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<5>美少女(!)と美少女(?)と美少女!

 ミカエルはランチをシャーロットの向かいの席に座って食べながら、不機嫌そうな顔をしていた。何となく格好に原因があるのだろうなと思うシャーロットは、特に追及はしなかった。

「今日は王子のコスプレの日だけどさあ…、」

 コスプレ? シャーロットは首を傾げる。ミカエルはなんだかよく判らないことをぶつぶつ言っている。

「ミカエルの日は疲れるなあ…、」

 王子様は注目を浴びるもんですよ? と思うが黙っておく。シャーロットには何もできないからだった。

 食堂の、窓際の席はオープンテラスにつながっていて、丸いテーブルに席が二つずつのセットで、生徒の間ではカップル席と呼ばれていた。今日は時間が遅くそこしか空いていなかったので、シャーロットはミカエルとカップル席に座っていた。

「ここ、なんだか視線が痛い。」

 食堂の中の方が見えるのは、シャーロットの方の席である。確かにシャーロットは食堂の方から見られている気がしなくないでもなかったが、婚約者のミカエルと一緒なのだから当たり前だろうと思って気にしていなかった。

「そう? 私は痛くないけど?」

「ならこっちに並んで食べようよ、」

 ミカエルに無理やり隣に移動させられてしまうシャーロットだった。肩がぶつかる程の狭い並びに、面倒なことになったなーと内心思っている。

「ではここに、私が混ぜて貰っても構いませんね?」

 椅子とランチの乗ったプレートを手にした男子生徒が、シャーロットがずれたことによって生じた空間に割り込んできた。やわらかそうな栗色の巻き毛の、優しい黒い瞳の男子生徒は、少し肌の色が浅黒かった。目鼻口の作りも派手で、長くて黒い睫毛がタレ目によく馴染んでいて、微笑む顔は魅力的だった。

「ミカエル王太子殿下とシャーロット公爵令嬢ですね?」

 テーブルにプレートを置き、いつでも座れるように引いた椅子の横に立って、お辞儀をする。

「はじめまして、隣国からの留学生のサニー、サニー・サクソルン・コルネットと申します。身分は第ニ王子です。」

「どうぞ、座りたまえ。」

 ミカエルが低い声で促す。今日はずっと王子様ごっこ中なんだろうなとシャーロットは思う。

「君はよくそんな狭いところに入りたがるのだな、」

 ミカエルの言葉の意味は、そんな狭いところに入るくらいなら入ってこなくてもいいのでは? というくらいの意味なんだろうなとシャーロットは思う。

「ええ、ミカエル王太子殿下にお会いできるチャンスはそうそうないですからね。」

「ミカエルでよい。そうそう王太子殿下と連呼するな。」

 男を意識する称号をつけるなとでも言いたいんだろうなとシャーロットは思ったが黙っておく。結局ミカエルって男の名前だもんね。

「シャーロット様ともお近づきになりたかったですし、ついてました。」

 にこにこと笑いながらランチを食べるサニー王子は、育ちがいいのだろうとシャーロットは思う。ミカエルの嫌味も堪えていないようだ。

「同じクラスですのに、シャーロットでいいですわ。様など、サニー殿下の方が御身分は上でございましょう?」

 シャーロットは淑女の笑みで微笑む。ほんの少し首を傾げるのがポイントなのだ。これは長年のお城での淑女教育における印象操作術の結果だった。

 パッと顔が赤くなるサニーにミカエルがちっと舌打ちした気がしたが、シャーロットは聞かなかったことにした。

「では、私の事もサニーと呼んでください。シャーロット。」

「ええ。そうしますわ。サニー、」

 シャーロットはそう社交辞令で答えたが、恐らく呼んだりはしないだろうと思った。何しろサニーと同じクラスだと言ったのは適当な推測で、違うクラスだったとしても、記憶違いかしら、オホホ、で誤魔化そうと思っていたからだった。

「で、何の用だ?」

「私はこの学校に留学しに来た最大の理由は、花嫁探しです、」

 突然何を言い出すんだろうとシャーロットは思う。そんなの、黙って見つければいいのでは? と思うが微笑んで忘れる。

「3年間の留学の間にいろんな女子生徒を観察して、我が国に有益になりそうな女性として連れて帰るのです。」

「ほう、」

 ミカエルはどうでもよさそうな生返事をしながら、ストローの刺さったパックのイチゴミルクを飲んでいる。ご飯終わったからもう席立ちたいんだろうなーとシャーロットは思うけれど、同じテーブルのサニーはまだ食べている。シャーロットはマナーとして最後まで付き合う気でいたけれど、ミカエルは明らかにサニーに興味がなさそうだった。まあね、他人の嫁探しなんてミカエルにはどうでもいいんだろう、シャーロットはぼんやり思う。

「今のところ、一番有益そうなのは、そちらにいらっしゃるシャーロットです。」

 げほっげほっとミカエルは噎せ返り、イチゴミルクが変なところに入ったのか咳き込む。シャーロットは慌てて背中を摩ってやる。

「シャーロット様は、異国からきた転校生の女子生徒に大変優しく接しておられます。他の者にはあのような慈愛の精神は見受けられません。」

 それ、ここにいるミカエルの事だから、とシャーロットは突っ込みを入れそうになるが、ミカエルが心配で言葉を飲み込む。ミカエルは噎せ込んでいる。

「私、サニーには何もしてませんよ?」

 一応念のために確認しておく。

「サニーとは、今はじめてお話ししましたよね?」

「ですから、観察した結果です。私もシャーロットと話すのは今日が初めてです。」

「勝手な評価を頂いても、困ります…、」

 シャーロットはミカエルと一緒にいただけで、ミチルが転校生だから何かをした訳ではない。

「今日からは私も、シャーロットの求婚相手の一人としてまずはお友達からはじめていただきたくて、今日はこうしているのです。」

 にこにことサニーは話しているが、ミカエルはむすっとした顔でサニーを見ていた。

「婚約も済んでいる我々の関係に、何がしたいというのだ?」

「できればミカエルが、新しく恋人を作って婚約破棄などしてほしいですね、」

 にこにこと物騒な事を言い出した。シャーロットは驚きのあまり、ミカエルを摩る手を止めてしまう。

「1年もあれば、次の人も見つけられるでしょう?」

「それは君も同じではないのか?」

「私は同じクラスです。同じクラスの方が、病弱なあなたよりも有利でしょう?」

 二人の間に火花が散っているように見えた。恐ろしいことになって来たな…とシャーロットは思う。ミチルとして同じクラスにいるミカエルが、そのために病弱設定で生活している事がまさかこんな形で裏目にでるとは思ってもいなかった。

「シャーロットは渡さん。」

 ミカエルが低い声で言った。今日は部屋に帰ったら荒れそうだなとシャーロットは思う。せいぜいミカエルの好きそうなお菓子の用意でもしておこうと、放課後購買による計画を立てる。

 昼休みが終わるチャイムが鳴った。「行くぞ、シャーロット、」とプレートを手にミカエルが立ち上がる。

「またね、シャーロット、」と手を振り余裕な表情で続きを食べるサニーに、シャーロットは「予鈴までまだ時間はあるわ、大丈夫よ?」と励まして席を立った。


「もうね、なんなのあれ。おかしいでしょ、」

 放課後、王族用の部屋でミカエルのいつもの格好に戻ったミカエルは、シャーロットと二人でお菓子を食べていた。

 もうミカエルは、部屋着であるワンピースにパーカーを着てゆるふわのルームシューズを履いている。全体にピンクの色合いの可愛いミカエルに、シャーロットはキュンキュンになってときめいているが、そこは表情に出さないようにぐっと我慢している。シャーロットの部屋に置いている部屋着とは違ったので、ときめきが止まらないのだ。

「そう思うよね、シャーロット、」

 ソファアに大人しく座って紅茶を飲むシャーロットは、まさか心の中で可愛いを連呼しているようには見えなかった。猫かぶりもここまで来ると達人の域である。

「え、」

 縋るような表情のミカエルを見て、やっぱり可愛いと思い見つめてしまうシャーロットだった。

「婚約してる僕達の関係を破棄して別れさせるなんて、あいつおかしいよ。」

 ゲームだとミカエルとローズが婚約するためにシャーロットは婚約破棄されるのだから、シャーロットが婚約破棄をするためにミカエルが例えばローズと婚約してしまえばゲームの通りになるんじゃないのかしらとシャーロットは思ったけれど、黙っておく。

「そうね…、」

 結果は同じなのだから順番が違っただけの事ではないのかしらと思うけれど、黙っておく。シャーロットは今のところミカエルと婚約破棄する気がなかった。

「私、ミカエルが好きよ?」

 サニーよりはね、と思う。

「え、」

 ミカエルが顔を赤らめている。何この可愛い子、とシャーロットは抱きついてイイコイイコしたくなるが我慢する。

 妙な沈黙が続き、シャーロットはなんか自分は変な事を言ってしまったのだろうかとふと振り返る。おかしいなあ。

「…、して」

 ミカエルがもじもじとシャーロットに近づいてくる。

「して?」

「シャーロット、キスして。」

「はい?」

 どうやったらそういう展開になるのかシャーロットにはわからなかった。

「しません。」

「してくれないと嫌だー」、駄々っ子か、と思うが流しておく。

「しませんが嫌いではないです。」

「なんか不満ー」、ミカエルが上目遣いにシャーロットの肩に顎を乗せてくる。

 可愛すぎで動けない…、シャーロットは固まってしまう。時計に視線を走らせ、ああ、もう帰るかな、と思うのだった。こうなってしまうと、駄々っ子ミカエルはなかなかシャーロットを離してくれなくなる。

「ミカエル、また今度、ね、」

 ミカエルの頬に人差し指をちょんとつけて、シャーロットは微笑む。

「ミチルになって戻って来てね、その恰好のままじゃ嫌よ?」

 王子の部屋から部屋着の女子生徒が出てきたら、いくらなんでも怪しすぎる。

「じゃあ待って、着替えるから。一緒に行く、」

 ミカエルが慌てて服を脱ぎだす。シャーロットは散らかったお菓子を片付けて、ミカエルの荷物を持って待ってやる。

 一応私女の子なんだけどな。下着姿でミチルの女子生徒の制服に着替えるミカエルを見て、複雑な心境になるシャーロットなのであった。


 同じクラスにエリックとサニーとリュートとローズがいる。

 ミカエルもミチルとしているのだから、きっかけが何もなくても何かが始まってしまうのは仕方がない事なのかもしれない。

「では、課題の実習の班決めをするぞー、仲のいい者同士でいいからなー、」講師が提案した時、何となく目が合ったのがこの6人だった。

「よろしくね、シャーロット。」

 サニーが握手を求めてきた時、ミカエルが「チェストー」と言って手刀で払い落とした。

「面白いねー、」

 エリックがおなかを抱えて笑っている。シャーロットとエリックは姉弟である。その時点で班を分けるべきじゃない?とシャーロットは思う。この6人で決まったことに、地味に不満を持っていた。

 何となくローズとシャーロットは近くにいて、二人で見つめ合って笑ってしまう。

「そこ、不健全、」

 リュートの突込みが入る。「風紀乱れるから。」

 女子同士ですけど何が? と思うが面倒なので黙っておく。ローズは男性として誤認されることを好んでいるようで、女子であることのアピールをしていなかった。

「課題は街の警備と街の今後について。」

 ざわつく教室などお構いなしに、講師が黒板に大きな文字で書いていく。

「内容は我が街探検記録でもいいから、班ごとにレポートにまとめること。学生だけで実際に行って考察してくるように。」

 ほとんどの者が貴族なので自分で買い物をした経験がなかった。街に出て探検など危険すぎて行ったことがない。学校に入学するまで護衛のない外出を経験したことのある者など、ほとんどいないに等しかった。

「ドキドキしちゃうね、」シャーロットはローズに話しかける。

「姫様、外出したことないもんね、」

「そうなの。いつもロータスにお願いしてたからね。」

 ふふっと笑ってローズは頷く。「楽しいお使いでしたよ?」

「じゃあ週末、さっそく出かけようよ。」

 ローズとシャーロットの会話を分断するように、ミカエルが予定を決める。

「制服は駄目だからねー。私服で来るんだよ、私服で。門の前に10時に集合だからね。」

 お昼もどこかで食べるんだろうなとシャーロットは思う。ミカエルの事だから無駄遣いしそうだな…。

 弟とお出かけか…、エリックを見ながらため息をつくシャーロットに、エリックはにやりと笑った。

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