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<32>悪役令嬢は混乱しているようです

 10月に入ると、さすがに中間試験一週間前ということもあって、シャーロットの周りの生徒はピリピリとし始めた。ローズには9位という1学期の期末試験の点数を考えると破格の条件が出されているので、シャーロットは苦笑いをしながら勉強に付き合っていた。毎日ローズの添削をしているので、そういう点ではシャーロットも忙しい。

 お昼休みはミカエルもガブリエルもそれぞれに、課題や予習を口にしていた。「教室で何か食べるから。ごめんね。」

 シャーロットは気にしないでと笑って、この前見つけた自分だけの隠れ場所にパンとコーヒーっぽい牛乳を購買で買って鼻歌交じりに向かう。

 中庭の噴水の縁に座っていては目立ってしまうけれど、同じ中庭でも学食よりの、薔薇の低木の垣根近くのベンチは意外と穴場で、誰もいなかった。

 薔薇の低木が塀の代わりになっていて、中庭から学食への視界を遮っていた。薔薇の低木前のベンチに座っていれば学食に背を向けているので、誰が座っているのか学食側からは見ることはできない。

 シャーロットはお気に入りのクイニーアマンを齧りながら、空を見上げていた。中庭の空は狭い。青い空には羊雲が並んでいた。

「そろそろ冬服のジャケットを家から持ってこようかなー。」

 夏に焼けた肌は随分白く戻り、髪も癖が取れていた。テストが開けると衣替えが決まっていたので、その用意もしなくてはいけない。

 一日の中でこのお昼休みが一番静かで、一番気が楽だった。テスト前で教室がピリピリしている中で、シャーロット一人のんびりとするのは気が引けていた。

 ミカエルはミチルとミカエルの二人分の試験が待っているし、ガブリエルはミカエルと一緒に卒業する予定で1年生と2年生の講義をいくつか掛け持ちしている。ローズは…、奨学金制度の条件に合うように成績を上げなくてはいけない。

「あれ、シャーロット嬢、何でこんなところに?」

 ぼんやりとしていたシャーロットは声のした方向に視線をずらした。リュートが見た事のある騎士コースの男子生徒達十数人と立っていた。

 目をぱちくりしてシャーロットは齧っていたクイニーアマンを口から外した。

「えっと、空を見ていたのよ?」

 くくくく…と何人かの生徒が笑っている。

「リュートは、何でこんなところに?」

「試験前の期間は屋上は閉鎖されてしまったんだ。この前の、一学期は閉鎖されなかったんだけど、あー、その、一学期の期末試験、あんまり成績が良くなかったんだよ、この人達。それで閉鎖されちゃったんだよ、な?」

「中庭で確か広い場所あったよなって話してて、今どこかいいとこないかと移動しているところなんだ、」

「広い場所? 芝生広場のことかしら。」

 この前学内を探検したシャーロットは、地図を頭の中で広げる。

「そうそう、そこに行ったらカップルが一杯で、さらにやる気なくしてうろうろしてるんだよ、な?」

 リュートに合いの手を入れる男子生徒が、「ここらでいいんじゃない?」と提案する。

 シャーロットが座るベンチの周りにいくつかあるベンチには、誰も座っていない。この薔薇の低木の静かな空間をシャーロット一人が独占していたのだ。

「あ、そうだな、じゃあ、ここでいっか、」

 シャーロットを挟むようにリュートと提案した生徒が座り、他の騎士コースの者達も周辺のベンチに座る。

 え? 何? どういうこと? どうして避けたはずの人達と一緒に私は座っているのかしら? シャーロットは頭の中を?マークで一杯にしながら微笑むので精一杯だった。

「またクイニーアマン、食べてるんだね、」

 シャーロットの手元のパンを見て、リュートはパンを食べ始める。

「ええ、このパンが今、私の中で流行っているの。」

 リュートは分厚いバゲットに具を挟んだ大きなサンドイッチを食べていた。よく見れば、騎士コースの男子生徒達も同じような分厚いバゲットを食べている。

「私達も、今このバゲットのサンドイッチが流行りなんだよ、シャーロット嬢。」

 リュートが微笑んだ。この前食べてたのはたしか大きなメロンパンだったわよね…? バゲットでサンドイッチって、もっと薄く切って作るんじゃないのかしら。溢れんばかりに具を挟んだ分厚いサンドイッチを見て、私には無理だわ…、あんな固くて分厚いもの、口に入んないわ…とシャーロットは思った。

 借りてきた猫のようにおとなしく食べているシャーロットを気にせず、騎士コースの男子生徒達は話をしながら食べていた。成績のこと、実技講習のこと、午後の授業の予定のこと…、そういう話を聞いているだけでも新鮮で、シャーロットは楽しかった。

 黙って聞いて食べているだけなのに一番最後に食べ終えたシャーロットのパン袋のゴミを、前回とは別の男子生徒が回収してくれる。

「ありがとう、」

 シャーロットが微笑むと、「当然です、」と言われる。当然なのかーとシャーロットは思う。男の子ってよく判んない。

「シャーロット嬢は本当に空を見に歩いてるんだな、」

 騎士コースの男子生徒が言った。名前を今度聞いてみよう、とシャーロットはふと思った。2度も食事を共にした関係の人達を、知らない騎士コースの人達の一言で片付けるのは失礼な気がしてきた。

「ええ、空を見上げたい時間がたまにあるのですよ?」

「へー、意外。」

 口々に意外と言われてしまい、シャーロットは微妙に落ち着かない気分になる。

「あれは咄嗟に出た言葉なのかと思ってたよ、」と男子生徒の一人に言い当てられてしまい、シャーロットはさらに微妙に複雑な気分になる。

 話題を変えながら騎士コースの男子生徒達は、和気あいあいと話を続ける。どうやら昼休みが終わるまでこの場を離れる気はない様子だった。

「屋上閉鎖はきついなあ…」

 誰かが言った。シャーロットもそう思い頷く。また一人になれる隠れ家を見つけないといけなくなったわね…、学校を探検しよう…。

「俺らの成績はあちこちに影響するんだなあ、」

 頷くシャーロットを見ながら男子生徒達はしみじみ言った。シャーロットは視線に気が付いていない。頭の中に学校内の見取り図を広げて考えていた。

「試験勉強頑張ろうか、」

「そうだな。」

 騎士コースの男子生徒達の他愛のない会話を微笑みながら聞いているだけのシャーロットだったけれど、隣に座るリュートがじっとその横顔を眺めているとは気が付いてもいなかった。頭の中の見取り図にバツ印を付けて回る方が重要だったのだ。

「責任重大だな、」

 うんうんと男子生徒達は頷いている。無意識に釣られてシャーロットも頷く。

「屋上を我々の手で守ろう!」

 周りの盛り上がりに、シャーロットはなんとなく気が付いて理由も判らず微笑んだ。

 風がシャーロットの髪を舞い上げた。付近の秋咲きの薔薇も散る。赤い花びらが舞い上がる。

「美しい…。」

 誰彼となく感嘆の声が上がる。

 リュートは手を伸ばしてシャーロットの耳に髪をかけてやった。金色の髪に小さな赤い薔薇の花びらがくっついていた。愛おしそうな表情でリュートは、そっと花弁を撫で落とす。

 シャーロットはリュートに髪を触られ慣れているので、何も動じなかった。頭の中の見取り図の方が気になるのだ。バツだらけの見取り図に確認漏れはないかを見直していた。

「どう見ても彼女じゃん、」

 男子生徒の誰かが呟いた言葉に、リュートは意味を察して頬を赤くしたけれど、シャーロットは何のことか判らずに微笑み続けるのだった。見取り図はバツだらけだった。今度はまた探検だな、ちょっとうんざりしながら考えていた。

 『シャーロット嬢の空を守ろう』という謎の合言葉が騎士コースの学生の間で囁かれ、珍しく試験勉強に励んでいる者達がいたとは、シャーロットは知る由もなかった。


 ブルーノの成績がいいとか悪いとか、そういえば聞いたことがないなと、シャーロットは学校からの帰り道に見かけたエリックとブルーノの姿を見て思った。二人は仲良さそうに肩を寄せ合って笑っていた。

 テスト前だというのに、週末にかけて実家の公爵家に帰る予定のあるシャーロットは、ガブリエルとミカエルが二人並んでじゃれ合いながら帰る様子を見て、この二人も仲がいいんだよねーと思った。

「シャーロット、何ぼーっとしてるのー?」

 ガブリエルがくすくす笑いながらシャーロットの顔を覗き込んだ。

「何でもないわ。」

 あなた達の仲のよさに感心していただけよ? シャーロットは微笑んだ。同じ姉弟でも、エリックに対してシャーロットは必要最低限しか接触しない。

 今週末に帰る実家でも、エリックが帰ってくる予定があるのかすら知らなかった。シャーロットもエリックに帰る予定があることを伝えていない。

「テスト、がんばろーねー、シャーロット、」

 ミカエルがくすくす笑いながら言った。

「約束、まだ撤回してないからねー?」

 10位以内ならキスというあの約束だろうか。みんな順位に拘るな~とシャーロットは思った。

 一学期の期末試験はサニーが1位でエリックが2位だったから、あんな交換会などという、弟と仲良くする会に参加させられてしまった。

 今回のテストはどんな結果でも、弟の変な会に参加させられないように気を付けよう…。シャーロットは強く思った。


 シャーロットが実家である公爵家に帰った理由は、婚約誓約書の内容の確認をするためだった。

 父には伝えてあったので、難なく見せて貰うことが出来た。執務室から執事達を人払いをして、父はシャーロットに赤い革の書類挟みを渡した。

「あのね、気になることがあるの、」

 書面を見ながらシャーロットは父に尋ねる。

「結婚する後の生活のことって、ここには記載がないのかしら?」

「どういうことだい? シャーロット。」

 執務室で仕事に励んでいた父は、書面にサインする手を止めてシャーロットの顔を見上げた。

「あのね、結婚した後、愛人は何人とか、第二夫人はどうするとか、そういう約束は決めないで、婚約しちゃうものなの?」

 ゴホッゴホッと父はむせ返り、しばらく呼吸困難になってしまう。シャーロットは父の背中を撫でて、「お父さま、大丈夫?」と心配する。

「な、何だい、それは、シャーロット、」

 ようやく咳が止まった父は、シャーロットを涙目で見上げた。

「あのね、お父さま。この前サニー王子に言われたの。『私と結婚してくれるなら、シャーロット以外の妃も愛人を持つことも諦めましょう』って。」

「ほうほう、」

「でね、『こういう話をきちんと決めてから婚約した方が、お互いに良い関係でいられるでしょう?』だって。」

「ほうほう、さすが私が選んだ男だな…、」

 父はもともとサニーを押している。

「そういう約束って、ミカエル王太子殿下と婚約した時にはしなかったのかしら、と思って、この書類を確認したかったの。」

「なるほどなあ…。」

 父はシャーロットの瞳を覗き込んだ。

「お前はどうしたいんだい、シャーロット。」

 シャーロットは重要な情報が記入されていなかった羊皮紙を赤い書類挟みに戻し、父に返しながら言った。

「私は、誰かとミカエル王太子殿下を分け合うとか、嫌だと思うわ。でも、今の国王様には寵妃がいらっしゃるわ。ミカエル王太子殿下もそれが当然と望むなら、約束をしていない限りそういう女性がこの先現れるのでしょう? その時になってみて慌てるのは嫌だと思ったの。」

「そうだな…、確かに国王には寵妃がいるなあ…。」

「お父さまには、いらっしゃらないじゃない?」

 ゴホッゴホッと父はまた噎せ始める。

「あら嫌だわ、お父さま、今日はお加減がよくないのかしら。」

 背中を擦りながらシャーロットは尋ねた。

「だ、大丈夫だよ、シャーロット。父様はお母さまが一番好きだから、そういうご婦人は必要ないのだよ。」

 父は親戚筋からの婿養子である。あの気の強い母のことが好きでなければ結婚など無理だろうとシャーロットは思った。先日の自分の誕生会の後で見た、祖父を怒鳴る鬼の形相の母の顔を思い浮かべた。

「国王様にも…、いろいろあるのだと思うよ?」

「いろいろあると、愛人やら寵妃やらが沢山になっちゃうの?」

 そういうのって嫌だわ、シャーロットは思った。条件だけ思うと、サニーの方がましに見えてしまう。

「ミカエル王太子殿下がこの先、寵妃を必要ないと仰っても、お前の方から寵妃をお勧めする未来があるかもしれないよ?」

「どういうこと?」

「これは今の国王様の場合、なのだけれど…、お妃さまの方から寵妃をお勧めになさったらしい。お子様を3人御産みになって、お妃さまはしばらく御実家のハジェット領で御静養されたから…、御自身がお傍にいて差し上げられない辛さからそう仰ったようだよ?」

「そう…。」

 好きだから愛人作っていいわよって、よく判んないわね。シャーロットは思った。それも愛だというのか…。大人ってよく判んないわ。

 首を傾げて考え込んでしまったシャーロットに、父は微笑んだ。

「お前がミカエル王太子殿下のことが好きなのは、父様もよく判っている。だが、こればっかりはその時にならないと判らないことだから、今決めてしまう訳にはいかないのだろう。だから、婚約誓約書には記載がないんだ。」

 幼い子供が大人になった時愛人作られるの嫌だから婚約しないわとは、確かに言えない。シャーロットはあの時の条件ならこれが妥当な文面なのかなと思った。

「そんなに気になるなら、一度ミカエル王太子殿下と話し合って、結婚宣誓書にそういう文言を入れたらどうだろう?」

 父の言葉に、シャーロットは父を見つめた。

「あのね、じゃあ、お父さまはそういう事を、お母さまと結婚する時に、きっちり文章にして残したりしたの?」

 ゲホゲホゲホと激しく咳き込む父に、あ、もしかして聞いちゃいけない話題だったのかなとシャーロットは思った。

「わ、私達にはそんなことは必要ないのだよ、シャーロット。」

 涙目の父が咳き込みながら答えてくれた。

「そんな必要がないくらいに、父様はお前のお母さまを愛しているんだ。」

 あまりの激しい咳き込み声が部屋の外まで聞こえていたのか、心配して執務室の中を覗いた母が偶然その父の答えを聞いてしまい、「あら、まあ、」と顔を真っ赤にした。

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