<39>悪役令嬢は心を痛めているようです
女子寮に帰ったシャーロットは、その足で、ローズの部屋を訪ねた。部屋をノックしても誰も出てこない。
「どうしたのかな?」
シャーロットが独り言を呟くと、隣の部屋の女子生徒が二人揃って顔を出した。
「シャーロット様、御機嫌よう、」
二人は同じ統治のコースの1年生で、いくつか授業が重なっているので顔見知りだった。
「その部屋、誰もいませんよ?」
「昨日からいませんよ? 気配がしないんです。」
「はい?」
二人はお揃いの水色のフード付きのワンピース姿の部屋着姿で、手にはお菓子を持っていた。
「今朝も会わなかったわ。」
「学校でも見なかったもの、いませんよ?」
「そうなの、ありがとう。」
変なの、とシャーロットは思った。テストが終わったからって、お出かけでもするんだろうか。
「じゃ、またね、シャーロット様、」
「ありがとう、エミリア嬢、リリアンヌ嬢、」
隣の部屋の二人は嬉しそうに微笑んで、部屋のドアを閉めた。名前を思い出せてよかったとシャーロットは思った。こういう一言は重要なのだ。
ローズがいないなんて変だなーと思いながら、まさかねと部屋のドアを握ると、ドアが開いた。
「え?」
シャーロットが驚きながら部屋を覗くと、部屋の二段ベットの下の段にうつ伏せで制服姿のローズが眠っていた。
部屋の窓にはカーテンも締められていないかった。もしかして昨日からそのままで眠っているの?
「ごめんなさいね、入るわよ?」
シャーロットは部屋のドアが閉まらないように自分のカバンを置くと、少し部屋のドアを開けたままの状態で部屋の中に入った。何かあったらすぐに人が呼べるようにした配慮だった。部屋の空気は淀みを感じられて、窓を開けたいなとシャーロットは思った。
うつ伏せに眠るローズの顔は赤く上せていて、手を当てると、ものすごく熱い。
「熱があるじゃないの、ローズ。ねえ、ローズ、私よ?」
「手ぇ冷たい…、誰の手…? ひ、姫様…?」
うっすらと目を開けて、ローズが寝返りを打った。
「ちょっと、あなた、いつからそのまま寝てるの? 大丈夫なの?」
「いつって、今何時なんですか?」
目を手でこすり、ローズはぼんやりとした表情のまま宙を見つめている。
「今日はもう火曜で、授業終わって、もうじき夕ご飯の時間よ?」
「え…、」
シャーロットはこういう時は管理人のおばちゃんにまずは相談なのかしら、と思った。基本的にどの生徒も自分の家が契約しているハウスキーパーがいるので、体調不良があっても自分のハウスキーパーを呼ぶのだ。
公爵家との契約のハウスキーパーはシャーロットとエリックの二人を面倒を見ているので、結構な頻度で寮自体にはやってくるけれどシャーロットの部屋にはたまにしか来ない。シャーロットが頼まないからだ。ハウスキーパーは何か不都合がない限り学生が学校にいる間に用事を済ませて帰ってしまう。
「ちょっと待っててね、管理人のおばちゃんに相談してくるね。」
「はい…、ありがとうございます…、」
男爵家からはハウスキーパーは来ないのだろうか、シャーロットは思った。ローズのそういう個人的な情報は知らなかった。
管理人のおばちゃんに相談すると、「気が抜けたのかねえ」と苦笑いされてしまう。
「よくあるんですよ、テストが終わると気が抜けちゃって寝込んじゃう生徒って。ハウスキーパーに連絡し忘れてそういう取次の面倒を見る機会はありますけど、特に私達管理人は何もしないんですよ。」
「そういうもんなんですか?」
「ええ、家の立場によって、やっていい事とやってはいけない事があるので。後々揉めますからね。」
管理人て結構淡白な距離感なんだなとシャーロットは思った。まあ、ハウスキーパーが出入りしている自体、普通の寮生活とは違うのだろうなとは察しが付く。
「うちのハウスキーパーは、今日は来てましたか?」
訪問者名簿を見ながらおばちゃんは頷いた。
「ありますね、今日は午前中に男子寮の方にお仕事にいらしてますよ?」
エリックの方か…、じゃあ明日は私だろうな、たぶん。シャーロットは病人の看病を頼めるのか聞いてみようと思った。
「今から連絡をしてもらえますか?」
「ええ、5時にまだなってないですからね。お取次ぎは可能です。公爵家の方に連絡しますが、よろしいですか?」
時計の針は4時45分だった。良かった。シャーロットはほっとした。
「では、私ではないですが、ローズの看病を依頼してください。ハウスキーパーが医療行為ができない規則は知っています。可能な限りでいいのです。」
「理由と、ローズの部屋番号を伝えればいいですか?」
「そうですね、お願いします。」
おばちゃんは微笑むと、書類に記入して、さっそく封筒に入れた。
「では手続きに行ってきますね。シャーロット様、ローズは案外丈夫なんです。きっと大丈夫ですよ?」
「いろいろとありがとうございます。」
ぺこりとシャーロットは頭を下げた。
次は購買で急いで何か食べられそうなものを買ってこよう…。5時にならないと購買のところの防火扉は開かなかった。
ローズの部屋に戻ると、少し開けたままの部屋のドアからエミリアとリリアンヌが覗いている後ろ姿があった。
「あら、あなた達、」
シャーロットが声を掛けると、二人は揃って振り返り、気まずそうな顔をした。
「シャーロット様、ローズ嬢はいたんですね。」
「ええ、熱があるのか、ドアの鍵もかけないまま寝ていたみたいですの。」
「まあ…、だから気配がなかったんだわ…、」
「シャーロット様はうつったりしない?」
「ちょっと、エミリアったら!」
しまったと口に手を当てたエミリアとリリアンヌは、シャーロットの顔を照れくさそうに見た。
「ふふ、きっと大丈夫ですわ。私、健康なだけが取り柄ですの。」
実際は早寝早起きをしているだけである。特に何もしていないシャーロットの自信は、根拠があるようでなかった。
「では、入りますね、宜しいかしら。」
二人はドアを開けて、シャーロットを中へと通した。
「気になるなら、元気になるまで少しだけ気にかけてあげてくださいな。部屋に入って看病してとは言いませんから、」
シャーロットがそう言って微笑むと、二人は安心したように頷いた。
「変な音がしたらシャーロット様にお知らせします。」
「ええ、ありがとうございます。」
シャーロットの返事に、二人は顔を綻ばせて部屋と帰っていった。
「ローズ? 大丈夫?」
部屋の中で、制服のまま床に座り、ベットに凭れ掛かったままのローズは、だるそうに瞳を閉じていた。
「姫様…、」
「ちょっと購買に行って、何か食べられそうなものを買ってくるね。その間に、着替えたり、シャワー浴びたりできそう?」
「やってみます…、」
「じゃあね、部屋のドアは締めていくからね?」
「はい…、お願いします。」
ドアに挟んだままのカバンを手に取り、いったん自分の部屋に戻ることにしたシャーロットは、ローズの顔を覗き込んだ。
「5時半ぐらいにまた来るから、ゆっくりでいいから、頑張ってみる?」
「ええ、それまでになら、なんとかできてそうですよ?」
ローズが力なく微笑んだ。
大丈夫なのかなあと思ったけれど、一緒にシャワーを浴びる訳にはいかないので、任せるしかないとシャーロットは思った。
自分の部屋に戻ると、ミカエルがミチルの格好で椅子に座って待っていた。
「遅いじゃない、どうしたのさ。」
シャーロットは背を向けて着替えながら答えた。
「ごめんね、何も連絡してなくて。ローズがちょっと熱があるみたいなの、ちょっとお世話しに行ってくるね。」
シャーロットは急いでいて、ミカエルが着替えるシャーロットを凝視しているのにも気が付かない。触りたそうに手を伸ばしているのにも気が付かなかった。
「ふうん。仕方ないなあ。夕飯は一緒に食べれそう?」
「それまでには間に合わせるつもり。6時には帰ってこれると思う。」
紺色の薄手のセーターに膝丈の黒っぽいタータンチェックの巻スカートを巻いて、シャーロットはセーターから髪の毛を両腕でたくし上げた。ふわりと美しい金髪が広がった。
「じゃあね、ノートはこれね。お勉強でもして待っててね。」
シャーロットは今日の分のノートを手渡しながら微笑んだ。
「早く帰ってきてよね。」
ぶーたれたミカエルは指でちょんちょんと自分の頬を指差した。
「なあに?」
「お留守番のご褒美。」
仕方無いなあ。チュッと頬にキスをして、シャーロットは「すぐ帰ってくるわよ?」と部屋を出た。
購買でリンゴとパンを買おうとしたシャーロットは、いつもの店員が何かを言う前に、「やわらかいパンをください」と頼んだ。こう言えばクイニーアマンは出てこないだろうと思った。
「じゃあ、これがいいね、」
店員は白いパンと、同じ白いパンで作ったサンドイッチを出してきた。
「どっちもください。あとリンゴと何か、病人が飲めそうなものが欲しいです。」
「じゃあこれがいいね、」
店員はレモネードと派手な表記の入ったパックを棚から取り出した。パックに小さく入った紋章には見覚えがあった。あ、これ、うちの領地の紋章だわ、とシャーロットは思った。領地で見かけたレモネード売りの女の子を思い出す。
「ハープシャー公爵家のお墨付きのジュースだよ。お嬢様は知っているかい?」
うちの領地のだからそれはもちろん、とシャーロットは頷いた。
「これは美容と体力回復にいいらしいんだよ。よく武芸のコースの学生さん達が買っていくね。」
「そうなんですかー。」
それは知らなかったなとシャーロットは思った。やたらと海岸沿いにレモネード売りがいたなとしか覚えていない。
「早く良くなるといいね、その病人さん、」
店員が微笑んだので、シャーロットも微笑み返した。なんだ、この人、いい人じゃない。いつもクイニーアマンばかりを買わされているシャーロットは少し見直した。
ローズの部屋にノックしてから入ると、ローズはナイトウェアに着替えてベットの中にいた。制服もきちんとハンガーにかけられて片付けられている。部屋の空気も先ほどのような淀みが感じられず、きちんとシャワーも浴びて身綺麗にしたようだった。
「ローズ、起きてる?」
シャーロットが問いかけると、眠っていたローズの瞳がうっすらと開いた。顔が赤い。優しい焦げ茶色の瞳には、涙が滲んでいる。熱、高いんじゃないかしら? シャーロットは幼い頃、風邪で弟が寝込んでいた時の顔を思い出してそう思った。
「あなた、大丈夫なの?」
「大丈夫です…。たぶん。」
「ハウスキーパーは?」
「…いませんよ、そんな人。」
男爵家はそういう人も雇ってくれないのだろうか。必ず雇わなければいけない人ではないけれど、いないと寂しく思わないのだろうか。
「あのね、明日私のハウスキーパーが来るの。その時に、あなたのお世話もお願いしてあるから、お手伝いをお願いしたいことは頼んでくれていいから。」
「はい…、あれば、頼みます…。」
「なくても頼って。さっき購買で食べれそうなもの買ってきたから、ここに置いておくね?」
シャーロットは買ってきた袋を机の上に置いた。パンもレモネードも、口に合うといいな。
「ありがとうございます、姫様…。」
「じゃあ、明日の朝、見に来るから、それまでは寝てるのよ?」
「はい…。」
「私に何か出来そうなことってある…?」
「姫様…、もう十分です…。」
ローズがうっすらと微笑んだので、シャーロットは大丈夫なのかなと心配に思ったけれど、自分は他には何をしたらいいのか思いつかなかった。ローズが眠ってしまったので自分の部屋に帰ることにした。看病も面倒も、シャーロットはして貰うものなので、してあげたことがなかった。
部屋から出てきたシャーロットに、隣の部屋から顔を覗かせたエミリアとリリアンヌが、「姫様、さすが、」と呟いていたのには気が付かなかった。二人ともエリックの沢山いる情報源の一人なのにも、シャーロットは気が付いてもいない。
ミカエルは部屋で勉強をして待っていて、戻ってきたシャーロットを見て、「案外早かったね」と微笑んだ。
「ローズは、お熱があるみたい。お医者さんとか、いいのかな。」
貴族は基本的に家にお抱えの医者がいて、シャーロットの公爵家も呼べばその医者が診察に来てくれる。お城に住むミカエルには、お城に専属の医者が住んでいる。
「さあ、こればっかりは家によって違うからね。学校で何かあれば保健室の誰かが手配するんだろうけど。ハウスキーパーに頼んで連れて来て貰うのが一番早いんだよね。」
「男爵家はハウスキーパーと契約してないみたい。」
シャーロットは困ったなと思った。
「これまで体調がよくない場合はどうしてたのかしら。」
「街のお医者さんのところへ行ってたんじゃない?」
「そっかあ。」
お医者さんは来て貰う者という認識でいたシャーロットは、行くところなのだと知って驚いていた。ローズと一緒にいると、自分がいかにものを知らないのかよく判るわ…と改めて思う。
「ミカエルはほんと、何でも知ってるのね。」
「まあね、前世は普通の庶民だったからね。」
「ビダイセイだったっけ?」
「そうそう。美大生は庶民なんだよ。」
ミカエルが勉強道具を片付け始めた。
「じゃあ、夕ご飯食べに行こう? 僕、もうおなかすいた。」
ミカエルが上目遣いにシャーロットを見た。ミチルなミカエルは、灰色のマリライクスのパーカーを羽織っている。少し大きめのパーカーは、袖が余っていた。
可愛いー! いろいろあったけど、この顔で癒されてるんだわ、とシャーロットは思った。
ありがとうございました




