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<40>悪役令嬢はリュートルート攻略中なようです?

 結局ローズはその後3日ほど休んだ。その間シャーロットはこまめにローズの部屋に顔を出し、食事を差し入れたりハウスキーパーにローズの世話を頼んだりした。自分の生活とローズの世話を焼く時間を両立させるのは、思っていたより忙しなかった。

 ローズには、シャーロットが差し入れた食事の代金を請求しなかった。ローズもその話をしなかったので、シャーロットは何も言わなかった。それは友達なら当然のこととシャーロットは思ったからだ。

 金曜の放課後も部屋に寄り、パンと4日分のノートを手渡した。

「今週末は、ななしやで働く事よりも、お部屋で寝ている事をお勧めしたいわ。」

 シャーロットは苦笑いをしながらローズの顔を見た。

「そうですね、溜まったノートを写したり、予習をどうにかしなくてはいけないですからね。」

 ローズはノートを受け取りながら照れくさそうに笑った。

「姫様には感謝感謝です。本当にありがとうございます。ノートも、ハウスキーパーも、食事も嬉しかったです。」

「いいの、私、これくらいしかできないんだってよくわかったわ。情けないけど、これくらいでも喜んで貰えたなら、良かったと思うわ。」

 シャーロットは、医者にもかからずどうにか治したローズはすごいなと思った。

「今日はゆっくり寝ててね、動くのは明日からでもいいでしょ?」

 シャーロットが尋ねると、ローズは照れて笑った。

「はい、そうします、ありがとうございました。」

 シャーロットが部屋を出ると、隣の部屋のエミリアとリリアンヌが顔を出した。

「シャーロット様、御機嫌よう、体調はいかがですか?」

 すっかり風邪を貰ったものと思っているらしかった。二人のローズへの評価が厳しいなと思った。

「大丈夫よ? 今のところ何の変化もないわ。」

「そうですか、それは良かった。」

 二人は顔を見合わせて喜んでいた。

「明日はお出かけですか?」

「ええ、行事に出るのよ? あなた達も一緒に行く?」

「お気持ちだけで結構です!」

 二人は即答した。行き先を知っているかのような口ぶりだった。

 なんだ、つまんないわね、とシャーロットは思ったけれど黙っておく。

「シャーロット様、くれぐれもお体には気を付けてくださいね、」

 エミリアが笑顔で手を振った。

「ええ、そうするわ。ありがとう。」

 シャーロットが微笑み階段へと姿を消すと、その後ろ姿を見送っていたリリアンヌが小さな声で、「これでエリック様の機嫌も直る…」と呟いた。


 金曜の午後からミカエルはお城へ帰ってしまったので、シャーロットは早めに夕ご飯を済ませ、さっさと寝ることにした。この土日は行事が詰まっているので、ゆっくりする時間がない。せめて睡眠時間だけでも確保しようと思った。

 シャワーを済ませ、ベージュ色のモフモフのナイトウェアに着替えて寛いでいると、部屋のドアをノックする音がした。

 時間はまだ9時前だった。それでも人を訪ねるには遅い時間と言えば遅い。こんな時間に何の用…?

 シャーロットが「誰?」と尋ねる前に、エリックが部屋に入ってきた。

「シャーロットお姉さま、もう寝るのかー?」

「エリック、何の用?」

「用がないと来ちゃいけない訳?」

「当たり前でしょう。」

「弟にひどい仕打ちだな。」

 くすくす笑いながら、エリックは椅子に座った。黒いトレーナーに灰色のゆるいズボン姿のエリックは、シャーロットの机の上のマリライクスのクマのリュックを指差し、シャーロットを見た。

「クマと同じ恰好なんだな、」

「違うわ、それはミルクティー色。私はベージュ。」

「どっちも同じだろ?」

 弟、煩い。シャーロットは不機嫌になる。

「で、何の用?」

 エリックを睨みつけながら、早く寝るんだからねーとシャーロットは思った。どうしてだか眠たくて仕方なかった。

「日曜日、どこに行きたいの?」

「ななしや。移転して営業再開してるんだって。」

「ローズは寝込んでいるんじゃないの?」

 ローズが寝込んでいる話は誰から聞いたんだろう。シャーロットはミカエルにしか話していなかった。ガブリエルにはもちろん話していない。

「だから行くのよ? ブルーノはローズの事情を知らないでしょう?」

「へー。いいんじゃない? 移転先は調べておくよ。」

「まさか、前の場所も知ってるの? 」

「だいたいは知ってる。」

 本当に調べるんだ…とシャーロットは思った。弟は結構まじめなのかもしれない。

「ところで、ブルーノに何か言ったのか、お姉さま。」

「別に、特に、言ってないわ。」

 勉強で追い抜かすまでおさわり禁止、とは言ったけどね。

「日曜くらいは仲良くしてやれよ?」

「エリックよりは仲良くするわ。」

「それもひどいな。弟を労われ。」

 くすくすと笑いだしたシャーロットを見て、エリックは立ち上がった。

「明日はおじいさまと夕食、食べるんだろう?」

「え? 断ったはずだけど?」

 遠回し過ぎたのだろうか。シャーロットの予定では明日の夜はのんびり学食で夕ご飯だった。

「俺も呼ばれたぞ。3人で食べようって話だったけど?」

「えー?」

「まあ、嫌なら俺から断るけど、いいんじゃないか? たまには3人で出掛けても。」

「そうねえ…。」

 シャーロットは、言われてみれば3人で出掛けるのはいつからぶりなんだろうと思った。仕方ない。部屋でのんびりするのはまた今度にしよう。

「私も行くわ。エリックとは二日連続で出掛けるのね。」

「いい土日だろう?」

 にやりと笑ってエリックは部屋のドアを開けた。

「お休み、お姉さま。」

「ええ、お休み、エリック。」

 シャーロットは音を立てないようにそっと部屋の鍵をかける。うっかり開いているとこういうお客が来るから嫌だわ、と思うけれど、姉弟だし仕方ないのかなと思った。


 土曜日は朝早くに起きて、シャーロットはいつもよりも早めに朝食を済ませるとシャワーを浴び、丁寧に身支度をし、お気に入りのスズランの香水をつけ、薄くお化粧をした。髪は肩のあたりでゆるく一つに纏めて青いベルベットのリボンで括った。

 一応公式の行事なので正装に近い格好の方がいいだろうと思い、紺色のレースをたっぷり使った紺色のブラウスに細かい千鳥格子の膝丈のスカートを合わせた。屋外での行事ということで、明るい灰色のジャケットを羽織ることにして、小さな茶色いポシェットを肩から掛ける。

 鏡の前の自分は、とてもまじめな生徒に見えた。

「うん、これでまじめな女子学生だわ。」

 シャーロットは黒色のタイツを履きながら思った。おじいさまとの夕食の際には着替えた方がいいのかしら…?

 一応部屋に戻ってすぐに着替えられるように予備の服を用意して、部屋を出た。

 時間は若干早めに学生寮を出たシャーロットは、それでもテイカカズラの木の傍で待っているリュートを見つけて驚いた。

「おはよう、シャーロット嬢、」

 リュートは青いジャケットに細かい白と黒と灰色のボックスチェック柄のシャツを着て、カーキ色のチノパンを合わせていた。

「リュート、いつから待っててくれたの?」

「ん? ついさっきかな? シャーロット嬢が案外早く来てくれてよかった。」

 自然と歩き出した二人は、学校の方へと向かった。空は良く晴れていて、空気は少し乾燥していた。

 普段はなじみのない運動場に行くと観覧席が設けられていて、その席も、関係者席、学生席、一般席と看板が立ち、ロープで分けられていた。席からは演技が正面から見えるようだった。

「私達はこっちです。」

 リュートが招待状をシャーロットに見せた。2通の招待状には、どちらも学生席とあった。

 関係者席は学生の家族で賑わっていて、一般席は騎士団の騎士や将校や、武芸コースに関係のある職業や応援していると思われる男性ばかりだった。

 学生席には誰も座っておらず、え、ここにリュートと二人で座るの、と猫を被りつつシャーロットは内心黄昏ていた。めちゃくちゃ目立つよね?

「シャーロット嬢、前の方で見ましょう、」

 リュートが席を勧めてくれたので、一番前の列の一番真ん中の席に二人で並んで座った。

 恥ずかしい。恥ずかしすぎて、私、消えてしまいたい…。シャーロットは家族席からも一般席からも好奇心を抑えきれない視線を感じていた。我慢だ…、演技が始まったらきっと視線はそっちに行く。だから我慢だ…。

「リュート、シャーロット嬢!」

 青い鉢巻きを締めた騎士コースの者達が駆け寄ってきた。誰もが頭に青い鉢巻きを締め、揃いの白い動き易そうなズボンに、上半身裸だった。

 寒くないの…? シャーロットはびっくりする。鍛えていると寒くないのだろうか。

「おはようございます。お招きありがとうございます。」

 立ち上がりお辞儀をすると、シャーロットに男子生徒達は口々に「とんでもない!」「来てくれてありがとう!」「頑張ります!」と言って握手していった。

 嵐のような握手にシャーロットは面食らいながら笑顔で握手を返し、最後のトナリ君が「シャーロット嬢、今日は大人っぽいですね」と囁いた。

「ありがとう」と微笑むと、トナリ君は顔を赤らめて、「今日は頑張ります」と誓って去っていった。

 座ったままのリュートは、シャーロットに、「一日、こんな感じですよ、あの人達、」と恐ろしいことを言った。テンション高ーい。シャーロットは後姿を見送りながら思った。


 開会のあいさつを理事である祖父がし、シャーロットは祖父がまともに働いているところを初めてみるような気がした。

 入学式の挨拶は学長がしたので、理事長はいなかったのだ。この行事は卒業後の進路に左右するから理事長として役目があるのかしら、とシャーロットは思った。

 学生達の演武は、剣士コースの剣舞から始まった。剣士は個人技なので、団体で合わせるのに向かないのだろう、攻めと受けの二人組が等間隔に6チーム並び、それぞれが息の合った剣舞を披露していた。1学年30人の剣士コースは3学年あるので総勢90人の剣士がいることになる。

 どの生徒も型を練習しているのか、慌てず練習通りの動きをしているようだった。真剣なのか、ときどき火花が散っていた。

「すごいわね、」

 シャーロットは同じ学校なのにやっている授業がまるで違うのねと、感心しながら見ていた。

 剣士コースの者達の剣舞の次は、騎士コースと将校コースの者達の合同の演武だった。リュートに見せて貰ったしおりによると、各学年70人が2チームに分かれ、3学年で6チームの演武があるらしかった。

 屋上で説明して貰った通り、一組目の2年生のチームは銅鑼の音に合わせて行進し背丈ほどもある長い木の棒を振り回し、掛け声に合わせて隊列を変えていた。

「へえ…、これが演武なんだ…!」

 演技が終わり拍手をしながらシャーロットが呟くと、リュートが微笑んだ。

「騎士団に入ると、隊列を乱さないでいかに迅速に行動できるかが重要だからね。将校コースの者達は指導の方法を実践できるし、騎士コースの者達は団体行動を学べるんだ。」

 同じような演技が続き、シャーロットはまだこんな感じで続くのかしらと思ってしまった。いかんいかん、これが学校行事というものの宿命なのだわ。

 しおりを見ていたリュートが、シャーロットに話しかける。次は4チーム目だった。

「次はお待ちかねのチームだよ、シャーロット嬢、」

 開始の合図とともに、トナリ君が一人走って運動場の中央に立った。何が始まるのだろう。ドキドキしながらシャーロットは合図を待った。

 銅鑼ではなく、トナリ君の指笛で演技が始まった。トナリ君はその場を動かず、旗を上下に振っていた。

 ピーっと鳴る指笛に合わせて、大きな青い旗を手にした学生達が入場してくる。上半身裸で下は白いズボンの彼らの顔は、シャーロットは知っていた。お昼休みの屋上の男子学生達だった。何人か混じる女子生徒は将校コースらしかった。彼女達も青い鉢巻きをして白いシャツに白いズボンで、青い旗を手にしていた。

 指笛の号令に合わせて整列し、行進し、隊列を移動しながら旗を大きく振り回した。旗の動きが揃っていて、白い色と青い旗の色とで、機敏な動きの美しさが更に映えた。ときどき入る掛け声も翻る旗の音も、動きに強弱をつけていた。

「綺麗ね…、とっても素敵…。」

 シャーロットが感嘆の声をあげ手を叩いていると、リュートは満足そうに言った。

「あれ、チーム・屋上だから。」

 トナリ君の指笛はキレがあり、軽快な動きによく合っていた。自然と会場に手拍子が沸き起こった。生徒達の掛け声も、気合が入る。

「はい?」

「青色は空の色、白色は雲の色、屋上を愛するチームだから。」

 屋上を愛するなんて、意味わかんない。シャーロットは言葉を失くした。あの女子生徒達はびっくりしただろうなあと思う。屋上に来たことないじゃん。

 チーム・屋上の演技が終わると、大喝采と歓声で讃えられた。

 彼らの後に行った上級生のチームの演技よりも、シャーロットにはチーム・屋上が印象に残っていた。

 すべてのチームの演技の後、閉会の挨拶が終わると、一般席や家族席にいた誰もが歓声を上げてチーム・屋上の周りを取り囲んでいた。シャーロットもリュートと感想を告げにその輪に加わった。

「すごい、すごかった!」

 口々に言う声に、シャーロットも同意して頷いた。ただ棒を振って行進するよりも美しかったし、見ていて楽しかったと思った。

「シャーロット嬢!」

 トウゼン君がシャーロットの姿を見つけ、シャーロットの名を呼ぶと、チーム・屋上の者達は振り返り、人の波が押し寄せてきた。シャーロットはもみくちゃにされてしまう。

「見てくれた?」

 誰もがそう言って同じように手を伸ばして、シャーロットを触ろうとした。

 リュートが庇うようにシャーロットを抱きしめて、「わかったから、わかったから、お前ら、落ち着け、打ち上げ会場にちゃんと連れて行くから、」と大きな声でいなした。

 背の高いリュートの腕の中に抱きしめられて、シャーロットはドキドキしていた。シトラスなベルガモットが微かに香った。リュートらしい爽やかな香りだと思った。

 頭をかばうように、リュートの体に押し付けられて抱きしめられていた。人が多いのも、もみくちゃにされるのもびっくりするけれど、こんなふうに抱きしめられるのも、びっくりだわ。

 押し流されるように人の輪から出た二人は、抱き合ったままだった。

 シャーロットの括った髪を肩に垂らし直し、リュートは「大丈夫?」と抱きしめていた手を離した。

「ええ、大丈夫よ?」

 そっと微笑んだシャーロットに、いまさらながら照れてしまったのか、リュートは「抱きしめたりしてごめん、」と赤くなった。

ありがとうございました

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