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<25>悪役令嬢のハートのエースは口うるさいようです

「さて、今日集まってもらったのは、我が孫娘のシャーロットの16歳の誕生日を祝うためだ。急な日取りだったのにもかかわらず、沢山の者達に集まって貰うことが出来て感謝している。食事も充分に用意した。楽しんで帰っていってほしい。」

 祖父が乾杯のグラスを片手に会の開催を宣言すると、集まった招待客達は笑みを浮かべて乾杯を口々に告げた。

 ほとんどが公爵家に縁があり、ほとんどが夏の避暑地でのエリックの誕生会にも出席した者達だった。

 ブルーノは父親の海運王ペンタトニークと会場に現れ、サニーは父王と一緒だった。リュートも宰相である父親と、元宰相である祖父と一緒だった。この国の王族はミカエル一人で、シャーロットは意図したわけではないけれど、ミカエルとローズと一緒にいた。

 褪せたピンク色のドレス姿のローズを見て、ミカエルは苦虫を潰したような表情になった。何も言わないだけましだった。

 シャーロットも、なんといって声を掛けたらいいものか悩んでいた。

 どうして正装と言われてお母さまのお古を着る選択をしちゃうんだろう…、シャーロットはにこにこ笑うローズににこにこと微笑み返すので精一杯だった。お古が悪いわけではないけれど、誰もが自分を少しでも好印象に見せようと美しく着飾って支度してくる舞踏会と、なんだか趣旨が違う気がするのよねとシャーロットは思う。でもこれがローズという人柄なのだと思うと、何も言えなくなってしまう。

「さて、入り口の招待状との交換で、トランプを渡したと思う。」

 祖父がにこやかに話を続ける。手には受付に残っていた2枚のカードを持っている。ハートの10とスペードの5だった。

「シャーロット、こちらにおいで、」

 シャーロットは呼ばれたので注目を浴びながら祖父の傍に立つ。

「エリックも来い、」

 祖父に肩を抱かれて、シャーロットとエリックは祖父と並んで立った。二人の前に執事が、トランプを乗せたカートを押しながらやって来た。

「それぞれ一枚ずつ引いてくれ、」

 祖父のお気に入りの執事が手慣れた様子でトランプを捌き、一列に並べてすべて絵柄を見せ、どれもが同じ絵柄ではないことを確認させられる。再び裏返し同じ図柄の背面のカードを、一枚ずつ引くように勧められる。

 最初にシャーロットが一枚、次にエリックが一枚手に取った。「まだ絵は見せるなよ?」そっと、祖父が囁く。

 掌で隠して、シャーロットは黙って頷く。

「さて、皆さん。今日は公爵家からのお楽しみを用意させてもらった。突然の招待に迷惑をかけて申し訳なかった。シャーロットと同じのマークのカードを持つ者にはシャーロットから頬に感謝のキスと抱擁を、エリックと同じマークのカードを持つ者にはエリックから土産を渡そうと思う。」

 あれ? 私、誕生日だよね? 抱擁とキスを私の意思に関係なく私がするの? シャーロットは内心不思議に思ったけれど、祖父は微笑んだままで頷くだけだった。

 ミカエルの言ってたイベントって、この事だったのかしら? ミカエルをちらりと見ても、何の反応もない。あれ? 私、窮地に立たされてるんじゃないのかしら? とシャーロットは思った。

 仕方ない。シャーロットは猫をしっかり被って優雅に微笑む。

「無理にとは言わん。帰るまでに受け取ってやってくれ。では確認するぞ。シャーロットのカードはハートのエースだ。エリックはクラブのキングだ。マークを間違えないように。」

 確か祖父は最初にハートの10を手にしていた。ということは12人とキスと抱擁をするのか…。シャーロットはそれでもきついなと思った。隣に立つ祖父が見逃がしてはくれないだろう。仕事と割り切って覚悟を決める。

 早速カードを持った商人がやって来た。エリックの誕生会でも見た南国の商人だった。

「お誕生日おめでとうございます、シャーロット様。」

「ありがとう、」

 カードを確認する。ハートの4。シャーロットは首を抱きしめて、背伸びして頬にキスをする。シャーロットの体に障らないように気を使ってくれたのか、固まったままの態勢で、嬉しそうに微笑んだ商人に、シャーロットは少し気持ちが和む。

 エリックの方にも何人かカードを持った貴族や商人が寄ってきていた。

 シャーロットの方には貴族の夫人がはにかんだ笑顔でやって来た。カードを持った者達が、それとなく列を作っている。

「私は、女性ですが、よろしいですか?」

「ええ、よろしければ、どうぞ。」

 シャーロットは微笑んで、カードを確認した。ハートの11。シャーロットと同じような背丈の夫人をそっと抱きしめて頬に感謝のキスをする。

 この調子でこなせたらいいのだけれど、と内心思う。

 ハートの2、3、5、8、9、13と無事にこなし、余裕かも?! とシャーロットは思った。あとは、シャーロットと同じエースの1、6、7、12だけである。

 ちらりと横を見ると、エリックも順調にカードを消化していた。ローズがエリックの列でお土産を貰っていた。これはシナリオ通りに進展という感じなのかしら? とシャーロットはドキドキしていた。

「シャーロット、」

 ハートの12を手にしたリュートが、シャーロットの目の前に恥ずかしそうに立っていた。

「リュート、来てくれてありがとう、」

 知っている人なので恥ずかしさもあったけれど、そこは公爵家の令嬢のシャーロット、得意の猫を被って美しく微笑んだ。

 リュートの首を抱きしめると、頭一つ分は背が高いリュートの胸のあたりに顔を埋めてしまう。上目遣いに見上げて、シャーロットは困ってしまう。

「少し屈んでほしいの、リュート、」

 シャーロットは囁いた。「キスが出来ないわ。」

「え、」

 リュートが動揺した様子が伝わってくる。少し身を離してシャーロットの顔を覗き込んだ。

「そのまま、じっとしててね?」

 シャーロットが頬に口付けようと背伸びすると、リュートは突然シャーロットの唇に手を当てた。「ちょっと待って、」

 リュートは顔が真っ赤だった。

「私からするからシャーロットはじっとしてて?」

「いや、それじゃ、おじい様の指示と違うでしょ?」

「でも、」

「でも、なに? ちょっと待ってね。」

 首を抱きしめ、つま先立ちのシャーロットはリュートの頬にキスをした。シャーロットは首を抱きしめることで、自分の胸の膨らみがあたっているなどと気が付いていない。商人や貴族達がそれで固まってしまっていたことにも気が付いていない。頬にキスと抱擁という祖父の言葉にそのまま従った結果の、首を抱きしめてのキスになっていたのだった。普通に抱きしめてから相手に屈んで貰ってキスをする、という方法を思いついていなかった。

 リュートは真っ赤になって小さい声で、ありがとうと言った。どういたしまして、とシャーロットは微笑む。あと3枚分だ。

 7のカードは貴族の令嬢で、キスはいらないから握手してほしいと言われた。シャーロットは微笑んで抱きしめ、握手をする。

 隣で見ていたエリックが、「代わりに私がキスしても?」と微笑むと、真っ赤になってしまった令嬢は、とんでもない、と手を振って逃げてしまった。かーわいーなーとシャーロットは思った。ああいう可愛らしさを私はどこに捨ててしまったんだろうねーと思う。

 猫さえ被っていれば、こんなふうに知らない誰かを抱きしめたりキス出来たりできてしまう自分が汚れた大人に思えた。

 6のカードは、よりによってブルーノだった。隣には父親のペンタトニークが一緒にいる。夏に避暑地で会った時は夫人も一緒だった。ブルーノは夫人に似ているとシャーロットは思った。白髪交じりの金髪で碧い瞳のペンタトニークはブルーノよりも小柄だったけれど、相変わらずの魅力的な微笑を讃えていた。シャーロットと目が合うと、「おめでとう」と笑った。

 ブルーノの逞しく鍛えた体にタキシードはよく映えた。白銀の長い髪を括ろうともせず、肩に流しているブルーノは、美しい微笑でシャーロットに得意そうに言った。

「引きが強いのが自慢なんだ、」

 シャーロットの前に立つと、「おいで、」と両手を広げた。

 おいで? シャーロットはびっくりして躊躇ってしまう。おいでって何? 

「キスしてくれないなら、こっちからするけど?」

 ニヤニヤ笑うブルーノに、シャーロットは背伸びして仕方なく首を抱きしめ、頬にキスをした。身を離そうとすると、そのまま抱きしめられ耳の後ろにキスをされてしまう。

「ちょっと、ブルーノ、放して、」

「このまま結婚しないか?」

「しないわ。ラウラ・クリスティーナ様がいるでしょ?」

「そんな人は知らない。」

「あのねえ…、」

 シャーロットが抱きしめられたままなのを、ペンタトニークは微笑んだまま見つめている。祖父も何もしようとはしない。

「ちょっと、離れてくれませんか? 僕もハートのエースなんです、」

 ミカエルの声がした。手にはシャーロットと同じ、ハートのエースを持っている。

「仕方ないですね、まだいたんですか、」

 ブルーノは諦めたのかシャーロットから身を引いた。

「ええ、締めはやはり、婚約者の僕が一番でしょう?」

 ミカエルはハートのエースをシャーロットに見せた。

「僕は君と同じカードだよね? シャーロット、」

「そうですね、ミカエル王太子殿下、」

「君は婚約者でもあるよね?」

「ええ…、」

 シャーロットは、傍に立つ祖父の顔をじっと見つめた。祖父は何も言わない。笑みを顔に張り付けたままだった。

「あなたは私の婚約者です。」

 シャーロットはミカエルの首を抱きしめ、唇に、キスをした。

 祖父を見ても、何も言わなかった。祖父は微笑んだ表情をしていたけれど、目は笑ってはいなかった。

「お誕生日おめでとう、シャーロット、」

 ミカエルが微笑むと、シャーロットも手を繋いで微笑んだ。

「ありがとうごさいます、とても嬉しいわ。」


 室内楽団の演奏に合わせてワルツを踊る人達の波に交じって、二人は踊った。本当はどこか違うところに行って話がしたかったのだけれど、今日のシャーロットはお誕生会の主役である。乞われれば誰とでも踊らなくてはいけない。

 ミカエルと額を寄せ合うように、ひそひそと話しながら踊る。婚約者とは一曲目の曲を踊るのがマナーなので、ミカエルと踊る。ずっとミカエルとだけ踊っていたかったけれど、今日は無理だ。

「びっくりした…、ミカエルでよかった…、」

「ほんと、間に合ってよかった。」

 くすくすと笑う二人は、背の高さもそれほど違いがない。

「今日ね、私、ハイヒールを履いてるんだけど…、ミカエルの方が高いよね。」

「ちょっと背伸びたの、ちょっとだけ、ね、」

「みんな背が高いから…、頬にキスは結構大変だった…」

「あれは…、ちょっとやり過ぎじゃない?」

「どうして?」

「胸があたってた。」

「抱きしめて頬にキスって、ああいう感じじゃないの?」

「それなんだよね…、なんだろうね、その指示、」

「ほんとね…、」

 くすくす笑っている間に、曲が終わってしまい、シャーロットは仕方なく近寄ってきた貴族とパートナーを交代する。ミカエルは、またね、と微笑んでいた。

 踊りながら会場の中に様子を観察する。ローズは食事スペースにずっといて、嬉しそうに食事をして歩いている。赤紫や紺色、深緑色といった落ち着いた色のドレスの貴族の令嬢や夫人が多い中、褪せたピンク色のドレスを着たローズは目立っていた。周りの視線も本人は気にしていない様子だった。ブルーノはグラスを片手に、大人達と何か話をしている。ミカエルは王族なので顔が知れているのか、ひっきりなしに誰かと踊っている。サニーもリュートも踊りの輪の中に入って誰かしらと踊っていた。

 シャーロットは何人か商人や貴族と踊ってリュートとも踊った。

 リュートははじめ、交代した相手がシャーロットと気が付かなかったようで、「リュート」、と名を呼んだシャーロットの顔を見て驚いていた。頬を赤く染めて無言のままリュートはシャーロットと踊った。シャーロットは心なしか腰を強く引き寄せられて抱かれている気がしたけれど、緊張しているのかなと思って気にしないことにした。

 何曲か交代を続け、気が付けば相手はサニーに変わっていた。

「シャーロット、おめでとう、」

 サニーは微笑みながら、シャーロットの頬を撫でた。「キスしても?」

「頬に?」

 上目遣いでシャーロットはサニーに場所を指定する。「口は駄目よ?」

「では、おでこに、」

 おでこ、頬、耳、鼻…、踊りながらキスをしてくるサニーに、シャーロットは首を振って抵抗する。

「ちょっと、サニー、」

「シャーロットが悪いんですよ?」

「私は悪くないわよ?」

「さっさと私と結婚してくれないから、こんなに拗れてしまった…、」

「初めから拗れてなんかないと思うわ。」

 口を尖らせたシャーロットに、サニーは微笑む。

「あなたしか見えないのに、あなたは私を見てくれない。どうしたら私のものになってくれますか?」

「私は私のものだもの。それはなれないと思うわ。」

 シャーロットの答えに、サニーはまた頬に口付ける。

「さ、交代だよ、」

 曲の終わりと同時に、ミカエルが割り込んできた。曲調が変わる。ラストダンスだった。サニーは残念そうに交代して、他の貴族の女性と踊り始める。

 ラストダンスはゆったりとしたバラードだった。抱きしめあって甘いリズムに体を揺らす。

 唇が触れそうな近さに、ミカエルの顔があった。瞳の中に映る自分自身のとろんとした顔付きに、シャーロットは不思議な錯覚を覚えていた。

「ちょっと、シャーロット、あとでお説教だからね、」

「え、」

「もうね、言いたいことが山のようにあるの、」

「えー、」

 シャーロットは身に覚えがないので、うんざりしている。無自覚にいろいろやらかしているとは思ってもいないのである。

「明日の予定は?」

「午後には学校へ戻る、かな。」

「夕食は一緒に食べれそう?」

「たぶん大丈夫。」

「じゃあね、覚悟しておいてね。」

「えー、」

 くすくすとシャーロットが笑うと、ミカエルがそっとシャーロットの頬に触れた。

「君は僕のもの、なんだから、もっと自分を大切にしてよね?」

 シャーロットは驚いた。自分の体を大切にするって、ミカエルの為に大切にするってことなんだ…! と、同時に、あれ? 私、自分の体を大切にできてないの? と疑問に思った。

 いかんいかん。考えるのは後でもいい。今はミカエルの腕の中だ。ミカエルに酔いしれよう。

ゆっくりと流れる時間が、愛おしかった。

 シャーロットはミカエルの腕の中で、このまま時が止まればいいのに、と思った。

ありがとうございました

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