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<144>悪役令嬢は王女様に好かれているようです

 ライト達が先に偵察した後、シャーロット達はからくり屋敷に中に入ることになった。待っている間、広場に行きかう人々を見ていた。三月に陽気に誘われたのか、コートを着ていない人の方が多かった。手にした買い物かごには花を入れている者もいた。

「コートを着ていると目立っちゃいそうね、」とラファエルが言ったので、シャーロット達はコートを脱いで、手に持った。

「もう、春ですのね、」

 ガブリエルが脱いだコートを腕にかけながら、ぽつりと呟いた。

「私、今まで春って楽しいことしかなかったですわ。お別れの季節だったなんて、初めて知りましたわ。」

「私達は基本学校へ行ったことがないもの、そんなものよ?」

 ラファエルがしみじみと言った。

「毎年先輩達を送り出す季節なのよ。私も、この学校へ来て初めて知ったわ。」

 シャーロット達より2年分長くいたラファエルは、2年分いろんな人と知り合う機会があったのだろう。どうしようもない切なさがもどかしくて、シャーロットは黙ってミカエルの手をぎゅっと握った。

 しばらくして、ライトやジョシュアは上せたようにうっとりとした表情で出てきた。バランは顰め面をしていた。

「何があったの?」

 脱いだコートを手渡して持ってもらいながらシャーロットが尋ねると、ジョシュアが小さな声で言った。

「まあ、お嬢様、ああいうのは好き好きです。私は、恋人と来たくなりましたね。」

「あなた、そういう人がいるの?」

「いません。だから、バランはあんな表情になってるんです。」

 ラファエルとガブリエルがくすくすと笑った。ライトがコートを3人分抱えるように持っていた。

「今度お城の侍女達を紹介するわ。みんな公爵家の執事達に興味津々なのよ?」

「ありがとうございます。」

 うちの侍女達もみんな優秀だし美人揃いだと思うんだけどな、とシャーロットは思った。近すぎると幻滅する、という関係なのだろうか?

「ますます楽しみね、」

 ラファエルが微笑むと、ガブリエルが瞳をキラキラさせて頷いていた。

「期待しすぎてもいけないと思うけどな、」

 ミカエルが口を尖らせて言うと、「じゃあ行こうか、」とシャーロットの手を取った。

 4人でチケットを買うと、ピンクと水色のウサギの着ぐるみを着たハーディとガーディは嬉しそうに、「お姫様が増えたね」と笑った。本物のお姫様を連れて来たわよ、とシャーロットは思ったけれど黙って微笑むだけにしておいた。バレると後々面倒だ。

 今月のからくり屋敷は入るとすぐに花弁で埋め尽くされた道が続いていた。花を踏まないように白い小石を渡って歩いて奥へと進んだ。ラファエルとガブリエルが手を繋いで先を歩き、シャーロットとミカエルが後に続いた。

 道の両側に薄紅色の花が咲き誇る木が何本もアーチを作るように設置されていて、花のトンネルを歩いているみたいだわ、とシャーロットは思った。

「ねえ、この木、とっても素晴らしいわ。なんて名前の木なのかしら。」

 ラファエルが誰とはなしに問いかけると、ミカエルが「さくら、」と答えた。

「そんな名前の木、初めて聞いたわ。」

 ラファエルが感心したように言った。「ミカエルはよく知っていたわね。」

 シャーロットは、ミカエルの様子がおかしいなと気が付いた。何か言いたそうな顔をしている。

「もしかして、これは重要なイベントなの?」

 こっそりと尋ねてみる。

「そう、これはサニールートの重要な隠しイベント。今月のは重要だから知っているんだ。」

「知ってる月と知らない月があったの?」

 先月は確実に知らない月だったのだろうと思った。知っていたら、賭けにならない。

「サニールートはあんまり興味なかったからね。僕が知ってるのは、3月くらいだと思う。からくり屋敷ってまともには一回しか出現させたことがないんだ。」

「そういうもんなの?」

 ミカエルは頷いた。「結構簡単なルートは燃えないんだよ。」

 街探検って規模が大きくて大変そうだけどな~、とシャーロットは思った。

「ナオちゃんが入れ込んでたのはミカエルルートで、難航したのがリュートルート。」

 出たな、ナオちゃん。シャーロットはこっそりナオちゃんに対抗意識を燃やしていた。前世のミカエルのマリちゃん人生の中で、ナオちゃんはかなりを占めていたんだろうなと思う。

「さくらの花弁が舞い散る中で、二人は永遠の愛を誓ってキスするんだ…。」

 サニーとローズを想像しても、ロマンチックな空気を連想しないのだから不思議だ。

「じゃあ、さくらの木はゲームのアイテムなのね?」

「そうだね、日本人が作ったゲームだから、日本のさくらを使ったんだろうけど…、この国にはないね。ちょっと不自然になっちゃったね。」

 そういう曖昧さも作り物の御愛嬌なのだろう。

「二人とも、何をいちゃいちゃと話しているのです? 私達もいるのですわよ?」

 ガブリエルが振り向いてミカエルを睨みつけた。

「何でもないわ、」とシャーロットは微笑んだ。


 奥の部屋に行くと、ワルツのメロディがどこからか聞こえて、クマやウサギやキツネやタヌキのからくり人形が手を取り合って踊っていた。歩くと風圧で花が舞い上がり、さくらの木からゆっくりと降ってくる小さなピンク色の花弁を踏まないように歩くのが大変だった。

「素敵なところね…。」

 ラファエルがうっとりとさくらの木を見上げている。ガブリエルは手をあげて落ちてくる桜の花びらを掴もうと、くるくると回っていた。足元に花のつむじ風が舞起こる。

 きっと、今度来るときはまた違うんだわ、とシャーロットは思った。

「私、寄宿学校へ通っている間に、レイン様とこれたらいいなって思ってましたけど、なんだかどうでもよくなってしまいましたわ。」

 ガブリエルが立ち止まって振り返ると、そう言って微笑んだ。

「今日、ラファエルやミカエルとシャーロットと来た以上の感動は、きっともう味わうことが出来ませんもの。」

 唇を噛むと俯いて、泣くの我慢していた。

「ラファエルとは、もう一緒に来れませんもの…。」

 卒業してしまうとラファエルは、お城で北方の国の言葉を学ぶ生活が始まる。婚礼の日を前にひと月前には現地入りして生活に慣れるのだと言う。

「私、ラファエルとは、ほんの少しだけしか一緒に通えませんでしたが、でも、一緒に過ごせてよかったですわ…。」

「ガブリエル、私もよ?」

 ラファエルはガブリエルの手を握って、優しく髪を撫でた。

「年の離れた妹が、こんなに素敵でかわいい子だったなんて、一緒に暮らすまで知らなかったもの。」

「ああ、」とミカエルは軽い口調で言った。

「煩くて細かくて正義感に溢れてて、血の気の多い妹ね?」

「ミカエルったら!」

 ラファエルが笑った。

「私も、短い間だったけど、あなた達と過ごせて楽しかった。こういうところがあるなんて、街に来る機会があっても知らなかったわ。」

 サニールートの隠しイベントだったっけ? シャーロットはミカエルの顔を見つめた。イベントなら発生させないと、存在はしないのだろう。

 ミカエルもシャーロットの顔を見つめている。

 ラファエルの髪に、花が降り積もっていた。ガブリエルの頭にも。4人は手を取り合って、輪になって、お互いを見つめていた。

「花弁が、王冠みたいね…。」

 ミカエルの頭を見て、柔らかく微笑んでシャーロットは呟いた。シャーロットの美しい金髪にも淡い黄色のセーターにもさくらの花弁が舞い降りていた。

「まるで春のお姫様みたいだよ…?」

 ミカエルが呟くと、ラファエルも優しく微笑んで、頷いた。

「私、きっと、何かあったらこの光景を思い出すんだわ。4人で楽しかったって、思い出すんだわ。離れ離れになっても、心の中にお姫様がいるんだもの。」

 シャーロットも頷いた。私にとってのお姫様は、頼りになるラファエルとしっかり者のガブリエルで、王子様はいつまでも傍にいてくれるミカエルだわ…。

 手を取り合って微笑み合うと、4人は外へと歩いた。

 外へ出ると強い風が吹き抜けて、シャーロットは思わず目を閉じた。一瞬のことに、花弁がどこかへ吹き飛ばされて行ってしまった。

 美しいシャーロットが瞳を閉じて佇んでいる姿と、花弁が金髪から流れていく様子が神々しくて、先に外へ出て待っていたジョシュアとバランはうっとりと自分の主を見守っていた。


 ラファエルたっての希望で、ウルサンプリュシュへ行く事になった。北東へ向かって住宅街へと歩くと、見慣れた店構えを見つけた。もう毎月通っているし、私の行きつけのお店状態だわ、とシャーロットは思った。

 店の目印のオリーブの木を見つけたガブリエルが、「あれですわ、」と指を差した。緑色のドアの店の前に立てかけてある小さな茶色いクマの形の看板を見て、ラファエルは嬉しそうに微笑んだ。

「聞いていた以上に可愛いお店ね。今日は本当に忘れられない日になりそうね、」

「味もいいのですよ?」

 ガブリエルが得意そうに言った。

「コーヒーはどれを飲んでもおいしいのですわ。私は前回あてずっぽうに決めましたが、美味しかったのですよ?」

 あ、そうなんだ。シャーロットは苦笑いした。知っててあれを選んだんじゃなかったのね。

「では、宜しいですか?」

 ライトは緊張した面持ちでドアを開けた。ラファエルもガブリエルもくすくす笑っていた。

 お昼前だと言うのに店内には誰もいなくて、「いらっしゃいませ、」と低い男性店員の声がする。

 ラファエルは嬉しそうに店内を見渡し、「どこでもいいですよ?」という高齢の女性店員の声に頷くと、真ん中の席に座った。シャーロットの後ろからついてきたジョシュアとバランはシャーロットと一脚分席を空けて入り口付近の席に座った。シャーロットはその空いた椅子に自分のコートを丸めて置いて、上にピンク色のクマリュックをちょこんと座らせた。

「ランチやってるんですよね? 全員分のランチと、コーヒーをお願いします。」

 ライトが声を掛けると、男性店員が焙煎する手を止めて「畏まりました」と答えてくれた。

「コーヒーはこちらのメニューから選んでくださいね。」

 女性店員がメニュー表を手渡してくれた。

 ガブリエルはまたさっさと決めてしまった。一番上に書いてあったものを指差した。

 シャーロットはサニーと飲んでおいしかった印象のあるコーヒー豆を覚えていたので、それを指差した。ラファエルは慎重に悩んで、シャーロットと同じものを指差した。その様子を見ていたミカエルは、「シャーロットと同じものを、」と言った。ライトも同じものを、と言い、ジョシュアとバランも同じものを頼んでいた。

「みんな同じでいいの?」

 シャーロットが尋ねると、「きっとおいしいと思うから、それでいいの、」とラファエルは微笑んだ。

「シャーロットが作ってもらったあのトリュフ、美味しかったもの。シャーロットは舌が肥えていると思うわ。」

 ジョシュアとバランが大きく頷いていた。きっと同意見なのだろう。シャーロットの隣に座るミカエルは優しく微笑んだ。

「僕もそう思う。シャーロットが何が好きなのかを知りたいしね。」

 ライトは苦笑いした。

「私はこういう店を知らないので、何度もいらっしゃってるシャーロット様をあてにさせて頂きました。」

「私、砂糖もフレッシュも入れるから、あんまりあてにしない方がいいと思うけどなあ…。」

 シャーロットは困ってしまってガブリエルを見た。

「ガブリエルはそれでいいの?」

「はい。私はどれを飲んでも違いが判りませんから、大人な気分を味わいに来ましたの。」

 そ、そういう感じなんだ…。にっこりと笑って言ったガブリエルが一番大人なのかも、とシャーロットは思った。

 黒いエプロンの店員二人は手際よく働き、それぞれの前に「姫様プレートです、」と言って並べてくれた。

 今日のランチは、楕円形のプレートにオムレツと小さなハンバーグとフライドポテトとクロワッサンが乗っていた。ちょこんと乗っている小さなカップにはリンゴのコンポートが入っていた。カップに添えられているスプーンの柄に小さなクマが見えて、シャーロットは「可愛いね、」とミカエルに囁いた。

 ラファエルとガブリエルは嬉しそうに微笑みながらランチを食べていた。シャーロットは、姫様プレートをお姫様が食べている、と思いながらニヤニヤしていた。

 食後のコーヒーを味わいながら、ソーサーに添えられた二粒のクマのチョコレートを口に含んで、ラファエルがしんみりと、「美味しいわ」と言った。

 柑橘類を連想させるコーヒーの甘やかな香りが、店内に広がっていた。ジョシュアとバランをそっと見ると、二人とも香りに目を細めてコーヒーを飲んでいる。よかった、口に合ったみたいだわ。ほっとして、シャーロットは嬉しくなった。

 ミカエルがそっと、「これ、僕も好き、」と言った。「ミルクとフレッシュを入れても、いい香りがするね。ちょっと苦いけど。」

 シャーロットはその言葉を聞いて嬉しくなった。

「私も同じこと考えてたの。」

「シャーロット様の味覚はやはり頼りになりますね、」

 ライトがそう言うと、ジョシュアとバランがうんうんと頷いた。

 クマのチョコレートを食べていたガブリエルが、涙声で呟いた。

「また、来たいですわね。」

 鼻を啜るガブリエルを見ながら、シャーロットはまた来ようね、と心の中で呟いた。


 ライトとジョシュアがお会計を済ませてくれた。それぞれ、お土産用にとコーヒー豆を購入していた。

「この味、旦那様もきっとお好きだと思います。」

 そう言ってジョシュアは微笑んだ。ライトも、頷いている。

「私達はまたお休みの機会にでも、同僚達を誘ってこれますからね、」

 バランが頷きながら言う。そっか、お父さまやお母さまはこういうお店にはこれないんだ、とシャーロットは思った。ミカエルをそっと見ると、何か考えているのか、じっと空中を見つめていた。

 一行は、ミカエルの提案で、季節屋に行く事になった。

「もううちには、いりませんからね?」

 ライトが照れて断ると、ミカエルが「そんなこと言うなよ、ライト、」とにやにやと笑った。

「前回頂いたおみやげはもったいな過ぎてうちでは妻が家宝扱いです。大変なんで勘弁してください。」

「安心しろ、ライト。今日はラファエルへの土産だ。」

「え? 私なの?」

「そうですわね、ラファエルはもう来れないでしょうからね。なにか記念にさしあげたいですわ。」

 うんうんとシャーロットも頷いた。単純に、今月の季節屋が何を売っているのかも気になっていた。

 中央広場近くのお店に向かうと、3月の季節屋はあちこちに淡い色合いの花が飾られていた。ジョシュアとバランは中に入らずに外で待つと言ったので、ライトだけ連れて店内に入った。からくり屋敷で見たさくらをモチーフに使った商品がたくさん並んでいた。

「もしかして、今月はイベントと重なる月なの?」

 シャーロットが小声でミカエルに尋ねると、ミカエルは頷いた。

「ホワイトデーがあるからね。」

「ナニソレ。」

「3月14日のイベント。バレンタインデーがあげる日で、それに返す日なんだ。気持ちには気持ちでもいいけど、お菓子を返したり、貴金属や装飾品を贈るんだよ?」

 チョコレートをあげたお返しが貴金属って、もうそれ、あとは結婚するの? とシャーロットは思った。愛の告白のお返しをする日かあ…。

 ミカエルはそう言って、さくらの花飾りがついた髪留めを手に取った。

「素敵ね…!」

「日本人のセンス丸出しだから、この世界だと浮くね。」

「そんなことないわ。白い花びらの真ん中の方だけ赤色っぽい花って、見慣れなくて不思議だけど、沢山花が咲いていて可愛らしいわ。まるで白ウサギみたいだもの。」

「ウサギ? ああ、だからからくり屋敷の入り口にいたあいつらはウサギの着ぐるみを着ていたのか。」

 ミカエルは納得したように言った。

 シャーロットとミカエルがさくらをモチーフにした髪飾りやカチューシャを見ていると、ガブリエルがやって来た。

「それ、素敵ですわね、シャーロット。お揃いでほしいですわ。」

「そうね、それは素敵かも。ラファエルも呼んで、一緒に選びましょうか?」

 ラファエルを手招きすると、ラファエルはきょとんとした顔でやって来た。

「何を見つけたの?」

「これ、素敵じゃありませんこと?」

 ガブリエルがさくらの花で飾られたカチューシャをガブリエルの頭に当てた。シャーロットがさくらの花模様の手鏡を手渡すと、ラファエルは真剣になって眺めて、「これ、欲しいわ、」と言った。

「どっちを?」

 ミカエルがカチューシャと手鏡とを見ながら尋ねると、「…どっちも、欲しいかも?」とラファエルは笑った。

「では、私がこちらを、シャーロットはこちらを贈り物にしませんか?」

 ガブリエルがカチューシャを手に取り、手鏡をシャーロットに手渡した。

「では、私は、これをガブリエルに、これをラファエルに贈りましょう。」

 さくらの花飾りのついた髪留めを手に取り、ガブリエルの髪に当てながら、シャーロットは微笑んだ。同じモチーフの髪飾りとカチューシャなら、姉妹で共通の思い出になるわ、とシャーロットは思った。

「まあ、素敵ね。じゃあ、私は、これをシャーロットに贈るわ。」

 ラファエルは七宝焼きで作ったさくらの花飾りのついた金細工の指輪を、シャーロットとミカエルの左手の薬指に嵌めた。

「二人が、いつまでも仲良くしてくれていれば、私達はあなた達の元へ帰ってこれるわ。遠く離れた国へ嫁いでも、心はあなた達と一緒にいるから。」

 ガブリエルが唇を噛んで、堪え切れずにぽろぽろと泣き出した。

「さ、お会計に行きましょう。もう帰る時間が来るのでしょう? ライト?」

 ライトはシャーロット達に背を向けて泣いていた。静かに口を覆って、赤い目をして、鼻を啜っていた。

「ええ、もうじき、お帰りになる時間になります。お急ぎください。」

 お会計をそれぞれ済ませた一行は、街の入り口に停めてある馬車へと急いだ。

 帰り道、手を繋いで黙って歩くミカエルは、ずっと遠くの方を見ていて、シャーロットの前を歩くガブリエルとラファエルがすすり泣いているのに何も言わなかった。

 馬車に乗ったミカエル達に手を振って、シャーロットも公爵家の馬車に乗った。学校まで送ってもらう手筈だった。

「今日は来てくれてありがとう。」

 シャーロットは向かいに座るジョシュアとバランに礼を言った。

「いえいえ、楽しいお仕事でした。」

 ジョシュアは嬉しそうに言った。うんうんとバランも頷いていた。

「王女様達は、泣いておられましたね。」

「そうね。」

 シャーロットは窓の外を見ながら答えた。ラファエルは、きっともう、覚悟が出来ているんだわ…。

「国母になる人達だから、嫁いだ国からきっとこの先、帰してもらう事はないでしょうね。いくら望んでも、もう帰ってこれないでしょう。私には…、いつか帰ってくると言ってくれるけど、もう会えなくなると思うわ。」

 ラファエルは優しい嘘をついている。シャーロットは確信するように思った。シャーロットとミカエルが寂しくないように、異国に嫁いでいく妹が現実を知ることがないように、優しい嘘をついて希望を見せてくれている。

「お優しい方なんですね、ラファエル様は。」

「ええ、昔から、そういう人なの。」

 シャーロットはラファエルにいつも甘えていたのだと思った。ラファエルは誰もが責任を感じなくていいように、いつも司令官の役割を買って出てくれていた。

「私は恵まれていると思うわ。この国に生まれて、この国で生きていけるのだから。」

 ジョシュアとバランは静かに、シャーロットの悲しそうに微笑む顔を見ていた。

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