<14>悪役令嬢はヒロインが自由過ぎてちょっと困ってるようです
「そうそう、初めに言っとくけど、今日は警護の者が二人かな、後ろの方ついてくるけど、気にしないでね。」
ミカエルが指差した先に手を振る若者が二人いた。「お城で見たことがあるでしょ? 王族用の近衛の騎士だから。」
私服の警備がいるデートなのか~、と思うけれど、ミカエルはそういう立場なのだから仕方ない。むしろ、サニーやローズと出かけた時にそういう話題にならなかった方に問題があった。そういえばサニーは一応他国の王族だった。
「ま、何かしてくるわけじゃないから、気にしないでね、」
にっこりと微笑むミカエルは余裕なもので、慣れているのか手を繋ぐことにも抵抗がない。
そうか、そういう人が見ている前でイチャイチャする予定なんだ…、シャーロットは途端に顔が赤くなってしまう。
「サニーとローズで出掛けたところを重点的に回りたいと思いますっ、シャーロット、いいね?」
格好はミカエルなのに中身はやっぱりミチルなミカエルの軽いノリに、あれ、私、ミチルの中身がミカエルだって知っててミチルが好きなんだからミカエルの軽いノリが好きなのかな? と訳が分からなくなるシャーロットだった。
「最初はどこに行ったの?」
街の入り口の噴水池の近くにある街全体の案内板の前に立ち、二人して並んで見上げた。履いている靴の影響か、やはりミカエルはシャーロットよりも背が高い。今日のシャーロットはヒールがあるサンダルを履いていた。
「あれ? ミカエル、背が伸びた?」
「靴のおかげだよ…、」
あ、ごめんね、と思いつつも、確認してしまう。
いかんいかん、つい実家でエリックに対して毒を吐く生活をしている影響だわ。シャーロットは反省する。エリックにはこの程度はいつもの事だけれど、外では猫を被っているいつもの公爵令嬢シャーロットは口にしない話題なのだ。いかんいかん…。
「この前は、時計屋さんに行ったの。最初に行ったときに、目覚まし時計の修理をお願いしてたから、その回収。最初に行った喫茶店は確かここ、石の雑貨屋さんは、ここ、皮のお財布を買った工芸店は、ここ、」
ふむふむ…と言いながら、ミカエルは場所とお店の名前を覚えていっているようだった。
「でね、中央広場に行って、」シャーロットは指で地図の真ん中の辺りを差す。
「このあたりにあった、文字の書いていない白い看板のお店が、ローズのお母さまの御実家の定食屋さんだったの。」
「文字のない白い看板…、そのまま、ななしやって名前の店だったりしてね、」
「まさか~、」
ミカエルとシャーロットがくすくす笑いながら広場近くの店の名前を見ていくと、本当に白板屋という店が見つかって、二人は無言になってしまうのだった。
「本当に、入るのね?」
時計屋の前でシャーロットはミカエルに確認した。まず入った鉱石雑貨店で、ミカエルがシャーロットの為にローズクオーツのさざれ石のブレスレットを買ってくれたので早速手首に嵌め、パフェを食べた喫茶店で二人で向かい合って座って紅茶を飲み、ここまで来たのだった。
時計店には用事がないのでシャーロットは気が進まなかったけれど、ミカエルは、チケットのお礼でも言えばいいよと微笑んだ。
「こんにちは~?」
シャーロットがドキドキしながら店のドアを開けると、奥にはハーディとガーディが座って、二人して大きめの人形の背中を開いて工具で修理していた。
「あれ、姫さん、なに、どうしたの?」
シャーロットを覚えていてくれたガーディが先に気が付いてくれた。
「いらっしゃい、お姫様、今日はまた綺麗なおにいさんと一緒だねー、」
「ふふ。この前頂いたチケットのお礼を言いに寄ったの。」
シャーロットは微笑む。そうだよねー、ミカエルは綺麗なお兄さんだよねー、ミチルは可愛い天使だよねー、どっちも私、大好きなのーと、にやにやしてしまう。
「なんだ、行ったんだ、からくり屋敷。へー、どうだった?」
ガーディとハーディーは嬉しそうにシャーロットを見ていた。客の反応が気になるところなのだろう。
「すごい素敵でした。幻想的で、綺麗でした。」
思い出すと顔が綻ぶ。できれば、ああいう場所はミカエルと行きたかった…。
サニーはかっこいいけど怖いと思った。サニーもからくり屋敷も、一つ一つ分ければ素敵なのに、一度に思い出すと心がざわつくって、なんだか変な気持ちだった。シャーロットは複雑な心境になる。
気を取り直して肝心な事を聞いておく。
「今日もやってたりしますか?」
今日は8月の第一土曜日である。
「ああ、やってるよ、お姫様。8月土曜市、だからね。夏の特別版をやらせてもらってるよ。」
「じゃあ、二人で行ってみますね、ありがとうございました。」
店を出ようとするシャーロットとミカエルに、ガーディが手を振りながら「また感想聞かせてね、」と声をかけた。
「ハーディとガーディのスペシャルイベントは、ゲームのミカエルルートでは発生しないけど、今日はからくり屋敷にも行くからね?」
ミカエルは手を繋いだままシャーロットと中央広場へと向かった。シャーロットは夏の特別版が気になるので、からくり屋敷は楽しみだった。一緒に行くのがミカエルなので、安心もしていた。
ジグザグと路地を進むと、明るく開けた広場が見えてきた。
「ここはいつ来ても賑やかだなー。」
ミカエルはミチルの時にここに来たことがあるのだろう、懐かしそうに微笑んだ。
「もうお昼な時間だし、ななしやに行って何か食べてから、からくり屋敷に戻ってこようか。」
「そうね、」シャーロットは頷いた。ななしやにローズがいたらいいのになと思ってしまったのは内緒だった。
広場のすぐ近くのななしやは、迷わずに見つけることが出来た。通りから一本入った裏手にあるので迷うかと思っていたけれど、ミカエルは正確に地図を覚えているようで、これまでどの店も迷わずに来れていた。
あれ、ちょっとミカエルってすごいんじゃない? と、怪しい地図を描くシャーロットは思った。ななしやの白い看板を見ながら二人が店に入ると、「いらっしゃい」という掛け声は、おばちゃんとローズのものだった。
「あれ? 姫様?」
「はい? ロータス?」
やっぱり夏休みはここにいたんだ…とシャーロットは思った。相変わらずの爽やかな美少年ロータスなローズだった。
「まあまあ、とりあえず席にご案内して、」
おばちゃんに催促されて、ローズがミカエルとシャーロットを奥の方の席に案内してくれる。出入口が見える奥の席にローズ、向かいにミカエルが座る。
メニュー表を手渡されたローズが、ふと、出入り口の方を見ると、ミカエルの護衛の近衛兵達が店に入ってくるのが見えた。入り口近くのカウンター席に案内されていた。
「へえ、ナポリタンもあるんだねえ、」
ミカエルはメニュー表を見ながら話をする。シャーロットはこの、文字と値段で内容を想像していくメニュー表が苦手だった。パフェもプリンアラモードも想像していたのとちょっと違ったのだ。
「この前、ローズとサニーはオムレツセットを食べてましたよ?」
「へー、じゃあ、僕、今日はそれにしようかな。」
「じゃあ、私も。」
「えー、違うのにしようよ、」ミカエルはぶーたれている。
「え、じゃあ、ミカエル、変えますか?」
「うーん、判った、言い出したの僕だもんね。じゃあ、この煮込みハンバーグセットにする。でもなあ…、」
悩み始めたミカエルに、どんな格好してようとミカエルなんだよな~と思うシャーロットなのだった。
「姫様、決まりましたか?」
ローズがおしぼりとお水を持って、メニューを聞きに来た。今日のローズは頭に白い布巾を被っていて、長袖の白いシャツを肘までまくって腕を出し、黒いズボンに黒い腰エプロンを巻いていた。
腕にいくつか切り傷が見えた。剣の傷? 結構大きな傷だった。理由を聞いてはいけない気がして、シャーロットは見なかったことにした。
「ええ、私は決まったの。オムレツセットで、パンを半分に減らして欲しいの。お願いしてもいい?」
「一個だと女性には多いですよね。大丈夫ですよ?」
ローズは慣れているように笑った。そういう客は珍しくないのだろう。
「えっと…、こちらは…、ミ…、もしかして、今日はお名前を呼んではいけない感じですか?」
「そうね、お忍びなの。」
ミカエルが王太子だということはローズも知っている。学校で、ミカエルの格好の時のミカエルとシャーロットが一緒にいる時に何度か会ったことがあった。
「ロータスのおすすめは?」
シャーロットはついロータスと呼んでしまう。
「今日はチキンのグリルハーブ焼きセットがよく出てます。トマトの冷製パスタが付け合わせなんです。レモンとバジルが効いていて爽やかですよ?」
「じゃあそれで。」
え、そんな感じなの? とミカエルの軽さにシャーロットは驚く。さっきまで悩んでなかった?
「ここのメニューはもともとこういう感じなの?」
シャーロットはふと思う。聞きなれない名前のメニューが多い気がしたのだ。だから、メニュー表を見てもよく判らないのだと思う。
「いつの頃からか私の意見が採用して貰えるようになって、こんな感じですね。私、こういうお仕事の方が、学校で貴族の勉強してるより楽しいんです。」
そう言って微笑むとメニュー表を回収して、ローズは奥の厨房の方へ行ってしまった。
「なるほどね~、」
ミカエルが納得したように呟く。「ここ、かなりローズの影響が濃いと思うよ。かなり現代の日本って感じの品揃えだもの。」
トマトの冷製パスタもチキンのグリルハーブ焼きも、シャーロットは公爵家である実家でも学食でも食べた事はなかった。具沢山のオムレツも実は、この前ローズとサニーが食べているのを見て初めて知ったのだ。オムレツはタマゴの塊だと思っていた。そうやって、知っているようで知らないことが、身の回りには実はたくさんあるのかもしれなかった。
やがて運ばれてきた食事を二人は食べて、お会計も済ませて店を出た。おいしかったので、シャーロットはまたこれたらいいなと思った。
目が合うと、ミカエルは「おいしかったねー、」と笑った。
「また来てくださいね、姫様、」
ローズが手を振って見送ってくれた。学校にいる時よりも楽しそうなローズに、シャーロットは元気そうでよかったとホッとしたのだった。
土曜市の露店に鉱物雑貨店を見つけたシャーロットは、金細工の装飾の美しいラピスラズリのカフスボタンを選び、綺麗に包装して貰った。同じデザインでペリドットのものもあったので、同じように綺麗に包装して貰う。リボンは判りやすいように頼んで、青色と緑色でそれぞれ分けてある。
「それ、プレゼント?」
ミカエルに聞かれて、「ええ、丁度いいでしょう?」と微笑んだ。これでシャーロットの今日の予定は完了だ。カフスボタンなら小さいし目立たなくていいなと思った。
ミカエルが少し休憩していこうと言ったので、噴水の縁で二人は並んで座って広場の盛り上がりを眺た。
大道芸人達の集団が芸を披露して観客を沸かせていた。ピエロ達は笛を拭き、紙吹雪を散らし、子供達が歓声を上げて風に舞う紙吹雪を追いかけている。
「みんな楽しそうだね、」
ミカエルが微笑む。
警護の近衛兵の姿がすぐ近くに見える。シャーロットはぼんやりと民衆の中に見知った顔を探して数を数えていた。1人、2人、3人、あれ、4人に増えてる? まあ、これだけの混雑ぶりだと、人も増えるのか…。
「ローズは…、ゲームのシナリオを回避するとかそういう事以前に、自分がやりたいことをやるために男装しているのかもしれないね。」
ミカエルがシャーロットの繋いだ手を撫でながら、独り言のように言った。
「街で女性が一人で店を切り盛りするなんて、まだまだ難しい世の中だろうし、家族経営でやっていたとしても、女性だということで嫌な思いもするんだろうね。」
「そういうものなの?」
「市場で買い物をして気が付かなかった? 店主は男性で、売り子は奥さんか、息子、じゃなかった?」
前回市場を回った時、確かに声をかけてくるのは男性店員だった。女性店員は傍にいて商品を詰めたり会計をしていた。
「女性が店長になれるような世の中にしていくのが、僕の務めなんだろうね。」
そういう世の中になったら、ローズはロータスじゃなくてローズとしてお店を持てるんだろうか。
そうなれたらいいのにな、とシャーロットは思う。私にも、応援できることはないのかな、とも、思う。
ふっと笑ってミカエルは立ち上がった。
「さて、お姫様、今日のメインイベントへ参りましょう。」
手を差し伸ばしてくる。両手を取られ、シャーロットはドキドキしながら立ち上がる。
腰に手を回したミカエルは、寄り添うようにシャーロットに囁いた。
「覚悟しとけよ、シャーロット、」
な、なにを?! 耳から真っ赤になってしまうシャーロットなのであった。
ありがとうございました