<13>悪役令嬢の汚名返上大作戦が始まるようです
「さて、シャーロット、」
王族用の部屋に二人で戻り、ソファアに座ったシャーロットに、ミカエルは微笑んだ。
「いいお話と悪いお話があります。どっちが先に聞きたい?」
シャーロットはミカエルの顔を見つめて、目をぱちくりと瞬かせた。身に覚えがない気がするけれど、何かやったかしら…? 最近のシャーロットは実家である公爵家で、絡んでくるエリック相手に毒を時々吐く程度の健全なひきこもり生活中だった。
夏は社交のシーズンではないので両親から一緒に出掛けようとお呼びがかからないのと、夏休み入ってばかりの毎日で出かける気がなかったからだった。
「では、短く済む方から聞きたいわ。」
おそらく悪い話の方が長い。シャーロットは言い訳する気満々で長くなる方の話を後回しにした。
「はい、ではいいお話です、」
ミカエルは得意そうに微笑んだ。
「シャーロットのおかげでマリライクスはバカ売れしました~。ありがと~!」
自分で拍手をしてご機嫌なミカエルに、シャーロットはぽかんとする。いま、おかげって言った?
「シャーロットがマリライクスのトートバックを持ってあちこち出かけてくれたおかげで、あちこちから問い合わせがあって、増産による増産で、僕のミチルとしての女子寮の部屋代の返済は完済で~す!」
「はい?」
もしかして宣伝のためにくれたの? シャーロットはミカエルをじっと見つめる。
「まさか、歩く広告になってくれるとは…! さすがシャーロット、綺麗なおねえさんパワーはすごいね!」
「…。もしかして、そうなるようにくれたりしたの?」
シャーロットは怪訝そうにミカエルに尋ねた。
「まさか~、シャーロットは僕のものだよって、他の人にお揃いをアピールするためだよ?!」
ほんとに~? シャーロットは疑うけれど、追及は止めておく。完済は単純に喜ばしい。
「では、次の、悪いお話、行こうか。」
ミカエルは机の上からノートを持ってきた。少し古ぼけたノートは、全体に日に焼けていた。ミカエルはシャーロットの隣に膝を合わせて座り、パラパラとノートをめくりながら視線をノートに落としたまま、話始める。
「シャーロットは今、悪役令嬢まっしぐらで進んでいるんだ。」
「はい?」
「今、すごい噂が立ってるの、気が付いてる?」
「噂?」
シャーロットは基本、面と向かって言われないことは聞き流して生活している。公爵令嬢という立場ゆえに目立つことが多いシャーロットは、どうでもいいようなことをヒソヒソと言われることに慣れていた。慣れてはいても聞きたくはないので、聞かなかったことにして忘れてしまうのだ。
「リュートが前に言ってたことがあったでしょ?」
「ああ…、ミチルとローズの取り合いがどうのこうのっていうやつ…?」
そんなこともあったなあとシャーロットは思い返す。
「僕は一応王子様だからね、そういう婚約者の噂って聞こえてくるの。そういう話を好んで報告してくれるっていう方が正しいかな。」
考えるような表情になって、ミカエルは黙り込む。
「最近聞こえてくるのは、サニーとシャーロットの秘密の恋の噂かなあ。秘めた愛を二人で育んでいる、とかいうのもあって、シャーロットから話を聞いていてそんな訳ないって知ってても、秘めた愛とか言われちゃうと、結構ショックが大きいかな。」
「し、知らない、私、秘めた愛とか言われても、知らないわ、」
シャーロットは動揺していた。秘めた愛って、バレない様にする恋愛ってこと? 身に覚えがあるのは、ミチルとしてミカエルが好きで、ミチルの事をミカエルとして愛しているくらいだった。
「目撃証言もあるから、すごいんだよね。時期を考えると、たぶん6月土曜市の日の事だと思うけど、学生寮の前で名残惜しそうに別れられず見つめ合っていた、とかいう噂もあって、これは結構な人数から証言が出てたりするんだ。」
「え、」
シャーロットは凍り付く。まさか、あの、サニーに友達のままでいよう宣言をした覚えがあるあれが、秘めた愛になっているとは…!
「あのね、ほんと、そういうの無いから。あの時、私、サニーにちゃんと、進展はしないって言ったのよ?」
ミカエルは上目遣いにシャーロットを覗き込む。
「シャーロット、自覚がないのかもしれないけれど、君は今、確実に悪役令嬢になって断罪されて絞首刑になる道を進んでるんだ。」
ノートを開いて、細かい図を見せてくれる。四角い図がたくさん書いてあって、矢印があちこちに向かっている。四角い図には名前と、行動が一言くらいで纏めてある。
「これは?」
「僕が前世の記憶を思い出した頃に、覚えているうちにと思って書いておいたノートなんだ。」
ミカエルはノートの文字を見つめて話始める。
「僕は…、10歳頃かな、君を婚約者にすると父に言われて、誰だ、シャーロットって、考えた時に初めて、前世の記憶を思い出したんだ。」
シャーロットは首をひねる。「あれ? 結構小さい頃からお城のお茶会に呼ばれていた気がするけど?」
「ああ、僕はあの当時、君がシャーロットだって知っててお茶会に出てた訳じゃないんだよね。僕にとってお茶会は男の子の恰好を強制させられる窮屈なものだったし、正直どうでもよかった。」
いつもミカエルはラファエルとガブリエルと3人で固まってた気がするんだけどなー、とシャーロットは思い出す。確かに話をした記憶がない。
「子供相手のお客さんが来ると、お姫様ごっこしちゃだめって言われるから結構嫌だったんだよね。」
「そ、そうなんだ…。」
女装好きはそんな昔からだったのね…、確かに婚約式の後も自分用のドレス、着てたなあ…、ミカエル…。シャーロットはあの可愛かったミカエルを思い出し、胸がキュンキュンしてしまう。
「でね、シャーロットってどんな子だったっけって考えてて、どういう訳か君の、シャーロット・ハープシャーって名前でいろんなことを思い出して、ああ、僕はゲームの世界に転生したんだって気が付いたんだ。」
「それで、ノートに書いたのね…?」
「ゲーム開始までに、できるだけいろんなことを思い出していろんな手を打ちたかったからね。婚約式で君に会って、僕はやっぱり君がいいと思ったんだ。」
シャーロットは自分の顔が赤くなるのを感じていた。
あの時ミカエルははっきりと言ってくれなかった言葉を、今、聞けたのだ。嬉しかった。シャーロットがいいと言って貰えて、選んで貰えたことが、嬉しかった。
「それでね…、」ミカエルはそんなシャーロットに気が付かないまま、話を続ける。
「前にも、話したことあるよね? 断罪されて婚約破棄して絞首刑って話。」
「ええ…、婚約式の後、だったわ。」
シャーロットはあまりのことに悩んだから、よく覚えていた。
「4人のうち誰を選んでも結果は同じって、どうしてそうなるのか、知りたいわ。」
「そういえばそうだね…、話してないね。ローズがミカエルルートを攻略していく中で、シャーロットがローズに育ちを笑うこととつらくあたっていじめることで、断罪されてしまうんだ。サニールートだと、婚約者がいるのにサニーに言い寄ってローズの邪魔をして揉めて、サニーから正式に国に抗議が来るんだ。それで仕方なくミカエルが断罪するんだよね。リュートルートだと、男子を取り巻きにして弄ぶシャーロットがリュートと恋愛するローズをいじめ倒してリュートにも言い寄って、やっぱりミカエルが仕方なく断罪するんだ。」
「ミカエルはいつも、仕方なく断罪するの…?」
「そういう訳じゃないよ? 他の人にやられるくらいなら、代わりに王子である僕が断罪してるって感じじゃないかな?」
「あとの…、エリックの場合だと、どうなるの?」
「エリックルートだと、エリックを取られたくないばかりにローズをいじめたシャーロットが、理事長の権限まで使ってローズを退学させようとするから、王子のミカエルがローズを守るために断罪する、ってとこだなあ…。」
「理事長の権限…。」
ゲームの中でも祖父は理事長なのかな、どうでもいい事をシャーロットは思う。ローズが誰を選んでも断罪って、結局、ローズが誰を選んでもシャーロットの立場はミカエルの婚約者なのだ。
悪役令嬢ってつまり、正義のローズや正義のミカエルに対抗する悪の立場なのね、とシャーロットは思った。悪役令嬢が今一つよく判らなくて断罪で絞首刑という言葉ばかりが胸を苦しめていたけれど、ようやく理解できた思いだった。
「でも…、今の私の立場は悪役令嬢って…、その、ゲームのルートってやつとは違うと思うんだけど、どうしてそう思うの?」
シャーロットはミカエルを見つめた。
「今の君は、王太子の婚約者なのに裏切り、隣国の王子と密通を繰り返す、この国の王家への反逆行為をしているという意味での悪役令嬢なんだ。」
はぁ…、シャーロットは深くため息をついた。好きでもない人と勝手に噂されたうえに、王家への反逆罪なんて。他人事にしか思えなかった。
「たぶん、今、ゲームのヒロインとしてローズが正しく役割を果たしていないから、代わりにシャーロットが話を進める役割と、悪役令嬢を請け負う役割とを負担させられているんだろうと思う。一人で二役こなす、って結構すごい事だけど、随分な状況だよね。」
ミカエルはそっと、微笑んだ。
「でね、僕は名案を閃きました~。」
また自分で拍手をするミカエルに、シャーロットは内心、王妃のノリはこういう風に受け継がれていくんだなあと思って聞いていた。
「明日、僕はミカエルの王子様な格好で、シャーロットとデートします。いちゃいちゃします。ラブラブします。世間の噂を、王太子と公爵令嬢は熱々ラブラブだという風に書き換えちゃいまーす。」
いちゃいちゃ? ラブラブ? シャーロットは縁のない言葉に身構えてしまう。ミカエルとイチャイチャとか、無理だから。ラブラブって、何をするのかしら。
「と、いうことで、シャーロット、明日は10時に門に待ち合わせね。ちゃんとデートっぽい格好してくるんだよ?」
ということでって何? シャーロットは混乱していた。どういうことでデートってことになるのかしら?
憂鬱な気分で寝た割にはきちんと朝起きられたシャーロットは、朝からシャワーを浴び身綺麗にして、お気に入りのスズランの香水をつけ、薄くお化粧もした。
王子様とデートする格好ということで品の良さをアピールするために、白いレースの透かしの美しい半袖シャツに、紺色の膝丈のフレアスカートで合わせてみた。首にはミカエルに貰ったローズクオーツのネックレスをつける。髪は菫色の細いリボンでポニーテールにした。その方がネックレスが目立つ気がした。
マリライクスのトートバッグを肩から下げて、鏡の中の自分に微笑んでみる。そこそこ可愛い、と思う。
「ミカエルには負けるけどね~、」自分の言葉に笑えてきてしまう。こんな時でもミカエルの事を考えている自分が、可笑しかった。
ミカエルの微笑んだ顔を思い浮かべる。いちゃいちゃとかラブラブとか人前でできる気がしないけど、ミカエルとならできなくはなさそうな気がするのが不思議だった。
「シャーロット、こっち、」
学校の門の前には、手を振るミカエルがすでに待っていた。白い開襟シャツに白色の細身のパンツで細い銀色のベルトをしていた。手首には、シャーロットのあげたローズクオーツのさざれ石のブレスレットを嵌めている。
髪を後ろで一つに括ったミカエルは、柔らかで透けるような金髪の、煌めく翡翠の瞳の、輝くばかりの白い王子様だった。爽やかな笑顔にシャーロットは目が眩む。
ま、眩しいわ…、シャーロットは心の中で、ミカエルをスケッチして記憶に残そうと頑張っていた。
「ごめんなさい、お待たせしました。」
シャーロットは照れてしまう。いつものミカエルなら平気なのに、こっちのミカエルは男の人だと意識してしまう自分がいた。
「ナニ、シャーロット、その話し方。」
ミカエルが唇を尖らせる。
「いつも通り話してくれないとチューするよ?」
あら? いつも通りのミカエルだわ。シャーロットは思う。どんな格好をしてもミカエルだから、私はミカエルの事が好きなんだわ。
シャーロットの手を自然に指を絡ませて繋いで、ミカエルは微笑んだ。
「さて、いちゃいちゃラブラブ大作戦、今日は頑張ろうね、シャーロット。」
その作戦名、変だから! シャーロットは少し不満に思う。でも、頑張るしかないのだ。悪役令嬢の汚名を返上しなくてはいけない。
ありがとうございました