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<51>ゲームのイベントを悪役令嬢がはじめます

 最初にシャーロットを見つけたのはリュートだった。

 給仕の者からグラスを一つ受け取り、自分の分と共にシャーロットへと持って来てくれた。

「シャーロット、これ、」

 手渡してくれたグラスは炭酸水だった。グラスの底には薄くスライスしたレモンとオレンジが沈んでいた。

「ありがとう、リュート」

 そう言って微笑んだシャーロットに、隣に立っていたエリックが、囁いた。

「俺に寄越せ、お姉さま。」

 シャーロットが口をつける前に、エリックがグラスを横から奪い取ってしまう。

「エリック、お行儀悪いわ。」

「なら礼に、この場所を譲ってやるよ、リュート、」

 エリックはグラスを持って大広間の方へ歩き出した。

「お姉さまの護衛係、リュートに任せたからな。」

 いらない事を言う弟はやっぱり煩い。シャーロットはエリックの後ろ姿を睨みつけた。

 エリックは顔を赤くしてシャーロットを見た。背の高いリュートを見上げて、シャーロットは見つめ返す。リュートの茶色の瞳は、まっすぐにシャーロットを見つめていた。

「シャーロットは何か食べなくていいのか?」

 この人にはいつも食べ物の心配をされている気がするわ。シャーロットはこっそり思った。

「ええ、着替える前にそこそこ食べてきたの。」

 また倒れたら母が怒りだしそうだ。ローズを絡めていちゃもんをつけられても困る。

「今日は、妹さん達もいらしてるの?」

 リュートの双子の妹をシャーロットは見たことがなかった。早寝早起き派のシャーロットはあまり舞踏会が好きではない。学校に通うようになってからは、招待状を貰っても、何かと理由をつけて参加すらしていない。

「ああ、来てるよ、あそこ、」

 シャーロットの傍に立って指差したリュートの体に頭を近付けて、シャーロットは指差す方向を見た。自然と体を寄り添ったシャーロットに、リュートは息を呑んだ。

 双子の淡い水色のドレスと淡い黄緑色のドレスの少女が二人、シャーロットの祖父と宰相夫妻と話をしていた。双子は二人とも茶金髪で、結い上げた髪にピンク色の花を飾っていた。傍にいる宰相は背が高く、真面目そうな顔つきで、赤茶髪で茶色い瞳の色をしていた。夫人は小柄で少しふくよかで、茶金髪の髪は後ろで巻かれていて、緑色の瞳は垂れていた。いわゆる福福しい顔つきだった。ほっそりとしていたけれど妹達は母に似たのか、瞳は緑色で少し垂れ目だった。

「リュートはお父さん似なのね。」

 じっくり観察した結果、シャーロットはそう結論付けた。リュートは面白くなさそうな表情になった。

「ああ、よく言われる。」

「真面目そうだよね。」

 風紀が乱れるって、確かに言いそう。

 くすくすと笑うシャーロットに、リュートが何かを言おうとした時、エリックとブルーノが傍に近寄ってきた。

「シャーロット、これあげるよ。」

 ブルーノがグラスを手渡した。

「ありがとう。さっき、エリックに取られちゃったの。」

「みたいだな。」

 ブルーノは甘い表情でシャーロットの頬を撫でた。

「口移しで飲む?」

「いらない、そういうの。」

 シャーロットはグラスを受け取ると笑った。

「ありがと、ごちそうさま。」

 渡されたグラスはカクテルグラスだった。ピンクの綺麗な液体が揺らめいていた。この立食パーティーでは低い濃度のアルコールが、昼間から提供されていた。16歳を境に大人とする国では、シャーロットは大人だった。飲む飲まないは自己責任となる。

「もしかしてお酒?」

「シャーロットは成人してるって聞いたけど?」

 16歳となり成人しているシャーロットは、飲酒も結婚もできた。でも、シャーロットは学生生活を満喫しているし、大人として振る舞いたいとも思っていなかった。

「成人してても飲まないわ。」

「じゃあ、僕のと交換する?」

 ブルーノの手にしたグラスは、先ほどリュートが手渡してくれたのと同じ炭酸水だった。やはりレモンの薄切りとオレンジの薄切りが底に沈んでいた。

「お願い。」

「じゃあ、これはいらないな。」

 カクテルグラスをエリックがつまんで室内に戻っていった。

 グラスに口をつけようとしたシャーロットに、ブルーノが囁いた。

「媚薬が入ってるかもよ?」

「どうしてそんなもの入れるの?」

「君が欲しいから。」

 シャーロットはブルーノの碧い瞳を見つめた。微笑んでいるブルーノの心の中までは判らない。

「入ってないと信じてるから貰うね。」

 グラスに口をつけたシャーロットに、ブルーノは何も言わなかった。

「シャーロット、こんなところにいたんですか。」

 サニーが微笑みながら近付いてきた。今日は異国の服装ではなく、黒いタキシードの礼服をきていた。よく見れば会場の男性は、一人として民族衣装を身に着けていなかった。

 サニーの顔色は良かったけれど、シャーロットはそれでも気になった。

「ええ、サニー、体調はいかが?」

 あの日雨に濡れてしまっただろうサニーが、風邪などひいていませんように。シャーロットは心配になり尋ねた。

「大丈夫ですよ? シャーロット。」

「そう、良かった。」

 サニーとシャーロットが微笑み合っているように見えたのか、ブルーノはサニーを咎めるように見ている。サニーは気にしていない様子で、シャーロットだけを見ていた。

「シャーロット、会わせたい人がいるんです。」

 ほいほいと会ってはいけない人なんだろうなー。シャーロットは思った。本音を言ってしまうと、今の状態で彼らの親族には会いたくはない。でも貴族としての公爵家の娘の立場のシャーロットは、そんな希望を口にするわけにはいかない。微笑んで、どんな人ともにこやかに挨拶するのだ。そのための猫かぶりだった。

「サニーよりも先に、うちの両親にも会って欲しいな、シャーロット。」

 ブルーノはシャーロットの手袋越しに手を撫でた。

「そのうち、ね、」

 シャーロットはやんわりと手を引っ込めて背中に隠した。

 エリックが戻ってきて、シャーロットの飲みかけのグラスを回収してくれる。

「お姉さま、中に入らないか? 国王陛下が開会の挨拶をされるようだよ?」

 リュートとブルーノに両手を取られてエスコートされ、シャーロットは室内に入っていた。サニーとエリックも一緒に入る。

「シャーロット!」

 ラファエルとガブリエルがシャーロットの前にやって来た。

「相変わらず男性との接触が多すぎですの、シャーロット。あなた達、シャーロットから手をお放しになって。」

 ガブリエルが憮然とした表情で、扇子でリュートとブルーノの手をとんとんと叩いた。

「ガブリエル第二王女様、お手柔らかに。美しいお顔に雛が出来ますよ?」

 ブルーノが微笑みながら言った。

「ガブリエルの顔にはそんなものは出来ません。私が貰ってしまうもの。」

 横からラファエルが余裕の笑みで答えた。

「まあまあ、二人とも、お父さまのお話が始まるよ?」

 ミカエルがふらりと話の輪の中に入ってきた。上げ底の靴のおかげでミチルの時よりも背が高いミカエルは、綺麗な顔で微笑んだハンサムな王子様だった。

するりとシャーロットの手を取り腰を抱くと、シャーロットをその場から自然に連れ出した。

「シャーロット、全くもう、君って人は…!」

 ミカエルはシャーロットの耳に囁きながら、会場の人込みの最前列まで誘導する。

「ちょっと目を話したら、すぐに男に囲まれちゃうんだから。」

「ミカエル…、」

 腰を抱かれ歩きながら、シャーロットはミカエルの横顔を見上げた。

「今日は紺色? 明日は青かな。」

 ドレスの色のことだろう。

「変じゃない?」

 ミカエルは不思議そうに目を細めた。

「とても可愛らしいし、とてもシャーロットらしいよ。」

「私らしいの?」

「なんだかとても、平和な感じ。」

「ナニソレ。」

 母とミカエルは感性が似ているのだろうか?

「今日は婚約者として一緒にいてよね。離れちゃダメだよ?」

「ええ、そうする。」

 微笑んでシャーロットは誓った。「婚約者だから、傍にいるわ。」


 ミカエルの父であるアーサー国王は背が高い大男で、大きな手に持つカクテルグラスはとても小さく見えた。ミカエルの母である王妃は小柄な人なのだけれど、国王の隣に立つと余計に小柄に見えた。反対隣に立つ寵妃は背が高くほっそりとした人なので、王妃とは条件が逆な人を選んだのかなとシャーロットはゲスな勘ぐりをしてしまう。

 正午の鐘を合図に、国王が開催の挨拶をし乾杯の音頭をとると、会場に集まった者達は皆、グラスを高く上げて「この良き日を!」と祝福を口にした。

 シャーロットは手に何も持っていないミカエルとともに、持ったふりをして手を挙げ、同じように「この良き日を!」と祝福を口にした。

 歓談や食事で会場は騒めきはじめ、シャーロットはミカエルとゆっくり人の波に乗って歩き出した。

「シャーロット、何か食べたい?」

「いいえ、何も? 特におなか、空いてないの。」

「そう、僕はさっき控えの間でラファエルとガブリエルとお菓子を食べちゃってね。」

 ミカエルはにやりと微笑んだ。

「こういう祭典で出てくるお菓子は最上級だね。3人で食べつくしちゃったよ。」

 お肉よりもお菓子が好きな王子様か~。シャーロットは心の中で、だから背が伸びないんじゃなーい? と思ったけれど黙っておいた。リュートもブルーノもエリックもサニーも、ガツガツと肉を食べる印象があった。

 給仕の者を呼び止め、シャーロットはプレートに並んだグラスの中から、カフェオレを貰う。

「炭酸水やアイスティーばかりかと思ったら、カフェオレなんか配ってるんだね。」

 シャーロットの手元のグラスを見ながら、ミカエルは意外そうに言った。

 一口飲んで耳が熱くなるのを感じた。

「これ、カフェオレだと思って貰ったけれど…、」

 これ、もしかしてお酒だわ。もしかしなくてもお酒だわ。

 カルーアミルクと言うカクテルだと思った。話には聞いたことがあったけれど、実際口にするのは初めてだった。

「これ、いらない、処分してほしい。」

 通りがかった別の給仕の者に飲みかけのグラスを手渡し、シャーロットは代わりにアイスティーのグラスを貰った。

 飲めるだけ水を飲んで酔いが回らないようにしないと。シャーロットはぼんやりと思った。

「大丈夫? シャーロット。」

 なんとなく状況を察したミカエルが囁いた。

「ええ、大丈夫。だけど、早めにこの場を離れたいわ。」

 お酒を飲んだことがないシャーロットは、酔うと自分がどうなるのか知らなかった。

「少し赤みがさしたシャーロットは、いつにもまして美しいね。」

 腰に手を回して、ミカエルは嬉しそうに囁いた。

「一口でこんなじゃ、ウイスキーボンボン食べられないね。」

「ナニソレ。」

「お酒入りチョコレート。」

「そういうの、いらないから。」

 シャーロットは少しイライラして答えた。触られたくないし、話しかけられたくもない。眠たくて帰りたくなった。

「これはこれは…、少し宜しいですかな。」

 サニーと隣国の父王と、レイン王子にガブリエル、妹姫だと思われる美しい女性が、ミカエルとシャーロットの前に立ち塞がった。美しい姫は流行の流れるような煌めくドレスを着ていた。胸周りは紫色で、裾に向かって青色に変化している。

 ミカエルはそっと手を放して、シャーロットの前に出て庇うように父王と握手をした。

「お久しぶりです。お元気でしたか?」

「ミカエル殿もお元気そうで何より。今日はうちの娘とのお話を了承していただけると信じてやってきました。これ、クラウディア、こちらへ。」

 少し肌が浅黒いクラウディアは美しい顔立ちをしていて、ミカエルよりも背が高くて手足が長く、胸が大きく腰は細かった。黒い長い髪は波のように揺らめいていた。美しい紫色の瞳がまっすぐにミカエルを見つめていた。

「はじめまして、ミカエル王太子殿下。クラウディアと申します。」

 両手でミカエルの手を握って、クラウディアは優しく微笑んだ。美しい人だなーとシャーロットは思った。こんなに美しい人をサニーは捨て駒にするのか、そう思うと腹が立ってきた。

 サニーを見れば、ずっとシャーロットを見ていたようで、目が合って嬉しそうに微笑んでいた。

 シャーロットは拗ねた顔をして、今日はもうサニーとは口きかない、と心に決めてしまい、ミカエルの後ろに隠れ背を向けた。

「シャーロット、」

 後ろに隠れたシャーロットを、誰かが呼んだ。

 声のした方を見上げれば、ブルーノと彼の両親が微笑んで立っていた。

 ペンタトニークは今日は公主としてきているようだった。タキシードの胸ポケットには国旗を彩ったスカーフが差し込まれていた。夫人も、贅の限りを尽くした装いで、滑らかなクリーム色のドレスに大きなエメラルドのネックレス、ブローチ、イヤリングをつけていた。大玉の真珠の髪飾りが白銀髪には飾られていた。こういうご婦人がいるからうちの母は今日は沢山宝石を身に着けてきたのね、とシャーロットは納得した。

「こんなところにいたんだね、シャーロット。」

 今お話してるところなのよ? シャーロットはブルーノに、ミカエルとサニー達の方へ視線で誘導した。

「ブルーノは何か食べた?」

 肩に手を添えて背伸びして囁いたシャーロットの行動は、いつもならしないもので、ブルーノは驚いた顔をした。

「もしかしてシャーロット、何か飲んだ?」

「うっかりね。知らないふりをしててね。」

「わかった。あまり考えなくていい会話になるようにするよ。」

 ブルーノは優しく微笑んでくれた。

「シャーロット嬢、久しぶりだね、」

 何か言いたそうなブルーノを手で制して、父親のペンタトニークが話し掛けてきた。

「公主様、公妃様、お久しぶりです。先日は私のお誕生会に来てくださって、ありがとうございました。」

 シャーロットは淑女の礼を優雅にして微笑んだ。ゆっくりと頭をあげると、急に目が回った気がした。

「シャーロット、また美しくなったのですね。会う度に美しくなるのは若い証拠、羨ましいわ。」

 魅惑的な笑みを浮かべて夫人はシャーロットを見た。白銀髪に青い瞳の美しい夫人はもともとはこの国の伯爵家の出身だった。話す言葉に淀みがない。

「若いだけではありませんか。本当に美しいものは時を超えますもの。」

 微笑んで夫人と握手をする。

 ブルーノの顔立ちはお母さま似だわ。シャーロットはしみじみ思った。筋肉質なのはお父さま似、細身なのはお母さま似だわ。

「奥様の美しさには、私などまだまだ足元にも及びません。いろいろとお教え願いたいですわ。」

 シャーロットはうっとりと夫人を見つめ、しきりと瞬きをした。シャーロットの理性はそろそろ限界に近いようだった。

「まあ、私、あなたのためなら、いくらでも時間を取りますわよ、シャーロット。一緒に過ごせるなんて、楽しみですわ。」

「私もです。」

 シャーロットの嬉しそうな微笑に、ブルーノもペンタトニークも満足そうに微笑んでいる。

「ちょっと、シャーロット、」

「なあに、ミカエル。」

「こっち、は?」

「ん?」

 ミカエルが体をずらして、サニー達の方へシャーロットを引っ張った。サニーの肩越しにリュートがいるのが見えた。背が高いリュートは飲み物を片手に、シャーロット達の様子を観察していた。

「シャーロット嬢、ご機嫌いかがかな。」

「まあ、王様、お久しぶりですね。お会いできて嬉しいわ。」

 自分がどうして上機嫌なのか不思議だなと思いながら、シャーロットは満面の笑みで、父王と両手で握手した。

「再会のキスをお願いしても?」

 そんな文化あったかしら、と思いつつ、シャーロットは父王の両頬に、かわるがわる寄り添ってキスをした。

「お父さま、お戯れはおよしくださいませ。」

 クラウディアが父王を窘めた。サニーとレインは驚いた表情で、シャーロットと父王を見ていた。父王は笑みを浮かべてシャーロットを見ていた。

「シャーロットには褒美を与えてやりたいものよのう、サニーや。」

「ええ、私もそう思います。」

 微笑んだままシャーロットは、心の中で首を傾げていた。挨拶して褒美? 褒美って婚約破棄以外で?

「何か欲しいものはあるかね、シャーロット嬢。」

 父王の質問に、傍に寄って来ていたブルーノの両親も、興味があるのか話を聞いている。リュートも身を乗り出して聞いている。近くに、エリックとこちらにやってくる父と母、祖父の顔を見えた。シャーロットは思わず手をあげて振って呼ぼうとしてしまう。いかんいかん。私は今、公爵令嬢。猫を被って令嬢を頑張っている最中…。

「あら、シャーロット、何か欲しいものがあるのかしら。ねえ、あなた、私達にも用意できるんじゃなくて?」

「ああ、私達の方が用意できるだろうな、」

 海運王ペンタトニークは父王の顔を余裕の笑みで見た。

 サニーの顔を見ると優しい微笑を浮かべていた。ブルーノは美しい顔で微笑んでいる。隣にいたミカエルは、戸惑った表情を浮かべていた。リュートはじっとシャーロットの様子を観察している。エリックの顔がブルーノの肩越しに見えた。

 シャーロットの頭の中にはローズが思い浮かんだ。みんなローズの攻略対象なんだっけ? ゲームの世界だと、みんなローズが大好きなんだっけ。

「私、本が欲しい。」

「どんな本だね、シャーロット嬢。」

 父王の鋭い目つきに、シャーロットは言葉を選んだけれど、とっくに敬語は怪しくなっていた。

「なんていう本なのかわからないの。だから、欲しいの。黄色い頭がトゲトゲした髪型の子供のような王子様が、丸い星の上に立って、赤い薔薇の花にじょうろでお水をあげているの。」

 ローズをみんな愛してあげてほしいの。シャーロットは何故か泣きたくなった。

「ああ、前に図書館で探していた本だね。」

 ブルーノが呟いた。

「ええ、見つからないから、欲しいの。」

「誰か、その本はなんという本なのか知っている者はいるか?」

 父王は周りの人間に尋ねた。一瞬静まり返り、誰もがこの会話を注目しているのが判った。でも、誰も答えなかった。ブルーノの傍でエリックが、怪訝そうな顔つきでシャーロットを見ていた。

「本当にそんな本があるのですか? シャーロット。」

 サニーが確認するように尋ねた。突然とても悲しくなったシャーロットは、小さな声で答える。

「ええ。ローズが見ていたから…。」

「あのような者の名は口にしてはいけません、シャーロット!」

 ガブリエルが声を荒げ、隣にいたレイン王子がびっくりしたようにガブリエルを見た。

「プチ・プリンス。」

 沈黙を破り、ミカエルが呟いた。

「その本の名前は、プチ・プリンス。小さな王子さまって本。」

「その本は、まだシャーロット嬢は手にいれてはいないのだな?」

 父王が確認する。

「ええ、見つからなくて。」

 図書館では挫折してしまった。

「シャーロット、その本を君に渡せたら、」

 サニーが言葉を止めた。見つめるサニーに、シャーロットは平然と答えた。

「ええ、私もお返しをするわ。」

 シャーロットは特に何も考えていなかった。ご褒美にお返しがいるなんておかしいといつもなら思うのに、何も考えずにお返しを約束していた。本が見つけて貰える、と気分が高揚していた。

「酔った勢いで約束なんてしちゃダメだ、シャーロット、」

 ミカエルがシャーロットの耳元で囁いた。あら、私、酔ってなんかないわ。たった一口で酔いが回ったシャーロットは笑い出したい気分で思う。

「決まった。言葉はどの国の言葉がいいかね、シャーロット嬢。」

 世界中で売ってる本なの? シャーロットは手を叩いて喜びそうになった。ギュッと両手を合わせて我慢する。

 父王の言葉に、ブルーノの両親も頷く。ミカエルは困った顔をしていた。リュートは静観していた。

「どこの国でもいいわ。私に、その内容を教えてくれるのなら、なんでも。」

 ミカエルが朗読してくれたら素敵なのに。シャーロットは想像しただけで気持ちがウキウキしてきていた。ミカエルの声で、耳元で囁いてほしかった。

 うっとりと優雅に微笑むシャーロットは美しく、その場にいたすべての者達を魅了していた。

 こうして、シャーロットの願いでそれぞれの国の言葉で書かれた本が、各国の王族達によって探されることになった。

ありがとうございました

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