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<41>エリックルート攻略中なようです…?

 演習場の傍の打ち上げ会場には既に食事が用意されていて、楽団の演奏が始まっていた。

 お手洗いを済ませて会場にリュートと辿り着いたシャーロットは、立食パーティが始まっていて和気あいあいとしている会場に、何の関係もない自分がいてもいいのだろうかと不安になった。

 立ち止まったシャーロットに、リュートが振り返った。

「どうしたの、シャーロット嬢?」

「私、本当にお昼、お邪魔しても大丈夫なのかしら?」

 不安そうなシャーロットの手を取り、珍しくリュートが手を繋いだ。骨ばった大きな手だった。シャーロットはリュートを見上げた。

「私が一緒だから大丈夫ですよ? 招待状もあるでしょう?」

「そういうもんなんですか?」

「そういうもんですよ?」

 会場では、チーム・屋上の生徒達はさすがに制服に着替えていた。上半身裸は演技だけの演出なのだろう。

「シャーロット嬢!」

 シャーロットの姿を見つけた者達がリュートとシャーロットを捕まえて、会場の中に誘い込んだ。

「リュート、よくやった、ちゃんと連れて来てくれたんだな。」

「当たり前だ、チーム・屋上の統治コース派遣員だぞ。」

「シャーロット嬢はチーム・屋上の名誉会員だからな。」

 いつの間にそんな大変な会員に…。名誉会員なんて逃げられない気配がする。シャーロットは肉の壁のような者達に囲まれて、借りてきた猫のようにおとなしく黙った。

 チーム・屋上の学生達の家族にも紹介される。彼らは次男や三男が多いのだとシャーロットは初めて知った。トナリ君やトウゼン君、ベツニ君の家族にも紹介され握手を求められた。シャーロットは顔を覚えきれないなと思いながら握手に答えた。トナリ君はトミーと言う名で、トウゼン君はジョン、ベツニ君はピーターなのだと判ったのが収穫だった。トミーの家族は父親と二人の兄が騎士団の団員だった。

「トミーが言っていた通り、美しい姫君なのですね、シャーロット様は。」

 トミーの次兄が握手の際囁いたので、社交辞令がうまい人だなと印象に残った。

 チーム・屋上の面々は、やってくる関係者に挨拶しながら楽しそうに食べていた。騎士団の関係者なのだろうか。シャーロットは相手がどういった立場の者なのかよくわからないまま微笑んで握手をした。見るからに来賓客だった。揃いも揃って大柄で、揃いも揃って太い腕に大きな手の大人ばかりだった。父も祖父も体を鍛えていないので、シャーロットにはそういう男性に馴染みがなかった。打ち上げ会なのに来賓客が混じってるんだね、とシャーロットは思った。

「シャーロット嬢、これ食べるだろう、」

 男子学生達は口々になにかしらを手渡してくれるので、食べるものには困らなかったけれど、量が多かった。しかも肉料理が多く、そんなに肉ばかりが欲しい訳ではなかった。手にした皿に積まれていく肉を見ながら、シャーロットは沈黙した。

「手伝うから。シャーロット嬢、私が貰うよ、」

 リュートが貰う傍から食べていってくれるので、減っていく肉料理にシャーロットは助かったなと思った。

「リュートはいつもそんなにたくさん食べるの?」

 そういえば屋上でも分厚いバゲットのサンドイッチ、食べてたなあ…。太っていないリュートは痩せの大食いなのだろう。

「ああ、昔からこんな感じ、シャーロット嬢はあまり食べないね。」

「食べるけど…、女の子ってこんな感じじゃないの?」

 あまり自分が少食だとはシャーロットは思っていない。ただ単に、食べたいものを食べていないだけだった。両手で肉の積まれた皿を持つシャーロットは落としそうで動けなかったのだ。

「上手く言えないけど…、欲しいものと食べたいものが時々合致してないの。ただそれだけよ。」

 今も、食べ物は貰うけれど、誰もシャーロットの欲しいものを持って来てはくれない。

「今は、何が食べたい気分なの?」

 リュートは察したのか、シャーロットに尋ねた。

「今は、何か飲みものが欲しいの。」

「確かに、誰も持ってこないね。」

 リュートは小さく笑って、傍にいたピーターに頼んだ。

「悪いけどシャーロット嬢に、カフェオレを持って来てくれないか?」

 ピーターは頷いて取りに行ってくれた。

「どうしてカフェオレって判ったの?」

 不思議そうな顔をしたシャーロットを見て、リュートはおかしそうに笑った。

「そりゃいつも、コーヒー牛乳を飲んでるだろう?」


 それなりに打ち上げ会を楽しんだシャーロットは、リュートに送られて学生寮に帰ってきた。

 テイカカズラの木の傍で、シャーロットはリュートに「今日はありがとう、」と言って微笑んだ。この後はエリックと待ち合わせて祖父と出かけなくてないけなかった。

 一旦着替えに戻ろうと思っていた。人疲れなのかなんだかとても疲れたので、一度シャワーを浴びてさっぱりしたかった。一日運動場にいたからか埃っぽい。

「こちらこそ、ありがとう、シャーロット嬢、」

 リュートは笑った。

「あのね、シャーロット嬢って呼んでくれなくていいわよ? シャーロットでいいけど。リュート。」

 シャーロットは前から思っていた呼び方を口にした。

「そんなに知らない仲ではないし、前ほどあなた、私にトゲトゲしないもの。」

「トゲトゲ…、」

「あら、自覚なかったの?」

 いつも風紀が乱れると言われていた気がするわとシャーロットは思ったけれど、黙っておいた。シャーロットの言葉に、リュートは顔を赤くした。

「じゃあね、また学校で会いましょうね、リュート、」

「シャーロット、」

 リュートは微笑んだ。

「また屋上で待ってるから、」

 多分もう行かないし、屋上にはあんまり行きたくないんだよね。できない約束はしたくないシャーロットは、「それはいつか、ね、」と誤魔化して微笑んだ。


 寮の部屋に帰りシャワーを浴びた。シャーロットがのんびりと出かける用意をしていると、エリックがさっそく迎えに来た。煩い弟は時間までせっかちだわ、とシャーロットは心の中で毒づいた。

「シャーロットお姉さま、」

 シャーロットが返事をする前に部屋に入ってきたエリックは、髪をポニーテールに括っていたシャーロットを見て、「ほらやっぱり、」とにやりと笑った。

 シャーロットは裾に黒いレースの縁取りが可愛いボルドーのワンピースに黒いレースのリボンで髪を括り、黒い網タイツを履いていた。

 エリックはボルドーのシャツを中に着て黒のジャケットに黒の細身のズボンを履いていた。

「何も打合せしなくても似たような格好になるんだから、やっぱり下手な女よりもシャーロットの方がいい。」

 服なんて揃えたければ打ち合わせすればいいじゃんと思うのは私だけなのかしら、とシャーロットは思う。

「そんな理由…。」

 眉をひそめたシャーロットにエリックは機嫌良く笑って手を差し出す。

「荷物はどこ、俺が持っていってやるよ?」

 黒いレースのリボンのついたハンドバッグを手渡し、シャーロットは立ち上がった。

「じゃあ、お願いね、」

 さすがに手を繋ぐのは嫌だなと思い、エリックをまず部屋の外へ追い出した。シャーロットは戸締りをすると、エリックと出掛けたのだった。


 祖父との夕食会は街の高級海鮮料理店の個室でだった。美味しかったけれど、シャーロットはあまり食が進まなかった。異国のピリ辛な海鮮料理は領地のレストランでも馴染みがあったので抵抗はなかったけれど、食欲がなかったのだ。

 お酒の入った祖父は異国の果実酒を片手にいつも以上に大きな声で笑っていたので、シャーロットは寮の部屋に帰ってからも耳に残っている感じが消えなかった。

 寝る前に明日エリックと出かけるための服を揃えて、夢も見ない程ぐっすりと眠ったけれど、翌朝はだるくて体が重く感じた。鳴りやまない目覚まし時計を渋々止めて、のろのろと起き上がる。

 気合を入れるために自分の頬を叩いてみる。思ったより痛くてシャーロットはベットに倒れ込んだ。

「なんか変なの、」

 シャーロットはミカエルがいないからだと思った。どういう訳か会いたくて寂しく思えた。

 待ち合わせの時間に遅れないように支度をした。朝からシャワーを浴びて身支度を綺麗に整え、お気に入りのスズランの香水をつけてお化粧も軽くする。

 髪はポニーテールに括り、焦げ茶色のベルベットのリボンを結んだ。

 黒いフリルのたっぷり使った黒いブラウスを着て、明るい黄色を基調としたタータンチェックのプリーツの膝丈のスカートに膝下丈の黒い靴下を履いて、茶褐色のジャケットを合わせた。小さな茶色いポシェットを斜めに肩から掛ける。

 こんな明るい色ならエリックと色被りはないだろうと、シャーロットは鏡の中の自分を見て思った。エリックとは、学生寮の近くのテイカカズラの木の傍で待ち合わせをしていた。約束は10時だった。

「なんだか変な気分だな…、」

 シャーロットは弟と出かけるのはそんなに嫌じゃないけれど、弟とデートは嫌だと思ってしまうのだから、なんだか変なのと思えてならなかった。


 待ち合わせに先についたのはシャーロットで、エリックはブルーノと少し遅れて二人でやって来た。エリックは黒いズボンに焦げ茶色のジャケット、ベージュっぽいタータンチェックのシャツを中に着ていた。

「…。」

 シャーロットは無言でその服装を見て、エリックのにやりと笑った得意げな顔に更に不機嫌になった。

 ブルーノは黒いジャケットにカーキ色のズボン、黒いシャツを中に着ていた。

「エリックが黒か茶色にしろと言っていたけれど、ほんとにそうなんだな、」

 ブルーノは感心したように言った。そんな勘は当たらなくていいとシャーロットは思った。

「じゃあ、行こうか、」

 エリックはシャーロットの手を握ろうとした。

「えー、嫌ー、」

 シャーロットは夏に領地を散歩した時のように、エリックの腕に手を絡ませた。もちろん、ブルーノの腕にも絡ませる。背の高い二人に囲まれると自分の背の低さがよく判る。

「三人で出掛けるの、久しぶりだな、シャーロットお姉さま、」

 エリックは嬉しそうに言った。夏には領地で散々遊んだじゃない。久しぶりじゃない気がするわ。シャーロットは口を尖らせた。

「エリックが可愛くないからねー、たまにでいいんだよ?」

 シャーロットが答えると、ブルーノが、笑った。

「エリック、可愛くなれ。」

「俺はいつも可愛いはずだ。」

 自信満々で答えたエリックがおかしくて、シャーロットは笑った。煩い弟はいつも訳が判らない。


 街につくと、案内板も見ずに、エリックは中央広場を目指そうと言った。

「場所、わかるの?」

 シャーロットが不思議そうにエリックに尋ねると、エリックは余裕の笑みを浮かべて、「ああ、」と呟いた。事前に調べたのだろう。シャーロットはその言葉を信じることにした。

 中央広場までの道のりは、いつもシャーロットはジグザグと東側の街から路地を進んで向かっていたので、いきなりまっすぐに中央広場を目指されると違う街に来たかのような錯覚を覚えていた。

 大きな中央広場は今日も沢山の人で混雑していて、買い物客と露店で賑わっていた。土曜市はなかったけれど、なくてもこんなに人は集まるんだね…とシャーロットは感心していた。

「この国はどこの町も楽しいね、」

 ブルーノが感心したように言った。

「ハープシャー公爵の領地の街もどこも楽しかったけれど、この街もすごい賑わいだね。」

「うちの領地は観光地だからね、ちょっと違うと思うわ。」

 シャーロットは、夏の青い空と白い建物の並んだ海沿いの街と沢山の貿易船を思い浮かべた。じりじり肌に照り付ける夏の太陽も思い出す。

「お姉さま、何か見ていくか?」

「エリックに任せる。」

 シャーロットは特に欲しいものはなかった。土曜市がないので、からくり屋敷もない。

「じゃあ、いろいろ見て歩こう。」

 ブルーノはすでにきょろきょろ市場の中を覗いていた。並ぶ果物や野菜が珍しいのだろう。手にとっては匂いを嗅いでいる。ブルーノは南国の島国の出身だった。

「ブルーノは何か食べたい?」

「食べるのよりも、見たい、」

 ブルーノは店頭に並ぶ民芸品のような細工物をじっくりと見ながら答えた。

「この国で何が流行っているのか知りたい。」

 ブルーノは海運王の息子だ。どこに行っても頭の中はお商売なんだわ、とシャーロットは感心した。

「そういえば…、エリック、護衛の騎士達は今日はいるの?」

 確かミカエルと来た時はいたなと思い、シャーロットは尋ねてみた。

「ああ、何人か公爵家から来ているよ? 執事が何人かと、騎士が何人かいるけど、お姉さまもそのうち気が付くと思うよ?」

 街に来るだけでそんなに人が来るのか…。面倒事にならないようにさっさと帰ろうとシャーロットは思った。


 観察に満足したのかブルーノが何か食べたいと言ったので、ななしやを探すことになった。シャーロットはエリックについて歩いた。

 ななしやの仮店舗は、前あった場所よりも通りが二本北側の小路にあった。ドアの前に白い看板が立てかけてあった。ななしやだった。

「ここ?」

 ブルーノが意外そうな顔をした。こじんまりとした、いかにも庶民な店構えに驚いている。

「ええ、ここに入ってみたいの、」

 シャーロットが微笑むと、諦めたように「わかった、」と頷いた。

「今度は市場で買い食いがしてみたい。」

「そうね、また今度ね。」

 誰もは一度はあそこで何かを食べたいと思うのかしらね、とシャーロットは思った。

 ななしやのドアを開けると、おばちゃんの声と、ローズの声が重なって響いた。

「いらっしゃいませー!」

「はい?」

 ローズは寝てるんじゃなかったの? シャーロットはびっくりしてローズと目があったまま動けなくなってしまった。ローズは後ろで髪を括って、長袖の白いシャツに黒いズボンを履いて黒いエプロンをつけていた。中性的な、可愛い店員さんだった。

「姫様、いらしてくださったんですね、ありがとうございます、」

「さあさ、こちらに、」

 おばちゃんが店の奥へと案内してくれたので、シャーロットはエリックとブルーノと奥へ進んだ。

「ねえ、どういうこと、ローズ、」

 シャーロットが前を行くローズに囁くと、「ここではロータスですよ、姫様、」と返されてしまう。

「ロータス、どういうこと?」

 改めて尋ねると、ローズはしれっと答えた。

「治ったんでリハビリも兼ねて、今日は昼営業だけ手伝ってるんです、」

 リハビリ? リハリビ? 意味わかんないわねーとシャーロットは思ったけれど黙っておいた。ミカエルにいつか聞こう。

 店の奥の、入り口が見える側の席にエリックが一人で座り、その向かいにシャーロットとブルーノが並んで座った。

 メニュー表を持ってきたローズが、「決まったら呼んでくださいね」と微笑んで厨房の方へ去っていった。毎度ながら、メニュー表は文字だらけでよくわかんないのよね、とシャーロットは思う。

「私はおすすめを聞いてからにします。」

 シャーロットはローズに聞いて決めようと思った。

「じゃあ、俺もそれ。」

「同じにしておく。」

 エリックもブルーノも同じにすると決まってしまったので、ローズをさっそく呼んだ。厨房で若い男性と話していたローズはすぐに来てくれた。

 へえ…、あれがエルメかあ…、シャーロットやってくるローズの陰に見えるエルメを観察していた。俯き加減に作業をしているエルメは、白いコック服を腕まくりして、短めの焦げ茶色の髪に茶色い瞳の、しっかりとした顔つきの男性だった。

「シャーロット、」

 ブルーノが身を寄せて囁いてきた。

「誰見てんの?」

「ん…?」

 ローズがすぐ近くに立っていた、あとで話すしかないなあ…。

「ご注文は?」

「ロータスのおすすめで、」

「あはは、姫様、今日はお勧めはハンバーグのキノコソテーのセットです。付け合わせはコーンスープとパンですが、いいですか?」

「ええ、パンは半分にしてね。」

「心得てます。ボ…、エリック様と、ブルーノ様は?」

「今、坊ちゃまと言おうとしたな、」

「気のせいです。同じものでよかったですか?」

「同じでいい。お姉さまのパンの半分は俺のに付けてくれ、」

「了解です。では、少しお待ちくださいませ。」

 ローズが注文を取り終えて厨房に戻ってしまったので、シャーロットは厨房に戻ったローズとエルメがどんな会話をするのか楽しみに見守った。

 途端に、ブルーノがシャーロットの顔を両手で挟んで、自分の方に向けさせる。碧い瞳の美しい人は不機嫌な顔をしていた。

「シャーロット、ああいう男は良くないな、」

 目線をしっかり合わせてきたブルーノに、シャーロットは微笑んで、手を掴んで顔から離した。

「違うの、あれはローズの良い人なの。」

 目を見開いたブルーノに、シャーロットは続けた。

「ローズの良い人を見に、今日ここへ連れてきて来てもらったの、」

 エリックを見れば、ニヤニヤと二人のやり取りを見ていた。

「知らなかったのは僕だけか…、」

「ごめんね、ブルーノ。」

 シャーロットが微笑むと、ブルーノは不貞腐れたのか真顔になり、足を組んで無言でシャーロットを眺めた。

「ここはローズのお母さまの実家なの。」

「ななしやと言って、そこそこ評判のいい店だから、味は保証する。」

 エリックは来たことがない筈なのに味の話をした。

 早速運ばれてきた料理に、三人は会話もそこそこに食べた。キノコソテーが思っていた以上に美味しかったので、シャーロットは満足だった。エリックもブルーノも口に合ったのか残さずに平らげてしまったので、シャーロットは嬉しかった。

 だけど、どういう訳かあまり食が進まず、シャーロットは切り分けた半分のハンバーグをエリックに食べてもらったのだった。

「美味しいけど、ちょっと今日は無理みたい。ごめんね、エリック、」

 シャーロットの言い訳にもエリックは気にしていないようで、機嫌よく食べ続ける。

「旨いから許す。」

 そう、ならよかった。シャーロットはほっとして微笑んだ。

 ブルーノはシャーロットの顔を見て心配そうな表情をしていたけれど、何も言わなかった。


 その異変は突然だった。

 店を出て、ちょっと休憩しようとエリックが中央広場の噴水の縁に座ろうと指差した。

 だるさを感じていたシャーロットもそうしたいなと思っていたので、大人しく従って隣に座った。ブルーノはエリックと挟むようにシャーロットの隣に体をくっつけるようにして座った。

 広場に賑わいに頬を緩ませ眺めていたシャーロットは、さあ、行くかと言ったエリックの声に立ち上がろうとして、目の前が急に回り始めたと思った。

 黒と白の溶けたような渦巻きがくるくると回って、立ち上がろうとしていたシャーロットはあれ? と思った。前のめりに地面が近くなっていく。

「シャーロット!」

 異変にいち早く気が付き抱き留めたブルーノの胸の中で、シャーロットはなんだかとても瞼が重く感じて、ゆっくりと瞳を閉じた。頭が痛い。体に力が入らなかった。

「お嬢様!!」

 四方八方から駆け寄ってくる者達の声をいくつか聞いた気がした。どれも昔から聞き馴染んだ、公爵家に使える者達の声だった。誰かの悲鳴が聞こえる。

 鳩が一斉に飛び立った。色んな音が混じって気持ち悪いなとシャーロットは思った。

 シャーロットの血の気の引いた青白い顔を触ったブルーノが、シャーロットの体を抱きしめて、「気が付かなくてごめん、」と何度も謝っていた。

 シャーロットは、気にしなくていいのに、と思いながら気を失ったのだった。

ありがとうございました

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