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<38>『公爵令嬢と隣国の王子はいい雰囲気でお茶している』という噂

 シャーロットはリュートに言われた、「いつもの場所で」という言葉に引っ掛かっていた。

 屋上? それとも薔薇の生け垣の前のベンチ? いつもの、というほど親しい関係では無いリュートの言ういつもの場所ってどこなんだろう。

 よくわからないわね…と思いながら購買でパンを買う列に並ぶ。

 シャーロットの番になり、並んだパンを見ながら、「あの…、」と言いかけた。

「はい、いつものね、」

 いつもの店員のおばちゃんに、クイニーアマンとコーヒー牛乳を手渡される。さすがにもういい。

「いえ、今日は違うのがいいです、普通のサンドイッチにしてください。」

「普通のサンドイッチは売り切れちゃったよ、これでいいかい?」

 すまなそうに言われて手渡されたのは、クッキークリームとチョコレートの挟んだサンドイッチだった。

 どっちもどっちだわ…、シャーロットは項垂れて、「じゃあ、いつものにします、」というので精一杯だった。

 購買を出ようとしたところで、後ろから腕を掴まれた。

「シャーロット、こんなところでどうしたの?」

 振り返るとサニーが息を切らしていた。

「サニーこそ、どうしたの?」

「さっきシャーロットに似た人を見たから、まさかなって思って、走って来たんだ。」

 そりゃどうも、とシャーロットは思った。来ていただかなくてもいいですよ、とは言えないなあと思う。来た理由は、昨日の2位のご褒美の件だろうなと見当をつける。

「おねだりの話、シャーロットは何も言わないけど、私は欲しい。いいですか?」

「できる事とできない事があります。出来そうなら考えますが、できなさそうならしません。それでも?」

 どっちにしても断るつもりのシャーロットは、曖昧なことを言って曖昧に微笑んだ。

「では、今日の放課後、一緒にお茶してください。」

 意外なおねだりにシャーロットはびっくりした。お茶って、お茶を一緒に飲むだけだよね?

「お茶ですか? どこでするのですか?」

「学食でも、中庭で散歩しながらでも構いません。何なら、私の部屋でもいいですよ?」

「部屋以外でお願いします。そうね…、」

 一番目立たないのはどこだろう。シャーロットは考える。学食は人目があるけど人がいる分目立たない。中庭は場所にもよるけど、人目がないところは危険な気がする。

「では、学食で、いいですか?」

「約束ですよ?」

「今日だけ一緒にお茶するだけですよ?」

 満足そうにサニーは微笑んで、「では、放課後、」と言って去った。学食の入り口で彼を待つ仲間達の後ろ姿が見えた。

 手を振って見送ったシャーロットは、急にお茶したいとか、どうしたんだろうと思った。おねだりってそんな感じでいいんだと少しほっともしていた。


 一応屋上に行ってみてから考えようと思ったシャーロットは、階段をのんびり上っていた。いなかったらいないで気にせず屋上で過ごそうと思っていた。もともと演武会に興味がない。

 屋上のドアを開けると、すでに車座に座った騎士コースの男子生徒達がお昼ご飯を食べていた。体格の良い彼らが座っているだけで、広い屋上は狭く感じられた。

「やっと来たか、シャーロット嬢、遅いよ、」

 リュートが奥の方から手を振っている。晴れ渡る青い空には筋雲が流れている。いつものところは屋上が正解かあ…。

 リュートの隣に座るように勧められ、仕方なく隣に座る。

「またクイニーアマン。好きだね…、」

 男子生徒達に言われ、「そうね」としか言えないシャーロットだった。パンを買いに行く時間をもっと早くにした方がいいのかもしれないなと思う。

「今、打ち合わせをしていたんだ。私は聞いていただけだけどね。」

 リュートは分厚いバゲットのサンドイッチを食べていた。

「そのパン、リュートもまだ流行ってるの?」

 確かゲームだと、親密度が高いと分厚いバゲットのサンドイッチってミカエルが言ってたわ。シャーロットはパンを観察しながら尋ねる。はみ出したベーコンに降りかかる黒胡椒が美味しそうに見えた。

「ああ、ちょっとした流行り。縁起担ぎみたいな感じ?」

「これを食べるといいことある、みたいな感じだよな、」

 シャーロットの隣に座った男子生徒は以前にも中庭のベンチで隣に座った気がした。この人達、いつまでたっても名乗ってくれないのよね、とシャーロットは少し不満に思った。自分から聞くのは恥ずかしいし、勝手に綽名をつけることにする。彼は隣に座ることが多いので、トナリ君でいいや。

 トナリ君の言葉に他の男子生徒達も頷いている。

「へえ、それはすごいわね。」

 クイニーアマンは好きだけれど、違うパンも食べてみたい。だけど、私はどうしてかこのパンに戻ってしまっている…。

 シャーロットがクイニーアマンを齧る様子を、男子生徒達が微笑ましそうに眺めているとはシャーロットは気が付いていない。シャーロットの定番アイテムだと思われているとも気が付いていない。

「朝は9時から開会式が始まるから、シャーロット嬢はそれまでに来てくれればいいよ。」

 リュートがシャーロットの顔を覗き込んだ。

「何なら一緒に行く?」

「待ち合わせが必要な場所なの?」

「会場は運動場だから、学校だよ?」

 待ち合わせはいらない気がした。そのまま現地集合じゃダメなのかしら。

「他の人達も同じ時間なの?」

「この人達はもっと早くに行って支度があるんだ。何しろ演武だからね。」

「演武って何をするの?」

「号令に合わせて行進して棒を振り回して整列して終わり。」

 男子生徒達が自嘲気味に言った。

 棒はどんな棒? 旗みたいに何かが付いている棒なのかな。シャーロットは首を傾げた。

「棒って…、旗みたいな?」

 領地の港で見た他国の水兵達が持っていた信号旗を、シャーロットは思い浮かべていた。他国の水兵の行進をエリックとブルーノと三人で沿道に並んで見たのだ。手旗信号に合わせて整列し楽団の音に合わせて足を踏み鳴らす彼らを、夏の青空に響き渡る歓声と楽団の音楽と紙吹雪の中、民衆と一緒に見たのは楽しい思い出だった。

「フラッグ!」

 驚きの声があちこちから上がる。フラッグって何? シャーロットはきょとんとする。

「確かにフラッグを振り回すと、見栄えがするだろうな。」

「ああ、色の付いた…、そうだな、」

 突然吹いてきた風に青い目を細めゆっくり瞬きをしたシャーロットの顔を覗き込んで、その生徒は言った。以前、ゴミを回収してくれる時に当然ですと答えた生徒だった。彼はトウゼン君だな…。

「青色なんかどうだ? 青色の旗。」

「空の色だし、ちょうどいいな!」

 くくくく…と笑う声もする。

「おう、じゃあ、午後の練習から、棒は旗に出来るよう掛け合ってみよう。」

「青い旗なら、騎士団の予備の青いマントを括りつけるだけでできそうだな。」

 騎士団とは、お城の騎士団のことだろうとシャーロットは思った。騎士コースの卒業生の多くはお城の騎士団に配属になるらしいのでそういう伝手があるのだろう。

 リュートはそっと風に乱れたシャーロットの髪を撫でた。

「シャーロット嬢は何が好きですか? お昼は私が用意しましょう。」

 シャーロットは慌てた。逆リクエスト! 間違ってもサンドイッチは頼めない。

「え、いえ、そんなに時間がかかる行事なんですか? 午前中だけではなくて?」

「行事自体は午前中で終わりますよ? その後は祝賀パーティやら打ち上げ会やらで混雑するんです。卒業後の進路に関わる大切な行事ですからね。祝賀パーティにはお偉いさんが沢山来るんです。打ち上げ会は学生が主体で、家族や学生が多いですね。そっちの方がいいですか?」

 どっちも行きたくないと思ったけれど、そういう訳にはいかないのだろう。シャーロットはそれとなく聞いてみることにする。

「皆さんはどうされるんです?」

「打ち上げ会です。強制参加。」

「ヤローばっかりで華がありません。」

 あちこちから笑う声がする。

「リュート、用意していただかなくて大丈夫ですよ?」

 シャーロットはリュートと仲良くお昼ご飯を食べる自分を想像できなかった。

「お気持ちだけで十分ですよ?」

「では、気持ちを受け取ってもらうついでに、一緒にお昼食べましょうね、シャーロット、」

 どうしてそうなるのかなあ? シャーロットは内心イラッとしたけれど黙って微笑む。どれもいかないで一人で寮に帰るという選択肢はないのだろうか。

「打ち上げ会はどこでやるんです?」

「演習場の近くの芝生にパーティの設備を準備して、屋外での立食パーティです。」

「では、そこにお邪魔しても構いませんか?」

 その方が気が楽な気がした。大勢の中に紛れた方がよさそうだ。リュートと二人でお昼ご飯は避けたかった。

「やった! リュート! さすがだな!」

 口々に男子生徒達が盛り上がる。あれ? さすがって何?

「リュートはさすが賢い!」

 トナリ君が指笛を吹いて囃し立てる。

「シャーロット嬢、歓迎します。打ち上げ会まで来ていただけるなんて感激です。」

 口々にやったーと盛り上がる男子生徒達の声に、シャーロットは少しびびってしまう。

 あれ? もしかして選択間違えたのかな? シャーロットは猫を被って微笑んでいたけれど、内心首を傾げていた。まんまと誘導されたとは思ってもみなかったのだった。


 午後の授業が終わり、ガブリエルが必死になってノートを纏めている横で、シャーロットは窓の外の空を見上げていた。

 放課後サニーとお茶の約束をしていたけれど、ガブリエルも一緒じゃダメなのかなあ…。

 気が進まないなあと思いながらカバンに荷物を詰めていると、サニーがやって来た。

「ガブリエル様、シャーロットをお借りしますね。」

「ええ、サニー様、御機嫌よう、また明日。」

 シャーロットの知らないところで伝達が済んでいたのか、ガブリエルは愛想よくサニーに返事をした。

「ガブリエルは一緒にいかないの?」

 シャーロットの問いかけに、ガブリエルはおかしそうに微笑む。

「ええ、2位のおねだりがお茶なんて、可愛らしいじゃないですの。行ってあげたらよろしいのでは? シャーロット。」

 ガブリエルの大人な微笑に、シャーロットはなんか違う気がするんだけどなあと思いながら、カバンを手に立ち上がった。

「じゃあまた明日ね、ガブリエル。」

「ええ、また明日、シャーロット。」

 手を振って別れたシャーロットに、サニーが「荷物持ちますよ?」と囁いた。

「いいえ、大丈夫ですよ?」

 見上げたシャーロットが返すと、サニーは自然にシャーロットと手を繋いだ。え? カバンを持ってもらわなかったら手を繋いじゃうの? シャーロットはまた選択を間違えたのかなと悩ましくなる。

「では、一緒に行きましょうか。」

 何で手を繋ぐ必要があるんだろう。頑張って手を離そうとしたけれど、指を絡まれて繋がれてしまい、仕方なくそのままにした。

 また変な噂立ちそうで嫌だなと思いシャーロットは、少し憂鬱になるのだった。


 学食のカップル席に二人座って、シャーロットはカフェオレ、サニーは紅茶を飲んだ。サニーは何もスイーツを頼まなかったので、シャーロットもそれに合わせた。

 サニーは椅子をシャーロットと斜めに向き合うように寄せて座った。膝と膝が触れ合う角度で、シャーロットは隣に並んで座るより恥ずかしいなと思った。

 特に話すことのないシャーロットは、オープンテラスのカップル席に二人で座っているのも気詰まりで、サニーの様子を伺いながら手の中のカップを見つめていた。学食の中の方は人がまばらで少なかった。今日はいい天気なので、飲み物を手に中庭で過ごす者の方が多いのだろうなとシャーロットは思った。こっちで正解だったのかな、と少し安心する。

「あの話は考えてくれましたか?」

「何の話でしょう。」

 婚約破棄の話だろうなとは思うけれど、進める気のないシャーロットは微笑むだけだった。

「なかなか進まない話も、どうしようもないですね。」

 サニーはそっとシャーロットの膝を撫でた。

「私は、あなたのことが好きです。シャーロット、」

 囁いて、シャーロットの瞳を見つめて、サニーは微笑む。

 あんまり好き好き言われていると心が動じなくなるものね、とシャーロットは思った。サニーの好きは、おはようみたいなものなのだろうとさえ思えてくる。

「だから、今の間だけ、私のことだけ見つめて、私の言葉だけを聞いて下さい。それが、私の今回のおねだりです。」

「今の時間だけ、私はあなたの恋人という訳ね?」

 疑似恋愛ごっこって感じなのかしら。シャーロットは面倒だなと思った。恋人でもないのに見つめ合うとか、意味わかんない。カフェオレを飲みながら、サニーを見つめる。

「そうです。お茶をするのは、恋人の時間でしょう?」

「恋人って何かよくわからないわ。」

 シャーロットがはぐらかした答えを、サニーは代わりに答える。

「二人で思いを育むのが恋人でしょう?」

「私には婚約者がいますから、では育めませんね?」

「恋人だから、二人の思いを育んで、婚約を破棄すればいいのですよ?」

「サニーは面白いですね。」

 シャーロットが鼻で笑うと、サニーは余裕の笑みで微笑んだ。

「そう言うのも今のうちだからですよ?」

 そういうもんなのかなあ?

「シャーロットは、コーヒーと紅茶、どっちが好きなんですか?」

「コーヒーです。」

「私もコーヒーは好きです。」

 で、なんだというのだろう。サニーの言葉を待っていても、返事がない。シャーロットは仕方なくサニーの顔をぼんやりと見つめ続けた。

 つい昨日のことなのに、ガブリエルとローズの話をサニーはしなかった。ローズとサニーはどういう関係なのかとガブリエルに聞かれたりはしなかったのだろうか。

 あれ、そういえば、今朝からローズの姿を見ていない。ローズの期末テストへ向けての学習の計画も聞けていなかった。シャーロットはテストが明けて自分は気が抜けていたんだと自覚する。

「どうかしましたか?」

シャーロットの表情の変化を読み取ったのか、サニーが尋ねた。

「いいえ、いいお天気だなと思っただけよ?」

 サニーは同意するようににっこりと微笑みながら、シャーロットを見つめていた。

 シャーロットの頭の中は今日はローズを一度も見かけなかったなという思いで一杯だった。

 特に会話がある訳ではなく、二人はお互いを見つめ合ってお茶をしているだけだった。座る角度の影響で、見つめ合う二人の横顔は学食の中からは光で輝いて見えた。

 学食にいた者達の間で、『公爵令嬢と隣国の王子はいい雰囲気でお茶している』と温かく見守られていたとは、そこにいただけのシャーロットは知る由もなかった。

ありがとうございました

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