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<129>悪役令嬢は真っ赤な薔薇のコサージュを手に入れたようです

 ガブリエルもミチルなミカエルもいない一人の金曜日は、随分と久しぶりだった。1学期の頃のシャーロットは、そんな生活も普通で当たり前だと思っていた。一年程経った今は友達知り合いも増えていて、生活も感覚も自分でも変わったと思った。授業を一人で一日過ごしても平気だったあの頃は、ミカエルなミカエルとは学食で待ち合わせていただけで十分だった。なのに、今は誰かしら何かしら声をかけてくれるのが普通になっていた。一人が珍しいとも感じていた。

「おはようございます、シャーロット。」

 サニーが一人で佇むシャーロットの隣の席に座った。「おはよう」と答えると、シャーロットはさっそく手提げ袋の中からチョコレートの箱を出した。白いリボンのミルクティー色の箱は全部で4箱持って来ていた。

「バレンタインなの。これ、あげる。いつも親切にしてくれてありがとう。」

 にっこりと微笑むと、サニーは戸惑いながら受け取ってくれた。以前に聞いていた愛の交換の日にならないように、シャーロットは先手を打ったのだった。

「シャーロットが私にですか? 嬉しいですね、ありがとうございます。」

「サニーだけじゃないですからね。みんなにあげてますからね?」

 シャーロットが念を押しても、サニーは嬉しそうに微笑んだ。

「私も今すぐにあげたいですが、一応エリックとの約束ですから。もう少し待ってください。」

「急いでないです。大丈夫だから。」

 交換にしちゃう気はないもの。シャーロットが心の中で呟いて微笑むと、サニーは首を傾げた。

「今日は一人なんですか?」

「ええ。ガブリエルは公務があるの。」

 お城で遠く東方の国の使節団との舞踏会が待っている。

「今日は一緒に過ごしてもいいですか?」

 嫌だと言っても一緒にいそうだな~。前もそんなことがあって大変な目にあったな~。疑り深くシャーロットはサニーを見上げた。

「リュートのお手伝いもあるし…、あなたのお友達は?」

「今日は、バレンタインです。彼らも今日は忙しいのですよ?」

 ニヤっとサニーは意味有りげに微笑んだ。

 あれ? バレンタインは忙しいの? シャーロットは首を傾げた。

「ねえ、バレンタインって、男の子もやっぱり何かするの? 女の子だけがチョコレートを渡す日じゃないの?」

 感謝を沢山あげるなら、忙しいのは女の子じゃないの?

 シャーロットの言葉に驚いたようにサニーは瞳を見開いた。黒曜石のような瞳がはっきりと見えた。

「誰にそう教わったんです? お父上ですか?」

「え…、」

 ミカエルだけど?

 シャーロットが戸惑い、言葉を詰まらせていると、エリックとブルーノがやって来た。

「お姉さま、おはよう、今日は一人なんだな。珍しい。」

「おはよう、シャーロット、」

 シャーロットは慌てて紙袋の中からチョコレートの箱を二つ取り出して、エリックとブルーノに渡した。

「おはよう、バレンタインなの。いつもありがとう、ブルーノ。エリックにもしょうがないからこれあげるわ。」

「しょうがないとか朝からひどいな。まあ、くれるもんは貰ってやろう。」

「ありがとう、シャーロット。バレンタインでくれるのか? これは何?」

「チョコレート。この前言ってた、ポレールのチョコレート。感謝の気持ちを伝えたくて。」

 シャーロットは照れて黙った。それ以上は言いたくはなかった。

「これがポレール…、」

 ブルーノはしげしげを箱を見つめていた。エリックは上機嫌で言った。

「ポレールのチョコレートは美味いからな。お姉さま、いい仕事をしたな。感謝する。」

「エリックはたいがい酷い弟よね?」

「お姉さまの弟なんだから仕方ないだろう、」

 なにが仕方ないの? なにが。

「お昼休みはまずは教室でお姉さまにご褒美をあげる会、だからな。その後、みんなで学食に行こう。覚えておけよ、お姉さま。」

「ええ。ここで集まるのよね?」

「シャーロット、中見てもいい?」

「ええ、感謝の気持ちが入ってるの。」

 シャーロットが微笑むと、ブルーノは嬉しそうに白いリボンを解いてミルクティー色の蓋を開けた。

「トリュフ…、」

「甘いのと、ほろ苦いのが入ってるの。」

「一緒に食べよ?」

 ブルーノは含みを持たせて微笑んだ。

「またいつか、ね?」

 誤魔化してしまっても、ブルーノはじーっとシャーロットの顔を見ていた。

「リュートが来たからそっちに行くね?」

 シャーロットはそそくさと逃げ出すように席を立った。手提げ袋を折りたたむとカバンの中にしまって、ちゃんとリュートの分のチョコレートの箱を持っていく。


「リュート、おはよう、」

 シャーロットの顔を見ると、リュートは柔らかく微笑んだ。シャーロットは隣の席に座ると、リュートにチョコレートの箱を手渡した。サニーはシャーロットの席の隣に移動してきていて、ブルーノとエリックも当然のように前の席に座った。

「おはよう、シャーロット、これは何?」

「リュートにあげるわ。バレンタインなの。いつもありがとう。感謝の気持ちよ?」

「こちらこそありがとう。これは、もしかしてポレール?」

「ええ、よく知ってるのね?」

 ポレールって実は有名店なのかしら。王都の街へ滅多に出歩かないシャーロットは、公爵家御用達の高級チョコレート専門店として名高いポラールの評判を知らなかった。

 ブルーノは興味津々といった表情で、二人の会話を聞いていた。

「妹達が日曜の朝、買いに出かけてたんだ。基本学校の友達が誘いに来てね。その時に、王都で話題の青い姫君のチョコレートだって言ってたから、そうだろうなと思った。」

「誘いあって買いに行くようなものなのね?」

「ああ、ポレールは貴族や裕福な商人しか買えないような値段のチョコレートを作ってる店だからね。そんな店が、庶民向けに値段を控えめにして発売していて、青い姫君の看板の広告も話題となると、興味もあるだろ。」

 シャーロットは言葉に詰まった。実態と偶像の差が出来ている気がするわ。

「青い姫君ってみんな言うけど、それって私のことじゃないと思うわ。私はそんな尊敬されるような存在じゃないもの。」

 自分が何もしていないのも、自分がそこにいるだけなのも、シャーロットにはよくわかっていた。

「シャーロットはシャーロットだからいいんだよ?」

 黙って聞いたブルーノが口を挟んだ。

「リュートもそう思うだろ?」

「ああ、シャーロットだから、青い姫君と呼ぶんだろうね。」

 ますますわかんないわね、とシャーロットは首を傾げた。そういうシャーロットの態度が高潔と思われているとはシャーロットは気が付いてはいなかった。

「今日で、シャーロットのお手伝いも終わりだから。今までありがとう。今日で借りるノートは最後だ。感謝してる。」

「ええ。そうね。次の学年末テストでは勝負しなくちゃね。」

 シャーロットは今度こそ勝って勝手なおねだりを止めさせなくてはと思った。どんどんおねだりがややこしくなってきている気がしていた。

「今度は勝つから。」

「お姉さまに勝たないと、交換会が出来ないからな。俺は結構楽しみにしているんだけどな。」

「シャーロット、勝ったらまた出かけましょう。」

「私も勝った時のことを考えておかないといけないな。」

「考えなくていいから、みんな。私も負けないから。」

 シャーロットが微笑むと、エリックが呟いた。

「お姉さまに勝ってみんなで旅行とかでもいいな。冬の海外研修は中途半端に終わったからな、」

 ブルーノもリュートも一瞬にして憮然とした表情になった。

 シュトルクのことを思い出し、シャーロットは気まずく思った。そのシュトルクはもうすでに王都に入ってきているだろう。今晩の舞踏会で遠く東方の国から来た王族や貴族や軍人達とこの国の王族や貴族達は顔を合わせる。明日には調印式がある。明後日は、公爵家の公務としての街案内が待っている…。

「僕の両親も残念がってたからね、僕の国にまた来てくれると嬉しいな、シャーロット。」

 ブルーノはシャーロットの瞳をまっすぐに見つめた。

 旅行として? それだけじゃない気がするのは何故かしら?

 シャーロットが熱い視線に戸惑っていると、授業を告げるチャイムが鳴った。

「考えておいてね?」

 考えないから、そういうのは困るから。シャーロットが小さく首を振ったのを見て、隣に座るサニーはほっとしたように教科書を開いた。


 お昼休み、授業が終わった教室で、学食に行く前に5人は集まって座った。午後の授業は公務休みにして帰ってしまうエリックから順番に、シャーロットにプレゼントをくれた。

「よく頑張ったなお姉さま。俺からご褒美をあげよう、」

 煩い弟が随分と偉そうだわ。シャーロットは苦笑しながら受け取った。それぞれが労いの言葉をかけてくれながら、シャーロットにプレゼントをくれた。

 シャーロットの手元にはエリック、リュート、ブルーノ、サニーからの贈り物が集まった。

「お姉さま、せっかくだから中身を見てよ?」

「え、家に帰ってからではダメなの?」

「俺はここで見せたい。」

 他の3人の顔を伺うと、誰もが黙って頷いていた。

 みんな自分の贈り物に自信があるんだわ。シャーロットは感心して、それならば、と中を開けて見ることにした。

 エリックからは花の彫刻が美しい小さなオルゴールだった。箱の横の螺子を回すと、ワルツが流れ始める。

「案外かわいいのね。」

「案外は余計だ。俺の趣味の良さに感心してほしいものだ。」

 弟はこんな調子でクララと仲が良くできるんだろうか。シャーロットはこっそりと眉を顰めた。

 やわらかいオレンジ色の包みはリュートからで、花柄の模様の薄手のマフラーだった。上質の素材で丁寧に編まれていて、これからの春の季節に使えそうな軽やかさで、華やかな色彩が美しかった。

「ありがとう、」 

 シャーロットは微笑みさっそく首に巻きにつけ披露すると、リュートは満足そうに微笑んだ。その表情に安心して丁寧にたたみなおし、袋に片付けた。

 サニーから貰った赤い小さな箱を開けると、指輪がちょこんと煌めいていた。核となる赤い石を包み込むような金細工の花びらは、まるで小さな金色の薔薇の花が咲いているようだった。

 もしかしてこれ、また意味があるよね? シャーロットは「ありがとう、」と言いつつ、蓋を締めた。絶対に指に嵌めてはいけない気がした。

「私に会う時には指に嵌めてきてほしいですね、」とサニーは優雅に微笑んだ。

「いつか、ね?」

 いつかと言いつつも、そんな日は来てほしくないなと、シャーロットはあいまいに微笑んだ。

 ブルーノが黙って手渡してくれた白い箱は大きいわりにやけに軽かった。ブルーノを見ると黙ったままなので、シャーロットは首を傾げながら、かけてあった青いリボンを解いた。

 両手で持つのがやっとな大きさの白い箱を開けると、きっちりと箱で固定されているかのように、箱一杯に薔薇の花のコサージュがこんもりと入っていた。

「髪に飾れるような大きさの、薔薇のコサージュにしたんだ。ご褒美なのは判ってたけど、バレンタインは男性が女性に花を渡す日だろう?」


 薔薇のコサージュはイベントの品。ミカエルが買っちゃダメだよって言ってたわ。ローズが喜ぶって。ローズは貰った薔薇のコサージュを私のお誕生会に付けてくるの。それがエリックルートのイベントになるんだよってミカエルは教えてくれたわ…。


 ぐるぐると思考が回り始める。

 今日はミカエルのお誕生日だわ。サニーのイベントの日だって言ってたわ。ブルーノはエリックの代わりだとミカエルは言ったわ。薔薇のコサージュ。私もいる。エリックもリュートも、サニーも。ローズはどこ?


 いつもなら、教室の奥の方にローズはいる。

 シャーロットは無意識に振り返り、教室の奥の方を見た。

 ローズが、いた。

 机の上にパンと紙パックのジュースを広げて、一人でのんびりとお昼ご飯を食べていた。


 シャーロットの頭の中は真っ白になった。全部、ルートが完成してしまうの…?

 

 唇が震えていて声なんて出そうになかった。

 がくがくと体が震えているのもわかる。その場から逃げ出してしまいたかった。

 でも、出来ない。そんなことをしたら、この人達に必要のない疑問を持たれてしまう。

 シャーロットは瞳を閉じて、猫を被って自分自身を励ました。

 しっかりしろ、私、しっかりしろ、シャーロット!


「これは、貰えないわ。」

 

 シャーロットは、震えを隠しながら、丁寧に白い箱の蓋を閉めた。

「どうして? バレンタインは薔薇の花束を贈って愛を告げる日だろ?」

「え?」

 ブルーノの一言は、シャーロットの心を余計に凍らせた。

「男性が女性に告白出来る日だろう? 」

 ブルーノはまっすぐにシャーロットを見て、シャーロットの手を握った。

「シャーロット、君が好きなんだ。僕の気持ちを受け取ってほしい。」

 ふるふるとシャーロットは首を振った。

「ごめんなさい。違うの。貰えないの。ごめんなさい、ブルーノ。」

 黙ってしまったブルーノの顔を見て、エリックがふっと笑って言った。

「俺が貰って帰るよ、ブルーノ。お姉さまが気が変わったら改めて渡す。もう、俺は今日は帰るから、家で保管するよ。それでいいだろ、ブルーノ、お姉さま。」

 エリックは「ついでだから、他の分と一緒に持って帰ってやる」と言って自分がプレゼントを入れて持って来ていた紙袋に詰め込むと、黙ってしまったブルーノを励ますように誘って教室を出て行ってしまった。

 立ち尽くしていたシャーロットは、俯いて、頷くことも出来なかった。私にご褒美だって言ってたのに、愛の気持ちを渡すのはブルーノらしい。でも、薔薇のコサージュは貰えない。

 ミカエルが言っていた要素が揃ってしまった。これが本当に影響するのなら、私は貰うことなんてできない…。

 シャーロットがきつく握りしめている手を、サニーが優しく包み込んで握った。

「学食へ行きましょう。シャーロット。」

 リュートもシャーロットの隣に並んだ。

「シャーロット、大丈夫かい?」

 リュートが心配そうにシャーロットの頭を撫でた。ちらりと振り返ると、後ろの方の席にいるローズは食べ終えたのか、教科書を広げていた。

「ええ、大丈夫、大丈夫だから。」

 シャーロットは3人で学食へと歩きながら、先に行ってしまったブルーノの背中を目で追いかけた。


 その日に食べたランチは、何を食べたのかも記憶に残らなくて、何の味だったのかもシャーロットはわからなかった。

 猫を被って微笑んで黙ったままのシャーロットの様子は明らかにおかしくて、リュートもサニーも何がそんなにシャーロットを動揺させているのか興味深く観察していた。

 愛を告白する日に花束を贈られそうになっても、断って受け取らなければいいだけなのだ。バレンタインは愛を告白する日なのと同時に、愛が実らない日でもあった。そういう認識でいる自分達と、シャーロットは違う認識でバレンタインを捉えているのだろうか?

 ブルーノはシャーロットに受け入れられなかった。その事実を、恋敵が減ったと喜んでいいことなのだと思うにはシャーロットの表情に違和感を覚えて、サニーもリュートも静かに状況を観察していた。

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