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<44>ヒロインはミカエルルートを一人で進めているようです

 夕ご飯を一緒に済ませた二人は、またミカエルの部屋に戻っていた。ソファアに座ったシャーロットに、ミカエルは机の引き出しから古ぼけた攻略ノートを持って来て、話し始めた。

「ミカエルルートのローズはちょっと成績が残念な子で、図書館の辞書の棚で一冊の辞書を同時に一緒に触ったゲームのミカエルと目が合い、知り合うんだ。」

 そこで恋に落ちちゃうわけね、とシャーロットは思ったが黙って聞いておいた。ゲームといえども、自分以外の誰かがミカエルと恋に落ちてほしくなかった。

「話しているうちにローズの成績があまりよくないと知って、勉強の指導する過程でだんだん距離を縮めていくんだよね。昼休みに一人でぽつんと過ごすローズを気にかけて、一緒にお昼休みを過ごし始めて放課後も一緒に過ごすんだ。で、それに苛立つゲームのシャーロットがあの手この手で二人の仲を邪魔する、と言う展開が進むんだよね。」

「…。」

 聞いてるだけで少し腹が立っているシャーロットは、ゲームのシャーロットを応援しそうになっていた。無言になってしまうシャーロットに、ミカエルは、当然のように言った。

「ま、王道の展開だよね。ここでローズを庇って甘い言葉で囁いて、王子様が王子様らしく振舞うんだよ。このゲームはとにかく絵が美しいからそういう何気ないシーンもいちいち綺麗だし、音楽もフルオーケストラでいいんだよ。メロドラマみたいな気がしなくもないけど、とにかく男の子がかっこいいの。」

 ミカエルの格好で男の子がかっこいいのって言われてもなあ…。ミカエルは自分のことをかっこいいって言ってるのと同じなんだけどなあ、とシャーロットは思った。

「あのね、ミカエル。」

 考えているうちに気が付いてしまったシャーロットは、これを言っていいものかどうか、困ってしまった。でも言わないといけない気がしてきた。

「ミカエルはミカエルルートを攻略してよねって言ったじゃない?」

「そうだよ、言ったよ。」

「私、成績を下げていくところから始めなくちゃいけないのかしら?」

 シャーロットは今のところ、上位5位以内から落ちたことがない。

「あのね、言い難いんだけど、奨学生じゃない頃のローズは確かに75位だったりしたわよね? 今回、頑張って9位だったじゃない? あの…、本当に言い難い言いんだけど、ミカエルのいう条件はローズに当て嵌るんじゃないかな?」

 ミカエルがつきっきりでローズの面倒を見て成績を上げていくという成功物語なら、75位の出発点は妥当と思えた。75位から二人三脚で学べばそりゃあ恋も成績も進展するだろう。

「そうなんだよね。成績を上げるのも、ガブリエルに言われたから、今回からローズは自力でやるって言ったんだよね? 今回だってシャーロットが面倒見たからこういう成績が取れたのに、果たして一人で自分のペースで学力は維持できるのかなって、不安になるよね。」

 じゃあ、攻略はローズがやった方がいいんじゃないの? 考えたくもないけれど、シャーロットは思った。

 ミカエルがつきっきりでローズの面倒を見てくれれば、ローズは奨学生としてこの学校にいられるのだ。私はできるならそうして欲しいんだけどなとシャーロットは思った。ミカエルとは親密にはなってほしくないけれど、それしか方法がないなら我慢しようと思う。

「攻略は、私は諦めた方がいいんじゃないのかな。」

 シャーロットは申し訳なさそうにミカエルを見つめた。

「えー。シャーロットは婚約者なのに婚約者を攻略しないの? おかしくない?」

「いや…、あのね…、」

 シャーロットは言葉を濁した。婚約者でも、成績を下げてまで攻略するっておかしくない?

「何か他に攻略する方法ってないの?」

「このゲームのローズはどのルートでも基本的には、成績もあんまりよくないし、育ちに自信がなくて、攻略対象者がそれとなーく貴族の習慣を教えて、それとなーくフォローしていくんだ。特にミカエルルートはそれが顕著で、王族だから豪華だしやることは自信に満ち溢れてるし、それに絵も音楽も上品で美しいしで、『ミカエル様って素敵な王子様』ってノリでお話が進んだんだよねー。ナオちゃんがこんな甘いセリフ言うやつはいないって笑ってたことがあったから、まあ、甘い甘い王子様なミカエルだったと思ってよ。」

 聞いているだけで目の前のミカエルとは差がある気がして、シャーロットは笑い出すのを我慢した。必死で猫を被って平常心を取り繕う。

 ミカエルが甘い王子様? ナニソレ、面白すぎる。

「シャーロットも、ミカエルルートのシャーロットは才色兼備で黙っていればとても美しい女性なのに、性格は最悪に意地悪で、育ちを笑うし成績を笑うし仕草ひとつにも嫌味を言うんだ。もうね、いびり倒してたから。そりゃ断罪されちゃうし婚約破棄しちゃうよねって勢いで、罵倒が凄いの。途中、教室でみんなの前でローズの育ちを笑うシーンがあって、あれはほんと、嫌な女だった。」

 身に覚えのない話とはいえ、自分のしたことのように言われてしまうと、シャーロットは微妙に憂鬱になった。身の回りにいびり倒したり罵倒するような人がいないので、何を言ったりしたのか想像はつかなかったけれど、ローズを悲しませたんだろうなとは推測できた。

「そんな状態で、よくローズは耐えたわね。」

 ちょっとゲームのローズに同情までしてしまう。

「そりゃね、王子様ミカエルが傍にいて励ましてたし、それとなく高級な実用品をプレゼントして機嫌を伺ってたからね。」

 私は貰ったことないんだけどなあ、とシャーロットは思った。ミカエルがくれるのはたいていマリライクスの品で、もしかしたら販売促進用の広告的な品物なんじゃないのかなと思う時すらある。

「それはかなり親密だったのね? じゃあ、そのミカエルルートで親密度が上がってると判る食べ物とか持ち物ってあるの?」

 リュートの演武会の時のように、サンドイッチの種類でわかったりするのだろうか。シャーロットは聞いてみたいと思った。

「ミカエルルートだと、放課後に一緒に中庭の噴水の縁で一緒に本を読むんだ。その本がどんな本なのかで親密度を測るんだけど…。好感度が高いと愛の詩集が出てきて、その詩をミカエルが囁くんだ。」

 ミカエルの顔でまじめな表情で愛の詩集を囁くの?

 想像しただけでシャーロットは顔から火が吹きそうになった。それは…、甘すぎる…!

「これがまたいい声なんだよ。あの綺麗な顔で素晴らしい音楽で美声の声優でしょ? ナオちゃんがスマホに録音して何度も再生してたから…、ちょっと、シャーロット、その手は何?」

 顔を真っ赤にして耳を塞いでいるシャーロットの手を、ミカエルは剥ぎ取った。

「この程度で照れてどうするの?」

 ミカエルはにやにやと笑っている。

「ミカエルルートの攻略ってことは、シャーロットがそれをするんだよ?」

 うわあ、恥ずかしくて死にそう。シャーロットは思った。そんなところに居合わせたくないし、自分が体験したいとも思わない。

「ほ、他に何か方法はないのかしら?」

 シャーロットは照れて顔を赤らめながらミカエルを見た。

「ミカエルルートは王道の恋の道だからねえ。見ているこっちが照れそうなことをいけしゃあしゃあとやってのけるから王子様なんだよね。シャーロットも、そういうの、好きでしょう?」

 恥ずかしくて死にそうなので、そういうのはいいです…とシャーロットは思った。普通に、可愛いくて魅力的なミチルにキュンキュンして、ハンサムで綺麗な王子様なミカエルに時々ドキドキできればそれでいいです、と思う。

「明日から早速、放課後に挑戦してみる?」

「え? 何を?」

「中庭の噴水で愛の詩集を読むの。」

「いや、ちょっと、無理だから、」

 それは恥ずかしくて無理だから。

「何事も経験だよ~?」

「明日ミチルじゃないの?」

 シャーロットは咄嗟に尋ねる。ミチルの格好で愛の詩集なんて、それはそれで笑っちゃいそうだから無理だわ。

「いーじゃん、ミチルの格好でも、僕は僕でしょー?」

 ぶーたれたミカエルの顔は可愛かったけれど、ミチルの格好で愛の詩集はやめて欲しいと思った。

「何か別の方法をお願いします。」

 ちえーっと言ったミカエルが本気に思えなくて、もしかしてただ単に自分が愛の詩集を読みたいだけなんじゃないのかしらとシャーロットは思えてきた。

「ミチルには愛の詩集より、語学の教科書の方が似合ってる気がするわ。」

 ミカエルは語学の成績がどの教科よりも良くなかった。

「あ、そういうこと言うんだー!?」

 ミカエルがシャーロットを擽って来たので、シャーロットはもう我慢できなくなって笑ってしまった。私はこういうミカエルで十分好きなんだけどな、とシャーロットは思った。愛の詩集なんか囁かなくてもいい。勉強を面倒見てくれなくてもいい。ミカエルが傍にいてくれれば、私はいいんだけどな。


 ミチルなミカエルは金曜の朝からシャーロットと一緒にいた。ガブリエルも心配そうにシャーロットに付き添っていた。

 朝の授業で一緒になったクラスメイト達に、シャーロットは何度となく「もう体は大丈夫なの?」と質問された。リリアンヌ嬢とエミリア嬢も一緒にやってきて、調子を尋ねた。

「ええ、大丈夫よ?」

 そう答えたシャーロットに「良かった、」と言うと、クラスメイト達は誰もがちらりとローズを見て、「気を付けた方がいいんじゃない?」と言った。

 何を? と聞きたかったけれど、シャーロットは我慢した。無言で聞き流し、肯定も否定もしなかった。ローズに話しかけたかったけれど、ローズは黙って教室から出て行ってしまった。

 追いかけたかったのに、サニーがシャーロットの姿を見つけ、ミチルがいたけれど傍に近寄ってきた。

「もう大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫ですよ?」

 シャーロットが答えると、サニーはほっとした表情になった。

「シャーロットさえよければ、また一緒に過ごしましょう。ゆっくりできる時間も必要だとは思いませんか?」

 ええ、あなた以外とね、と思ったけれど、シャーロットは声にはしなかった。

「お気持ちだけで十分ですよ?」

 そう微笑んだシャーロットの髪を、サニーは触ろうとした。

「はいはい、触っちゃだめだからねー。」

 ミチルが手刀で「チェストー、」と言いながら払い落とした。

「何をするんです、ミチル。」

「そういう事は簡単にやってはいけないのですよ?」

 ガブリエルの口調を真似している。ガブリエルがくすくす笑った。

「まあ、ミチルは面白いですわね。」

「サニー、またね?」

 シャーロットが微笑むと、サニーは「またね、シャーロット」と嬉しそうに去っていった。

「あーあ、シャーロット。またねなんて期待を持たせるような言い方をして…!」

 ミチルが口を尖らせる。

「またねはまたねでしょ? さよならみたいな感じじゃないの?」

「違うよねー?」

「違いますわねー?」

 ミチルとガブリエルは首を傾げ合ってくすくす笑った。

 またねはまたねで、あんまり意味なんてない気がするんだけどなーとシャーロットは思った。


 お昼休みにミチルとガブリエルと一緒に学食に向かった帰り、シャーロットは噴水の縁に一人で佇むローズの姿を見つけた。下を向いて、膝の上を見ている様子が、とても哀れに見えた。

「ちょっと、先に行ってて?」

 シャーロットは学食の方へ引き返すふりをした。

「忘れ物しちゃったみたいなの、ごめんね?」

 ガブリエルとミチルが、じゃあ先に行ってるね、と言ったので、二人を見送り、くるりと向きを変えると中庭へ向かった。

 ローズは一人で、本を読んでいた。

「ねえ、何の本を読んでるの?」

 シャーロットが声を掛けると、ローズはびっくりしたのか声を飲み込んでいた。

 少し痩せたんじゃない? ローズの顔を間近に見ると、シャーロットは心配になってきた。まだ調子よくないのに、こんなところにいては寒いわ、と思った。

「ローズ、その本は?」

「…ただの絵本です。」

 ローズが広げている本では、丸い球体の星の上に立つトゲトゲ頭の王子様が、赤い薔薇の花にじょうろで水をあげていた。どこの国の言葉なのか、見たことのない単語が並んでいた。

「図書館で借りたの?」

「ええ、奥の方で見つけました。」

 ローズはそっと絵本を閉じた。

「あら、閉じちゃうのね。」

「ええ、もういいんです。」

 立ち上がると、シャーロットに微笑むと、ローズは言った。

「姫様が元気になられてよかったです。姫様がいないと学校ってつまんないですね。同じ教室に知っている人がいるってだけで嬉しいんだなあって思いました。」

「ローズ…。」

 もっと話し掛けて欲しいのに。シャーロットは思った。もっとお話ししたいのに。

 同じ学校にいるのに、ロータスの頃よりも話ができていない。すれ違ってばかりだ。

「じゃあね、姫様。私は大丈夫です。自力で勉強して奨学生でいられて、姫様と同じ教室にいられるように頑張ります。王女様とも約束しましたしね。」

 ガブリエルが約束させたことを、ローズは守ろうとしていた。

「あのね、私でよかったら協力するから。いつでも言ってね。」

 ローズは、シャーロットの瞳を見つめていた。焦げ茶色の優しい瞳が、悲しそうに沈んでいく。

「もういいんですよ? 姫様。」

 ローズの本を持つ手に力が入る。本が、体にきつく抱きしめられていた。

「無理をしないで、私の姫様。」

 去って行ってしまったローズに、シャーロットは唇を噛んで見送った。

 無理なんてしてないし、何がもういいって言うの? 一人の何が大丈夫なの? 一人でいたら、倒れたって誰も見つけてくれたりしないじゃないの。

「一人にしないで、ローズ。」

 シャーロットは呟いた。友達でいて欲しいの。私を、一人にしないで、ローズ。

 立ち尽くし、シャーロットは手を握りしめた。

 二人を見ていた学生達によって、『過労で倒れるまで尽くした公爵令嬢を、奨学生は無情にも使い捨てた』と噂されてしまうとは、シャーロットは知るはずもなかった。

ありがとうございました

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