<53>悪役令嬢は『騎士達を従えている公爵家の姫様』になるようです
朝からシャワーを浴びて身綺麗にして、美容担当の侍女達の手によって磨き上げられ、シャーロットは美しくお化粧されコルセットで整えられて青いドレスを着させられていた。
「お嬢様、ちょっと目を瞑っててくださいね。」
口も閉じたシャーロットが侍女の手によって吹きかけられた香水は、スズランの香水だった。
シャーロットは意外だなと思った。お気に入りのスズランの香水を母は気に入らず、いつも母の手によって母好みのフリージアのブーケのような香水を振りかけられていた。
「どう、もう支度はできたかしら?」
母が言いながら部屋に入ってきた。
「もう少し、です、奥様。」
侍女がシャーロットの青いドレスのバッフルを丁寧に広げながら言った。今日のドレスは母好みの、貴族が好む布の多いドレスだった。公式行事だからか、大きく開いた胸元から布の切り替えがあり、白いレース生地が首元まで迫っていた。袖や裾にも白いレースがふんだんにあしらわれていて、シャーロットは海の波のようだわと思いながら鏡の中の自分の姿を見ていた。
結い上げた頭には白い小さな花がいくつも結いこまれていく。
「まあ素敵、今日のシャーロットはとても真面目に見えるわ。間違ってもお酒なんか口にしちゃダメよ?」
仕上がりを見ていた母は、満足そうに言った。母は深い紺色のドレスを着て、幾重にも真珠の首飾りをしていた。真珠の大粒のイヤリングをして、結い上げた頭には真珠の髪飾りをつけていた。
あ、やっぱバレてたんだ。シャーロットは母の言葉に苦笑いした。
様子を見に来たエリックが、ドアの前からシャーロットを見て、ニヤニヤと笑った。
「シャーロットお姉さま、さすがチーム・屋上だな。空の青と雲の白とを体現しているんだからな。」
え、海の妖精じゃないの? シャーロットは微妙に残念に思った。少しくらい褒めてくれたっていいのに、家族はいつもこういう扱いなのだ。
馬車に乗りお城に到着すると、すでにお城の広場には大勢の貴族が集まっていて、自分の席を目指して移動を開始していた。広場のお城側が貴族席、街側は民衆の立見席だった。
シャーロット達は王族のすぐ近くに公爵家の席があるので、広場の中央近くにある王族席を目指して歩けばよかった。爵位が上がれば上がるほど王族の席に近くなり、椅子も上質なものとなり、場所もお城に近くなる。石畳の上には専用の赤い絨毯が敷かれていて、ドレスや靴が汚れないように配慮されていた。
王族席のすぐ近くにハープシャー公爵家の席はあり、ひとつ席を開けて父と母が座った隣にシャーロットが座り、エリックも座った。またひとつ席を開けて通路があり、別の公爵家の席が続いていた。祖父が遅れてやってきて、父の隣に座る。祖父は反対隣りの王族達と何かを話していたようだった。
各国から来た来賓席は王族席を挟んで反対側に広がっていた。ガブリエルが婚約したばかりなので、シャーロットはすぐ近くにサニーの顔を見つけた。サニー達は、白い民族衣装を着て肩からは金色の豪奢な布を掛けていた。夏のスルタンナイトはあの国の正装だったのだと、今更ながらシャーロットは気が付く。シャーロットに気が付いたサニーは微笑んだ。シャーロットも社交辞令に微笑み返した。
ラファエルの婚約者の王子も来ているようだった。北方の広大な国の王子様は、背が高く焦げ茶色の髪は短く、焦げ茶色の瞳をしていて目鼻立ちがはっきりしている。深い緑色の軍服を着ていて、胸には褒章が多く付けられていた。しっかりとした骨格の、体の大きな人だった。
来賓席にはブルーノと両親の姿も見えた。ペンタトニーク公は白い詰襟の服を着ていて、首元に大きな青い宝石をつけていた。あれがあの国の正装なんだ…とシャーロットは観察する。
最前列を一列を優雅に独り占めして、若い女性が黒い紗を重ねたような派手なドレス姿で座っていた。まっすぐの漆黒の髪にはドレスと同じ素材の紗でできたリボンを括りつけている。まるでお葬式みたいだわ、とシャーロットは思った。どういった身分の者なのかさっぱり見当がつかなかった。
白い肌に茶色い瞳、赤い唇が印象的で、手は黒いレースの手袋を嵌め指には赤い大きな宝石の指輪をしていた。
眺めていたシャーロットと目が合ったのか、その女性は妖艶な笑みで微笑んだ。
誰なのか知らないけれど、すごい存在感だわとシャーロットは思った。
ファンファーレが鳴り響き、正装した騎士団の入場行進と共に楽団の演奏が始まると、国王が立ち上がり、式の開会を告げた。
民衆側の観客席からは歓声が上がり、騎士団や貴族席からも歓声が上がった。広場では騎士団の団体行動が始まった。楽団の奏でるリズムに合わせて青いマントの騎士団の大男達が剣を片手に演武を披露した。
拍手とともに終了し、騎士団は後方へと下がった。すると、音楽が変わった。軽快なリズムに合わせてチーム・屋上と騎士団の若手の一団が入場した。上半身裸で白いズボンだった演武会の衣装とは違い、チーム・屋上の学生達は騎士団の深い紺色の制服を着ていた。先に一人走り出たトミーは広場の中心に立ち、旗を上下に振り始める。指笛の代わりにトランペットが鳴り響いた。学生達の入場が終わると、軽快なリズムの華々しい音楽が演奏しはじめられた。
自然と沸き起こる手拍子に、彼らはにこやかな笑顔で軽快なリズムに合わせて大きな青い旗を振り、旗を大きくくるくると回しながら演武を披露した。
学校の演武会で見た時よりも完成度が上がっていて、人数が増えた分迫力もあった。
「すごい…、」
シャーロットが思わず呟くと、母が「そうね、」と納得したように頷いた。
青い旗が翻ると、風に翻る音が広場に響いた。軽快なリズムと揃った足音とで、広場には高揚感と一体感が生まれていた。
大歓声の中、演武が終了すると、国王が立ち上がって拍手をした。貴族は倣って立ち上がり拍手に続いた。シャーロット達家族も立ち上がって拍手をした。
「すごいわ、すごかった。」
シャーロットはあとでみんなにあったらそう伝えないと、と興奮していた。
式はその後は粛々と進行し、各国の大使からの祝辞がしばらく続き、国王が更なる栄光と発展を誓う宣言をすると大きな歓声が上がり、それまで静かなメヌエット曲を奏でていた楽団の音楽が退場の行進曲に切り替わった。
騎士団とともにチーム・屋上の学生達も退場していく。観客席からは歓声が上がった。シャーロットのいる貴族席の方を見て手を振った彼らは、民衆の歓声にも答え手を振っていた。
「じゃあ、私、ちょっとチーム・屋上のお仕事に行ってくるから。」
リュートからの式次第には、待ち合わせ場所が書いてあった。
母にそう言うと、「チーム・屋上って何かしら?」と眉を顰めた。
「お母さま、あの騎士団とともに旗を振っていた学生達のことだよ?」
エリックが説明した。
「シャーロットお姉さまは、彼らのリーダーなんだ。」
「え? ナニソレ。」
私、知らないけど?
驚いたシャーロットにエリックは続けた。
「お姉さまはだから謁見するんだよ?」
「へー、そうだったの、」
納得する母に、「ち、違うから、」とシャーロットは首を振った。
「あとで謁見の間で合流しましょうね。各国の大使との謁見は、今日最大に重要なのだから、」
母は父の手を握って優雅に微笑んだ。エリックもニヤニヤしている。
憂鬱だなーとシャーロットは思いながら歩き出した。
途中でリュートと合流すると手を差し伸ばされたので、シャーロットは極自然に手を重ねエスコートされた。
「シャーロット、今日は大丈夫かい?」
歩き始めたリュートは、ちらりと隣を歩くシャーロットの顔色を窺った。
「ええ、おかげさまで。昨日はよく寝たもの。」
昨日はかなり寝たなーとシャーロットは思った。昼間も寝ていたし、夜も早かった。睡眠時間が沢山取れたおかげで、肌艶も良かった。
「そう、ならよかった。」
リュートは茶色の瞳で優しく微笑んだ。シャーロットは今日のリュートは一味違うわねと思った。
待ち合わせの通用門の前まで行くには民衆を掻き分けて進まなくてはならず、少し手間取ってしまった。
遅れてやって来たシャーロットとリュートを見ると、チーム・屋上の面々は二人を囲み興奮した面持ちで、口々に「どうだった?」と尋ねてきた。
「すごかったわ!」
シャーロットがはっきりと言うと、歓声が沸き起こった。
「その一言のために練習を耐えたんだ!」
「ありがとう、シャーロット嬢!」
自然と握手をされ、シャーロットは次々とやってくる者達と握手を交わした。握手はチーム屋上の学生達だけではなく、騎士団からの騎士達も混じっているようだった。
「今日も美しいですね、」
握手をしながら囁いてきたのは、トミーの次兄だった。
「ありがとう、」
シャーロットが微笑むと、その後に続いた者達は負けじと「美しいですね、」と言いながら握手をしてきた。
苦笑いを浮かべて握手をしたシャーロットは、この調子でこの人達と謁見ってかなり大変なお仕事なんじゃないのかなと思った。
お城の中に通され謁見の間まで廊下を進むと、騎士団の軍服を着た学生達の集団を従え、リュートにエスコートされながらただ一人ドレス姿で混じって歩くシャーロットは異様に見えたようで、お城で働く侍従や侍女達にじろじろと見られてしまう。
猫をしっかり被っていたとはいえ、シャーロットは恥ずかしさで一杯だった。
それでも見ている者達からすると、顔に笑みを浮かべたまま悠然と歩くシャーロットの姿には気品があり、『騎士達を従えている公爵家の姫様』と噂されてしまうのだった。
謁見の間の近くの控えの広間で、シャーロットは自分の両親とエリック、祖父を見つけた。
祖父は学校の理事長として一緒に謁見に付き添う教師達と一緒にいた。シャーロットとチーム・屋上の学生達は祖父達と合流して大きな集団になっていた。将校コースの女子学生も騎士団の制服を着ていたので、一人ドレス姿のシャーロットは恥ずかしくなってきた。
「シャーロットは微笑んで一緒にいるだけで十分だから。」
リュートがそっと囁いた。ずっとシャーロットの手を握ったままだった。
控えの広間にはサニー達の隣国の王族と大使達や、ブルーノと両親と大使、あの黒いドレスの女性が大使といた。シャーロットの両親とエリックは何故かあの女性と一緒にいた。
あの黒いドレスの女性はすらりと背が高く、手足が細くて長かった。隣に立ってエスコートしているエリックよりは背が低かったけれど、それでも十分ミカエルやシャーロットよりも高いと思われた。彼女は視線を誰とも合わせようとはせず、冷たい表情で佇んでいる。
「あれはリルル・エカテリーナ様なのかしら。」
祖父はシャーロットの呟きを拾ったのか、シャーロットに微笑んで答えた。
「ああ、美しい姫だろう、シャーロット。ミカエル王太子殿下と並ぶと絶景となること間違いなしだろうな。」
シャーロットは祖父の言い方にイラっとしたが、ぐっと我慢して微笑んだ。いかんいかん、今は公爵令嬢。美しく余裕な公爵令嬢…。
案内係の侍従に呼ばれ謁見の間に入ると、モーニング姿の国王が部屋の中央で立って待っていた。傍には大勢の大臣達と近衛兵が控えている。この部屋にある椅子は壁の近くにある簡素なもので、どう見ても謁見で来た者が体調不良を訴えた時にのみ使うのだろうなと言った印象だった。
毛足の長い赤い絨毯を踏みしめ、シャーロットは祖父と教師の列とチーム・屋上の並んだ列の右隣にリュートと並んだ。
祖父が口上を述べ、全員が臣下の礼をして国王の言葉を待った。シャーロットもリュートと臣下の礼をして跪いた。
「皆の者、表をあげてよいぞ、楽にいたせ。」
機嫌の良さそうな国王の声にほっとして体勢を整える。よかった…このドレス重いのよねと思いながらシャーロットは立ち上がり微笑んだ。
「素晴らしい演技だった。褒めてつかわす。この良き日に素晴らしい演技をしてくれたことをありがたく思う。この調子で勉学に励み、来年も素晴らしい演武を期待しておる。」
国王の言葉にほっとしていると、宰相が話を続けた。リュートの父親である宰相は、リュートをちらりとも見ず、役柄に徹している様子だった。
「勉学に励むのも良いが、早く騎士団への入団を希望するのであれば、特別に見習いとして演習に参加できるよう許可しよう。卒業後すぐに騎士団として任務に就けるようにとの配慮だ。」
アーサー国王はシャーロットとリュートを見て言った。
「そなたたちは統治のコースの者でありながら、よくぞこの者達を助けた。民の上に立つ貴族としての役割を理解している心がけは素晴らしい。何か望みがあれば叶えなくはないが、何かあるか?」
意味ありげににやりと笑ったアーサー国王の顔を見て、シャーロットは婚約破棄を希望している両親のことを言ってるんだろうなと思った。いろいろとバレてるんだろうな…。
特に何も、と言いかけたシャーロットの隣で、リュートが言った。
「恐れながら国王陛下。望みは我々には一つしかございません。」
「なんだ、言ってみろ。」
面白そうにニヤニヤ笑う国王と、顔が青くなっていく宰相の様子を見ながら、シャーロットは大したことないんだろうなと思った。どうせ風紀とか言うんだよ、きっと、とリュートに対して失礼なことを考えていた。
「ここにいるシャーロット嬢の婚約を、改めてやり直ししてあげて欲しいのです。」
「は、はい?」
シャーロットは思わず声をあげていた。どうしてリュートがそんなことを言い出すの?
「シャーロット嬢は幼い頃から婚約者のいる立場として、他の者とは一線引いた生活を強いられています。女子学生なのに同性の友達を作る事すらままなりません。常に一人で行動しています。彼女はもう少し自由な学生生活を送れるのではないかと思います。」
「シャーロット嬢の婚約者と言えば、ミカエルのことであろう? ミカエルはそのような拘束をこの美しい御令嬢にしておるのか? シャーロット嬢、いかがかな。」
国王とはミカエルのお父さまとして、シャーロットには付き合いがあった。寄宿学校に入るまで週四日お城に通っていたので、それなりに話くらいはする仲である。知ってて聞かれているとしか思えなかった。
「失礼ながら、そのような拘束はございません。」
声が震えていたけれど、シャーロットははっきりと答えた。
「私は学校生活を楽しんでおります。」
「このようにシャーロット嬢は申しておるが?」
国王が静かに尋ねると、リュートは少し言葉に詰まっている。
「ミカエル王太子殿下のお立場を慮って、シャーロット嬢が自らそう振舞っておられるようにも見受けます。結婚は卒業後とのことなのでしたら、せめて学生生活の間だけでも、婚約は解消してあげていただきたいのです。」
いやいやそれは無理だから。一度破棄したのに再度同じ人と婚約なんて、普通ありえないから。シャーロットは言いたくなるのを我慢した。
「国王陛下、私にも発言をお許し下され。」
頷いた国王を見て、祖父も発言し始める。
絶対余計なことしか言わなさそう…シャーロットはハラハラした。目上の立場の祖父の発言を遮ることはマナー違反だった。黙って祖父を見た。
「我が孫娘は、一人で昼飯を食べていて、この騎士コースの学生達と知り合ったと聞き及んでおります。女子学生としての友達がおれば、この者達との出会いもなかったでしょう。この者達にとっては素晴らしい出会いではありましたが、我が孫娘にとっても僥倖となりえましたのです。この者達の働きに免じて、つかの間でも破談と言う措置を頂きたく思います。」
え? あの? それはつまり、私が友達がいなくてかわいそうな子なのは、ミカエルと婚約しているからってこと?
シャーロットは余りの驚きに、口が震えるだけで言葉が出てこなかった。
初めて屋上へ行ったのはサニーから逃げる為だった。次はテスト勉強をするクラスメイトを気遣っての配慮だった。この前一人でいたのはローズと話たかったからだ。それが、そんな理由で一人で行動していたと思われていたなんて…!
「そうか、友達をも作れぬ程、この美しい御令嬢は窮屈な生活を強いられておるのか、」
ち、違うから。
「友達はいます。大丈夫です。」
細い声だったけれど、シャーロットは異議を唱えた。国王は宰相と顔を見合わせた。
「わかった、褒美をと言い出したのは予であるからな。ミカエルにも言い分はあろう。聞き取り話し合ったうえで、改めてハープシャー公爵家の者達と話し合いの場を持とう。それでよいか?」
国王は優しくシャーロットを見て言った。
「御意にございます。ありがたいお心遣い、感謝いたします。」
リュートが頭を下げ、祖父も礼をする。
シャーロットは茫然としたまま、宰相が「では、次の者達をこれへ、」と促すまで、その場に立ち尽くしていた。
ありがとうございました




