<69>意外な悪癖をお持ちなようです
シャーロットがお風呂を済ませ、自分の部屋で侍女達にお化粧や身支度をしてもらい、髪を乾かし結い上げてもらっていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ、入っても大丈夫ですよ?」
侍女達にはそのまま作業を続けて貰い、シャーロットは声を掛けた。どういう訳かまたドレスを着させられているけれど、着替えは済んでいて見られて恥ずかしいような恰好ではないし、どうせ母だろうと思っていた。
スズランの香水を吹きかけられていると、入ってきたのはミカエルだった。
「え。帰ったんじゃなかったの?」
「みんな、下でシャーロットを待ってお茶会をしているよ?」
「みんな?」
「君の家族と、今日集まった4人と、その付き添いかな。」
「付き添いって誰?」
姿見越しにシャーロットはミカエルを見た。ミカエルはシャーロットが支度している様子を立ったまま見ている。
「そのドレス可愛いよね。琉金みたい。」
ナニソレ。リュウキンって生き物なのかしらと、まずはそこから気になった。
「ミカエルも着てみる?」
着たいと言ったら褒め言葉なのだろう。
「いい、遠慮しとくよ。シャーロットの方が似合うよ。」
あれ? 褒め言葉じゃないの? ますます謎だわ。シャーロットは頭を悩ませる。
「付き添いは、僕の場合だとガブリエルが来てるよ?」
「え、知らなかったわ。そんな…、もしかしてお待たせしてるのかしら。」
「もともと本を読んで話をして帰ってもいいし、お茶会に参加していただいても構いませんよってご案内だったから、シャーロットは聞いてないんじゃない?」
そんな大事なこと、当事者が聞いてなくていいもんなの? シャーロットは眉間にしわを寄せた。うちの親は何を考えているんだろう。
「何人くらいいるの?」
「このまま一緒にお昼も食べるみたいだから、昼食会があるんじゃないかな?」
「だから私、こんな格好なのね。」
深い赤色のドレスには首元まで深紅のレースが幾重にもひらひらと花弁のように覆っていて、ミカエルが言うリュウキンが何なのは判らないけれど、シャーロットには本に出てきた薔薇の花を意識しているように思えた。袖や裾にも深紅のレースが重なって揺れている。髪には赤い薔薇を模した花飾りがいくつも結い込まれている。侍女達に「今日は本当にありがとう、」とシャーロットが声を掛けると、黙って礼をして下がっていく。
「僕は役得だね。君をエスコートしてみんなの前に連れていけるんだから。」
支度を整え終わったシャーロットの手を、ミカエルは嬉しそうに取った。
ミカエルにエスコートされたシャーロットが応接室に入ると、歓談していたブルーノやエリックは顔を輝かせてシャーロットを見上げた。部屋にはサニーやブルーノ、リュートはもちろん、ガブリエルやレインもいた。彼らの執事達は別室で過ごしているようだった。
「丁度良かったわ、シャーロット、このまま昼食会にするところだったの。ぎりぎり間に合ったのね。」
何も聞いていないのに間に合う訳ないじゃん。シャーロットは思ったけれど、黙っておいた。
「ええ、皆さま楽しそうなので入るのに躊躇いましたわ。」
母に話を聞いていなかったと、後で文句を言わなくてはいけないなと思った。
「若い方が大勢いると華やぐわね。皆さま、お時間は宜しくて?」
「ええ、今日はそのつもり出来ていますから。他の方もそうでしょう?」
サニーが微笑んで答える。アイスブルーのドレスを着たガブリエルがタキシード姿のレインと頷いている。
「テストも終わったし、気にする予定がないからね。」
ブルーノが不敵に微笑んだ。
支度が整ったと執事が呼びに来て、部屋を移動して昼食会が始まった。広間を使っての立食パーティだった。一応テーブル席が2卓用意されていて、何処に座ってもいいという配慮なのかソファアもいくつか並べてあった。
少し遅れて大人達が入ってきた。ブルーノの両親と宰相が、祖父と父に誘導されて入ってくる。
ただの本の読書会じゃなかったの? シャーロットは初めて今日集まる意味に気が付いた。
父が手を叩いて注目を集めて、話し出した。
「では皆さん、今日はお集まりいただいてありがとうございました。我が屋敷の料理人達が腕を振るって食事を用意してくれました。食事を楽しみ、ごゆっくりしていってください。」
給仕役の執事達が飲み物を配り始める。騒めき華やぐ場から母を部屋の入り口へと連れ出して、シャーロットは母に尋ねた。
「お母さま、初めから、私がいなくても4人の品定めをするつもりだったのでしょう?」
あっけらかんとした表情で、母は微笑んだ。
「あら、よく気がついたわね。あなたやお父さま達は表舞台に立っていろんなことを見て知って比較することが出来るけれど、私たち家を守る人間はあなたがどんな男性を連れてくるのか知らないもの。実際に会って話をしてみて、どういう人間を娘が選ぼうとしているのか、興味があるじゃない。」
それは余計な心配な気がする。シャーロットは言葉を飲み込む。
「私だけじゃないわ、侍女達や執事達にも今日来た4人をきちんと見て評価するように伝えてあるわ。あなたが婚約者を選び直す可能性が出てきた今、いい条件の相手をと望むのは、家族にとっては当たり前の判断じゃないの。」
「もしかして、もうある程度評価は出てるのね?」
本を読むだけの合間合間の支度に、あれだけの侍女が集まってくるとは、今思えばおかしな話だった。
「ええ、みんなきちんと評価してくれているわよ?」
「もしかして私を待つ間も採点していたの?」
おほほほほと母は笑った。あ、してたんだとシャーロットは勘付いた。
「あなたは本当は、今日はもう自分の部屋で休んでいる予定だったのだけれど、元気そうだからもうひと仕事頑張ってちょうだい。ミカエル様があなたの事を大層心配してくださっていたから呼びに行っていただいたけれど…、あの方、本当にあなたのことが好きなのね。」
シャーロットは母に指摘されて照れて赤くなった。
「今日はあなたと4人の候補者の駆け引きの場よ。うまく交渉できるかどうかは自分の腕次第だもの、みんなそれなりに考えてきているでしょうけれど…、立ち居振る舞いは、誤魔化せなかったりするものよ?」
母はにっこりと微笑んだ。
「お礼も、人それぞれ違うものを願ったでしょう? あなたも同じように対応していないはず。私達はそういう差を見るのよ。」
シャーロットは母の瞳の動きを見ていた。優しく微笑んだ瞳は、シャーロットではない誰かを見ていた。
「まあ、何か食べていらっしゃい、さっそく心配している方がいらっしゃるわよ?」
母の視線の先には、シャーロットを見つめるミカエルがいた。リュートもちらちらとシャーロットを見ている。
シャーロットはまだ言い足りなかったけれど、母に背を向けて歩き出した。母は母で近付いてきた給仕役の執事から飲み物を貰い、父の元へと歩き出した。
ミカエルはガブリエルやレインと一緒にいて、飲み物を片手に食事を楽しんでいた。手に持つ皿には肉料理やテリーヌが盛られていて、シャーロットはお菓子じゃないのねと安心していた。
「シャーロットも何か貰う?」
給仕の執事を手招きしながら、ミカエルが尋ねた。
「ええ、できるならカフェオレがいいわ。」
「君の家のパーティーなのに、カフェオレはないようだね。ま、これで我慢して。」
ミカエルはニヤニヤしながら、薄切りのライムの沈んだ炭酸水をシャーロットに手渡した。
飲み物を片手に近付いてきたガブリエルに、シャーロットは尋ねた。
「ガブリエルは今日のこと、知ってたの?」
「ええ、前回お手紙を持ってレイン様をお見送りに行った時に、レイン様に教えて頂きましたの。ですから私、お父さまにミカエルの付き添いをやりたいってお願いして、今日来ましたの。シャーロットのおかげで、堂々とレイン様とご一緒できるのです。待ってる間もお庭を見学させていただいたりして、楽しかったですわ。」
それって普通にデートだよね。シャーロットは心の中で突っ込みを入れる。
「お食事も美味しいですし、今日は楽しいですわ。」
微笑むガブリエルは、レインと楽しそうにくっついて食事していた。
「それは良かったわ。ちょっと私、他のテーブルも見てくるね、」
上手く使われた気がするわねとシャーロットは思いながら、飲み物を片手に違うグループへと歩いた。
すぐ隣のグループはリュートと宰相、祖父が一緒にいて、話をしながら食事を楽しんでいる。宰相はシャーロットを見て、優しい瞳で微笑んだ。
「今日はリュートとお邪魔してるよ、シャーロット。今度、うちにも来てくれ。歓迎するよ。」
シャーロットはリュートを見た。もうお礼の話を伝えたのだろうか? シャーロットは宰相に微笑み返した。
「ええ、もうじきやってくる冬の長期休暇になったら、一度伺いますね。よろしくお願いします。」
確か妹さん達とお昼ご飯を食べるんだったよね…? シャーロットは頭の中で確認する。
「リュートとは、また学校で会いましょう。」
リュートを見ると、嬉しそうにシャーロットを見つめていた。手にした皿には肉料理が盛られている。
「シャーロット、ワシも一緒に行ってやろうか?」
揶揄うような祖父の言葉にシャーロットは即答する。
「結構です。」
ワハハハハと祖父が大きな声で笑うので、耳に残るんだよな…とうんざりしつつリュートに目配せすると、その場を離れた。
リュートはシャーロットを追ってついてきた。立ち止まってリュートと向き合った。
「ごめんね、一番に終わったのに、随分待たせちゃったんでしょ? 時間、大丈夫だった?」
リュートは柔らかい表情になり、シャーロットを見た。
「君との時間の余韻を楽しんでいたから、あっという間だったよ?」
え、そんなことを言う人だったっけ? シャーロットは驚いた。リュートは見上げたシャーロットの頬を、骨ばった大きな手で撫でる。
「今日は沢山君と過ごせるから、時間がいくらあっても惜しいと思うよ?」
「リュート…、」
見つめ合う二人の傍に、エリックとブルーノがやってくる。それぞれ手には飲み物を持っていて、ブルーノが持っているのは小さなカクテルグラスだった。中身はオレンジ色の炭酸のような液体が入っている。
「シャーロット、何か食べないか?」
「ブルーノはお酒を飲んでるのね。」
「16歳になったからね。少しだけだよ。」
ほんのりと目元が赤くなっているブルーノは、シャーロットをじーっと見つめていた。この国では16歳は成人で、お酒も結婚も自己責任だった。
サニーがグラスを持って近寄ってくる。
「こんなところで立ってないで、シャーロットも何か食べませんか? 今日は疲れたでしょう?」
シャーロットの手をさっと手に取り、リュートの前を悠々と横切り、ソファアの方へ誘導する。サニーは手慣れた様子で給仕の者に「何か摘まめれそうなものを選んで持って来て、」と頼んで、シャーロットをソファアに座らせ、隣に悠然と座った。
「美しい薔薇のようですね、シャーロット。」
サニーはシャーロットの頬を撫で、耳元で囁いた。
「このまま手折ってしまいたい。」
どぎまぎするシャーロットに微笑みかけ、サニーは当たり前のようにシャーロットの手を握った。
ブルーノとエリックも一緒についてきていて、頬を赤らめているシャーロットの前に立った。「もっと持って来て、」とエリックは頼みながら、給仕の者がさっそく持ってきた皿を受け取る。
サニーはエリックから皿とフォークを受け取り、フォークにローストビーフを一切れ刺した。
「シャーロット、こっちを向いて、」
シャーロットはサニーに顎を掴まれサニーの方を向かされた。
「あーん、」という声に従ってしまい、口の中にフォークで入れられてしまう。もぐもぐと食べるシャーロットを満足そうに見てから、サニーも同じフォークで自分も食べ始める。
じっと二人の様子を見ていたブルーノは、給仕の者に手渡された皿の上にきれいに盛り付けられた料理を指で摘まんで味見した。
「食べさせてあげるよ、シャーロット、」
フォークも添えられているのに手で小さなミートパイを摘まんで、シャーロットの口元に寄せた。仕方なくシャーロットは口を開ける。
指で小さなミートパイを押し込まれ、シャーロットは食べながらブルーノを見上げた。ブルーノは満足そうに微笑んでいる。
もういらないわと手で断ろうとすると、何を思ったのか隣に座るサニーがその手を握って自分の膝の上に置いた。利き手を握られてしまった。サニーを見上げると、微笑んだまま、シャーロットを見ていた。
「さ、シャーロット、まだあるから、」
ブルーノがシャーロットの顎に手を添えて上を向かせた。ゆっくりと口を開けたシャーロットに、ローストビーフを一切れ、指で摘まんで巻いて押し込む。エリックはその様子を見ながら、自分の皿からフォークを使って肉料理を食べていた。
こんな風に食べさせられたら、味なんか判んないわ。シャーロットはもぐもぐと噛み締めながら思った。この3人は連係がとれる程いつの間に仲良くなったんだろう。
シャーロットが自分の手にしていたグラスを飲もうとすると、当たり前のようにサニーが横から手を伸ばしてきてグラスを受け取り、シャーロットに飲ませた。
ブルーノは自分も食べつつ、シャーロットの口に指で何かしらを押し込んでいく。ブルーノが手にした皿の料理が無くなれば、エリックが次の皿を手渡す。
サニーも自分も何かしらを食べながら、シャーロットに時々グラスで飲ませていた。
みんな無言なのね。シャーロットは食べさせられながら3人の様子を観察していた。じーっとシャーロットから視線を外さないブルーノ、澄ました顔で隣で食事するサニー、当たり前のようにサニーとブルーノの為に料理の盛った皿を給仕の者に運ばせるエリック。
程よくおなかが満たされたシャーロットが口を開けずに首を振ると、ブルーノは残念そうにシャーロットの唇を指の腹で撫でて拭った。
「シャーロット、もういいの?」
「もう食べられないわ、ブルーノ。」
ブルーノは指を舐めると、シャーロットの瞳を見た。ブルーノは給仕の執事を呼んで、お手拭きを持ってこさせた。
「甘いものや果物はいる?」
オレンジが食べたいな…とシャーロットは思ったけれど、口には出せなかった。下手な事を言えばまた自分で食べられない。
黙ってしまったシャーロットに、サニーが尋ねた。
「何か飲む?」
グラスの中身は空っぽだった。
「そうね、炭酸じゃなくて甘いものが欲しいわ。」
エリックがお手拭きを持ってきた執事に飲み物を頼んでいる。早速手を拭いて、ブルーノは給仕の者にお手拭きを返していた。
「明日テストの結果が判ったら、またこうやって食事したいな、シャーロット。」
ブルーノはサニーと挟んでシャーロットの隣に座って、足を組んだ。
私はしたくないな。シャーロットは思ったけれど、言えずにいた。
「私に勝ったら、ってこと?」
「勝たなくても、ってこと。」
ブルーノの言葉に、サニーはくっくっくと笑った。
「そういうお礼を、さっきお願いすればよかったのでは?」
本のお礼のことだろう。お互いに何をお礼に願ったのか知らないのかなと、シャーロットは思った。
「それはそれ、これはこれ。」
ブルーノは口元に小さく笑みを浮かべた。
「今日は楽しいね、シャーロット。明日の夜は寮だろう? 早速一緒に夕食食べる?」
えー、嫌だなと即答しそうになって、シャーロットは言葉を飲み込んだ。余計なことは言わない方がいい気がしていた。ふるふると首を振ったシャーロットに、サニーは両手で手を包み込む。
給仕の者が持ってきたオレンジジュースを、エリックが差し出した。
「お姉さま、どうする? 自分で飲む?」
「ええ、そうするわ。」
エリックの言葉にシャーロットがほっとして答えたのに、ブルーノがグラスを受け取る。
「飲ませてあげるから、じっとしてて、シャーロット、」
顎を少し持ち上げ、グラスをシャーロットの口に近付けたブルーノは、有無を言わさずオレンジジュースを飲ませようとする。
一口だけ口に含んで、シャーロットはグラスから顔を離した。溢しそうで飲める気がしなかった。
「もういいの?」
尋ねるブルーノに頷くと、シャーロットは頷いた。もうそろそろ、一人になりたいの。心の底からそう思った。
ありがとうございました。




