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<31>悪役令嬢はリュートルートを選びはじめているようです?

 課題を一通り終わらせたミカエルとシャーロットが学校を出た頃には、もう雨は上がっていて、空には虹が掛かっていた。

「綺麗ね。」

 空を見上げて足を止め、見とれたシャーロットにミカエルが、「今日はいいことあったでしょ?」と微笑んだ。

 いいこと…。

 ブルーノとキスをしたけど、あれはいいことなの? シャーロットは曖昧に微笑んだ。

「トリュフ、またあげるね?」

 ミカエルがそう言ったので、シャーロットはもういらないと思った。

 寮の部屋に帰ると、部屋のドアと床の隙間に、紙が挟んであった。手紙のようだった。開いてみると、『姫様へ 私の部屋に後で寄って下さい』とある。ローズからだろうとシャーロットは思った。シャーロットを姫様と呼ぶのはローズしかいない。

 ミカエルが先に行っておいでよと言ってくれたので、制服を着替えないまま、シャーロットはローズの部屋に出かけた。

 2階の階段降りてすぐのローズの部屋は、一人で使っているからかとても物が少ない。基本の家具もそのままに使っている。シャーロットとミチルの部屋のようにカーテンを変えたりあちこちにカバーがつけられてもいない。ミチルがちょこちょことものを入れ替えるので、元あった装飾がどんなだったのかシャーロットはすでに思い出せないでいたので、ローズの部屋に来ると「ああ、こんな感じだったっけ」と目が覚める思いがするのだ。

「ローズ、お手紙ありがとう、いますか?」

 部屋のドアをノックすると、ローズが中から出てきた。ローズは部屋着なのか、だぼだぼの黒いシャツにゆるゆるの茶褐色のズボンを履いていた。丈があってないのか、裾を折り返している。括るにはまだ短い髪のローズは、どう見ても男の子な格好だった。

「姫様、わざわざありがとうございます。中に入って下さい。」

 部屋の中に入れて貰うと、シャーロットはローズに、「目をつぶって下さい」と言われてしまう。

 ナニ、この展開…、また目を閉じるの…?

 シャーロットは、「変なことしない?」と確認してしまう。

「する訳ないじゃないですかー!」

 ローズがくすくす笑って、「じゃあ、そのままでいいですよ、」と、シャーロットの前に、机の上の袋を持ってきた。

「これ、姫様にあげたいなと思って。昨日管理人のおばちゃんに頼んで台所を借りて、作ったんです。」

「開けてもいい?」

 袋を開けると、甘くていい香りがした。中にはパンのような小さな焼き菓子がいくつか入っている。

「姫様に貰ったシロップがとてもいい香りがしたんで、シロップを使ってマフィンを焼いてみたんです。」

「ありがとう…。」

 自分で何かを作るなんて今まで経験のないシャーロットには、お菓子を自分で作ることが出来るローズを凄いと心から思った。

「こんなものしかプレゼントできなくてごめんなさい。」

「いいえ、」

 シャーロットは首を振る。

「はじめてお友達から手作りのものを貰ったわ。嬉しい…!」

 貴族に育ったシャーロットにとって、プレゼントは買うもので、貰うものだった。ローズのように作るものではなかった。

「姫様のお口に合うといいな。」

 ローズが照れくさそうに微笑んだ。


 シャーロットが貰ったプレゼントを持って部屋に戻ると、ミカエルはミチルの部屋着に着替えていて、自分の机でだらだらと勉強をしていた。鼻の下に鉛筆を挟んで、口を尖らせている。男子の制服を着たミカエルの姿でこんなことするのかな。シャーロットは想像してにやにやしてしまう。

「ただいま?」

 シャーロットが首を傾げると、ミカエルは鉛筆を机の上に置くと、「ナニソレ、」とプレゼントの袋を指差した。

「ローズに貰ったの。お菓子焼いてくれたんだって。」

「へー、」

 袋を渡すと、シャーロットはミカエルに背を向けて部屋着に着替えた。後姿をミカエルが凝視しているとは気が付きもしない。

「食べてもいいわよ? 」

「じゃあ、いただきます。」

 早速一つ食べてしまったのか、ミカエルが静かになる。

 シャーロットは脱いだ洗濯物を片付け、制服のしわを伸ばしてハンガーにかける。背を向けたままなので、どういう反応をして食べているのか見ることはできなかった。

「ローズがね、」

 スカートのポケットからトリュフの包み紙を出して捨てる。

「お誕生会のお土産に渡したシロップがいい香りだったから、マフィンを焼いたって言ってたの。手作りみたいよ?」

 片付いたので振り向いて、さっきから大人しいミカエルの顔を見ると、ミカエルは困った顔をしていた。

「美味しかったんじゃないの?」

「ん…。」

「何?」

「もしかして、リュートルートのローズの手作りお菓子を食べちゃったんじゃないかなって思ったの。」

「はい?」

「リュートルートでね、」

 話が気になるシャーロットは、自分の椅子を持って来て隣に座る。ミカエルはお菓子の入った袋の口を、折りたたんで閉じている。

「リュートが昼休みにローズと屋上でお昼ご飯を食べるようになるんだけど、そこで、ローズがとびきりのおやつを持ってくるようになるの。」

「は、はい?」

 リュート? 屋上? 身に覚えのあるシャーロットは鼓動が激しくなった。

「このおやつが毎回手作りで、ある一定回数貰えないと、次の段階に進めないの。これが厄介で、ナオちゃん、しびれ切らしちゃって…。」

 シャーロットにはまだこれが初めてのローズの手作りおやつだ。しかも誕生日プレゼントだった。

「ち、違うんじゃないのかな?」

「もしかしてローズ、また攻略進めちゃってる?」

「攻略って…、」

「リュートと何かあった?」

「な、何もないわ、」

 ちょっとお昼休みに屋上でパンを一緒に食べた程度だ。

「ゲームでは、昼休みに屋上に行ってないと、ローズのおやつは発生してなかったんだけど。」

 ジーっとシャーロットを見つめるミカエルの視線に耐えきれなくなって、シャーロットは白状する。

「…屋上に、行きました。」

「そこで、リュートと会ったんだね?」

「あ…、会いました…。」

「なにしたの?」

 ミカエルの問い詰めるようでいて、なのに怒らないようにしている笑顔が怖かった。

「何も…、一緒にパンを食べて、リュートが騎士コースの人達とバリーボールとかいうゲームをやってるのを見てたの…。」

「バリーボール?」

「異国のゲームみたいで…、腕で白い大きなボールを上にあげて、床に落とさないように続けるの。」

 確かリュートはそんなことをやっていた気がする。動きを口で説明するのって難しい。シャーロットは伝わるのかしらと首を傾げた。

「ああ、こっちの世界ではバリーボールって言うんだ…。バレーボールだね、それ。」

 バリーでもバレーでもあんまり変わんないと思うの…。シャーロットは異国のゲームなんだし、と思う。

「参加はしなかったの?」

「騎士コースの人達、背が高くて、とてもじゃないけど同じようにボールを上げられそうに思えなかったから、見てただけ。」

 シャーロットは見てただけなのだ。リュートと何かをした訳じゃない。

「騎士コースの人も沢山いたし、何もなかったけど…。」

「ふうん?」

ミカエルはじっとシャーロットの顔を見ている。

「もしかして昨日?」

「そう、昨日。」

 昨日はいろいろあって、今日もいろいろあった。あんまりミカエルに話したいような内容ではない。隠し事と誤魔化してしまえるなら、そうしたいような内容ばかりだ。

 視線を逸らしたシャーロットに、ミカエルは手を握った。

「屋上は、行く必要ないからね?」

「そうね、」

 シャーロットは思う。逃げられる場所をほかにも考えないと、ね。中庭の噴水は定番だから無理、屋上はリュートがいるからやめておこう。保健室はサニーを思い出すからやめよう。

 明日学校の中を探検しよう。新入生みたいだわ。今更ながらそう思うのだった。


 学食で夕食が済んだシャーロット達が女子寮の部屋に戻ろうとしたところを、探しに来たガブリエルに捕まった。ラファエルの部屋でお茶会をしたいらしかった。

「どうする?」

 ミカエルが断ってほしそうな顔で尋ねたので一瞬シャーロットは迷ったけれど、ガブリエルにお願いされてしまうと、「判ったわ、」としか答えられなかった。

 明日はミカエルの日なので一旦女子寮の部屋に戻り、ミチルは制服に着替える。シャーロットも王族用の部屋に行くので部屋着はよくないなと思い、赤紫色の膝丈のワンピースに着替えた。袖口やスカートの裾の黒いレースの裾飾りが可愛いので気に入っている服だった。

「もう少し二人でいたかったのにな、」

 ミカエルがぶーたれている。ガブリエルとラファエルは身内なので遠慮はしないのだろう。

「今日はシャーロットの誕生日なんだし、シャーロットを独占したいんだけどな。」

 それ、私が思うことじゃないの? シャーロットはそう思った。覚えておいてミカエルの誕生日に同じことを言ってみよう。半年も先のことだけど、どういう反応をするのか今から楽しみになる。


 ラファエルの部屋に行くと、ガブリエルと二人でメイドの格好をしていた。黒い仕事着にフリルのエプロンをして、髪はまとめて頭は白いリボンを括っている。

「え、ナニその恰好、」

 ミカエルが嬉しそうに言った。「僕の分もあるの?」

「もちろん!」

「ラファエルが前から結婚までにしてみたいって言ってて、こうなったの!」

 ラファエルもガブリエルも嬉しそうだ。ミカエルはミチルのままさっそく着替えて、3人目の可愛いメイドが出来上がる。

「ささ、お嬢様、おかけになって。」

 ラファエルにソファアを勧められる。

「お嬢様、お茶をお入れしますわね。」

 ガブリエルが慣れた手つきでカップに紅茶を注ぐ。練習したんだろうなーとシャーロットは思った。シャーロットはお茶など他人の為に入れたことなどなかった。寮での生活の中である程度の事は出来るようになったけれど、自分に妥協できるような程度のことが出来るようになっただけだった。

「お嬢様、肩を御揉みしましょうか?」

 かなりどうでもいい奉仕をミカエルはしたがっている。

「え、いらないわ。」

「まあまあ、そこは揉んでと言うところですのよ、お嬢様、」

 かなり無理やりだなーとシャーロットは思ったけれど、「じゃあお願いね、」と頼むことにする。

「ねえねえ、ラファエル様、これは何のお遊びなんですの?」

 シャーロットがミカエルに肩を揉まれながら傍に立つラファエルに聞いてみる。

「あの、ソファアにおかけになって、皆さま。私だけ座るのは心が痛いです。」

 ソファアを勧めると、「いえいえもったいのうございます、お嬢様、」とラファエルもガブリエルも座ってくれない。にやにやしているばかりである。

「あのね、ラファエルがね、来年にはシャーロットのお誕生日、一緒にお祝いできないから、何か心に残ることしたいねって言ったの。」

 ガブリエルが立ったまま教えてくれる。

「ガブリエルもね、同じやるなら面白いことしたいねって言っててね。結婚したら絶対できないことにしようって言ってたらね、こうなったの。」

 二人とも嫁ぎ先は他国の王家だ。王太子の正妃で嫁いでいく二人は、誰かのために給仕したりお世話をしたりなどしない生活になるのだろう。

「でもね、何かをしてあげたいって思える人、なかなかそういう人っていないのよね。」

「シャーロットは昔から一緒にいたし、シャーロットにならしてあげたいねって、ラファエルが言ってね。」

「せっかくのシャーロットのお誕生日だし、やっぱこれだよねって話になって、ハウスキーパーに頼んだのね、」

「そしたら、お母さまがハジェット領から取り寄せてくれたの。私たち専用のごっこ遊びの服だから、みてみて、刺繍までハープシャーの紋章なのよ?」

 胸元と腕章代わりの両腕にある紋章は、シャーロットの実家のハープシャーの紋章だった。でも、色はお城のメイド専用の黒い仕事着だった。公爵家の仕事着は黒に近い濃紺色だった。

「お嬢様、お誕生日おめでとうございます。」

 ガブリエルとラファエルがシャーロットの前に二人並んで微笑んだ。

「私たち、歌を歌いますの。今日に合わせて練習したんですのよ?」

「まあ、素敵…!」

 シャーロットは手を叩いて歓迎した。

 肩を揉む手を止めて、ミカエルはシャーロットの後ろからシャーロットの首を抱きしめると頬を寄せて動かなかった。

「ミカエルは歌わなくていいの?」

「僕、練習に呼ばれてないもの。」

 ミカエルの返事に、そういうもんなのかしらねとシャーロットは思った。

「せーの、」と始まったのは、おなじみのバースディソングだった。

 え、練習いるの? とシャーロットは内心思ったけれど、王女様達のすることにはいろいろあるのだろう。丁寧な歌に、上手いとか下手とかそういうんじゃなくて心がこもった歌だわ、とシャーロットは思った。

 歌い終わると、二人はおめでとうと拍手をしてくれる。シャーロットは嬉しかった。もしかして、今日の一番の良いことじゃない? そう思った。

「来年には…、こうしてみんなで集まってお祝いできなくなっちゃうけど、ちゃんといつか里帰りするから。」

 ラファエルが寂しそうに言った。

「あなたは私の妹みたいな存在だから。ミカエルと結婚してくれたら本当に妹になれるんだわ。そうしてほしい。」

「あら、シャーロットは私と一緒に隣国に行って、私と隣国で暮らすんですのよ、お姉さま。」

「ダメよ、隣国にはあなた一人で行くのよ?」

「でも…、サニー様はいい人だし。私一人は寂しいもの。」

 ガブリエルが口を尖らせる。

「あら、私だって一人で嫁ぐのよ?」

 ラファエルが微笑む。

「だから、いいの。私達は一人で嫁いで、里帰りした時に、あなたとミカエルがいてくれれば、4人で会えるんだもの。」

「そうね、それが一番楽しいかもね。」

 ガブリエルがそう言って微笑んだので、シャーロットはほっとした。サニーとの結婚の話は諦めてほしいと思う。

「結婚して嫁いでも、いつの日か、4人でこうやって遊びましょうね。」

ラファエルがそう言って、目尻に浮かんだ涙を拭った。

「そういう約束があると、異国の地に一人で嫁ぐことになっても、私はやっていけると思うの。」

 シャーロットは嬉しかった。ミカエルとこのまま婚約し続けて結婚して、ラファエルやガブリエルとまた遊ぼう、そう思った。

「ミカエルは、絶対シャーロットを手放しちゃだめよ?」

 ラファエルが微笑んだので、ミカエルはシャーロットの髪を撫でながら言った。

「大丈夫、シャーロットは僕のものだから。」

 その言葉に、シャーロットは胸がキュンキュンして、照れて真っ赤になってしまうのだった。

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