<8>巷で流行りのデザイナーと秘密の理事長がいるようです
待ち合わせの5分前に約束の噴水池に到着したシャーロット達は、先に到着して待っていたミカエル達に、「遅いんだからねー」と文句を垂れられた。どうやらしばらく前から待っていたようだった。
「ちゃんと約束通りに買ってきたよ、」
エリックとミカエルはにやにやしながら、手の中にある何かを隠している。リュートは二人を気にしないように、手にした包みをローズに手渡す。
「私は、使い勝手がいいようにタオルのセットにした。汗拭きにでもガンガン使ってくれ。」
熱いなー熱いなーリュートは熱いなーとシャーロットは思うが黙っていた。見かけ以上に暑苦しいな~。風紀委員のリュートがちょっぴり苦手だった。
「私は、これ、お財布。お誕生日おめでとう。」
「私も、シャーロットとお揃いの小銭入れだ。揃いで使ってくれると嬉しい。」
シャーロットとサニーはさっき買ったばかりの包みを渡した。ローズは嬉しそうに微笑んだ。
「次は俺とミチルね、」
「湿っぽいのは嫌だからねー、じゃじゃーん。」
「それっ!」
パッと手を離したミカエルとエリックの掌から、ローズに向かってゼンマイ仕掛けのカエルが飛び出す。シャーロットには何かが飛び出したのが見えて、ローズがのけ反る。
「キャー!!」
驚いて飛びあがったのはシャーロットだった。はずみで傍にいたサニーに抱き着いた。サニーからはムスクの微かな香りがした。
「ちょっと、サニー、シャーロットから離れてよねー、」
ミカエルが理不尽な事を言う。カエルを飛ばしたのはミカエルじゃないっとシャーロットは、身を離し半べそをかいて睨みつける。
「シャーロット、もう大丈夫ですよ、」
身を離したシャーロットの頭をなでなでして、サニーは微笑む。
「風紀が乱れるからミチル、カエルは今後禁止な、」とリュートがむすっとした顔で言った。一緒になってカエルを飛ばしたエリックまで頷いている。
「今度は私から抱きしめたいですね。」
そういうのいらないから、とシャーロットは首を振る。ミカエルがぶーたれていても、シャーロットは慰める気にもならなかった。少しは反省したらいいんだわと珍しく怒っていた。サニーに抱き着いてしまったことを照れていた。
そんなシャーロット達をたまたま見ていた他の班の者達に、『隣国の王子を公爵令嬢と美少女転校生が取り合ってバトルになって、隣国の王子は公爵令嬢を選んだ』という噂を流されてしまうとは、シャーロットは思ってもみなかった。
女子寮の部屋に帰ると、荷物の片付けもそこそこにシャーロットは不機嫌なままシャワーを浴び、無言のまま2段ベットの下段の自分のスペースに寝転んだ。ここにはミカエルも入ってこない。シャーロットの占有スペースだった。
「シャーロット、」ミカエルの声が聞こえる。気のせいだ、と思う。だからこのまま、部屋着で寝てしまおうと思っていた。灰色の膝丈ワンピースと水色のスパッツは、実家から持ってきたシャーロットのお気に入りの部屋着だった。
「ねえ、シャーロット、」
あら、いたの、と背を向けたままシャーロットはミカエルを声を聴きながら聞こえないふりをする。
「僕ね、シャーロットにお土産を買ってきたんだよ、」
へー、と思うが聞こえないふりをする。どうせカエルのおもちゃでしょう、とシャーロットは思う。
「ちゃんと可愛いんだよー。」
可愛いカエルなんでしょー。
「シャーロットの分とお揃いなんだよー。」
カエルのお揃いなんていらなーい。
「ねえ、シャーロットってば。」
シャーロットはミカエルに言われた通りに、薔薇のコサージュを買わなかった。イベントなんていつもこんな調子で進むんだろうか。
「シャワーでも浴びてちょっと頭冷やしたら、」
シャーロットは背を向けたまま答える。
ちぇーっというミカエルの声がして、部屋に備え付けの浴室のドアの閉まる音がする。ちょっと一人になりたい気分だったシャーロットは、ちょっとほっとして、ちょっとだけ眠るつもりで瞳を閉じた。次に目を覚ました時には、ちゃんとミカエルとの話を聞こうと思った。
「シャーロット、」
隣に人がいる気配がして、シャーロットは目を覚ました。
すぐ隣でミカエルが寝転がっていた。
「はい?」
部屋着のまま寝てしまっていたシャーロットは、天井を向いて寝転がっているミカエルにくっついていたようで、気が付けば部屋は暗く、もう夜だった。シャーロットの手がミカエルのおなかの上にあった。
二人で寝るには狭いベットに、並んで横たわっていた。
「夕飯、食べ損ねちゃったね。」
ミカエルがぽつりと言う。枕元の灯りをつける。少し眩しい。
「え、そういう時間なの?」
「うん、もう7時半。」
道理でよく寝た気がする。でも、おなかは空いていなかった。パフェで胸がいっぱいだった。
「ミカエルはいつからそこに?」
「いつから…? シャワー出てからかな…?」
「おなかはすいてる…?」
「あんまり。実は結構買い食いしたんだよね。エリックが市場のお店を見て回ろっと言い出したんだ。店員に声かけられた店のもの、片っ端から買うんだもん、リュートと3人で分けても大変だったよ。」
「そう…。」
話を聞いているだけでも楽しそうだなとシャーロットは思う。一緒に見に行きたかったな…。ライトの温かいオレンジの明かりで照らされたミカエルの横顔は、いつもは可愛いとばかり思って見ているのに、普通に男の子の顔に見えた。可愛いミカエルではなくて、ハンサムなミカエルだった。綺麗な顔…、シャーロットはなぞるように視線を這わせた。
「シャーロットは?」
「私ね、パフェだったの。」
「お昼ご飯が?」
「うん。甘かった…。」
「いいなー。こっちの世界ではまだパフェ食べたことないんだよー、悔しー、僕もそっちの班がよかった。」
「私も、ミカエルの班がよかった。」
二人はどちらともなく笑顔になった。
「お土産、シャーロットに渡さないとね。」
ミカエルはシャーロットの手の中に小さな袋を落とす。
向かい合うように寝そべり、二人はお互いのおでこをくっつけていた。
「これ何…?」
袋を開けると、丸いピンクの石のペンダントトップの付いたチェーンのネックレスだった。
「これ…、」
同じ石だわ…、シャーロットは思う。
「ローズクオーツって言うんだって。市場に露店が出てて、エリックがごついシルバーの指輪を買ってたんだけど、リュートがこういうのフリッツが好きでいてくれたら簡単に決まるんだけどなって言ってて。」
「うん、うん」
「ローズは女子だからこれでいいんじゃない?って思ったけど、僕はシャーロットにあげたくなっちゃったんだ。」
「私も、ミカエルにお土産があるの、」
今日着ていた服のポケットに入れたままだったなと思い出し、シャーロットは起き上がろうとした。
「あ、ちょっと待って、」
ミカエルに急に引っ張られてシャーロットはミカエルの上に倒れ込む。ミカエルに抱きしめられて、シャーロットは身動きができない。すぐ目の前にはミカエルの耳が見える。
「もう少しだけ、このままでいて?」
シャーロットの耳に囁くミカエルの息が当たってくすぐったかった。シャーロットの背中を撫でている手が、暖かい。
「ミカエル、いやらしいことをするなら同室は解消するわよ?」
シャーロットは言う時は言う子である。こういう線引きだけはきちんとしておきたかった。
「判ってる。今日サニーに抱き着いていたじゃない?」
「あれは…、ミカエルとエリックも悪いと思う…」
「すごく嫌だった。婚約者を人に盗られるって、ほんと、嫌だね。」
「まだ盗られてないけどね?」
シャーロットはくすくす笑った。腕で体を支え、少し、身を離す。
「ゲームでは、主人公ローズがミカエルやサニー達と恋仲になっていく時は、プレイしている時だったから、僕はローズの立場だったしなんとも思わなかったんだけど、今こうやってるうちにもサニーにシャーロットが盗られかけてるんだと思うと、ほんと、腹が立つんだ。」
シャーロットは何とも言えない気分で聞いていた。婚約式の時に聞いたゲームの話は、シャーロットも何度も考えたからよく覚えている。
どのルートでも断罪されて絞首刑になるという結末に、いつも心が苦しんだ。婚約者を盗られた上に絞首刑とか、救いどころがないように思えたからだった。
「シャーロットは、サニーのこと好き?」
「よく判らないわ。」
それはシャーロットの素直な気持ちだった。サニーは魅力的だと思うけれど、ミカエルに感じるような胸のキュンキュンがないのである。
「僕はシャーロットが一番好き。」
ミカエルはまっすぐにシャーロットを見た。やわらかく微笑んで、シャーロットの唇に軽くキスをする。
「これ以上はしないけれど…、いつだってシャーロットが欲しいよ。」
抱きしめる手を離す。自由になったシャーロットはゆっくりと身を起こした。2段ベットの低い天井に頭をぶつけないように、座る。少しだけ、警戒していたのだ。
「いつだってシャーロットにキスしてほしい。挨拶の代わりにも、ご褒美にでも、キスなら大歓迎。」
ミカエルはベットから出て部屋の灯りをつけ、大きく伸びをする。
「さて、昼寝もしたし、今晩は課題、頑張るかな。」
「その前に、これ、あげる。」
ベットから這い出たシャーロットは、洗濯物の籠の中のワンピースのポケットからブレスレットの包みを出す。
「あのね、これ、ね、」
先ほどミカエルにもらったネックレスを見せる。袋からブレスレットを取り出したミカエルは、見比べてびっくりした顔になる。
「お揃いだね…。」
「そうなの…。びっくりしちゃった。」
「これ、ローズクオーツって言うんだって、」ミカエルが嬉しそうに手首に嵌める。部屋の灯りに透かして、色を楽しんでいる。
「僕が買った時、恋愛成就だって、お店の人、言ってたんだ。本命にあげてねって。」
「私も言われたわ。ローズクオーツは本命用ですかって。あれってこの石の事だったのね。」
「ふふ、おかしい。本命同士なんだね、僕達。」
「そうね、婚約してるくらいだものね。」
ゲームの結末なんか忘れて、シャーロットは微笑む。本当にゲームなんて、イベントなんて、この先もあるんだろうか。
「中間テスト、頑張ってね。」
シャーロットはミカエルに微笑んでから、しまった! と気が付いた。まるでキスをさせて欲しがってるみたいだ、と顔を赤くする。
意味を察したのかミカエルはにやにやと笑い、「応援のキス、くれてもいいんだよ?」と自分の唇に指で触れた。
ミカエルの姉のラファエルは最上級生で、王族専用の部屋に一人で生活している。王族用の部屋での生活と一般の寮生の生活の一番の違いは、ハウスキーパーの介入頻度である。
王族用の部屋には毎日ハウスキーパーが介入する。お城から派遣されてきていて、洗濯物を回収し、部屋を片付け、備品を補充し管理し、配布物をお城に届けるのである。ミカエルの部屋も同じで、ミカエルはミチルとして過ごした後は洗濯物をミカエルの部屋に持ち帰っていた。
自分で洗濯も掃除もしない優雅なラファエルは、時々放課後に、ミカエルとシャーロットをお茶会に誘ってくれていた。
「中間テストも終わったし、することないわ、」
ラファエルは暇なようだが、シャーロットはそこそこ忙しい。
中間テストはミカエルは一年生も二年生も11位だった。キスしなくてほっとしたけれど、約束は期末テストに持ち越しになった。
「シャーロット、聞いてる〜?」
はい、一応聞いてます。考えごとをしながらシャーロットは聞いていた。
シャーロットは5位だったこともあり、勉強面では安心していたけれど、生活面で乱れていた。テスト期間中、満足に部屋の片付けが出来ていなかった。
視線を感じたので、「大丈夫ですよ〜、」と適当な返事をする。
ハウスキーパーに掃除を頼めばよかった…!
今回は洗濯を頼んでいた。普通の寮生なシャーロットは、時々学生寮のランドリールームを利用するけれど、寝る前にシャワールームで手洗いしてシャワールームの上部にある物干し竿に干している。手入れの難しい私服やシーツなどは、たまにくる、公爵家と契約しているハウスキーパーに頼んで洗濯してもらっていたのだ。
「でねー、聞いてよー、」
終わりのないこの言葉から始まるラファエルの話に、ミカエルは一緒になって話して盛り上がり、聞き役のシャーロットは適当に相槌を打って聞き流す。
ラファエルは王族であり、長女でもあり、卒業後は他国の王子に嫁ぐことが決まっている未来の国王妃なので学校で期待されることも多く、友人は家柄で選ばれた者ばかりで気の置けない生活をしていた。
「それでねー、ミカエルに貰ったマリライクスのカバン、今、入手困難じゃない? なんでも街で人気のモテるグッズとかいう評判で。だから大切に使ってるのに、貸して欲しいっていう子がいてねー、」
「貸して欲しいって、何に使うの?」
「持ってるって自慢するために貸して欲しいんだって。意味わかんなーい。」
「そういうこと言う貴族がいるんだね、驚きー、」
「貴族だからじゃない? 見栄の塊みたいな育ちしてるんだわ、きっと、」
言いたい放題なラファエルは、心の中で毒を吐く猫かぶりなシャーロット以上にストレスが溜まっているんだろうなとは思う。
「でね、マリライクス、もっと作ってほしいの。」
「はい?」
作るって言った? シャーロットは驚いて思わずラファエルを見る。
「なんだ、聞いてなかったの? ミカエルがお母さまの実家のハジェット領で作らせてるのよ、マリライクスって。」
「知らなかったです…。」
シャーロットは、王妃の実家のハジェット侯爵家の産業は織物と服飾製品だとは知っていたけれど、ミカエルがそれに関わっていたとは知らなかった。
「マリライクスの売り上げで小銭を稼いで、女子寮の部屋の家賃代をお母さまに返済してるのよ、この子、」
「姉さま、駄目だよ、秘密なんだからっ」
ミカエルが慌ててラファエルの口を塞ごうとする。
「よかったわね、シャーロット。ミカエルに愛されてるのよ、あなた。」
にこにことラファエルは笑って言った。
「でね、学費は半額なのよ、知ってた?」
「はい?」
「ミカエルとミチルが同一人物だと理事長は知っててね。物理的に同じ日に授業を受けられないから、二人でひとり分でいいんですって!」
面白ーい!
誰だか知らないけど、理事長面白いなとシャーロットは思った。理解がある人だからミカエルはミカエルでいられるんだね。
「ちなみにあなたのお祖父様よ? これも知らなかったでしょ?」
「はい?」
シャーロットは破天荒な祖父の豪快な笑い声を思い出し、少し憂鬱になった。
ありがとうございました




