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<15>サニールートのお誕生日のおねだりは反逆罪になりそうです

 からくり屋敷の入り口でチケットを買うと、「カップルはカップル割があるんだよ~、おまけしとくね、」と受付のおにいさんにニヤニヤと笑われた。

 カップル? 聞きなれない言葉にシャーロットが戸惑っていると、ミカエルが微笑んだ。

「あ、あれ、シナリオ通りだから。気にしなくていいから、」

 そういうもんなのねーと、シャーロットは思った。シナリオとはサニールートとかいう流れことだろう。 それにしてもサニールートなのにミカエルと来るとか、意味判んないわね、と首を傾げる。ん? そうなるとサニールートはただで貰ったチケットではなく、買ったチケットで中に入るのが正しいルートになるの?

「さ、お姫様、入るよ?」

 二人がしっかり指を絡ませて手を繋いだままテントの中に入ると、せせらぎの音が流れていた。小さく虫の音も聞こえる。テントの中は暗くて、鏡張りの天井や壁に反射する光を追いかけて奥へ進むようだ。

 草のような何かを踏み分けて奥へと進む。この前のように青い光る石のようなものが草の間から見え隠れして光っていた。天井から雨だれのように小さな煌めきがいくつも垂れ下がっていて、避けながら二人は奥へと進む。

「結構手間だねえ、」

 手を繋いだミカエルがシャーロットを見て、笑う。「シャーロット、もっとゆっくり行こうか?」

「ええ、」

 シャーロットも微笑む。ミカエルと、ゆっくり歩いて、この世界に浸りたかった。手首にあるお揃いのローズクオーツのブレスレットをこっそり見た。

「この前は…、鉱物の採集に洞窟に行ったみたいな世界で、トロッコが奥へと導いてくれたの。」

「へー、」

「奥は、採掘場で、小人のからくりが一生懸命採掘してたわ。」

 すごくきれいだった…、シャーロットは思い出してうっとりしてしまう。

「で、キスしたんだ、」

 そこ、拘るわねー、と思うけれど、実際にそうだったので否定はできない。シャーロットは少し憂鬱になった。

「されたの。したんじゃないの。」

 足元の青く光る石を目で追いかける。

「へー、」

 ミカエルの声に何かを言おうとして見上げると、奥の広くなったところに出ていた。傾斜する板張りの床をシャーロットのサンダルのヒールが鳴らす音が、コツコツと小さく響く。

 虫の音が静かに聞こえる中、時々虫の羽音も聞こえる。天井には瞬く星が煌めき、中央から斜め下に向かって星の河が流れている。ふわふわと青白く光る何かが沢山飛んでいる。小さな虫のような光源を背負ったからくりだった。

 丘の上に立っているような演出なのか、斜め下の足元には街の様子が灯りの光で描かれている。何処からか涼しい風が出口に向かって吹き抜けていく。

「綺麗ね…、」

 山奥の丘の上で星空を見上げるとこんな感じなのかしら、とシャーロットは思った。

 隣を見ると、ミカエルもじっと、天井の星の河を見上げている。二人でいつか本物を見に行けたらいいな、シャーロットは思った。

 ふいに、ミカエルに抱きしめられる。耳に唇を這われ、息を吹きかけられて、シャーロットは恥ずかしくて身を竦めた。

「キスしてもいい?」

 聞いてくれる優しさが嬉しかった。シャーロットは暗がりに見えた唇に、少し背伸びして自分から近付いていく。重なる唇に、何故か安心していた。

「シャーロット、いつか聞いてたよね、どうして婚約破棄をしないのかって。」

 抱き合ったままのミカエルの声が、耳に囁いている。

「婚約式の時、君、女装した僕を嫌がらなかったでしょ? 瞳をキラキラさせて見てたじゃない? あれで覚悟が決まったんだ。僕はこの子を選ぼうって。」

「はい?」

 楽ちんするとかそういうのは? 確かそんなことを言ってた気がするけど? シャーロットはもやもやするけれど黙っておく。それは今聞かなくてもいい気がした。

「君が僕の趣味を拒絶したら、あの時点で婚約は破棄する予定だった。僕は、僕として女装もするし男装もする。そういう僕をひっくるめて僕を好きになってくれた君だから、君がいいんだ。」

 もう一度唇を重ねたミカエルは、名残惜しそうにシャーロットの唇を舐める。

「君だからいいんだ、シャーロット。」

 ゆっくりと身を離し、ミカエルは微笑んだ。

 何となく次に来た人達の気配を感じて、ミカエルと手を繋いで出口へと二人で向かう。

 テントの外の世界が見えた時、シャーロットはもっとミカエルと中にいたいと思った。二人きりの世界で、ミカエルの声を聴いていたい。ミカエルの体温を感じていたい。

 明るい外の世界の、暑い夏の日差しに目を細める。

「さて、帰りますか、姫様、」

 ミカエルが微笑んだ。広場の民衆の中に近衛の者達の姿を見つけて、やっぱり、二人きりでじゃないと恥ずかしいよね…、と思ってしまったシャーロットだった。


 日曜は朝からミカエルの部屋で過ごした。ミカエルはミチルの格好をして寛いでいた。

「ミチルは今帰国している事になってるから、夏休み中は女子寮の部屋にはいかないんだ、」

 ミカエルは唇を尖らせて言った。

「少しでも返済額を少なくねってことで、夏休み契約してなかったの。まさか完済できるとはその時思ってなかったからさ~。」

 そうなんだ~、細かい契約があるんだね~とシャーロットは思った。ミチルの設定はシャーロットが思っているよりも細かいのかもしれない。隣国の隣国というざっくりとした設定だけじゃなかったんだと、心の中で笑う。

「ま、ここで部屋着で寛いでる分にはミチルなんだけどね。」

「午後には帰るから、お昼は一緒に食べたいな。その時は着替えてね。」

「どこかにいくの?」

「週明けにお城に呼ばれてるの。」

 お城に住んでるのはミカエルだよね、とシャーロットは見つめる。

「よく判らないの、夜会って。」

「ああ、そういえば、僕も帰ってこいって呼ばれてたね、」

「夜会って、もしかしてサニーのお誕生会とか?」

 8月5日が誕生日と、この前聞いた気がしていた。

「そうなのかな? 異国のスルタンナイトとかって聞いたけど、公爵家しか呼ばないみたいだよ?」

 公爵家だけでも国内には30くらいあるんじゃなかった? シャーロットはあいまいな情報だなーと思う。

「それに出るために、衣装を異国の商人から取り寄せるってお母さまが言ってたの。仕上がりの確認するんだって。」

「いいなー、衣装合わせ楽しそう。見に行きたいなー、」

「今度会った時のお楽しみ、ね。」

 シャーロットはミカエルの不満顔が可愛くて、キュンキュンしていた。このキュンキュンはミカエルにしか感じないのだから不思議だ。

「スルタンナイトって、千夜一夜物語みたいに、ハレムな感じなのかな。」

「千夜一夜物語? ハレム?」

「アラビアって国の物語。まあ、日本の知識だよ~。」

 日本という言葉が出てくるとこの世界の話ではないのだということは理解できるシャーロットは、納得して聞き流すことにした。

「そういう日本の世界の知識だと、なにをする会なの?」

「さあ、よく判んない。異国の格好していつも通りの舞踏会なんじゃないのかな?」

 そんなとこなんだろうなとシャーロットも思う。

「サニーの国の夜会っていつもそんな感じなのかな?」

「僕、隣国ってだけで、あんまりサニーの母国のこと知らないんだよ~。この国から出たことないから、砂漠を越えて行く国、ってくらいしか、知らない。」

 シャーロットはもっと知らない。

「私、砂漠を知らないわ。」

 実家の公爵家の領地は南方で、観光地化された療養地と賑やかな商業都市と国内最大の貿易港がある程度だ。

「ねえ、ミカエルも衣装とか、仮装とかするの?」

「うん、楽しみにしておいてね、」

 にやりと笑ったミカエルに、シャーロットはミカエルの、可愛いミチルとしての異国のお姫様姿を妄想して勝手にときめくのだった。


 夜会というだけあって、夕方の涼しくなってきた頃に開催時間が設けられていて、馬車から降りたシャーロットは夜風に少し肌寒さを感じていた。髪は結い上げなくて正解だったと思った。流したままの髪は風に靡いている。

 母に羽織るように勧められた薄い紗のピンクのストールは透けていて、羽織っている意味があるのかしらとシャーロットは思った。羽織らずに母に返すと、「この薄さじゃあね、」と納得される。

 異国の夜会ということで、シャーロットは露出の高い衣装を着ていた。肩や腕を出し、ピンクの紗を重ねたドレスは膨らみもなく流れるようなデザインで、ドレスというよりは下着なんじゃないだろうかとシャーロットは思った。何となく、全体に肌が透けている気がするのだ。専用の見せる下着というものを身に着けてはいたけれど、どうも落ち着かない。

 母は大人なのでシャーロットと同じものにはさすがに難色を示し、着るのを嫌がったので、異国から来た商人が色合いを黒を基調にして薄紫色の紗も重ねて、肌が透けないようにしてくれた。

「たしかに涼しいけど、恥ずかしさが先に立つわね。あの国は暑いから、こんなものなのかしらね、」

 父と旅行したことがあるらしい母は、思い出したように微笑んだ。

 父やエリックは白いシャツにゆったりとした白いズボンを履いている。二人が身に着けている、たすきのように肩から下げてベルトで固定しているだけの金糸で色鮮やかな刺繍の施された豪奢な布は、「この織物は、あの国ではそれだけでひと財産が築けるような貴重な贅沢品なのですよ、」と異国の商人が説明していた。

 お城の夜会の会場に通されると、似たような異国の恰好をした人が大勢集まっていた。ただ、若い貴族の女性はシャーロット一人だった。

「シャーロットお姉さま、サニーのお誕生会だね、これは。」

 馬車の中で夜会って何? という話をしていたので、エリックがそう思うのも納得だった。

 王族の集団の中に、白い異国の服のミカエルや、ラファエルとガブリエルを見つける。ラファエルとガブリエルもシャーロットのような恰好をしているけれど、色が青色と黄色なので、肌が透けていても何もいやらしさがなかった。私、色の選択を間違えたんじゃないかしら、とシャーロットは思った。

 サニーはサニーよりも背が高くて逞しい男性と、サニーを随分年を取らせたような印象の男性と話をしている。その集団はみんな異国の人達なのか、肌が浅黒く、顔の作りがこの国の者達よりもはっきりとしていた。

「これより、夜会を始める。皆の者、夏の夜を共に楽しもう、」

 異国の服を着た国王が笑みを浮かべて夜会の開催を告げ、宮廷楽団が異国の調べを奏で始めた。いつものワルツ曲のはずなのに聞きなれない曲調に、あ、楽器が違うのかな? とシャーロットは思った。

 サニーや傍にいた異国の男性達に、次々と公爵達が挨拶をしている。シャーロットも両親に連れられてエリックと挨拶に向かう。

 両親の挨拶が済み、エリックが紹介された後に、シャーロットも紹介された。

「ほう、これはこれは…。噂以上に美しい姫ですな…、」

 隣国の国王だと紹介されたサニーの父王が、たどたどしい言葉遣いで握手をしてくれる。この国の言葉を学んできてくれたのだろう、シャーロットの手を柔らかく包み込む手は、暖かかった。

「はじめまして、王様、」

 シャーロットが微笑むと、父王は微笑み返してくれ、サニーを傍に呼んだ。サニーの兄である第一王子もじっとシャーロットを見つめていた。二人とも栗色の巻き毛で黒い瞳をしていたけれど、兄の第一王子の方が気が強そうな印象の目つきだった。

「今日はこの子の誕生日なのです、あなたが来てくれて私達も嬉しい。」

「おめでとうございます。今日はお招き、ありがとうございます。」

 微笑むシャーロットに、サニーが「シャーロット、一曲お相手願えませんか?」と手を差し伸ばしてくる。

 躊躇うシャーロットの手を、父王がそっと両手で包み込む。何か言いたそうな顔で、見つめている。

「一曲目は婚約者と、というこの国の決まりがあるのです。まだ婚約者と踊っていないので、ちょっと…、」

 シャーロットはやんわりとお断りしようとしたけれど、父王が、微笑んで尋ねる。

「わが国では誕生日の者の我儘を聞いてやるのですが、この国ではいかがですかな?」

 父王はシャーロットの父であるハープシャー公爵を見ている。シャーロットに確認した訳ではないところが強引だと、シャーロットは思った。

「では、めでたい席です。シャーロット、お相手をして差し上げなさい。」

 父はシャーロットに小さくウインクして促してくる。

 仕方なくサニーの手に自分の手を重ね、シャーロットはサニーの腕の中に抱かれて踊る。薄い紗のドレスで踊ると、いつもよりも相手の体温を感じる。

「シャーロット、今日のあなたは美しいです、」

 サニーが囁くように言い、耳元に口を近付けてくる。シャーロットよりも頭一つ分背の高いサニーが身を屈めてくると、体で覆い被さってこられるようで、シャーロットはドキドキした。

「ありがとうございます。」

 返事をするシャーロットの手を、指を絡めて握り直しサニーは微笑んだ。

 シャーロット達の他には何組か踊っていたけれど、サニーと踊るシャーロットは必要以上に注目されていると感じた。いろいろと勘違いされてそうで嫌だなーとシャーロットは憂鬱になる。

「あなたに会えない日々はつらかった。このまま、私の国へ一緒に帰りませんか?」

「私は学生です。婚約者もいます。それは無理です。」

 前にも同じように断った気がする。シャーロットは少し腹を立てて黙り込む。

「では、このまま、一緒に夜を共に過ごしましょう。学生ではなく私の花嫁としてこの国を出るのです。」

 なんだか無茶苦茶な事を言い出したなー、とシャーロットは思った。それね、どう言い方が変わっても、反逆罪だから、絞首刑だから。

「ふふ。サニーは面白いですね。3年かけて素晴らしい女性を見つけるのでしょう? まだ1年も経ってないのに見つけたつもりなのですか?」

 シャーロットは内心、この人、ほんと異国の人だわと呆れていた。

「シャーロット以上の女性が現れるとは思えません。私の兄も父も、あなたの事を気に入っています。あなたが最良の女性でしょう。」

「私は、私の最良の人をもうすでに見つけています。あなたではありません。」

 曲が終わろうとした時、近寄ってくるミカエルを見つけて、シャーロットは安心して微笑んだ。私の王子様が来てくれた。シャーロットはキュンキュンしてしまう。異国の服を着ていても、ミカエルはミカエルだ。

「もう一曲、シャーロット。あなたといたい。」

 首を振って、シャーロットは微笑んだ。「私の婚約者はこの方です、サニー。お誕生日の我儘と言われて踊りましたが、同じ相手で2曲目は、お友達のあなたとは、踊れません。」

 ミカエルの手を取り、ミカエルと二人並んで、サニーに微笑む。

「お誕生日おめでとうございます、サニー第二王子殿下。私の婚約者であるシャーロット・ハープシャー公爵令嬢と踊っていただけるなど、光栄の限りです。…何よりのお誕生日プレゼントになりましたね、」

 ミカエルが微笑んだままはっきりと、さらに告げる。

「サニー第二王子殿下もお早く婚約者様を見つけて、素晴らしい生活をお見つけになられますよう、心からお祈り申し上げます。」

 会場に拍手が沸き起こる。

「お誕生日おめでとうございます、第二王子殿下、」

 口々に祝いの言葉を述べる声に諦めたような表情になって、それでも笑顔を作ってサニーは手を振って応えていた。

「さ、今のうちに、」

 ミカエルがシャーロットの手を取って、優雅に会場を横切り、自然と廊下を出て王族用の控室へと連れ込んだ。

 途中で、シャーロットは両親と目が合ったが、二人は何度か頷いただけで、何も言われなかった。判っているという意味なのかな、とシャーロットは思った。

ありがとうございました

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