<18>悪役令嬢は太陽が悪いのと拗ねているようです
教室に入ろうとしたシャーロットに、出入り口付近でミチルと話をしていたガブリエルが気が付いた。ガブリエルはおさげ髪を三つ編みにしていて、制服も折り目正しく着こなしていた。二人とも半袖シャツにベストを着ている。
「わあ、どうしましたの、シャーロット。ほんとにシャーロットですの?」
シャーロットは半袖シャツにスカートだけでも暑かったので、ベストを着ている二人を凄いなと感心していた。
会うのは夏休みの夜会ぶりだけれど、まともに話をするのはシャーロットが学校に入学する前以来なので、随分と久しぶりだった。
「久しぶりね、ほんとにシャーロットですの。ちょっと焼けてしまって。」
新学期に編入学してきたガブリエルは、久しぶりに会った再会の挨拶よりも、シャーロットの変化にびっくりしたようで、シャーロットのあちこちを触った。
「これはちょっとじゃない気がしますわ!」
編み込みにした髪も、久しぶりに制服を着てきつく感じるくらい少し大きくなった胸も、すっかり日に焼けた肌も、ガブリエルには珍しかったようだ。
「ちょっとガブリエル、女の子同士だからってどこ触ってんのさ、」
ぶーたれた顔のミカエルが女子の制服で腰に手を当てて怒っている。今日のミカエルはミチルの日なのだ。髪も括らず、肩に届くかなという程度で揃えている。怒ってみても相変わらずの可愛さである。
ミカエルも確かに昨日会った時に驚いてはいたけれど、体を触ってくることはなかった。編み込みにした髪の毛の話も、日に焼けた理由も一応説明したけれど、「へー、」という感想しかなかった。
どちらかというと、昨日二人で計画を立てた2学期の計画の方に頭が集中している様子だった。
「えー、ミチルは何もないつるんとした体ですもの~、触ってもつまんないですの~。」
キャッキャと笑い燥ぐ二人を見て、どう見ても女の子の姉妹のじゃれ合いにしか見えないんだよねーとシャーロットは思った。二人は同じような顔立ちだけど、可愛らしさを追求したのがミカエルなら、真面目さを追求したのがガブリエルという、性格の違いがよく出ている雰囲気の差があった。
「でもよく焼けたよね。シャーロット、イメチェンすることにしたの?」
ミカエルが泣き笑いをして尋ねてくる。あれ? 説明したよね? とシャーロットは不思議に思う。
「イメチェン?」
聞きなれない言葉にシャーロットは聞き返す。
「なにかをきっかけに自分の印象を変えるってこと。」
ううん、と首を振って、シャーロットは否定する。肌の色が変わったって私は私だ。
「これは…、どうしようもない避けられなかったことが重なってしまって…、」
夏は外に出ているだけで日に焼けてしまうのだ。諦めるしかない。
「これでもましになったのよ?」
美容担当の侍女達が毎日自領の有名な温泉地の美容液を揉み込んでくれたからか、初日よりは日焼けは和らいでいる。ただ、元が色白だっただけに差を感じてしまうのだろうとシャーロットは思っている。お嬢様、ひと月もすれば戻りますよ、と侍女達は励ましてくれたし、まあそんなところだろうとシャーロットも楽観している。
「まあ、見てやって、この頭、」
気配を消して近付いてきたエリックが、今朝せっかくシャーロットが苦労して編み込んだ髪のリボンを解いて髪を解してしまった。
「エリック!!」
シャーロットの慌てようをせせら笑って、シャーロット以上によく日に焼けているエリックは教室に入っていってしまう。二人は色白な貴族令息令嬢の多い統治のクラスの中でかなり目立っていた。
「シャーロット…。」
ガブリエルもミカエルも言葉を失くしていた。ふわっと広がる金髪に、ミチルとガブリエルは目を奪われている。
日に焼けて健康的な肌色で金髪で魅惑的な体形のシャーロットは、色白で大人しかった一学期の印象とまるで違っていて、快活で大胆な、性にも奔放そうな性格に見えた。
「なんていうか、いやらしいですわ…」
「いやらしい体形だね、シャーロット…、」
いやらしい体形とか、どういう意味…と真っ赤になってシャーロットは慌てて髪をくくり纏める。手早く編み込める自信がない。休み時間にでもゆっくり編み込みしなおそう…。
「おいそこ、風紀が乱れてるぞ、」
髪をくくりながら振り返ったシャーロットの、括るために腕を上げているせいで強調される胸元を見て、リュートが顔を赤くした。
「シャーロット嬢、新学期早々風紀が乱れてるぞ、」
好きでこうなったわけじゃないんだけどね~、とシャーロットは内心毒づいた。
夏の間に背が伸びたのか、リュートと並んで立つと、シャーロットは少し顔を見上げなければならなかった。夏はいろいろ変わるのだ。
「櫛を貸してみろ、編み込みくらいできるぞ、」
リュートはそう言うとシャーロットにカバンのから櫛を出させ、シャーロットの髪を丁寧に梳いて編み込みを始める。
「リュート、編み込みなんてできるの?」
ミチルの質問に、「当たり前だ。妹が二人もいれば世話も焼き放題だ、」とリュートは答えた。
「へえ…、リュート様は妹さんがいらっしゃるのですね、」
ガブリエルは親近感を抱いたようだった。
「来年入学してくる。双子だ。」
リュートに似てまじめなのかな~とシャーロットは思う。
「リボン貸して、」と言われてリボンを渡すと、リュートは巻き付けて縛って、結んでくれた。手際の良さに、シャーロットは思わず拍手をしたくなる。意外な特技に少しときめいてしまう。
「はい、できた、」
「ありがとう。」
素直にシャーロットがお礼を言うと、リュートはまた顔を赤くした。
「これくらい大したことない。シャーロット嬢、気を付けるように。」
そういって先に教室に入ってしまったエリックを見て、ミカエルが、「もしかして今の、フラグ?」と呟いたけれど、フラグが何なのかわからないシャーロットは首を傾げて聞き流した。エリックには何かお詫びをして貰わないと割に合わないな~と思うシャーロットだった。
ちらりとエリックを見る。仲のいい男子生徒達と話をするエリックのすぐ傍にいた男子生徒を見たことがある気がして、シャーロットはまさかね、と思う。夏のバカンスで会ったことがある者がいた気がした。
日に焼けて印象が変わったシャーロットを見て、何故かサニーは切なそうな顔をした。鼻に皺を寄せて、何か言いたそうな顔をする。
「どうかしたの?」
シャーロットが尋ねると、「いえ、別に、」というばかりで、反応が薄い。
サニーが今日はあまり近寄ってこないのでシャーロットは清々していたけれど、今までと反応が違いすぎて落ち着かない。
学食でお昼ご飯を食べながら、なんだか納得のいかないシャーロットは「サニーが変なの~」という話をしていた。
「白い肌の方が清楚な印象がするよね、確かに、」
ミカエルはニヤニヤと笑った。
「多分あの国では、肌が白い女性の方が神秘的でモテるんだよ、きっと、」
そういうもんなのかな~とシャーロットは思った。なんにせよ、サニーが近付いてこないのはいい状況だ。
「ガブリエルも、せいぜい日に焼けない様にしろよ?」
ガブリエルと3人で今日は行動を共にしていた。当然お昼も一緒である。
「言われなくても日向は歩きません。」
ガブリエルはにこりともせず答える。
「ミチルこそ気を付けるんですのよ? うっかりはいけませんよ? 試験も名前を書きましたか?」
新学期始まって初日の今日は、必修科目の実力試験日だった。編入学をしてきたガブリエルも試験を一緒に受けている。夏休みの間は、ミカエルの為にシャーロットが一学期作ったノートを見て学んできたらしく、試験も難なく解答している様子だった。さすがガブリエル女王説が噂されるような、真面目で几帳面な性格だ。
「ガブリエルったらおかーさんみたーい」
ミカエルは口を尖らせる。か、可愛い…、シャーロットはキュンキュンしてしまった。さすが新学期、ミチルから初日が始まるなんて幸せ~と、幸福を噛み締めていた。
「あなた達、ほんとに仲がいいのですわね、思ってた以上ですわ。」
ランチを食べながらガブリエルはミカエルとシャーロットを見比べた。ミカエルはシャーロットの隣に座っていて、時々肩を寄せてくる。夏の間にミカエルも、背、伸びた気がするんだよねとシャーロットは思う。
「ガブリエル、何をいまさら、」
ミカエルがきょとんとした表情で答える。「昔からこんな感じでやってるでしょ?」
「シャーロットとサニー様が結婚してくれたら、一緒にあの国に行けるんだわなんてほんのちょっぴり思っていましたけど、まあ、無理な話ですわね。」
「何それ、ガブリエル、ひどいなあ、」
「そうそう。それ、ないから。」
シャーロットもきちんと否定する。面倒な勘違いは噂だけでもうんざりだった。身内と思っている妹分のガブリエルにまで誤解されたくはない。
「ふふ。…学校は楽しいところね、」
ガブリエルは、学食にいて食事を楽しむ学生たちを見渡して呟いた。
「私は結婚相手が見つかったから長くはいられないけれど、ここを楽しんで卒業したいですわ。」
「そうなるように、ガブリエルの事、できるだけ手伝うつもりだから。」
シャーロットは微笑んだ。ミカエルの妹であり、長年付き合いのある姉妹のようなガブリエル。エリックとは違い可愛い妹分なのだ。
「ありがと。助かります。ミチルは当てにならないですからね~。」
くすくすとミカエルとガブリエルは笑った。
「私ね、学生のうちに街にも行ってみたいのです。」
「お忍びで?」
「ミチルの課外授業の話、聞いてて面白かったですわ。この前もシャーロットと出かけてましたでしょ? からくり屋敷もななしやも、すごく憧れますの…。」
ななしやは確かにおいしかった。シャーロットも機会があればまた行きたいと思った。
「からくり屋敷は第一土曜しかやってないもんなあ…、」
「いつか、でいいのです。いつかで。」
ガブリエルは恥ずかしそうに笑った。
「本当はレイン様と一緒に行きたかったのだけれど、難しそうですもの…。」
レインの事、本当に好きなんだ…とシャーロットは思った。一目惚れで結婚しちゃうなんてすごいよね、とも思う。ガブリエルの照れた表情が微笑ましかった。
放課後、帰ろうとしたシャーロットに、ローズが話し掛けてきた。今日も長袖のシャツにベストをしっかり着てズボンを履いているローズは、ロータスという美少年にしか今日も見えない。ローズは夏服を着ないまま秋を迎えるんだなあとシャーロットは思った。
「久しぶりです、姫様、」
眩しそうに目を細めて、シャーロットに微笑みかける。
「珍しいわね、あなたから話しかけてくるなんて、」
ローズは教室の出入り口付近にこっそりと座って、目立たないように授業を受けている。一学期はめったにシャーロットに近寄ってこなかった。ミチルが一緒だとほぼ寄ってこない。
「ええ、我慢しようかと思ったんですが、姫様の変わりようがすごくて…、イメチェンですか?」
イメチェンなら知っている。今朝ミカエルに教えてもらった言葉だ。
「違うの、偶然が重なっちゃったの。全部太陽が悪いの、」
教室から帰ろうとするエリックを指差して、シャーロットは上目遣いにローズを見た。エリックは舌を出して笑って手を振って帰っていった。
「あのね、聞いてくれる? エリックがね~、」
二人が話をしようとしている間に、隣で帰り支度をしていたガブリエルがミカエルを引っ張ってきて、話に割って入ってきた。
「すみません、シャーロット様と私は先約がございますの。これ以上シャーロット様にお近付きにならないで、」
「はい?」
突然のガブリエルの牽制に、話の見えないシャーロットは首を傾げる。ローズもきょとんとしている。
「シャーロット様、荷物は私が持ちますわ、さあ、ここから帰りましょう、」
「え、あの、ガブリエル?」
ミカエルの腕とシャーロットの腕を掴んで、ガブリエルは有無を言わさず教室を出ようとした。
「ま、またね、」
ローズに手を振ると、「気にしないで、姫様、」と、少し寂しそうで、でも慣れているような表情でローズは微笑んでいた。
無言のまま急ぎ足で二人を引っ張り、学生寮のミカエルの王族用の部屋にまで帰ってくると、やっとガブリエルは口を開いてくれた。
部屋の中に自分達だけしかいないことを確認して、ガブリエルはまっすぐシャーロットを見た。
「シャーロット、男性とお話しすぎではありませんか?」
「はい?」
シャーロットは一体何のことかよく判らなくて、ガブリエルの顔を何度も見つめ直す。
「ミカエルという婚約者がいるのに…、サニー様といい、リュート様、そしてあのフリッツ様。あなた、少し軽いですわ。」
あまりの言い分にシャーロットは言葉を失くす。誰もシャーロットから話しかけた訳ではない。リュートに至っては、親切でやってくれたことだし、ローズは女性だ。
「え、あの、ガブリエル? どうしたの、」
ミカエルも動揺している。ガブリエルは怒っていた。
「私、決めましたの。シャーロットが変な噂を立てられないように、男性とお話していたら、徹底的に邪魔をしますわ。」
「え?」
なんだかよく判らないことを言い出したなー、とシャーロットは思った。共学の学校にいる以上、仕方ない事だってあるだろうに。
「えっと、ガブリエル…?」
「さあ、私は明日の分の勉強をしなくてはいけませんから、お姉さまのところへ帰りますわ。ミカエルもシャーロットも、遊んでないでお勉強するんですよ?」
ガブリエルの突然の豹変ぶりに唖然とするミカエルとシャーロットを残して、ガブリエルは部屋を去っていった。
「あの子…、ああいう子だったっけ?」
シャーロットの呟きに、ミカエルは首を傾げていた。
「違うと思うけど、気が付かなかったのかな…、今まで…、」
「ミカエル、もしかして、ゲームにはガブリエルも登場してた?」
「確か出てきてたけど、絡みはなかった気がするんだよね。」
ミカエルは何かを思い出そうとしているのか、空中を見つめている。
「まさかのゲームのシナリオ修正機能?」
「ナニソレ。」
「悪役令嬢として孤立させる為に、攻略対象者との親密度を調整する存在?」
ソファアに二人並んで座った。シャーロットは何とも言えない脱力感を感じていて、何も話さずそのまま座っていた。
ミカエルが、「本当に波乱が幕開けちゃったね、」と呟いた。
ありがとうございました