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<80>誰しも自分の可能性を見つけてみたいようです

「隣においで、シャーロット。」

 ブルーノが手招きした。藤製の椅子はブルーノの隣にも斜め向かいにもあってまだ5席あった。

「椅子は沢山あるのに、隣なのね?」

「椅子は沢山あっても、ここで食べるのは君と僕だけだよ?」

 白いバスローブ姿のブルーノは、優しい笑みを浮かべている。

「では、ごゆっくりとお食事をお楽しみ下さいませ、お嬢様。」

 マリーが部屋を出て行ってしまうと、部屋にはブルーノと二人きりになった。テーブルの上の料理はどう見ても三人前はありそうだった。

「シャーロット、」

 ブルーノが自分の膝の上を叩いた。はだけた胸板が見えて、シャーロットは慌てて視線を逸らした。

「座って? 一緒に食べよう?」

「そこは嫌。」

 シャーロットはブルーノの斜め向かいの藤椅子に座った。

「もう食べてみた?」

「ああ、先にいただいてる。」

 ブルーノは小皿を指差した。

「何が美味しかったの?」

 シャーロットは手をおしぼりで拭いながら聞いた。

 ブルーノは目の前にある小魚のフリッターを指で摘まんだ。フォークもナイフもスプーンもあるのに、ブルーノは使っていないようだった。

「どれもうまいよ? どれも、公爵領の港で食べた料理みたいな味がする。」

 トングを使って魚やサラダを小皿に取り分け、シャーロットは自分が必要な分だけ自分の目の前に小分けにしていく。あとはブルーノが好きなだけ食べればいいかなという配慮だった。

 食べ始めたシャーロットを、ブルーノは見つめながら料理を手で摘まんでは口に放り込んでいた。目元が少し、赤かった。

「もしかして、また、ブルーノ、飲んでたりする?」

食前酒(アペリチフ)を少し貰った。」

 目の前には小さなアペリチフの空のグラスがあった。同じグラスがシャーロットの目の前にもあった。黙って遠ざけて、シャーロットは見なかったことにした。

「お酒を飲むと、ブルーノは手で食べたくなるのね?」

「日頃できない事がやってみたくなるんだ。」

 ブルーノはにやりと笑った。「シャーロットにも食べさせたくなる。」

「今日はしなくていいわ。」

 シャーロットは流して食事を続けた。味付けは薬膳料理のようで、スパイスが効いていて複雑な味わいがした。サラダに煮物や炒め物と、野菜が姿を変えて盛りつけられていた。

「ここは初めて来るけど、素敵なところね。」

「そうだね、母さんが気に入ってる理由がよくわかった。」

「今日はここへ連れて来てくれてありがとう。」

「どういたしまして。シャーロットへのご褒美になったんならいいけど。」

 シャーロットは微笑んだ。母の意外な一面も知れたし、ゆっくりできたし、シャーロットにはいいご褒美だった。

「十分。ありがとう。」


 食事が終わった頃合いをどう知るのか、先に食べ終わったシャーロットが寛いで座り、テーブルに並んだ食事をあらかたブルーノが食べ終えた頃、マリーが部屋に戻ってきた。

「いかがでしたか? お口に会いましたか?」

「ええ、美味しかったです。ごちそうさまでした。」

 シャーロットが微笑むと、ブルーノも頷いた。

「では、こちらへどうぞ。」

 次に通された部屋には、中央に白い大きなゆったりとしたソファアが二つ並べられているだけだった。窓には上から麻布が半分程吊るされていた。天井には照明はなく、ファンだけがゆっくりと回っている。微かに異国のゆったりとした音楽も聞こえてくる。

 ソファアの前には、白い大きく柔らかそうなフッドレストが置かれていた。

「しばらくご休憩下さいませ。お声を掛けて頂ければ、足のマッサージに参ります。」

 シャーロットを抱き寄せてソファアに座らせたブルーノは、無言でシャーロットの足をフッドレストにおいて、同じソファアに自分も足を乗せて座った。

「二人で座ると狭いよ、ブルーノ。」

「じゃあ、シャーロットが僕の上に乗ればいいだろ?」

「それは重いよ。」

 苦笑いするシャーロットの体の下に腕を入れて、ブルーノはシャーロットを自分の胸に抱き寄せた。

「テスト、頑張ったんだ。シャーロットには勝てなかったけど。」

「頑張ってるよね、ブルーノって。」

 ブルーノの国の言葉とこの国の言葉は随分違う。シャーロットはブルーノはすごいと純粋に感心していた。

「頑張った僕にもご褒美が欲しい、シャーロット。」

「尊敬の気持ちではダメかしら。」

「足りない。」

 抱き締める手の力が強くなる。ブルーノもバスローブの下は裸だった。割れた腹筋が見えた。目の前のはだけたブルーノの素肌に、シャーロットはドキドキしていた。

 ブルーノの手が、シャーロットのバスローブの中に滑り込んでくる。太ももを撫でられる。素肌に滑る指は、夏の水着で海で遊んだ時とは違う艶めかしさがあった。

「ちょっと、そういうのは困る。ブルーノ、触っちゃダメ、」

 シャーロットが慌てて身を離そうとすると、ブルーノは逃がそまいと力を込めてシャーロットを抱きしめた。

「キスしてくれたら、放す。」

「キス?」

「シャーロットからしてくれたことないだろう?」

「ないわね。する必要がないもの。」

 婚約もしてないし、恋人でもない。シャーロットとブルーノはそういう関係ではない。

 指でブルーノの鼻を摘まんで、シャーロットはブルーノの碧い瞳を見つめた。

「ほっぺにチューとかでもいいの?」

 お礼はなんでもそんな感じでいいと思うけど、大人になるとそうはいかないんだろうなとシャーロットは最近よく思う。ミカエルもサニーもリュートも、ブルーノも、みんな欲張りだ。

「それでもいい。」

「文句はなしよ?」

 シャーロットがブルーノの肩に手を乗せて頬に顔を近付けてキスをすると、ブルーノにそのまま押し潰すように抱きしめられてキスされてしまう。口の中に舌が割り込んでくる。

 手でブルーノの肩をとんとんと叩いてシャーロットが身を捩ると、ブルーノはキスを止めて、シャーロットを抱きしめていた手を緩めた。

 シャーロットは急いで立ち上がってブルーノから離れた。解けていたバスローブの紐を結んで、髪を整える。ブルーノはじっと様子を見ていた。

「今日はもう帰る。」

 赤く火照った頬に手を当てて、シャーロットは下を向いた。

「今日はもう、帰りたい。」

 いくらブルーノが好きでも結婚はできないし、この場所を汚すようなことはしたくはなかった。母とここの従業員達が作ってきている場所を、自分が台無しにしたくはなかった。

「そうだね、また、続きはいつか。」

 ブルーノはソファアに座り直して、立っているシャーロットを見上げた。

「帰りは馬車を頼もうか。ゆっくり街並みを見ながら帰ろう。」

 どうしてそんなに余裕なの? シャーロットはブルーノを見て首を傾げた。いつも優しいのは、余裕だから? こういうことに慣れているから? 聞けたらいいけど、怖くて聞けないなとシャーロットは思った。


 マリーを呼んで帰ることを伝えると、廊下へ通され、ブルーノとは別の部屋へと分かれた。シャーロットが通されたのは藤製の大きな揺り椅子が一つだけある部屋で、立って待っていると、着替えを入れた籠を持ってメイド達が現れた。

「ではお嬢様、お着替えをさせていただきますね。」

 蒸しタオルで全身を拭われ、服を着替えさせてもらいながら髪を丁寧に梳かしてもらい、お化粧も施してもらう。

 まるで家にいるみたいだわとシャーロットは思った。やってくれるのが美容担当の見慣れた侍女達か、この、知らないメイド達なだけの違いだろう。

「今日はありがとう。とてもいい気分で、癒されたわ。」

 マリーに手にクリームを塗ってもらいながら、シャーロットは礼を述べた。

「母にも、よくしてもらったと伝えておきます。」

 微笑んだシャーロットに、マリーは嬉しそうに微笑んだ。

「これからも来て下さいませ、お嬢様。みんな、楽しみにお待ちしております。」

 他のメイド達も嬉しそうに微笑んでいた。ますます、ここでの振る舞いは慎重にしなくてはいけないなとシャーロットは思った。ブルーノと来るなら、お酒は飲ませてはいけないなとも思う。

 帰り支度を済ませたシャーロットがマリーやほかのメイド達に手を振って別れ、一人で一番最初に入った玄関のような部屋に行くと、ブルーノがすでに待っていた。コートを片手に、シャーロットに手を差し出す。美しい人は余裕の笑みを浮かべていた。

「馬車も頼んだよ? 帰ろう? シャーロット。」

 差し出された手を払う事も出来ず、シャーロットはブルーノの手に自分の手を重ねた。

「ええ、楽しかったわ。ありがとう、ブルーノ。」

 仲良く手を繋いで去っていくシャーロットとブルーノを見送って、マリーや他のメイド達は名残惜しみながら施設の中へ帰った。

「思っていた以上に、美しいお嬢様でしたね。」

「ええ、奥様が大事にされているのが、よくわかりました。」

 彼女達の従業員用の休憩室には、シャーロットがミカエルと婚約した記念に父と母と描いてもらった絵姿が飾られていた。公爵家がこのスパを始めたきっかけはシャーロットの婚約だった。婚約して近い将来娘を手放すと決まった時、どうしようもない喪失感が夫人には起こった。だから、早くに親を亡くした娘達が自分の力で生きていける手助けをしたいと事業を始めた。ここは王都に次いで二つめで、毎年一つは施設を開業するので今では6か所、同じようなスパがあった。

「今日のことは報告するようにとのお話を頂いていましたね、皆さん、きちんと観察できましたか?」

 従業員のリーダーであるマリーは、仲間の顔を見回した。

「ええ、大丈夫です。それぞれチームごとに報告書を作成して提出できます。」

 マリーはシャーロットの手のぬくもりを思い出していた。私の妹を、覚えてくれていたシャーロット。賢く育った妹は、この職場に来た時に幼い頃のシャーロットの絵姿を見せて、私達の恩人だと言って説明したことを覚えていたのだろう。それもこれも安定した生活があるから、無事に二人共成人できた。私は正しいことをして生きてこれている。誤魔化さずに、見たことを見たまま報告しよう…。

「奥様たってのご要望です。くれぐれも漏れの無いようにご報告をお願いします。」

「はい、大丈夫です。今日中に仕上げます。」

 マリーも自分の見聞きしたことをまとめようと思った。


 二人は執事に誘導されて、入り口の前までやって来た馬車に乗り込んだ。隣にはブルーノが座ってシャーロットの腰を抱いている。

「ねえ、ブルーノ。」

「ん?」

「ブルーノは自分の国に帰るの?」

「そうだね、水曜には帰るよ。シャーロットも、水曜には帰るんだろう?」

「ええ、明日はまだ用事があるから。」

 明日はローズとななしやが待っている。

「一緒に国に連れて帰れなくて残念だけど、仕方ないね。」

「ごめんね、招待状を貰ってたみたいね。」

 母がいろいろ振り回してくれているおかげで、シャーロットの予定もごちゃごちゃしている。水曜に家に帰ったらそういう話を母としなくてはいけない。

「今日は楽しかった。ブルーノ、ありがとう。ご褒美みたいな一日だった。」

「シャーロットからキスして貰ったから、僕も、ご褒美みたいな一日だった。」

 あちこち触ったよね? シャーロットはブルーノを見上げて睨んだ。

「私に勝つまで触っちゃダメッて言った気がするけど?」

「同点で2位なんだから、勝ったようなもんだろ?」

「引き分けだと思うわ。だから、また、勝つまで触らないでね。」

「勝ったら結婚してくれる?」

「出来ないことはしないから、出来ないわ。」

 シャーロットが微笑むと、ブルーノは言った。

「あとは王子様が恋人を作らないと無理か。」

 それは絶対に阻止するから。シャーロットは微笑んだまま、心の中で宣言した。


 学校の門まで馬車に送ってもらい、シャーロットとブルーノが下りると、付き添いの執事と馭者はお辞儀して馬車を走らせ去っていった。

 伸びをしてブルーノは、シャーロットを見た。

「ゆっくりできた?」

「ええ、とても。」

 薬草風呂に浸かり、マッサージされて解されて体がポカポカしていた。

 ブルーノの腕に、手を絡ませて、シャーロットはブルーノを見上げた。

「ブルーノは、酔いが覚めた?」

「とっくに。」

 くすくすとシャーロットが笑うと、ブルーノはシャーロットの頬を指でつついた。

「シャーロットもお酒に弱いだろ? あれはあれで可愛かったけど、もう、人前で飲んだらダメだから。」

「飲まないわ。今日だって飲まなかったじゃない。」

「飲ませてみればよかったかもな。今日は泊まっていけただろうに。」

「飲まなくて正解だったわ。」

 寮が見えてきた。シャーロットはブルーノから手を離して、両手を胸の前で組んだ。

「ブルーノ、あのね、」

「いい、聞きたくない。」

 ブルーノはそっぽを向いた。急に早歩きになる。

「シャーロットを諦めたりはしない。来年までも待たない。公爵領に先に行って待ってるから。」

 ブルーノは背を向けたまま振り返らない。後姿を見送って、シャーロットは、何も伝えられなかった。

「また来年の新学期まで、きっと会えないわ、って言おうと思ったんだけどな…。」

 公爵領にはきっと帰らないと思う。シャーロットは呟いた。


 部屋に戻って明るいピンクのセーターと膝丈の深い灰色の毛織のキュロットパンツに着替えると、シャーロットは部屋を出た。

 もうじきミカエルの補講は終わる頃だろう。急いで教職員室の前に貼ってあった紙を確認しに行く。受付は水曜日までだった。その場で必要事項を記入して、提出してしまう。受付の事務員は笑顔で受付済みのハンコを押してくれた。シャーロットは控えを手に階段を駆け上がった。

 王族用のミカエルの部屋へ行くと、ドアの前でミカエルが鍵を開けている最中だった。ミカエルは明るい灰色のピーコートを着ていた。

「シャーロット、珍しいね、スカートじゃないなんて。」

「ええ、今日はそういう気分だったの。」

 半ズボンで働く女性をたくさん見た一日だった。なんとなく、自分も履いてみたくなっていた。

 シャーロットが部屋の中に入ると、ミカエルはコートを脱いで片付け始めた。

「着替えるからそこで待ってて?」

 シャーロットがソファアに座ってミカエルと観察していても気にならないのか、ミカエルは堂々と着替え始める。

 男の子の下着姿や着替えをこうやって見ていても、ミカエルはミカエルなんだよねーとシャーロットは思った。

 ミカエルは藍色のセーターにチャコールグレイ色のズボンを履いて、シャーロットの隣に座った。

「今日はどこへ行ってきたの?」

「うちのスパ。」

「へえ。王都まで行ったの?」

「ううん、この街にあったの。」

「知らなかった。そうなんだ。」

「ミカエルはうちの公爵家がスパの経営なんて王都でやってるの、知ってたんだね。」

「ああ、うちの親は二人とも会員になってるよ? お母さまは一人で行くみたいだけど、お父さまはユリス様と行ってるみたい。」

 うわー、なんか生々しいよその家庭の事情を聞いちゃったわねー。シャーロットは聞かなきゃよかったと後悔した。

「あ、気にしないで? うちはもともとそういう感じだし。僕は違うから。」

 ミカエルはさらりと言った。「ガブリエルは知らない場所だから、その辺は黙っておいてほしいけどね。」

 ガブリエルは乙女だもんねー、シャーロットは頷きながら思った。

「鉄板焼き屋さんで働いていた女性店員のおねえさんが勤めていたわ。」

「世間て広いようで狭いね。」

「そうね。ミカエルはどうだったの? 今日はお勉強捗った?」

「そうだね、来年からミチルの時間を増やしたいし。」

「でもさ、昨日言ってたクラウディア姫が3学期から転入してきたら、バレちゃうんじゃないの? 大丈夫なの?」

 シャーロットはそこが気になっていた。

「クラウディア姫は背が高いから、ちびっ子なミチルが僕と同じとは思ってないと思うけど。」

 あ、ミカエルの時は上げ底靴を履いているからですね、判ります。シャーロットは心の中で頷いた。

「そうそう、あのね、ミカエル。」

 シャーロットは今日考えていたことを報告しなくてはと思った。

「私、今回領地には帰らないわ、きっと。」

「え、ずっと王都の公爵邸にいるの?」

「ううん、ちょっと、これを見に行こうと思って。」

 ポケットの中からさっき貰ってきたばかりの控えを見せる。

「海外研修?」

「そうなの。理事長推薦の遊学の旅って書いてあって、こんなの誰が行くのよって思ってたんだけど、ちょっと、行ってみたくなったの。費用も理事長持ちだってあったし。人数多数の場合は抽選ってあったから、まだ確定はしてないけど…。さっき受付にいったら、まだ申し込み人数自体に余裕があるって言ってたから、ちょっと、申し込んじゃったの。」

「10人? 男女問わず、学年問わず、学力問わず?」

「条件がざっくりしすぎでしょう? 確定は土曜日に書類で届くんだって。いろいろ胡散臭いから、最初、おじいさま何やってんのって思ってたの。でも、お母さまが言ってたことを思い出して、申し込みしちゃったの。」

「この日程だと、僕いけないじゃん。」

 1月3日から12日までの日程で、船旅とあった。シャーロットはチーム・フラッグスが出場する新年の祝賀行事を見学した後、いけそうだなと思って軽い気持ちで申し込みをしていた。

「何か予定があるの?」

「新年はずっと祝賀行事が続くよ、来年はラファエルが卒業して結婚するから、その打ち合わせもあるし。」

「お母さまがね、結婚するまでしか一緒にいられないわって言ってたのを思い出したの。それって、結婚するまでしか、私の自由な時間ってないってことなんでしょう? 今日、水着になったのね。」

「は? 水着? なんで?」

「今日行ったスパは水着で過ごすの。マッサージも、お風呂も。ご飯も水着でバスローブだったわ。」

「水着って、誰かに見せたの? ブルーノは見たの?」

 ミカエルの顔色が変わる。また鼻血出すのかしらとシャーロットはこっそり思った。

「見てないよ。バスローブ着てたから。」

 多少触られはしたけどね。

「でね、ミカエルと結婚したら、水着、海で着れないんだなあて、思ったの。お母さまが言ってた、結婚するまでしか一緒に過ごせないって言葉も思い出して、そっか、私、学生でいる間しか自由に旅行もできないのかもって思ったの。」

「旅行なんて僕と一緒に行けばいいじゃない。僕が一緒に行ってあげるよ。」

「ミカエルは王様になるんでしょう? ほいほい旅行なんて行けるのかしら。」

 ミカエルは図星なのか、シャーロットの顔を見て黙り込んでしまう。

「おじいさまは若い頃、海の向こうの異国に遊学して好き勝手してたって聞いたわ。だから、そういう経験を踏まえて、学生にこういう機会をくださったんだなと思ったの。」

「手続する前に、相談してくれたってよかったのに。」

 ミカエルは不満そうにぶーたれる。

「相談したらきっと、ミカエルは反対したでしょう?」

 口を堅く結んで、ミカエルはシャーロットを目を細くして見つめた。

「ちゃんと帰ってくるし、危ないことはしないって約束する。」

 ミカエルを見つめて、シャーロットは小指を差し出した。

「ミカエルのお嫁さんにしてもらう未来が待ってるもの。」

 ミカエルはしばらく考えて黙って小指を見つめていたけれど、ようやく微笑んで、自分の小指を絡めて言った。

「そうだね、ゲームはこの街でしか進まないもの、休みの間どこにいようとあまり影響ないだろうし、大丈夫だよね。」

 シャーロットは頷いた。お土産話を持って帰ってくる程度に、いろんなものを見てこよう。そう、思った。


 シャーロットが手続きをしていた様子は、たまたま職員室前にいた学生達に目撃され噂話になり、すぐにエリックの情報源である学生達の手によってその日のうちに公爵邸にいたエリックに報告されていた。

 手紙を読んだエリックは、火曜日の朝、自分も手続きをしにわざわざ学校へ登校していた。 

 エリックは自分の寮の部屋に行って、まだ寝ていたブルーノを叩き起こして事情を説明し、ブルーノにも手続きをさせた。

「シャーロットが言いかけたのはこの事だったのか、」ブルーノは失敗したなと思いながら書類に目を通した。せっかく教えてくれようとしたのに。律儀なシャーロットはやっぱり可愛い。

 もちろん、シャーロットは二人の行動を知らない。荷造りをしたり、12時のななしやへの待ち合わせの支度で忙しかったのだった。

ありがとうございました

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