表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/153

<43>悪役令嬢はミカエルルートだけ放置しているようです…!

 久しぶりに会ったミカエルは、学生寮の王族専用の部屋にやって来たシャーロットを見るなり、「お帰り」と抱きしめて頬にキスをした。

 ミカエルの格好でミカエルに頬にキスされるなんて…! 変に意識してしまったシャーロットは、顔が真っ赤になってしまう。ミチルと同じミカエルなのに、服装と雰囲気だけで別人みたいに感じた。

「まだ制服なんだね。」

 着替えていないミカエルが意外で、シャーロットは赤い顔のまま下を向いた。

 ミカエルはシャーロットを抱きしめ、髪を撫でた。靴のおかげで少しだけ背の高いミカエルは、耳元で甘い声で囁いた。

「元気になってよかった。会いに行けなくて辛かった。」

「ミカエル…。」

 お城での王子様のお仕事があるんだから、仕方ないよ。シャーロットは心の中で呟いた。

「さっき戻ったばかりなんだ。着替える時間も惜しいよ。」

 シャーロットも制服姿のままだった。制服を着替える為に自分の部屋に寄る時間が惜しかったので、そのまま来たのだった。

「私も、早く会いたかったから、このまま来ちゃった。」

 自分の制服を指差して、シャ-ロットは照れ笑いした。

 二人はソファアに深く座って、お互いの手を握って見つめ合った。

 コホン、とミカエルは咳ばらいを一つした。

「さて。久しぶりに会ったシャーロットに、久しぶりですが、いいお話と悪いお話があります。」

 え、またあるの…? シャーロットは凹んだ。前にもあったこのやり取りの後は、ひどい目にあった気がする。

「いいお話から、先に聞きたいです。」

 悪いお話が長くて大変なのは経験から知っている。

「やっぱそうだよね!? いいお話は好きだよね!」

 ミカエルは顔を輝かせて言った。

「マリライクスのピンク色と水色の2色のクマリュックがバカ売れして、増産により増産で、色違いのシロクマまで発売決定です! 僕は今年度のミチルの学費がもうじき返済できそうで~す。パチパチパチ~!」

 自分の手を叩いて盛り上げる。このノリ、やっぱ王妃の血のなせる業だわ、きっと。ガブリエルにも分けてあげて欲しい軽さだわ。シャーロットは心の中で思った。

「いいお話でした〜! パチパチパチ〜。」

 お付き合いで拍手をして、シャーロットは微笑む。ミカエルの借金ってあとどれくらいあるんだろう。恐ろしくて聞けない。

「悪いお話は…、まあ、見当つくでしょ?」

 ミカエルが話し方を変えた。

「シャーロットは自覚ないようでいて、確実にシナリオ通りに動いているから驚きだよね。」

 やっぱりその話かあ。シャーロットは項垂れた。

「リュートルートも前半の山場を無事攻略しちゃったみたいだし、断罪理由の一つの、『男子生徒を取り巻きにして弄ぶ』、も、無事にこなしてるみたいだし。」

「はい? 知らないわ。取り巻きなんていないもの。」

「僕にはいろんな情報が入ってきてるし、ちゃんと噂が上がってきてるんだ。騎士コースの男子学生達を取り巻きにしてお昼休み一緒に行動しているって噂は、聞いた時はびっくりしたね。」

「はい?」

 私もびっくりだわ、とシャーロットは思った。そんな事してないもの!

「打ち上げ会の時も、シャーロットは騎士コースの学生達に囲まれて、嬉しそうにリュートと食事してたって聞いたよ?」

「ち、違うから、それ!」

 シャーロットは首を振った。囲まれて逃げられなかったの間違いだから!

「あとは…、サニーと放課後に見つめ合って、いい雰囲気でお茶してたってのも聞いたなあ…。」

「そ、それも違うから!」

 いい雰囲気なんてなくて、話せる話題がなかっただけだから!

「だいたい、エリックとブルーノと街デートってなんなの? どうしてエリックルートまで攻略してるの?」

「こ、攻略してないから!」

 あれはお昼ご飯のお詫びだから! 街デートじゃないから!

「首を振ってばかりだけど、噂になってるくらいだし、実際あったことだよね?」

 言い方が変わると同じ事実でも随分印象が変わるなあ。シャーロットは自分の噂にびっくりしたけれど、冷静に考えればその通りに思えてきていた。

「そうですね。」

 シャーロットは沈黙するミカエルの顔を見つめて、ミカエルが次に何を言うのか待った。

「どの噂も、情報も、僕はシャーロットから聞いてないんだよね。どうして隠すの?」

「隠したんじゃなくて、話せなかったの。」

 自分から言い出せればよかったのだけれど、どれもミカエルに話したいと思わない出来事ばかりだった。

「サニーの件は、2位のおねだりだわ。一緒にお茶を飲むだけだって言われて、ガブリエルも勧めてくれたし、何もないと思ったの。」

「ガブリエルはサニー贔屓だものなあ。」

「リュートの件は、一位になったお祝いだって言われて、断れなくて演武会を見に行っただけよ。おじいさまに呼び出されて、見に行くように念を押されてしまったの。」

「前公爵はリュート贔屓だものなあ。」

「エリックにはお昼ご飯のパンを食べられちゃったことがあって、そのお詫びだって言われたわ。ローズの好きな人を見にななしやに行ってみたかったから、都合が良かったの。」

「エリックはブルーノ押しだよね、確か。」

 ミカエルはシャーロットの誕生会の後の家族会議をよく覚えているようだった。

「ブルーノは髪を切ってたよね。やっとゲームに出てきたブルーノの姿になったね。前のチャラい感じが無くなって、普通のイケメンになった。」

 チャラい? イケメン? チャラいって何だろう。イケメンは普通のって言うくらいだし、いい言葉なのかな。

「そうなの? 今の髪型が、ミカエルの知ってるブルーノなんだ?」

 ゲームとは違ったんだ、意外だな。髪を切ったブルーノは普通にかっこいい少年になっていた。ブルーノはシャーロットとは距離を取っていた。それでよかったんだと、シャーロットは思った。そうするしかないもの。

 ミカエルは考え込むシャーロットを見つめた。

「シャーロットは、ローズとも揉めてるよね?」

「はい?」

 それは知らないわ、とシャーロットは思った。本人が知らないのにどうやって揉めるの?

「ガブリエルがシャーロットに近寄らないでって言ったそうだね。身分や家の経済状態まで晒して、シャーロットに近寄らないよう牽制したって聞いてるよ?」

「それは…、」

 シャーロットはちゃんとあの時、ローズを選ぶと言った。

「シャーロットが倒れたのはローズのせいだって、噂になってるのは知ってる?」

 ふるふるとシャーロットは首を振った。

「ローズが公爵令嬢を顎で使ったって噂になってるよ?」

「顎で使われてないわ…。」

 使われる程シャーロットには時間がない。

「ゲームのシナリオだと、ローズをいじめて男好きなシャーロットは断罪されちゃうけど、今のままだと、男にだらしない公爵令嬢は勝気な王女と結託して健気で清貧なローズをいじめて自業自得で自滅なんだよ?」

 ナニソレ…。男にだらしないって何? 自業自得って何? シャーロットは泣けてくる。

「どうしてそんなひどい言い方されなくちゃいけないの?」

「ひどいのが噂だからじゃないかな?」

「だいたい…、困っているローズを助けたかっただけなのに、顎で使うって言い方するなんて、ローズに失礼じゃないの? あの子は何も悪くないのよ?」

「シャーロット、君が倒れて学校を休んだのは事実でしょう?」

「それは…、そうね。」

「僕は理由知ってたから気にならなかったけど、知らない人は慌てるよね? リュートや武芸のコースの関係者は、演武会が原因なのかって思ってもおかしくはないんじゃないのかな。」

「でも、演武会は関係なかったわよ?」

「ガブリエルが今日シャーロットが過労で倒れたって言ったのは、あっという間に広まってるよ? 誰もが理由を知りたかったんじゃないのかな。僕だって帰りに何人かからその噂聞いたもの。」

 学校を風邪で休むのと何が違うんだろう。シャーロットは言い訳がましく思った。

「それに、過労で倒れるなんて、公爵家の令嬢がする事じゃないよね?」

 確かに聞いたことがない。シャーロットは首を傾げて考える、令嬢って働かないものね。

「この学校に通っているのは、貴族や裕福な家の商人の子供ばかりなんだよ。過労で倒れるほど労働をした経験がない者ばかり、とも言えるんだ。そんなところで過労だよ? しかもこの国で一番の裕福な家とされるハープシャー公爵家の令嬢が、だよ?」

 一番の裕福な家は言い過ぎな気がした。

「原因がローズだって、よりによって王女がばらしちゃったし。」

 過労と言うよりは貧血で倒れたと言って欲しかったなと今更ながらシャーロットは思った。貧血の方がまだ可愛らしい理由な気がしてきた。

「好意的に受け止めて、公爵令嬢は貧しい男爵令嬢の為に尽くしたって思ってくれる人ばかりだといいんだけど、果たしてそうなるのかなあ。どっちにしろ、ローズはこの先居辛くなると思うなあ…。」

「その点は、反省してるわ。過労と貧血で倒れたなんて、家族にも怒られたもの。」

 自分でもまさか倒れるだなんて思っていなかった。シャーロットは唇を噛んだ。

「このままローズが居辛くなって学校をやめるなんて言い出したら、公爵令嬢のせいで追い出された、って言われちゃうんじゃないの?」

「それは嫌よ。追い出してもいないのに、いて欲しいのに、どうしていなくなっちゃうの?」

「まあまあ、これは例えだから。」

 不満げな顔のシャーロットに、ミカエルは微笑んだ。

「シャーロットは今、いろんな人に注目されてるんだよ?」

「え…?」

「演武会で旗を使った演技を披露した騎士コースの学生達の演武は評判で、今度の建国記念日の王城での祭典で、騎士団と一緒に演武を披露すると決まったんだ。土曜の演武会に騎士団の幹部達が行っていてね。日曜にはお城に報告が上がって、正式に決まったんだよ。」

 それは凄いわ。シャーロットは自分のことのように嬉しく思った。11月にある建国記念日の式典行事は王侯貴族が揃って参加し、国民の注目が高い祭典だ。そんな華やかな場で披露する機会があるなんてすばらしいと思った。

「シャーロットは今のところ、騎士コースの学生達に演技を提案した立役者という扱われ方をしているんだ。彼らは今までやんちゃな落ちこぼれという評価だったそうだよ。この前の中間テストでも飛躍的に成績が上がったと評判なんだ。きっかけになった君がいなければ、成績も上がらなければ演武も完成しなかったと、騎士コースの教師達は報告したようだよ? シャーロット、挨拶したんだろう、騎士団の者達と。」

 成績に関してシャーロットは何もしていないので、人違いだろうと思った。演武にしても何もしていない。

 騎士団と言われても…。シャーロットは考える。来賓客のことだろうか。

「挨拶した気もするけど、よく判らないわ。いろんな人がいたもの。」

 チーム・屋上の筋骨隆々の生徒達が紹介してくれた人は皆揃いも揃って大きな体で大きな手をしていた。印象は誰も『腕が太い』だった。

「騎士団の幹部達からは、宰相の息子とハープシャー公爵の娘は仲よさそうに騎士コースの学生達と食事を楽しんでいたって聞いたよ? 騎士コースの学生達はまるで二人を守る忠臣のようだったってさ。」

「あの、それは言い過ぎだと思うわ。」

 シャーロットは戸惑った。3回程度の接触しかしていない学生達と親密な関係とは思えないし、忠臣と言える程彼らはシャーロットと関係はないし親しくもない。

 ミカエルはシャーロットの瞳を見て、不思議そうに首を傾げた。

「僕は気になってるんだけど、何も持って行ってないんだよね? どうしてそんなに親密度が高いんだろう。必要なアイテムは登場させてない筈なんだ。」

「え、何を…?」

 まさかのサンドイッチ? まさかの分厚いバゲット?

「シャーロット、サンドイッチに心当たりは?」

 あります。2度もリュートは食べてました。分厚いバゲットです。シャーロットは泣きたくなってきた。

「あるんだね?」

「リュート達が分厚いバゲットのサンドイッチを食べてるところに、一緒に居たことがあったの。」

 小さい声でやっと認めたシャーロットに、ミカエルは「ちっ」と舌打ちした。

「シャーロットが用意しなくても向こうが用意するのか…! どうなってるんだ、このゲームは!」

 向こうってどこ? シャーロットは思った。向こうはもしかしてゲームのシナリオを考えた人…? 私には今自分が生きている世界は現実で、ゲームの世界には思えないんだけどなあとシャーロットは思った。

「それに…、」

 ミカエルは言葉を選びながら、シャーロットを見つめた。ミカエルはこういう時の顔、ハンサムだし、もともと綺麗な顔だわ…。シャーロットはうっとりと見つめてしまう。

「エリックとも仲いいよね、シャーロット。シャーロット自体も意地悪じゃないよね。」

「はい?」

 私が意地悪なの? ミカエル、ひどくない?

「もともとのゲームだと、エリックが嫌がっているのにシャーロットがちょっかいを出してローズに嫌がらせをする流れだったのに、こっちのシャーロットはエリックと一緒に領地を散歩して日に焼けてイメチェンしてくるし、テストの結果でご褒美なんてお互いを労わってるし、すごく仲がいいよね。」

 仲は良くないと思う。でも、悪くもないとも思う。シャーロットが、弟を煩いと思って面倒臭がっているだけなのだ。

「シャーロットは意地悪な性格じゃないし、おかしいよね。」

 あの…そこ…、おかしいと思うところなのかしら…? シャーロットは自分への評価がひどすぎて凹んだ。

「何でそんな性格なの?」

 それ、尋ねるところなの? シャーロットは無言でミカエルを睨みつける。

「そんな性格ってどんな性格なの?」

「流されやすくてお人好しな性格。」

 それ褒めてるんだよね?

「性格なんて昔からこんなじゃないの。ミカエルが一番よく知ってるでしょ?」

「出会った時からこんなだったかなあ…?」

 婚約式のあたりの時期だろうか。シャーロットは自分の性格の歴史を考えてみた。自分では昔からこんな感じだったと思うけれど、さっぱりわからなかった。

 強いて言えば…、あの日、女装したミチルに出会ったことが、シャーロットには大きな人生の転機だった。

 一番可愛いのは私、と思っていた世界観が、あの日を境に変わったのだ。一番可愛いのはミチルなミカエル。自分はその一番可愛い人の婚約者。それがシャーロットの立ち位置になった。

 一番を目指す必要は無くなり肩の荷が下りたシャーロットは、あの日以来、一番可愛いミチルの傍にいる自分で満足していた。悩み事といえば、世間一般で言う王子様と女装癖のある王子様との差だった。常識って何、と悩む時間だった。

「出会った頃に変わったのかもしれないわ。」

 悩みは女装癖な婚約者かあ。シャーロットはくすくす笑い出した。

 あなたが私を変えたのよ? そう言ってもミカエルは信じないだろうと思った。シャーロットは自分を、猫かぶりで毒舌家で慎重な性格だと思っている。昔からそれは変わらない。

「ミカエルが気が付いてないのかもよ?」

 ローズと言う名の女の子を巡って断罪され婚約破棄をされるという話を聞いて以来、シャーロットは薔薇の香水もやめた。ロータスがローズだと判ってからも薔薇の香水や薔薇を連想するものを身に着けるのは避けていた。そうやって、やめてしまったことがいくつかあった。

「ミカエルが大好きよ。私はいつだってミカエルが一番好きなの。」

 くすくすと笑うシャーロットを見て、ミカエルは訳が分からず困った顔をしている。

「じゃあ、ミカエルルートも攻略してよね?」

「ナニソレ。」

 笑いながら聞き流そうとするシャーロットに、ミカエルはぶーたれた。

「他の3人のルートは攻略が進んでいるのに、僕のミカエルルートだけ放置じゃない? 婚約者なのに放置ってひどくない?」

「そういわれても、よくわかんないわ。」

 以前聞いたローズとミカエルの勉強会はお泊りがあると言っていた。実際はなかったけれど、もしシャーロットとミカエルが勉強会でお泊りをしても甘酸っぱい空気にはならず、殺伐と課題を二人でこなすのだろうなと思った。すぐに寝てしまう早寝早起き派のシャーロットを無理やり起こして、ミカエルが課題を手伝わせるのだろう。

「明日からミカエルルートの攻略、頑張ろうね? シャーロット。」

 そういわれても困るなあ。シャーロットは婚約者な割には、自分の婚約者の攻略には非協力的なのだった。

ありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ