロットで可愛いけど、私は君の特別になりたい。」

「嫌われるのもある意味特別よね? あんまり呼び方に拘るなら、嫌いになるわよ?」

 リュートはシャーロットを見て目を細めた。

「シャーロットは好き嫌いが無いように見えて、結構好き嫌いがあるんだね。ちなみに、この前、私のうちに来て、食べた料理の中に嫌いなものはなかっただろう?」

「そうね。嫌いではないけど、量が多いと思ったわ。」

「確かに君はあまり食べないね。まあ、旅行中も、私が食事の量は助けるから、傍にいて安心して食べてほしい。」

「ありがとう。どういう国なのかよく判らないから、今のところは気持ちだけ、頂いておくわ。」

「ペンタトニークの国は南方の国だろう? 肉よりも魚料理だとは聞いているけれど、味付けはどうなんだろう。」

「うちの公爵領の味付けよりも、あっさりしているんじゃないかしら。たぶん、リュートのおうちの味付けよりも、うーんと薄いと思うわ。」

 リュートの家の味付けは塩気が多いとシャーロットは思った。

「そうか。自分用に塩胡椒でも用意させようかな。」

「ふふ、そうね。それが一番無難ね。」

 シャーロットが微笑むと、リュートも嬉しそうに笑った。

「やっとシャーロットが笑った。」

「リュートって、面白いのね。」

 シャーロットとリュートがステージ後方の関係者区域に到着すると、既に騎士団の団長や宰相といった大人達が揃っていた。地方から来た騎士団の筋骨隆々な各団長達は、馴染みのないシャーロットを珍しそうに見ていた。

「シャーロット様、今日はわざわざお越しくださってありがとうございます。」

 青いマントを翻して騎士団の団長が立ち上がって礼をすると、傍に揃っていた各地方の騎士団の団長も立ち上がって倣う。シャーロットは丁寧に淑女の礼をして挨拶をした。

「こちらこそ、お招きくださってありがとうございます。ハープシャー公爵家の娘、シャーロットと申します。今日はよろしくお願いしたします。」

 宰相がシャーロットを関係者の一堂に紹介した。

「シャーロット様はチーム・フラッグスのリーダーというお立場でいらっしゃるが、表立って演武はなされない。関係者席でご覧になるだけだから、皆もそのつもりで。」

 広場のステージ中央には挨拶用の壇が設けられていて、その傍が関係者席だった。貴族席はステージの傍の下段にあった。ステージを挟んで反対隣では、楽団が演奏の準備をしていた。

 シャーロットは演武には実際なーんも関係ないんだけどなーと思いながら、リュートに手を引かれて宰相の隣の席に座った。最前列で隣は宰相という、恐ろしくよく目立つ席だった。シャーロットの隣に騎士団の団長が座り、リュートはシャーロットと騎士団の団長の間になるように後ろの席に座った。ステージの上からは広場全体が見渡せて、民衆の注目を浴びているのが嫌というほどよく判った。

「あの、私、ここじゃなくてもいいのではありませんか?」

 さすがになーんにもしていない私がここに座るのはおかしくない? シャーロットが戸惑いがちに宰相に尋ねると、宰相は微笑んだ。

「シャーロット様の身分は、この場にいる者の中で一番高いのです。しかもあなたはミカエル王太子殿下の婚約者です。知っている者は知っています。あなたよりも上位に私が座っていること自体、本当は恐れ多いことなのです。」

「…身分と役職を考えれば、宰相様が上位で間違っていないと思います。」

 シャーロットがはっきりとした声で言うと、リュートによく似た宰相は優しく微笑んだ。

「あなたのそういうところを他の者は理解していて、その席にと望んだのです。演武する学生達も、あなたがよく見えた方が安心するでしょう。」

 そういうもんなのかなとシャーロットが首を傾げていると、騎士団の団長もシャーロットを励ますように言った。

「おっさんばっかりよりも、あなたのような美しく若い女性が国民の前に立つ方が、国民も喜ぶのです。」

 団長にまで気を使ってもらっている…。申し訳なくなってきたシャーロットは、猫をしっかり被って覚悟を決めて微笑んだ。今日は公爵家の令嬢として微笑んで過ごすしかないんだわ。いつかミカエルと結婚したら、こういう場に公務で来る時もあるかもしれない。そう思うと、姿勢が伸びていくのが自分でもわかった。

 すぐ傍にある貴族席から、振り返ってシャーロットに手を振る子供達が見えた。昨日会った公爵家の子供達だった。嬉しそうに手を振る子供達に微笑みながら手を振っていると、どう思われたのか、一般の観客席の方からも沢山の人が手を振ってくれた。あちこちの席から見知らぬ子供が嬉しそうに手を振るので、きりのない手紙のやり取りをしているみたいだわとシャーロットは思いながら、笑顔で手を振り続けたのだった。

 

 ファンファーレが鳴り響き、花火が打ちあがると、新年の祝賀行事が始まった。シャーロット達関係者席に座っていた者達も立ち上がって拍手で迎える。

 楽団の演奏に合わせて、正装した騎士団に続いて各地方の領から集まってきた騎士団の入場行進が始まる。行進する者達の中に、チーム・フラッグスの学生達の顔が見えた。ステージ上にシャーロットを見つけると、嬉しそうに手を振ってくれた。

 会場を包むように集まった民衆の歓声が辺りに響き、すべての騎士が広場に整列すると、壇上に宰相が上がった。

「今年も良い一年になるように、国民ともに祝おう。我々の王が、我々とともにある日々を祝おう。」

 拍手が鳴り響き、楽団の音楽が軽快な音楽に切り替わる。宰相が着席すると一斉に誰もが着席た。

 各騎士団が整列して、中央を開けるように左右に場所を移動し始める。足踏みをするような演奏になり、何かが始まるのだと会場の期待が高まっていく。

 広場の開けた場所の中央に、騎士団の正装をしたトミーが大きな青い旗を持って走り出てきた。トランペットが鳴り始め、チームフラッグスの演武が始まった。

 以前建国記念日に見た時よりも人数が増えていて、複雑な旗の動きも増え、完成度も上がっているように感じた。シャーロットはさすがだわ…と思いながら、手拍子を打つように拍手をしていた。

 やがて手拍子は会場のあちこちから聞こえ始め、次第に広がり、誰もが手拍子を打ってチーム・フラッグスの演武を盛り上げた。

 大歓声とともに演武は終了し、シャーロットも手を高く上げて拍手した。

 学生達はその様子を見て、嬉しそうに手を振って退場していった。次に騎士団の演武が始まる。

「シャーロット様がここにおられる理由がよく判りました。」

 騎士団の団長が小声でシャーロットに話しかけた。

「あなたは足りないものを見つけるのが得意な方なのですな。」

 ん? ナニソレ。

「あの、よく判らないのですが…?」

 シャーロットの問いかけに、団長はにやりと笑う。シャーロットの影響で学生達がどう変わったのかは報告として知っていた。毎年あるこの行事で足りなかったのは若い貴族の、しかも美しい上流貴族の女性であると、今日つくづく思った。シャーロットがステージ上にいるだけで民衆の注目はきちんと集まり、騒ぎ出す子供の声も泣く声もなく、会場にいた子供達はシャーロットに嬉しそうに手を振って笑っていた。シャーロットの華やかなドレスのおかげで、騎士だらけの会場に華が添えられている。演武をする騎士団の者達も活気付き、民衆の声援も大きく広がる。団長は考えていた。ここに足りなかったのは彼女なのだ。

「あなたは判らなくても、他の者は理解します。それでいいのです。」

 なんだかよく判らないけれど、ここにいて良いのならそれでいいわ、とシャーロットはそう思い微笑んだ。名誉会員から名ばかりリーダーとなり、肩書だけ立派になっている気がしていた。

 シャーロットの美しい微笑に演武をしていた騎士団の団員達は気がつき、いっそう気合を入れて演舞を繰り広げた。騎士団の演武に気合が入ると演技にキレが出て、民衆もさらに興奮する。

「ほら、そういうところです。」

 騎士団の団長はシャーロット様には来年も来ていただこうと心に決めて、納得して頷いた。シャーロットにはさーっぱり意味が分からなかったけれど、猫を被って微笑み続けた。


 午前の部の終了して、シャーロットはリュートに連れられて退場することになった。もともとそういう予定だったのでシャーロットは帰る気満々だった。帰り道にチーム・フラッグスの慰労に向かうと、それぞれ婚約者達を連れて集まっていた学生達は、シャーロットとリュートを見つけると満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。

「姫様!」

「姫様! 来てくださってありがとうございます。」

 学生達にもみくちゃに握手されて、シャ-ロットは微笑みながら、「みんな凄いわ、素敵だったわ」と繰り返しながら握手を返す。騎士団の者達も集まってきて、シャーロットは大勢の人間にあっという間に囲まれてしまった。

 婚約者達も美しく着飾っていた。ドレス姿ではなく、正装に近いワンピーススーツ姿の者が多かった。防寒用にコートを羽織っている者もいた。

「姫様…!」

 品の良い黒いコートを着たマリエッタが、両手で口を覆って涙を堪えるようにしながら、トミーと人を掻き分けてやって来た。

「素敵すぎです…! こんなに間近で、姫様の正装されたお姿を拝見できるなんて…!」

 マリエッタの言葉に、シャーロットの周りを取り囲んでいた者達が一歩ずつ後ろに引いた。白いローブを羽織ったドレス姿のシャーロットの姿が、周りの者達に改めてはっきりと見えた。

「ローブにドレスなんて…! 本当にお姫様なのですね…! 姫様…!」

 シャーロットには当たり前の貴族の正装姿でも、商人の娘のマリエッタには初めてみる姿だったようだ。他にもいた商業のコースの女子学生達も目を輝かせてシャーロットを見つめていた。

「そうなのか? マリエッタ。」

 トミーがびっくりしたように尋ねる。「この前の建国記念行事の時も、姫様はこういう格好をされていたよ?」

「私、絵本の中でしかお姫様を見たことがありませんでしたもの。こんなに身近にお姫様が…、こんなに身近におられるお姫様が、私を仲間だと仰ってくださったのですね…。」

 マリエッタが涙ぐんでしまって、シャーロットは戸惑ってしまう。優しくマリエッタの手を取ると、シャーロットはマリエッタの瞳を見つめて微笑んだ。

「マリエッタ、私はあなたと同じ、王家に仕えると身を捧げた者です。仲間で間違っていませんよ?」

 その場にいた騎士団の騎士達からも、「王家に仕えると身を捧げた仲間…」と呟く声が聞こえてきた。

 マリエッタがのぼせたような顔で言った。

「あの、姫様、もしよろしければ、ローブを取ってドレス姿を見せて頂けませんか? 私、姫様のお姿を目に焼き付けて帰りたいのです。」

 寒いんだけどなー、とシャーロットは内心思った。傍にいたリュートを見上げて見つめると、暗黙の了解なのか、ローブを取ってくれた。

 シャーロットの、白色と水色の沢山のレースを使った袖のあるエンパイアラインの藍色のドレスは、騎士団の深い紺色の制服の集団の中で浮くこともなく馴染んでいた。同じ青色でも、やわらかい女性らしさがあった。

 肌寒さに頬を赤らめたシャーロットが微笑むと、「美しすぎる…」と呟いてマリエッタは嬉しそうに手を叩いた。いつの間にか拍手は広がって、シャーロットの周りにいた者達は拍手をしていた。

 いったい何の拍手なのかしらとシャーロットは冷静に思った。いくら長袖のドレスでも、今の季節は真冬だった。外でローブを脱いでほしいと頼まれたのは生まれて初めてだわ…、寒いからローブが着たいわ…と微笑みながら思っていると、リュートが優しくローブをかけてくれた。

「私、今日の日を忘れませんわ。姫様。」

 上気した顔のマリエッタが嬉しそうに言うと、顔を赤らめた学生達も嬉しそうに頷いた。婚約者達も、周りを取り囲んでいた騎士団の団員達も頷く。

 シャーロットも真似をして微笑みながら頷いて、自分にとって当たり前のことも当たり前じゃないと思っている人がいるのだと、改めて思った。


 帰りの馬車の中で、隣に座ったリュートがシャーロットの手を手袋の上から撫でながら言った。

「明日から、旅行ですね。」

 シャーロットはぼんやりと窓の外の流れていく景色を見ていた。去年の今頃はエリックの基本学校の課題を手伝っていたっけ。

「そうね。」

 学校に通い始めたし、こんな風にリュートと話をするようになるなんて思ってもいなかったわ。シャーロットはリュートを見上げた。

「私はこの後出発します。シャーロットは? 」

 リュートは嬉しそうに目を細めた。

「私も、明日の早朝に出かけるつもりよ。時間には間に合うと思うわ。」

「現地集合の旅行は初めてだ。」

「おじいさまらしいと思うわ。」

 シャーロットが微笑むと、リュートも笑った。

「明日、港で会おう、シャーロット。」

 二人を乗せた馬車が公爵家の屋敷の前まで到着すると、エリックが家の中から出てきて出迎えてくれた。

「お帰り、お姉さま、でもってリュート、また明日な、今日はご苦労、」

 シャーロットがくすくす笑って、「ごめんね、」とリュートに謝ると、リュートは困った顔をしながら馬車で去った。

「エリック、ナニ、あのいい方!」

 屋敷に入りながらシャーロットが言うと、エリックはにやりと笑った。

「エリックはじれったいからな、これぐらいでいいんだぜ?」

 そういうもんなのかなとシャーロットは思いながら、侍女にローブを取ってもらった。

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