<6>攻略イベントが始まったようです
「いい? シャーロット。これはイベントって言って、こなさなくちゃいけない課題があるの。」
まだぼんやりと寝ぼけているシャーロットは、もう着替えて出かける気満々のミカエルに起こされ、パジャマ姿のまま枕を抱えるともう一度ベットに転がった。
まだ眠いよー、昨日夜遅くまで課題手伝ったじゃん、まだ課題あるのー? とシャーロットはぼんやりとした頭で反応する。
「シャーロット、起きないとチューするよー?」
がばっと即座に起きたのはお約束である。
「な、何かしら、イベントって、」
シャーロットは髪をてぐしで直して整える。
「ゲームのイベント。今日の課外授業はイベントにもあって、ローズのドキドキお買い物タイムっていうイベントタイトルが付いてるのー。」
「な、何がドキドキするのかしら。」
「今日行く場所で、ローズの為に買い物して、ローズが喜ぶものを買った人が勝ちなの。ちなみに薔薇のコサージュね。シャーロット、買っちゃだめだよ。」
「え、そうなの?」
薔薇のコサージュで喜ぶなら買ってあげたらいいじゃないのかなとシャーロットは思うけれど、黙っておく。買うとめんどくさい未来が待っているから朝からこんな話をしているのだろう。
「安心してねー。僕も買わないからー。」
ミカエルはクローゼットを開けて、勝手にシャーロットの服を物色し始める。
「せっかく一緒に出掛けるんだからさー、僕の好きな服着てよシャーロット。何ならお揃いにする?」
今日のミカエルは、銀灰色のパーカーにピンクのTシャツ、ショッキングピンクのホットパンツ、ピンクと白のボーダー柄のニーハイソックスを履いている。どこで手に入れてきたのかじっくりと聞いてみたい格好だった。
「無理だから、そんな恰好無理だから、」
素足を出すとか無理だから、ショッキングピンクとか無理だから、むしろミカエル、着替えてほしいから、とシャーロットは心の中で大声を出すけれど、それを口にすること自体が恥ずかしくて何も言えなかった。
ミカエルの灰銀色のパーカーの背中にはピンクと白色の配色のシベリアンハスキーの顔の大きなアップリケが大きくくっついていた。まふまふに起毛なアップリケの、シベリアンハスキーの水色の瞳と目が合う気がして、ほんと、どこで買ってきたの? とシャーロットは思った。
「これならどう?」
ミカエルが手にしていたのは、菫色のノースリーブのワンピースと白いレースのボレロだった。裾に紫の花の刺繍がぐるりと一周している。
「それでいいです…、」
案外無難な選択に安心していたシャーロットは、ミカエルがシャーロットの下着の入った引き出しを開けようとしたので完全に目が覚めて、「自分でするからもうやめてー」と朝から動揺したのだった。
10時の待ち合わせまで時間に余裕があったので、シャーロットはぎりぎりまでミカエルの予習に付き合っていた。
ミカエルは努力家で、ミチルでもミカエルでも今のところ好成績を維持していた。
「今度の中間テストで10番以内取ったらキスしてくれる?」
「何でもご褒美がキスだねー、」
可愛い顔しておねだりするミカエルにキュンキュンしてしまうが、ぐっと堪える。いかんいかん。流されてはいかん。
「男の子ってそういうもんなんだよー」
「考えとくねー」
可愛くても流されてはいかん。シャーロットは軽く流す。こういうおねだりは真に受けていたらどんどん大変なことになるのだ。
手には小さなピンクのスクエア型のリュックを持って、灰色と白色の配色のシベリアンハスキーの顔のワッペンがついたピンクの野球帽をかぶったミカエルに、「そういう服、どこで買ってきたの?」と聞いたのはエリックだった。
エリックは質の良さそうな黒いシャツに黒いジーンズ姿で、赤い細身のベルトをしていた。肩にはカーキ色のトートバックを下げている。シャーロットもエリックに、どこで買ってきたの、その格好、と思ったが何も言わないでおく。姉弟だからといって何でも筒抜けては良くないだろう。
「秘密ー、ミステリアスでしょー?」
「異国からの転校生は、何着てても納得できちゃうからいいよな、」
エリックの言葉に、そういえばそんな設定だったなあとシャーロットは思い出す。隣国の隣国の流行りなんてシャーロットは知らない。
サニーがやって来た。黒と白のボーダー柄の7分丈袖のカットソーに白い細身のパンツ姿だった。浅黒い肌によく似合っていて、海の男な印象だった。斜め掛けにした茶色のポーターカバンのふたが、パカパカ開いたり閉じたりしている。
「おはようございます、皆さん早いですね。」
シャーロットを見つけて、すぐ隣にやってくる。ミカエルは視線の中に入らないのか興味がないのか、シャーロットの手を取り、「今日も美しいですね」と微笑む。
紺色の格子柄の半袖シャツに茶褐色の綿パン姿の、リュートもやってくる。ヌメ革の薄いリュックをしょっていて、珍しく黒縁眼鏡をかけていた。
「あれ、リュートって眼鏡かけてたっけ?」
エリックが尋ねる。
「一応、変装。」
「変装?」
「今日街中に警護の騎士団が私服で巡回するらしいんだけど、騎士団には知り合いが多いから、変装。」
寄宿学校の生徒は貴族が多いため、課外授業とはいえ街に出るとなると、結局警護の手間がかかるのだった。
「あとはフリッツ?」
エリックが指を折って確認している。こういう細かいところは昔から変わらないなとシャーロットは思う
「ごめん、遅れました。」
ローズが走ってやってくる。「管理人のおばちゃんに頼まれた仕事がなかなか終わらなくて。」
無難な白いシャツに一重の芥子色のジャケットを合わせて、黒いショルダーバッグを肩にかけた紺色の綿パン姿で普通に美少年なローズに、シャーロットはやっぱりロータスって呼びたいわと思ってしまう。
「揃ったし、行こうか、」
シャーロットと普通に手を繋いだサニーに、ミカエルが「チェストー、」と手刀で割って邪魔をする。
「あー、もう、シャーロットと誰が手を繋ぐかじゃんけんでもする?」
エリックが手をグーにして提案する。
いやいや、君は弟なんだから、じゃんけん入らなくてもいいよね? とシャーロットが思わず言おうとした時にはすでに、「じゃーんけーん」と、皆手を出していた。
勝ったローズがシャーロットに手を差し伸べた。
「姫様、荷物持つから大丈夫だよ、」
ローズはシャーロットのトートバッグを持ってくれていた。トートバッグは出掛けにミカエルに渡された。灰色の帆布地に、ピンクと白色の配色のシベリアンハスキーの顔の大きなアップリケがくっついている。内側のポケットには、mari likes...とタグがあった。まさかね、とシャーロットは思ったがミカエルはチロりと見ただけだった。
ミカエルにはない気遣いに、ありがと、と微笑むローズを見て、リュートに「やっぱり風紀が乱れるからミチルとも手を繋いでくれ」と言われてしまう。やっぱりってどういうこと?
ミカエルが嬉しそうな顔をして手を出してきたので、シャーロットは片手をローズ、空いた手はミカエルで手を繋いだ。
三人ともあまり背丈が変わらない。パッと見た感じ、男、女、女に見えるんだろうなとシャーロットは思う。実際は女、女、男なんだけどね、と心の中で訂正をするのだった。
夕方には閉まってしまう街の入り口の門の前の広場には噴水池があって、そこを待ち合わせに東西に二手に分かれて街を調べることになった。
事前に公共施設や有名どころのお店は把握してある。ただ、広いので、二手に分かれた方が効率がいいとリュートが言い出したのだった。
「あのさー、」
二手に分かれる3人組分けのじゃんけんをしようとした時、エリックが皆の顔を見渡した。
「3人分けて別行動とるんだし、何か、お土産買わない? 交換会とかしようよ、」
「いいねー、」
リュートも賛成する。
「はいはーい! シャーロットに買いたい!」
ミカエルが手を挙げて発言した。今朝言ってたイベントを無理やり回避するつもりなんだろうなと、シャーロットは思う。だからと言って私を巻き込むのはなあ…、とも思う。
「賛成、シャーロットお姉さまに買いたい!」
エリックも手を挙げる。いや、おかしいから、君は弟だから。シャーロットは思わずエリックを見つめる。にやにやしている表情からすると、揶揄う気での提案なんだろうなと理解する。
「私は、フリッツに買いたいわ。」
シャーロットは静かに提案する。大きな猫を被っていても、やるときはやるのだ。
「この中で一番誕生日が近いのは5月生まれのフリッツだと思うの。」
シャーロットは9月生まれ、ミカエルは2月生まれ、エリックは8月生まれである。あとの二人は知らないけれど、ロータスとしての誕生日をシャーロットは知っていた。
「姫様…、」
ローズが頬を赤らめてシャーロットを見ている。何なら薔薇のコサージュ、買えるだけ買ってもいいわ、とシャーロットは思う。ローズが喜ぶならそれでいいじゃない。
「では、シャーロットの意見に私は賛成だ。フリッツ、君は何が好きなんだい?」
サニーがにこにことシャーロットに意見に賛同する。
「はい。フリッツにプレゼントでいいと思う、」リュートが頷く。
エリックとミカエルは不満そうな顔をしていたけれど、それでいい…と小さく賛同した。
「私は…、何でも嬉しいですね。皆さんにお任せします。」
ローズは謙虚に微笑んだ。
「じゃあ、決まりね。集合時間は3時。課題をこなしつつ買い物して、お昼は各班で適当に食べる。用意はいいかーい? うーら、おーもーてって言ったら掌の表か裏かを出すんだよー?」
仕切りたがりのミカエルが元気よく提案する。
「うーら、おーもてっ!」
慌ててシャーロットは表を出した。丁度表と裏は3対3で別れた。
「ああああ…。もう一回やり直さない?」
ミカエルが情けない事を言う。シャーロットとは違い裏を出していた。裏はリュート、エリック、ミカエルだった。仕切りたがり3人が集まった班だった。
「ダメっ。3人3人できっちり別れたから、この3人で、決まり。」
エリックが言うと、サニーもローズもリュートもうんうんと頷いた。
「えー、そんなー。」
身悶えするミカエルの様子が可愛すぎて、シャーロットはキュンキュンして見つめていた。可愛いミカエルの分も何か見つけて買ってこようと思うのだった。
ローズと手を繋いでいると、サニーがなんだか寂しそうな顔をしていたので、シャーロットはサニーとも手を繋いだ。
「この国の人はスキンシップ、好きなんですか?」
サニーが尋ねた言葉に、ローズが「いいえ」と答える。
「ただ単に、シャーロットと手を繋ぎたいだけなのですよ? 」
ローズはにこにこしている。いや、たぶん違うから、とシャーロットは思う。絶対エリックは揶揄うためだろうし、リュートはノリでそう言ってるだけだろう。
「サニーは手を繋ぐの、嫌なんですか?」
「シャーロットとは手を繋ぎたいです。」
「じゃあ、一緒ですね。」
サニーとローズが打ち解けて笑っているので、シャーロットは心の中で、ローズ、よかったね、お友達出来たね、とほろりとしていた。
「シャーロットはどこか行きたいお店はありますか?」
「買い物が済んだ後で時間があったら…、時計屋さんに行きたいです。」
壊してしまった目覚まし時計を直してほしかった。枕元に、ミカエルに貰った木目を白く塗った置時計がないと、やっぱり気になるのだ。シャーロットはコノハズクのマスコットを見てから時間を見るのが好きだった。
トートバッグの中から、目覚まし時計を出して二人に見せる。
「かわいいですね。」
サニーはしげしげと見ている。
「これ、姫様がずっと大切に使ってる時計だよね、」
さすがに付き合いが長いローズは気が付いたようだ。
「ええ、大切な宝物なの。」
リボンやコサージュはミカエルはよくくれたが、ミカエルが自分で買い物に行って買って来てくれたものはこれだけだった。
「じゃあ、分担分の街の公共施設を見学して回ったら、街の商店街に行って、時計屋さんを探しましょう。」
サニーの提案で行き先が決まる。分担分はシャーロット達は東側の、公会堂と教会と図書館だった。
「フリッツの誕生日プレゼントも探しましょうね、」
シャーロットは念を押す。ここは肝心なところだった。
「フリッツに似合いそうなものを探すわ。」
「姫様が見つけてくれるなら何でもいいですよ。」
ローズははにかむ。その顔はロータスなんだよなあとシャーロットは思う。
「あなたは何がお好きなんですか?」
「えっと…、しっかりしてるって言うか…。丈夫なのが一番で…、」
「実用的で丈夫で長持ちしそうなもの、よね?」
付き合いが長いので、シャーロットはそれくらいは知っているのだ。
「あの、それは、可愛らしさとか美しさとか関係ないですよね?」
「いえ、姫様の言う通りなんです。丈夫で長持ちして買い替えをしなくていいものが好きなんです。」
買い替えをしなくてもいい?! それは初めて聞く要素だとシャーロットは驚く。
「そんなものこの街で手に入りますかね…?」
「それを探しましょう。」
探すのが楽しいんです、と、シャーロットは手を強く握る。
「期待してます。」
ローズの微笑みを見ながら、しいて言うなら革製品かしらね…? とシャーロットは思った。財布か何か探そうかしらと目処をつける。
皮革製品の工芸店と時計屋さんを探さないとね、と思う。
「そういえば、サニーは何かいるものがありますか?」
留学生での寮生活だ。不便している事はあるのだろうか。
「いいえ。特にありませんよ? 今日はシャーロットとお昼ご飯を食べれそうなので、それが楽しみです。」
シャーロットはこの前学食で相席したことを思い出す。慌ただしくしてごめんね、と反省する。
「今日は何を食べましょうか、」
ゆっくり食べれるものでもいいからね、と思うのだった。
「僕はなんでも。」
「姫様と一緒ならなんでも。」
なんでもが一番困るんだよね、シャーロットは言葉に詰まる。ミカエルと一緒だとすぐ決まるんだけどなー。
「私が決めてもいいのかしら…?」
構いませんと二人が言うので、シャーロットは真っ赤になって提案した。
「私はパフェというものが食べてみたい、のです。」
「喫茶店にある、あれですよね?」
それが食べてみたいのですよ、と何度も頷く。
「喫茶店に入ったことがないの…、喫茶店にも入ってみたい。」
「僕もこの国の喫茶店には入ったことないですね。」
母国ではあるんだ、すごい、と思うがシャーロットは黙っておく。異国の喫茶店とこの国の喫茶店が同じとは限らない。
「フリッツはありますか?」
サニーが何気なく聞くが、シャーロットは、あっそれ聞いちゃダメなやつ…と思う。
「いいえ、行く機会がなくて。喫茶店は見てるだけで。私も喫茶店は初めてです。」
気まずい沈黙が流れる。貴族だからと言って裕福な貴族ばかりではないし、ローズはロータスとして市井で生活していた。
「行きましょう、喫茶店。」
俯いたローズを励ますように、サニーが力強く言う。「3人でパフェを食べましょう。」
シャーロットはパフェを食べるミカエルを想像して妄想にキュンキュンしていて、ミカエルも来ればよかったのになあと思うのだった。
ありがとうございました。