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<4>シークレットブーツをはいた王子様なようです

 シャーロットは気が付かなかっただけで、ローズと同じクラスだった。

 シャーロット達は放課後の中庭で噴水池の縁に3人で腰掛け、話をしていた。ミカエル、シャーロット、ローズで座っていて、シャーロットは男子に囲まれているのか女子に囲まれているのかよく判んないわねと思った。

「私は気後れしてしまって、いつも教室の出入り口付近に座っているのですよ、」

 ローズははにかむ。どう見ても美少年の微笑にシャーロットは複雑な気持ちになる。ローズじゃなくてロータスが本当に似合っていたんだわと思う。

「いくつか同じなのです。」

 授業自体は選択制なので、個々人で時間割が少しずつ違う。シャーロットはほぼミカエルと同じだった。その方が課題のフォローがしやすいと思ったのだ。月水金は二年生の教室に行くことが多いけれど、ミカエルは基本一年生のクラスによくいる。

「姫様達の後ろ姿を拝見しながら授業を受けているのです。」

「背が低いから前の方に座っているんだよねー、」と、ミカエルは自分の事を棚に上げてシャーロットを肘でぐりぐりと突く。

 背が低めのミカエルと身長の伸びが止まりかけているシャーロットは、窓際の近くの前の方の席に座っていた。

 廊下側の前の方の席に目立ちたがりのエリックが座っているので、何となくそうなったのだった。席順が決まっているわけではなかったけれど、たいてい誰も自分の定位置があって、そうそう変わることはなかった。

「寮はどうしているの?」

 そういえば男装のローズを同じ棟で見かけたことがなかったなと、シャーロットは気が付く。

「管理人室に間借りしてます。」

「はい?」

「管理人のおばちゃんに、経済的に苦しいことを打ち明けたらここにいてもいいよって言ってくださって。管理人さんの御家族の一室を貸していただいて間借りしてるんです。」

 無駄に部屋を二つも借りているミカエルとは大違いの待遇だった。シャーロットはミカエルをじろりと睨む。

「男装の事は理解してもらえるの?」

 そこは重要なところなので押さえておきたい質問だった。

「はい。校則の件を教えてくれたのも管理人のおばちゃんなんです。過去に何人かそういう女の子がいたとかで。」

 いたんだ、過去にもいたんだ、とシャーロットは言いそうになるが我慢する。まあ、いろんな事情の人がいるんだろう。

「そっか、私は女子棟にいるの。よかったら遊びに来てね、って、その格好だと難しいわね。」

 慣れ親しんだロータスへの言葉遣いになってしまう。

「ふふ、よかった。やっと姫様いつもの話し方になりましたね。」

「あなたをロータスじゃない人だと思うと言葉遣いもヨソ行きになっちゃうの、」

「シャーロットっていつもヨソ行き言葉でしか話してくれない気がするけどー?」

 ミカエルが頬を膨らませる。

「敬語とヨソ行き言葉は一緒です。」

 王族には敬語が無難ですとシャーロットは思うけれど、ミチルであるミカエルが王族だとロータスであるローズは知らない。

「ミチル様は異国からの転校生でしょう? 砕けた物言いだと通じなくなるから、姫様は気を使っておられるのではないですか?」

 さすがナイスフォロー! とシャーロットは思ったが黙っておく。

「ここで時々会いませんか?」

 ローズは提案する。

「私はお昼休みなら時間が取れます。管理人のおばちゃんのお手伝いをちょくちょくしているので、寮に帰ったら管理人室で働いている事が多いのです。」

 苦学生だな、とシャーロットはほろりとしてしまう。

「私にできる事なら何でも言ってね、手伝えることあったらするから。」

 シャーロットがローズの手を握って励ますと、ミカエルが手刀でその手を割ろうとした。

「チェストーっ」

 意味は分からなかったけれど、ミカエルはやきもちを焼いてくれているんだろうなという事だけは判ったシャーロットだった。

 その様子を教室の窓からたまたま見ていた生徒達の間で、『公爵令嬢が男子生徒を巡って美少女転校生と恋のバトルをしていた』と噂されることになろうとは、シャーロットはちっとも気が付かなかった。


 寮に帰るとミカエルは当然のようにシャーロットの部屋にいた。

「明日はミカエルの日でしょう? 予習しておかなくていいの?」

 ミカエルは2年生のミカエルの分の授業と1年生のミチルの分の授業を受けているので、予習ノート作りや課題の提出物作りが大変なのだ。ミカエルになる前の日は、王族専用の部屋に戻ることが多かった。

 シャーロットは自分が提案した手前、ミチルの分は手伝ってはいたけれど、ミカエルの分はミカエル自身が王族用の部屋で何とかしているらしかったので何もしなかった。

「いいの、今日は少しだけでもシャーロットとお話ししたい気分なの。」

 フロアマットに直におしりをつけて座っているミカエルは、可愛く肩をすくめる。その仕草が可愛くてシャーロットは胸がキュンキュンしてしまうが、冷静に耐える。

「シャーロットも座って、」

 シャーロットは勉強机から椅子を引っ張り出してきて、足を揃えて座る。お城で受けたお妃教育の影響で、床に足を開いて直に座るなどということが出来なかったのだ。おかげでミカエルの目線が、シャーロットのスカートの中に吸い寄せられてしまうとは思いもよらない。

「まあ、いいけどね、」

「何?」

「いいの。ローズ出てきちゃったねー、シャーロットはローズと知り合いだったんだね。」

「ローズっていうよりロータスですね、」

 そこは訂正しておきたいところだった。

「見かけがゲームと違いすぎて誰かわかんなかったよー。髪短かったねー。ローズが男装女子とか、原作になかった展開になってきてるなあ。」

 ミカエルが女装王子なのもきっとそうだと思うよとシャーロットは思うけれど、心の中で思うだけにしておく。

「あとはリュートとサニーか、」

 ミカエルは首を傾げる。可愛い仕草にシャーロットはミカエル可愛いーとテンションが上がるが、正直ゲームはどうでもよかった。今のところゲームに関連する人物はなにかしら癖があり、一言で表現できる人が出てきていない気がしていた。

「ローズは何か言ってた? お昼休みに話をしたんでしょう?」

「ええ、転生者だって言ってましたわ。ミカエルと同じですね。」

「わお! カミングアウト早っ! ローズはシャーロットの事を信頼してるんだねえ。」

 確かミカエルも早めに教えてくれたよね、と思ったが、シャーロットは黙っておいた。あれは信頼というより巻き込むために教えてくれたんだろうと思ったからだった。

「なんか言ってた?」

「確か…、男装は前世からの趣味で…、大学の帰りに自転車がぶつかって、相手の籠からソフトが飛び出てぶつかりそうになってハンドルを切ったら車道に、とローズは言っていましたね。ソフトが何か判らなかったので、そこは聞いておけばよかったと思いました。」

 ちなみに自転車はこの世界にも存在するので、そういうものがあるということはシャーロットも知っている。ただ、庶民の乗り物なので貴族であるシャーロットは乗り方を知らなかった。

「この世界がゲームの世界って言ってた?」

「それは言ってなかったですわ。ゲームは興味が無いようでしたし、日本人の世界観だとは言ってましたね。」

「敬語っ」

「はい?」

「僕にもローズにしてたみたいな話し方をしてっ!」

 頬を膨らませるミカエルのぶーたれた顔が可愛くて、シャーロットはキュンキュンしてしまう。

「今更あなたに敬語ではない話し方とか、難しいですよ?」

 もう何年もミカエルにはこういう話し方をしていた。この先もそうするつもりでいたので、いまさら言われても困るなとシャーロットは思う。シャーロットの被っている大きな猫は着心地がいいのだ。

「ローズとお話しできるんなら、僕とだってできるでしょ、」

「それとこれとは話が別です。」

「ソフトが何か教えてあげるから、お話の仕方変えて、」

 ぐぐ…、シャーロットは二の句が継げなかった。ミカエルに一本取られた気がした。

「ソフトが何か教えて、」

 これでいい? とシャーロットは小さな声で尋ねる。

「聞こえなーい。ちゃんと名前を呼んで、もう一回言って、」

「…ミカエル、ソフトって何?」

 ふふん、と笑ってミカエルはシャーロットの膝の上で腕枕をする。

「ミカエル?」

「ここは僕のものだから、他の奴に触らせちゃだめだよ?」

 意味わかんないけどミカエルが可愛すぎる、とシャーロットは照れて真っ赤になりながらキュンキュンしていた。

「ソフトって、きっとゲームのソフトだよ。」

 ミカエルは呟いた。「飛んできたゲームソフトにぶつかって、そのままソフトの中に転生しちゃったんだね、きっと。」

 そういうもんなのかしら?とシャーロットは思ったけれど、思うだけにしておいた。好きで来てしまった訳ではない世界で苦労をしているローズが、気の毒でならなかったからだった。


 今日のミカエルはミカエルの日だったので2年生の教室に行ってしまっていて、シャーロットは一人で行動していた。お昼は学生食堂でミカエルと待ち合わせをしていた。

 シャーロットは食堂近くの渡り廊下でミカエルが来るのを待っていた。中に入ってしまうとミカエルがシャーロットを探しにくいと思ったからだった。

 前日ミカエルに朝呼びに来てねと言われていたので、学校に行く前にミカエルの王族の部屋に迎えに行った。その時にお昼をミカエルお得意の指きりで約束させられていた。

 今日のミカエルはいつもより背が高い。シークレットブーツを履いている。

「この方が足が長く見えて、かっこいいんだもん。」

 きちんと男子用の制服を着て、長く伸びた髪を後ろでくくっていると普通にハンサムなミカエルを見て、可愛いミカエルもいいけどこっちのミカエルも悪くないんだよなあとシャーロットは思った。

「なんか足が変な感じがするんだよ、」とミカエルが言うので、シャーロットはローズのスースーする話を思い出して思わず笑いそうになった。

「何笑ってんのさ、」

 ミカエルがぶーたれる。

「あーはいはい、今日もミカエルちゃんは可愛いでしゅねー」

「馬鹿にしてんの?」

「こういう風に話してって言ったのはミカエルでしょ?」

「ヤダ、この子、こういう話し方する子だったのね。すっかり騙されてたわ。」

 ミカエルが頬を膨らませる。そういう可愛い顔に騙され続けているのは私の方ですとシャーロットは思ったが、ぐっと我慢して微笑む。言っても仕方のない事を言っても、仕方がない。

「さあ、シャーロット、約束のチュー、」

「約束のチュー?」

 頬にキスじゃなかったっけ?

「頬はもう飽きた。」

「飽きるほどしてません。」

 ミカエルとミチルの切り替えが始まってから、まだ何回かしかしていない。

「頬じゃないとしません。」

 そこは妥協してはいけないところだとシャーロットは思う。

「ちえーっ、敬語に戻りそうだから、頬でいっか。」

 シャーロットに頬を差し出す。軽く口付けをするシャーロットは、それでも照れてしまう。

「お昼は今日は食堂で待ち合わせだからね、」

 ミカエルが小指を絡めてきて、指きりをした。


 ミカエルを待ちながら、シャーロットは自分の小指を見つめていた。ミカエル以外で指きりをしたことはなかった。

「おい、そこの、女子生徒っ」

 突然、知らない誰かに声をかけられる。

 びっくりしたシャーロットがきょろきょろとあたりを見回すと、シャーロットを指さした男子生徒が立っていた。腕には『風紀委員』の腕章をつけていた。

「公爵家のシャーロット嬢だな、」そう言いながら近寄ってくる。赤茶色い髪に茶色の瞳の、背が高めの男子生徒だった。シャーロットには馴染みがなかった。まあ、ほとんどの男子生徒に馴染みなどないのだけど。

「ええ、そうですが、」

「君は我が校の風紀を乱す、と、先日一部の生徒から訴えがあった。」

 わがこうのふうきをみだす? 品行方正でまじめが取り柄のため縁がない言葉に、シャーロットは何回も瞬きする。

「何でも先日、中庭で転校生と男子生徒を取り合って揉めていたのだろう、」

「何の話ですか?」

「目撃証言が多数上がっているぞ、君のクラスのミチルとかいう異国からの美少女転校生と、男子生徒を巡って揉めていたと聞いているが、身に覚えがないのか?」

 まさかローズとミカエルと話をしていたあの時のこと? シャーロットはややこしいことになったなと思う。ローズは女子だし、ミカエルは本当はミチルという女子生徒ではない男子だ。取り合うなら正確にはミカエルをローズとシャーロットで取り合うのだろうけれど…。

「はい、ないですね、」としか言いようがないので、そう言っておく。

「そうか、君は目立つからな…、気を付けたまえ。」

「はい?」

「君のように、うつく…、」

 何かを言いかけた言葉を遮るように、ミカエルが、「待たせて悪かったね、シャーロット、」と、いつもにはない低い声で話に割って入ってきた。

「僕の婚約者に何か?」

 王子様の笑みで男子生徒を威圧するミカエルは、普通にハンサムな男性だった。ただちょっと背が低めなだけで。制服を颯爽と着こなす様子は、普通にハンサムな王子様だった。

「何でもございません、ミカエル王太子殿下、」

 男子生徒は急に改まった態度になる。

「少し気になることがありまして、公爵家令嬢のシャーロット様とお話しさせていただいておりました。」

 めっちゃ敬語じゃん、とシャーロットは思ったが、王族に対してする態度としてはそれが正解なのだろう。

「君の名は?」

 知ってて聞いてるんだろうな、と余裕な表情のミカエルの顔を見ながらシューロットは思う。シャーロットが知らない男子生徒なのだと気が付いてくれたのだろう。

「宰相の息子、侯爵家の子息、リュートと申します。」

「リュート、職務に熱心なのはわかるが、噂は噂だ。女性を傷つけることの無いように、対応したまえ。」

 あ、話聞いてましたね、全部、とシャーロットは気が付く。聞いてて出てこなかったのかー。ふうん? とシャーロットは思う。そうか、彼がリュートか。確かに美形だし熱血漢っぽいし、かっこいいっちゃあ、かっこいいんだろうなとシャーロットは思う。

「では、失礼します、」

 そそくさと逃げていくリュートを見送って、ミカエルはシャーロットと手を繋いだ。いつもの癖なのだと思う。シャーロットは女装していないミカエルと手を繋ぐことに抵抗はあったけれど、仕方なく手を繋ぐ。女装しているミカエルとは普通に手を繋いでいるのだから不思議だ。

「風紀を乱すって、面白い言葉だよね。」

 ええっ? シャーロットはびっくりしてミカエルの顔を見つめる。ミカエルがそれを言っちゃうのか。

「服着て歩いてるだけで乱すって言われてもねえ。裸でキスしてるわけでもないのにね。」

 王子様…、何を考えていらっしゃるの…、シャーロットはなんだか眩暈がする気がしていた。ミカエルなのにミカエルじゃない。見かけが違うだけで、いつもの可愛いミカエルと違う気がした。

「おなかペコペコ、なんか食べよ?」

 すぐに気持ちが切り替えられるミカエルはすごいなあとシャーロットは思うのだった。

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