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<147>悪役令嬢の代わりにヒロインがバッドエンドを選ぶようです

 放課後、ミカエルが迎えに来た。今日の授業の話、夕食は何が食べたいかの話…、どうでもいいような会話をしながら、二人で手を繋いで帰った。

 本心はここになくても、適当に場の空気を和ませるって出来るもんなのね、とシャーロットは自分自身でも驚いていた。

 制服のままミカエルの王族用の部屋に行って、二人で並んでソファアに座った。聞いてみたかったことを、聞いてみようと思っていた。


 ねえ、ミカエル。もしかしてレイン様は、私の代わりに断罪されて大怪我を負ったの?


 ゲームの中の私は、悪役令嬢と呼ばれる存在になって、断罪されて婚約破棄されて絞首刑になるんだっけ?

 嫉妬で謀反を起こされて怪我をして婚約解消せざるを得ない状況になって危篤状態って、要素だけ見れば同じだったりするんじゃないの?


 そう聞こうとして、シャーロットは唇を噛んだ。もし本当にそうだとしたら、私はこの先どうしたらいいんだろう。からくり屋敷にミカエル達と行った日に、サニーと学食で一緒にご飯を食べたから、要素が揃っちゃったのかな。

「シャーロットは、最近静かだよね。」

 ミカエルがシャーロットの手を握った。

「あのね、ミカエル。これってゲームなのかな。人が怪我するのは、現実なのかな。」

「現実だよ? シャーロット。ゲームでも怪我はするけどね。」

 なんでもかんでも自分にこじつけて考えてはいけない、そう思っても、シャーロットはどうしようもない罪悪感を感じていた。

「ねえ、」シャーロットはミカエルの顔を見て、自然な会話を装って尋ねた。

「ゲームでのガブリエルは誰と結婚する?」

 ミカエルは開いていた本を閉じて、シャーロットを見た。

「ガブリエルは名前だけで登場していたから、特に誰と結婚するとも…、特定の名前は出てこなかったから、判らないんだ。」

 ミカエルは悲しそうに言った。

「この世界のミカエルは知っているの? 」とシャーロットが含みを持たせて問うと、ミカエルは黙って微笑んだ。

 ああ、そうか、決まってからじゃないと何も私には教えられないんだ、とシャーロットは思った。国の判断で婚約破棄される日が来るかもしれないのだ。シュトルクが言っていた虫除けの婚約よりもひどいと思った。王族の身代わりに他国へ嫁ぐ日が来るかもしれないなんて、今まで考えたこともなかったわ、とシャーロットは項垂れた。

 サニーもこの状況を恐らく知っている。レインが持ち直しても、政情が不安定なのには変わりはない。粛清が進む中、流れを変えるような平和的な解決方法が持ち上がらないと王女であるガブリエルが嫁ぐ日はやってこない。やって来たとしても、好きな人の弟と結婚なんて、辛すぎるだろう。

 私は、ミカエルと一緒にいたいんだけどな。

 シャーロットはミカエルにくっついて、肩に頭を凭れさせた。

「どうしたの?」

「どうもしないの。」

 ただ、あなたと一緒にいたいだけなの。

 シャーロットは瞳を閉じて、涙が出ないように、そっと唇を噛んだ。


 とうとう明日は修了式だった。シャーロットはハウスキーパーに可能な限り荷物を持って帰ってもらうよう支度をする。もう今日からはコートも着て行かないでおこうと、コートも全部支度の荷物に積み上げた。

 14日は朝食を食べたら支度して帰るつもりだった。出来るだけ身軽に移動したい。夜には母が勝手に出席と返答した舞踏会が待っている。

 ミチルなミカエルは制服に着替えながら、「シュトルクが今、王都に来ているんだって、」と言った。

「今朝、ラファエルに会った時、そんな話をしてた。」

 学食の帰りにラファエルがミカエルと何かを話していたのはその話だったのだろう。私に聞かせられないような内容だったんだろうな、と思って見ていたけれど、その程度なんだ。シャーロットはほっとしていた。

 ミカエルは今日は1年生最後のミチルな日として一緒にいてくれると言った。

「14日の夜の、ラファエルの卒業祝を兼ねた舞踏会があるから、僕と踊ってね。」

 14日にホワイトデーなのにある舞踏会は、ゲームと何か関係があるのだろうなと、シャーロットですら思った。ホワイトデーなどこの国にないので舞踏会で代用するのかしら、と勘繰ってしまう。

「わかったわ。ちゃんと私もその舞踏会に出る予定だから。」

 母が勝手に参加すると言ってたやつよね? シャーロットは頷いた。

 ドレスもあるなら大丈夫だわ。ちょっとだけいいことありそうな気がしてきたわね、とシャーロットは珍しく前向きな気分になった。

「ミカエルはいつ、お城に帰るの?」

「予定では14日の午前中。お昼はお城で打ち合わせも兼ねて取る予定なんだ。」

 王子様って忙しいのね、とシャーロットは思った。

「シャーロットは? 一緒に帰るの?」

「エリックとは別行動だと思う。あの子、クララ様と仲良いから、クララ様に合わせるんだと思うわ。私は14日の午前中の予定。うちも、いろいろ話し合いがあると思う。」

 母のことだから、事前に説明くらいはしてくれるだろうと思った。昼食を終えてから家族会議をするんだろうな~。

「一緒にいられるのは14日までかあ…。」

 ミカエルが呟いた。

「ミチルでいてくれる?」

「そうだね、可能な限り。」

 ミチルなら、ずっとこの部屋にいて大丈夫なのにな。シャーロットはちょっと不満に思った。


 朝、ミチルなミカエル達と教室で話をしていたら、珍しくローズが近寄ってきた。

「姫様、おはようございます。」

 はにかんだ様に笑うローズは、やっぱり可愛らしい。髪を切ってからのローズは、本人にそのつもりがなくても、人目を引く可愛らしさがあるとシャーロットには思えた。入学当初からこんな感じに可愛らしいローズだったら、ちゃんとゲームのヒロインとしていろんな出会いがあっただろうに、とも思えた。あ、でも、そうすると、私は嫉妬に狂った悪役令嬢になってたかもしれないのかな。それは困る…。

「なあに?」

 考え事がバレないように猫を被ったシャーロットが微笑んで答えると、ローズは照れながら言った。

「放課後、お時間をください。お話したいことがあるんです。」

「わかったわ、中庭に行けばいいのね?」

「はい。よろしくお願いします。」

 シャーロットが微笑むと、ローズは、照れ笑いをしながらそそくさと教室の奥の方の席へと帰っていってしまった。

「また見に来たりする?」

 シャーロットがミカエルとガブリエルに微笑みながら尋ねると、二人は黙って首を振った。

 あら、ちょっと進歩したんじゃないの? シャーロットはこっそり思った。


 中庭の噴水の縁に座って中庭を眺めていると、ローズが慌ててやって来た。今日みたいに暖かい日はさすがにコートは着ていないのね、とシャーロットは思った。

 ローズはシャーロットの隣に座ると、持ってきた手提げ袋から紙パックのカフェオレと紅茶、お菓子の包みを取り出した。

「姫様は、カフェオレ。私は紅茶。」

 にこにこと笑って手渡してくれる。お菓子の包みもひとつくれた。

「ありがとう、これは…?」

「昨日、寮のおばちゃんに事情を話してオーブンを借りたんです。もうきっと最後だからって。姫様に私が出来るお礼って、これくらいしかないから。」

 ローズが寂しそうに笑った。そっか。決まったんだ…。察したシャーロットが包みを開けると、綺麗な焼き目のフィナンシェが入っていた。

「ありがとう。私も、ローズが作ってくれるお菓子が好きよ。」

 カフェオレを少し飲むと、早速フィナンシェをパクりと食べた。ローズもシャーロットと一緒に食べはじめる。

「私、ローズとこんな風に放課後をおしゃべりして過ごしてみたかったわ。」

 シャーロットがぽつりと呟くと、ローズは俯いて、黙って紅茶を啜った。

 ローズの手作りのお菓子って、リュートルートで重要なんだっけ。シャーロットはそんなことを思い出しながら食べた。でも、断る理由が思い浮かばないのだから、食べるのが正解だろう…。

 食べ終えたシャーロットがぼんやりと空を見上げていると、ローズが、「姫様、」と言った。

「なあに?」 

 ローズは息を呑んで、優しく微笑んだシャーロットの顔を見つめた後、顔を真っ赤にして、息を整えてから話し始めた。

「姫様に、一番に聞いて欲しかったんです。私、調査団に内定したんです。姫様にまず報告したくて。」

 近い距離で座るのは、いつからぶりなんだろう、とシャーロットは思った。私達、ずっと距離があったもの。やっとここまで戻ったんだわ、と嬉しく思った。

「もう発表があったの?」

「ええ、ほぼ、調整なしの全員合格だったらしいですよ?」

 じゃあ、あの陽気な3人組も行くんだ…。シャーロットは嬉しいけれど寂しい不思議な気分になった。

「あの日…、私、さっそく調査団を調べに教職員室に行って要綱を貰いました。とりあえず応募だけでもしようと思って。土日の休みを使ってななしやに帰って、おばちゃん達に事後報告でも相談したくって。」

 サニーがななしやに戻っていると言っていた日ね、とシャーロットは思った。

「調査団は想像していたより面白そうで、ただでこんな体験ができるのならと、次の日には申し込みしちゃいました。」

 ローズはへへっと笑った。

「修道院からも何人か知っている方が同行されるみたいで…それを聞いたら、ますます行きたくなっちゃって。」

「院長先生もいらっしゃるの?」

「あ、院長は結構な年だから無理ですよ、きっと。」

 ローズは知っているのかなあ、シャーロットはふと思った。

「『自分の足で渡ってくるような者には手助けなど必要ありませんが、正しき道へと導く手助けが必要な迷える者が私の傍にいるのです』。」

「なんですか、姫様、それ。」

「院長先生は、公務を断る時、あなたのことをそう仰ったんだって。あなたのことが嫌いで煩く言ってた訳じゃないと思うわ、ローズ。」

 ローズは何度も瞬きして、シャーロットの顔を見つめた。

「敬意を払いなさいとは言わないけれど、そう思ってくださってる方にはもう少し、言葉遣いだけでも敬意を払ってもいいと思うな。」

 まあ、言葉は心の表われって言うし、言葉で敬意を払ってたら心もそうなっていくんだろうなとシャーロットは思った。

「ま、考えておきます。」

 ローズはにっこりと笑った。

「ななしやに帰った日は…、おばちゃんに、今まで会いに来れなかったことを謝りました。調査団の要綱を見せて、審査に通ったら行ってみたいとも伝えたんです…。」

 ローズは言葉を区切って、手をぎゅっと握り肩を震わせた。

「私は知らなかったんですが…、ずっと、寮費は半額とはいえ、今学期から、ななしやで負担してくれていたんです。男爵家からそう言われたらしくって。」

「もしかして、リュートの一件での、罰として、なの?」

 シャーロットは紙パックのコーヒーを飲み終え、傍に置いた。

「たぶんそうでしょうね。姫様が言ってたように私が知らなかっただけで、私に関わることで受ける罰を、みんな黙って負担してくれていたんです。私、男爵家の兄上だけに迷惑をかけているんだって思ってました。」

 ローズは悲しそうに笑った。

「半額とはいえ、庶民にとってはもともとの金額がかなりの額です。ななしやに負担が移行している問題は、私が調査団に交じって海外に出ることで、解決しそうなんです。私にかかる費用がすべて浮くんですって。」

「ローズ…、」

 明るく言ったローズの肩を、シャーロットは撫でた。

「しかも、おっちゃんにもおばちゃんにも、帰国後に学術院に進学できるなんて、素晴らしいじゃないかって喜んで貰えて…。みんな優しいから、金銭面で苦労をかけているのに、わたしのことを責めないんです。」

 ローズが鼻を啜って黙ってしまった。

「…エルメは?」

「ちゃんと、いい人見つけて結婚したら教えてねって伝えました。私を待ってなくていいからって。」

「それでいいの?」

「ええ。王太子殿下も言ってたでしょう? 公爵家の娘の姫様でさえこんな状況なんだって。エルメは本当に普通の人なんです。好きな人が自分のせいで怪我するとか、耐えられないですよ、私。」 

 その気持ちはシャーロットにもすごくよく判った。何も言えないまま、自分の腕を擦る。

「それにね、何より、姫様が海外に出なくて済むという可能性があるって思ったら、申し込むのが最善に思えたんです。」

 審査に通らなかったら、なんて考えてなかったんだろうな、とシャーロットは思った。いい意味でローズは調査団に向いている気がした。

「私のことは気にしなくていいのよ、」とシャーロットは微笑んだ。

「私はどこにいようと、私なんだもの。」

 自分で言いながら、シャーロットは目が覚める思いがした。

 流されているように見えるかもしれないけれど、いつだって私はそれが正しいと思って選んできている。たぶんこの先どこで暮らすことになったとしても、それは私にとって最良の道を私が選んだ結果なんだもの。

「ローズ、何も、あなたが気に病むことはないのよ?」

「姫様…。」

「たったの2年だわ。大丈夫。私はなんとかなるから。」

 ローズは泣きだした。

「私はここから逃げ出すのに…! こんな時にまで、私を庇ってそんなこと、言わなくたっていいのに。」

 ふるふると首を振って、シャーロットは思った。

 庇った訳じゃないわ。あなたが知らないだけで、どうにもならない事情が、いつだって私の身の回りにはあるだけなの。

 声に出してやりたくないと言ってしまえれば、どんなに楽になれるだろう。シャーロットには出来なかった。王族の一番身近にいる上級貴族の責務を投げ出して逃げてしまえる程、シャーロットは無責任ではいられなかった。

「出航の日が確定したら教えてね。馬車を出してもらって必ず見送りに行くから。手紙もうちに送って。公爵家が宛先なら、どこにいたって届くから。私も、返事を書くから。」

 ローズはシャーロットの手を握って涙を浮かべて頷いた。


 寮の部屋に戻ると、ミチルなミカエルが制服のまま待っていた。

「どうだった?」

 シャーロットからカバンを受け取ると片付け、シャーロットを抱き締めた。

「ローズ、調査団に決まったって。」

 シャーロットはミカエルの肩に頬を乗せた。

「2年は帰らないんだって。」

「そっか…。君の代わりにゲームから消えるのか…。」

 ミカエルはそう呟いた。

 私にはまだゲームから消える可能性があるって、ミカエルは知ってるよね? ガブリエルとサニーの問題が残っていた。シャーロットは、ローズがいてもいなくても、私は海外に行かなくてはいけないのかな、と悲しくなった。

「シャーロットがローズと一緒に調査団に行きたいって言わなくて、安心した〜。」

「はい?」

 シャーロットはびっくりしてミカエルを見つめた。

「ローズと仲が良い君ならやりかねないと心配してたんだよね。いや〜、良かった良かった。」

 確かにそうすれば面倒なことは全部投げ出せただろう。でも、そうすると、ガブリエルの件も、リンデ姫の件も手遅れじゃないのかな。真面目に考えて、シャーロットは、ちょっとそれは無理だわ、と思った。


 木曜日は修了式があった。今日で学校は実質春休みに入ってしまう。卒業式は金曜日で、新2年生と新3年生は出席しなくても良かった。

 昼食を兼ねて、学食では転校してしまう者、退学してしまう者、調査団に派遣されていく者を対象にお別れ会が開かれていた。午後には荷物をまとめて家に帰ってしまう学生が多かった。

 ミチルは新学年に切り替わる時にこっそり籍を抜くとミカエルが言ったので、同じコースの者には何も伝えなかった。ミカエルで登校してお別れ会をはしごすると聞いていた。ここぞとばかりに王子様の仕事をするらしかった。

 シャーロットは一人でこっそり修了式を終え、誰かに声をかけられる前に、ひっそり教室を出た。エリック達がブルーノとお別れ会に出るのは知っていた。

 なんとなくブルーノの顔を見たくなかったシャーロットは、一人で購買に行ってパンと紙パックのカフェオレを買った。店員はシャーロットはこれと決めているのか、パンと言ったらクイニーアマンを出してきた。

 あーはいはい、定番ってやつね、シャ-ロットは抵抗する気もなく、クイニーアマンを二つ買った。

「お嬢様はお別れ会に出なくていいのかい?」

 店員が袋に入れながら尋ねてきた。

「ええ、私、そういうの苦手なの。」

 シャーロットはそう言って微笑んだ。きちんと挨拶してきちんと気持ちに区切りをつけてきちんとお別れするのが一番だとは頭では判っていても、シャーロットは今、顔を見たいと思えないのだから足が会場に向かっていかなかった。

 袋とカバンを手に持ちシャーロットは屋上に向かった。さすがにこんな日は誰もいないだろうと思った。

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