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<48>悪役令嬢の弟よりも攻略対象者っぽい彼なようです

 夕食後、シャーロットの部屋にやってきたエリックは、当然のようにソファアを占領し、当然のようにシャーロットにお茶を要求した。

 シャーロットは無言でベルを鳴らして、「申し訳ないのだけれど、」と、侍女にお茶の用意を頼んだ。疲れていたシャーロットはもう寝るつもりで着替えも済ませていた。エリックには自分の部屋でお茶をしてほしかったけれど、仕方ないので付き合ってやることにした。

 侍女達からすれば、シャーロットは昔から、『エリックお坊ちゃまの我儘を聞いている優しいお姉さま』なのである。上手くあしらわないと煩いエリックが面倒なので話を聞いているだけなシャーロットは、まさか自分がそんなに高く評価されているとは思ってはいない。

 お茶の支度を終えた侍女達が部屋から出て行くと、エリックは紅茶を一口飲んでから、母好みのリボンだらけのネグリジェ姿で化粧台の前の椅子に座って距離を取るシャーロットを見つめた。

「お姉さまは、どうするつもりなんだ?」

「どうするもこうするも…、何もしないわよ?」

 シャーロットに出来る事は、婚約破棄を受け入れない、ただそれだけなので、何もしないのが正解だと思った。下手に動けばそれを理由に揚げ足を取られてしまう。

「ブルーノは、変わったぞ。」

 そのようね、とシャーロットは思った。髪を切ったのは決意の表れなのだろう。

「お姉さまを迎えに行けるように事業も継いで、地位も継ぐための勉強も受け入れると決めたらしいけど?」

「それは素敵ね。」

 シャーロットではない誰かのためにそれをし終えて、シャーロットではない誰かと国を守っていくのだろう。

 シャーロットは目を伏せて、自分の心の中の思いにも、蓋をした。

「建国記念日の後の、記念舞踏会にも出るようだよ?」

「よかったわね?」

 シャーロットは自分はミカエルと踊るのだろうなと思った。婚約者なのだから当然だろう。社交界デビューは一応13歳の頃からしていた。それ以来ミカエルの誕生日に毎年踊っていただけの社交界だけど、16歳になった今、もっとそういう場に呼ばれてしまうのだろうなと思った。

「お姉さまは、今の婚約者にエスコートされるのだと思っているだろうけど、その日は俺がエスコートするからな。」

「え? どうして?」

「婚約を解消する予定の婚約者にエスコートなどさせる訳にはいかないだろう。」

 シャーロットは当然のような顔をするエリックを睨みつけた。

「どういうことなの?」

「上手くいけば、大使との懇談の時間にお姉さまは婚約破棄される。その後の記念行事は、婚約破棄をされた後の公爵令嬢としてお姉さまは舞踏会に出ることになるんだ。欠席してしまうのが一番だけれど、国の行事に欠席するとあとあと面倒だ。だから、仕方なく傷心のお姉さまを弟の俺がエスコートして舞踏会に出席する、という流れを作る。」

 そんなところまで話は決まっていたのか…。シャーロットは父が言っていた通り、シャーロットも知っていた方がいい大きな話になって来たなと思った。

「あのね、ずっと考えていたんだけれど、」

 シャーロットはエリックの顔をじっと見た。

「婚約破棄して貰うって簡単に言うじゃない? 破棄を願い出た場合の違約金の話も出せる額とか相場より安いとか酷い言いようだし。そんなに簡単に婚約って破棄されていいものなの?」

「してはいけないことだから、こんなに家族で悩んでるんだろ、シャーロットお姉さま。お姉さまがローズを見捨てていればまた違ったかもしれないけれど、そもそも、婚約自体が早すぎたんだと俺は思うよ?」

 確かに10歳でした婚約で、結婚はおそらくシャーロットが卒業する18歳以降だ。8年の間にいろんな事情も変わるだろうに、結婚する8年も前からシャーロットの人生は決められてしまっていた。

「10年もあれば国の情勢も物流も変わる。たぶん、この婚約を決めた者達はおそらく頭が固い老人ばかりだ。安定した古き良き時代を守りたい先代の国王やその取り巻き達だろう。もうその者達も第一線を退いているのに、お姉さまとミカエル王太子殿下の婚約だけは遺産のように残っているんだ。」

 シャーロットは先代の国王を思い浮かべた。赤ら顔に白銀髪の大男で、赤いマントがよく似合っていた。国王と言うよりは、気の良いおじさんと言った距離でシャーロットを可愛がってくれた。シャーロットは会う度にお菓子を貰っていたなと思った。先代の国王はシャーロットとミカエルが婚約したすぐ後くらいに亡くなっていた。

「今婚約者を選べる立場なら、お姉さまは自由に選べたはずだ。いい条件の男が選り取り見取りでね。俺達家族もこんなに苦労することはなかっただろうし、俺も自分の婚約者を選ぶ余裕があっただろうと思う。」

「エリックでも、そういう人いるの?」

 あんたにそんな浮ついた話、似合わないと思うんだけどなーとシャーロットは心の中で呟く。

「いないし、それどころじゃない。お姉さまが片付かないと、ゆっくり選ぶ時間がない。下手に選んで、その柵でお姉さまをどうにもできなくなるのは困るからな。」

「そう、それは悪いことをしたわね。」

「安心しろ、俺には一応情報源が沢山子飼いでいる。最悪、その中から選ぶという選択もある。」

 へえ…そんなのいるんだ…。シャーロットは心の中で思った。エリックの情報源が誰なのか知らないだけに、秘密めいている。

「ローズの件は…、先に謝っておく。」

「何かしたの?」

「今からする予定。」

「何をするの?」

「街の買収。」

「はい?」

 規模が大きすぎて、何を言っているのかシャーロットには理解できなかった。

「ななしや付近の土地を買い取って、ななしやにはあの街から出て行ってもらう予定。」

「え、そんな…。」

「あの店があるからローズがあんななんだろ? じゃあ、無くなれば、もう少し貴族らしい立ち居振る舞いを学べるんじゃないか?」

 エリックは手にしたカップのお茶を飲み終えた。

「言っておくが、俺が買うんじゃない。それは理解してくれ。俺は、そうだな…。そういう土地があると囁いただけだ。」

 にやりと笑ってエリックは立ち上がった。

「お姉さま、何かをしようとするなよ? 何かするなら、あの者達はもっとひどい目にあう可能性だってあるってことを、忘れるなよ?」

 部屋を出て行ったエリックを、シャーロットは睨みつけるしか出来なかった。


 翌朝、シャーロットは眠い目をこすりながら朝食を終え、眠いなと思いながら帰り支度を眺めていた。 自分でするというのに母や侍女達が寄ってたかって荷物を纏めていたのだ。先に着替えを済ませていたシャーロットはソファアの背に凭れながらその様子を見ていたけれど、やがて眠ってしまった。昨晩はエリックの言葉が頭の中でぐるぐると回り回って、寝付けなかったのだ

 眠ってしまったシャーロットの顔を母は撫でて、「こんなに美しく生まれたのに、どうしてこの子は不幸なのかしら、」と呟いた。

 母の目にはシャーロットは、望まない婚約を無理やりさせられ、友人には恵まれず、自分から厄災に飛び込んでいく選択ばかりする愚かな子に映っていた。

「この子がいい人生を歩んでいけるように、私達がしっかりと導いてあげるしかないわね、」

 そう言った母の言葉に、控えていた侍女達や荷物を運ぼうと受け取りに来た執事達も、「畏まりましてございます、奥様、」と力強く誓っていた。


 眠っていたシャーロットは、「起きて、」と誰かが耳元で囁く声で目が覚めた。

「シャーロット、帰るんだろ?」

 どれくらいソファアで眠っていたのだろう。自分の格好を見れば、深い茶色のレースだらけの茶色のブラウスを着て、ふわりと広がった小花模様の茶色の膝下丈のスカートの下にはレースを重ねたペチコートを重ねていた。頭には薄桃色のレースのリボンのカチューシャを付けていた。今朝侍女達に着替えさせられたままだった。

 ああ、まだ帰ってなかったんだっけ? いつから寝てたのかしら。

 眠い目をこすりながら、目の前に立つブルーノを見た。碧い瞳は甘く微笑んで、シャーロットを見つめている。

「ブルーノはどうして私の部屋にいるのかしら。」

 目の前のブルーノは、黒いシャツに黒地に灰色の縦縞のスーツを着てめかしこんでいた。どう見ても制服ではない。

 部屋の入り口には、深緑色のスーツを着たエリックが腕を組んで立っている。ドアは開きっぱなしで、部屋の外の音が聞こえてくる。何か会があったのか、階下から客人達の賑わう声が聞こえていた。

「ん? ああ、公爵夫人にお昼を誘われたんだ。さっきまで昼食会で、うちの親も来てたんだ。ほら、この国の建国記念行事が近いからね。夫人がシャーロットなら寝ているって教えてくれたから、エリックと見に来たんだ。ほんとに寝てたからびっくりした。」

 シャーロットの予定ではお昼前には家を出て、寮で遅めの昼食をとるつもりでいた。もうそんな時間なんだ。何となく、おなかが空いている感じがする。

「こういう女の子な格好も似合うね、シャーロット。」

 母の趣味なんだけどね、とシャーロットは思った。膝下丈は母の好みなのだ。シャーロットは膝丈が好きだった。動きやすいからなのだけれど、母ははしたないと顔を顰める。令嬢としてもっと丈の長いスカートを履きなさいと言われるのだけれど、学校にいる時くらい自分の好きな格好をしたかった。

 ソファアから起き上がろうとすると、ブルーノがシャーロットを抱き締めた。

「一緒に帰ろうか、シャーロット。」

 見上げると、ブルーノは優しくシャーロットを見つめていた。シャーロットは視線を逸らした。

「荷物があるから、自分のうちの馬車で帰るわ。」

「じゃあ、その馬車に一緒に乗せて? 手ぶらで来たし荷物がないから、エリックと三人で乗っても変わらないでしょう?」

 それはそれで面倒だな、とシャーロットは思った。煩い弟とブルーノと3人で同じ馬車かあ…。

 部屋に入ってきた母が、ブルーノに抱き締められているシャーロットに気が付き、「まあ、」と驚いた。

 母の声でシャーロットは身を離そうとしたけれど、ブルーノは動じることもなくそのままシャーロットを抱き締めている。

「ブルーノ様、シャーロットは一応嫁入り前ですのよ?」

 母はやんわりと注意する。

「ええ、僕のところへ、嫁入り前、ですよね?」

「違うから、」

 シャーロットはブルーノの腕をとんとんと叩いた。

「離れて。お願い、ブルーノ、」

「仕方ないね、シャーロット、じゃあ、一緒に帰るのは決まりだからね。」

 ブルーノはようやくシャーロットから離れた。

「シャーロットを送ってくださるお話をされていたのね、それは良かった。」

 母は納得したのか微笑んだ。

「婚約のお話は、先ほどお父上にお話ししたとおり、まだ解消が済んでおりませんの。それまでは、慎重に行動なさってくださいませ。」

 母は含みを持たせたて言い、微笑んだ。

「この子に落ち度のない婚約解消を、私達は望んでおりますの。」

「ええ、その方がお互いにいいですね。」

 母とブルーノは何の話を昼食会でしたんだろう。いったいどういう人達が昼食会には呼ばれたんだろう。

 私は初めから参加させないつもりでいたんだろうな、とシャーロットは思った。昼食前に帰ることは事前に知らせてあったし、こうやって眠っていても誰も起こしには来なかった。


 帰りの馬車の中で、当然のように隣に座ったブルーノとの間に自分のカバンを置いて、シャーロットは窓際に座った。

 向かいの席に座るエリックは二人の様子を観察しているようで、組んだ足の上に両手を置いて黙っていた。ブルーノはシャーロットの横顔を見つめている。

 シャーロットは二人を気にせず、ずっと窓の外を眺めていた。窓の外の街並みは、いつもと同じ喧噪で、いつもと同じ庶民の生活が垣間見れた。

 この街を買収するなんて。ローズとの縁を切るためにはそこまでしなくてはいけないのか…。

 冷静に考えると、ミカエルの言うゲームの主人公のローズを虐める悪役令嬢シャーロットは、意地悪をし虐げていたと言っていたけれど、まさにそのままなんじゃないのかな。ななしやの土地を買収って、主人公の生活を脅かしてるよね?

 シャーロットはどんどん自分が本当の悪役令嬢になっていく気がして、どうしてこんなことになってしまったんだろうと思った。

「あの街が欲しいわ。」

 シャーロットは独り言のように呟いた。

「私の街にしてしまえば、エリックは手出しできないでしょう?」

「突然、何を言い出すんだい、シャーロット。」

 おかしそうにブルーノが言った。エリックは黙ってシャーロットの顔を見ている。

「ななしやも再建できるように、私が支援したいわ。」

「…お姉さまに、いったい何の権力があると言うんだい? お姉さまが望んでも、叶えるのは俺や、お父さまや、婚約者だろう?」

 シャーロットには何の財力も権力もなかった。

「そうね、そうだったわ。」

 溜め息混じりに呟いたシャーロットに、ブルーノは言った。

「ななしやもローズも、僕の国に嫁いできてしまえば、シャーロットには取るに足りない小さなことだろう? どうなろうと気にしなくていいんじゃないのかな?」

 それはとても貴族らしい考え方だった。庶民の生活は庶民でどうにかすればいい、そう言っているのだろう。

「じゃあ、せめて、火事の痛手から立ち直ってから、ではダメなのかしら。」

「火事で土地がごたごたしているから、土地が安くで買い叩けるんだよ、お姉さま。」

 エリックはにやりと笑った。

「見舞金を上乗せして貰う事で、やり直せる店だってあるんだ。何も悪い面ばかりじゃないんだけど?」

 エリックの言葉に、シャーロットは少しだけ希望が見えた気がした。どうか、いい条件で土地が少しでも高く買い取って貰えますように。赤の他人の話だけれど、シャーロットはそう願わずにはいられなかった。

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