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<128>バレンタインがやってきた

 木曜日はミカエルはミチルで一日を過ごし、シャーロットとは放課後、肩を寄せ合って手を繋いで帰った。明日ミカエルはお城に帰ってしまうので、一日早いお誕生会を二人でする予定だった。

 寮の部屋に帰り、シャーロットは膝丈の白いニットワンピースに着替えると、ピンク色のセーターを着て黒色の毛織のキュロット姿のミカエルと二人、ラグの上に座って向き合った。

「あのね、これ、一日早いけど、バレンタインなの。」

 光の加減で金色に輝く黄色い小さな箱を手渡して、ミカエル用の可愛いピンクの箱は紙の袋から覗かせて見せるだけにした。

「こっちはお誕生日のプレゼント。渡すのは明日でいい?」

「そうだね、明日の朝、貰う。ミカエルの部屋でミカエルの格好をしている時に。」

「ミチルじゃダメなの?」

「ミカエルの誕生日だからね。」

 違いがよくわかんないわねーとシャーロットは思ったけれど、黙っておいた。どっちもミカエルじゃん。

「これ、この前クララ嬢が言ってたポレールのチョコレートなの。」

 シャーロットは支配人が作った看板の話をした。シュトルクと会った日に実はチョコレートを頼んでいて、翌日にその理由を聞かれて職人の前でミカエルから聞いたバレンタインの話をしたこと、出来上がったチョコレートを届けてもらった時に看板の話を聞いたことを、やっと話せた。

「ふうん、」

 話を聞いてミカエルは、面白そうに目を輝かせて、微笑んだ。

「だから、あの時、話したがらなかったんだね?」

「ええ。チョコレートの話はぎりぎりまで内緒にしたかったし、看板の話は、恥ずかしいじゃない? 自分で言う話でもないし。」

 シャーロットは、自分は思ったことを話しただけで、支配人は自分が良いと思ったことを伝えているだけだと思った。しかもお金が動いている以上、何も言える言葉がなかいと思っていた。

「でね、一緒に食べたいなあって思って。」

 シャーロットは青いリボンを解いて、蓋を開けた。開けた瞬間、甘いカカオの香りが広がった。箱の中には黄色い紙のお皿に乗ったトリュフが二粒、並んで入っていた。

「いい香りだね。味に違いはあったりするの?」

「こっちが甘くて、こっちがほろ苦いの。」

 シャーロットが指差した甘い方を摘まむと、「お先に、」と言ってミカエルは口の中に放り込んだ。

 味わうためか黙ってしまって空中を見つめていたミカエルが、ふいに「甘~い」といった表情が可愛くて、シャーロットは微笑みながら自分の分のトリュフを口に入れた。あんまり甘くなくて、あんまりくどくもない、シャーロットの希望通りの味だった。

「ねえ、そっちのは甘い?」

 先に食べ終えてしまったミカエルが、トリュフを口に入れて大切に舐めているシャーロットの顔を見つめた。

「あんまり甘くないわ?」

 シャーロットがほろ苦いように作ってもらったチョコレートだった。

「ちょうだい。ダメ?」

「は? はい?」

 ミカエルはシャーロットの肩を掴むと、唇を舐めた。

 そのままキスされて、口に中のチョコレートを追いかけて舌が入ってくる。シャーロットはミカエルの勢いに押されて、瞳を閉じてラグの上に仰向けに寝転がった。やがて、口の中のトリュフを舌で絡め取られてしまう。

 息が苦しい。ミカエルがシャーロットから離れてしまうと、吐息が漏れた。甘い息が、ほろ苦い香りが、する。ぱちくりと瞬きして舌でぺろりと自分の唇を舐めると、トリュフにまぶされていたココアの味がした。

「ほんとだ、あんまり甘くない。」

 ミカエルはシャーロットの口の中から持ち去ったトリュフを食べ終えて、シャーロットを見つめた。

「シャーロットは、もっと食べたかった?」

 ふるふると首を振って、寝ころんだままシャーロットは微笑んだ。

「ミカエルが美味しかったんなら、いいわ。」

「シャーロットが美味しかったよ?」

 ミカエルはシャーロットを引っ張り起こして抱き寄せた。シャーロットもミカエルに頬を寄せた。

「ねえ、明日、一日傍にいてって言ったら、どうする?」

 シャーロットはずっと尋ねてみたかったことを聞いてみた。

「そうだね…、ベッドの中で、一緒に過ごすかな。」

 きゃあー! それは困るー!

「…言ってみただけです。忘れてください。」

 シャーロットは赤くなってしまった顔を隠すように、ミカエルの胸に自分のおでこを押し付けた。

「ナニソレ。シャーロットが可愛すぎる…!」

 くすくす笑うミカエルは、優しくシャーロットの頭を撫でた。シャーロットは笑い声を聞きながら、明日も明後日も、ずっと一緒にいたいなと思った。


 14日の金曜日はミカエルの誕生日で、ミカエルはお城へ帰っていってしまう日でもあった。ミチルが一緒に寝ていることに狭いながらも慣れてきている今、離れてしまうのはなんだか寂しく思えた。シャーロットは隣で眠っているミカエルの鼻をつついて、「お誕生日おめでとう、」と呟いた。

 今晩は私は自分の家で一人で眠るんだわと思うと、やるせない気分になってしまう。眠っているミカエルにそっとキスすると、ミカエルはうっすらと瞼を開けた。綺麗な翡翠の色の瞳。シャーロットはゆっくりと微笑んで、ミカエルの上に圧し掛かってそっと触れるようにキスをする。ミカエルの手が、髪を撫でている。優しい手。シャーロットは身を離すと、「おはよう、」と囁いた。


 ミチルからミカエルになって一緒に登校する朝は、ミカエルは何度も着替えている。用事があるからと伝えて、先にミカエルの部屋に行ってもらった。

 理由を聞かないでいてくれたミカエルに感謝しつつ、チョコの長方形の箱を入れた紙袋を抱えて、シャーロットはマリエッタの寮の部屋を訪問した。

「ハッピーバレンタイン。いつも親切にしてくださってありがとう。」

 そう言ってシャーロットが白いリボンをかけたミルクティー色の長方形の箱を手渡すと、何かが閃いたように驚いた表情になって、マリエッタはじんわりと瞳を潤ませて恭しく受け取った。

「姫様、これはもしかして、ポレールのチョコレートですか?」

 マリエッタは看板を知っていた様子だった。説明が省けて助かったなとシャーロットは思った。

「ええ。私がそうしてほしくて作ってもらったの。バレンタインは感謝の気持ちを贈る日だよって教えてくださる方があったから、私もそうしたくなったの。」

「ありがとうございます、姫様。」

 震えながら泣きだしそうになるマリエッタは、迎えに来たトミーを見ると、堪え切れなくなって抱きついて泣いてしまった。

「おはよう、マリエッタ。どうしたんだい?」

 二人の様子を観察して微笑んでいるシャーロットに気が付いて、トミーはぺこりとお辞儀した。

「姫様、おはようございます。」

「トミーが迎えに来たのね。ついでみたいで申し訳ないのですが、受け取ってくださると嬉しいわ。いつも、親切にしてくださってありがとう。」

 微笑みながら感謝のチョコを手渡すと、トミーも恭しく受け取ってくれた。

 ありがとうは俺の方なのに。トミーは唇を震わせて、マリエッタと顔を見合わせて涙ぐんでしまった。姫様に出会わなかったら、今の生活はなかった。未来なんてもっとつまらなかった。マリエッタとこんな関係にはなれなかった…。

 シャーロットは、またね、と言って手を振ると、涙ぐんで固まってしまった二人と別れて歩き出した。事前に調べておいた、お菓子をくれた女子生徒達の部屋にもそれぞれ訪れた。感謝の気持ちを伝えて二粒入りの黄色い箱をそれぞれ渡した。

 ローズの隣の部屋に住む、リリアンヌとエミリアの部屋にも向かった。

「二人にはいつも感謝してるわ。包帯も軟膏も使わせてもらったわ。ありがとう、」

 シャーロットは二人にそれぞれ黄色い2粒の箱を渡した。隣の部屋のドアを見らりと見た。ローズには、何もしなかった。廊下で睨まれて以来、顔も見ていない。教室にいるのは知っていても、目を合わせることも避けていた。

 リリアンヌもエミリアも嬉しそうに頬を染めて、上擦った声で「ありがとう」と揃って答えると、チョコレートの箱を胸に抱いた。

 去って行くシャーロットの後ろ姿を見ながら、二人は、ゆっくりと部屋のドアを閉めた。

「ポレールのチョコレートだわ…。」

「高くて見ているだけのチョコレートだよね…?」

 庶民向けの値段と言っても、ポラールのチョコレートはまだまだ高級品だった。

 リリアンヌがゆっくりとリボンを解くと、中に二粒のチョコレートが入っていた。

「これは恋人と食べてねってことよね?」

「きっとそうね、分けて食べるのが正解だわ。」

 蓋をかぶせて綺麗にリボンを結び直すと、二人は手を取り合って微笑み合った。

「どうしよう、バレンタインって素敵すぎる!」

「姫様が素敵すぎて、また好きになりそう!」

 婚約者達が迎えに来てくれるまで、二人はチョコレートの箱を眺めていた。放課後一緒に食べよう。好きな人と一緒に、憧れている人に貰ったチョコレートを食べるなんて、なんて素敵なんだろう。


 一仕事終えたシャーロットは上機嫌でミカエルの部屋へと急いだ。私が好きなものでみんな幸せになってくれたらもっと嬉しいわ、と思った。私が嬉しかったみたいに思ってもらえたら、嬉しいもの。

 それにしても、受け取ってもらえると嬉しいものなのね! シャーロットは澄ました顔で歩いていたけれど、本当は、廊下を飛び跳ねて踊りだしそうな気分だった。

 カバンと、お昼休みに渡す予定のチョコレートの入った手提げ袋と、ミカエルの分のチョコレートを入れた紙袋も大事に抱えて部屋のドアをノックする。

 ミカエルは髪を綺麗に括って男子用の制服を着ていて、王子様な綺麗なミカエルで姿見の前に立っていた。

「着替え終わったよ、シャーロット。ご褒美が欲しいな。」

「はい。まずは、これ。はい、」

 シャーロットはチョコの包みを紙袋から取り出して手渡し、ひと呼吸おいて、手拍子を打ってバースデーソングを歌った。ミカエルも嬉しそうに手拍子を合わせてくれた。

「お誕生日おめでとう。今年はちょっと、ほろ苦くて甘い、甘苦いチョコです。」

「へ~、これもポレール?」

「ええ。これも、特別に作ってもらったの。」

「ふうん、毎年の事ながら、すごくいいお店なんだね。」

 ミカエルは嬉しそうに箱を眺めた。赤いリボンがかけられたその箱は、薄桃色のラシャ紙の包装紙で包まれ、うっすらとピンク色の箱が透けていた。

「お付き合いが長いからね。もう10年くらいは利用しているかな?」

「そんな小さい頃から? きっかけは何?」

「ポレール。異国の言葉で、北極星って意味なんだって。」

 星好きなシャーロットがたまたま街探検をしていて入ったお店だった。

「まだ若かった支配人が本を読んでてね。窓ガラスから中を見て、本屋さんだと思って執事と入ったら、違うって言われたの。何のお店なのって聞いたら『ポレール』とだけ教えてくれたの。」

 シャーロットは、支配人が幼いシャーロットの顔を見て、面倒くさそうに言った様子を思い出していた。今では考えられない態度だったなあと懐かしく思った。

「でね、ポレールってなあにって聞いたのね。支配人は、異国の言葉で北極星のことですよ、って教えてくれたの。」

「へえ…。」

「北極星って夜空の星の中で一番自分がある星なの。絶対いいものを売ってる店だわって思ったから、私もお客さんになれますかって聞いてみたのね。そしたら、お父さまを連れて来てくださったらお売りしましょう、って言われたの。」

「それはまた、すごいお店に入ったんだね。」

 ミカエルが感心したように言った。

「シャーロットのお父さまが誰か知ってたのかな?」

「今思うとそうなのよね。たぶんどこかの庶民の娘か何かだと思われたのよね。お父さまと一緒に行ったら支配人は驚いちゃって、それからのお付き合いよ? 私はお店に行かなくなっちゃったけど、頼んだら持って来てくれるようになったし、好みも聞いてくれるようになったわ。」

 シャーロットは知らない。シャーロットの為に支配人が経営方針の路線変更をして、貴族向けの店にしたことを。一般の庶民が入れる店だと貴族の令嬢は入りにくくなるだろうと考えてくれての配慮だった。公爵もそんな支配人の心意気を気に入り、シャーロットが喜ぶ顔が見たくて出資者となり資金を提供して職人の生活を保護し、人柄を信頼して経営を支配人に任せていた。シャーロットは、かなり以前からチョコレート専門店(ポレール)はハープシャー公爵家のものだということも、知らない。

「毎年僕にくれるチョコレートのお店だよね? ここ。」

「そうよ? それも、毎年、いろいろ考えて作ってくれるの。今年のはお母さまが見本を食べて気に入っちゃって、スパでお出しするって決めちゃってたわ?」

 シャーロットは、そういう融通が効く事にも不思議を感じてはいなかった。

「それはすごいね。公爵夫人のお目利きの味かあ。大事に食べよっと。帰りの馬車が楽しみだなあ。」

 ミカエルは機嫌良さそうに言った。

 きっとおいしいわよ? シャーロットは思った。甘くてちょっとほろ苦いのは、きっと、恋の味だからなんだわ。

 私と恋に落ちて欲しいもの。ミカエルにそっと、微笑みかけた。

「じゃあ、今日はここにして?」

 ミカエルは上目遣いにシャーロットを見て、唇を指差した。「今日は特別だもの、いいでしょ?」

 今日はミカエルの誕生日だった。

「ちょっとだけね?」

 シャーロットはミカエルの肩に手を添えると、そっとキスをした。離れようとしたシャーロットの唇を追いかけて、ミカエルがキスしてきた。

 去年より背が伸びたミカエルは、相変わらず綺麗な王子様で、今年もきっと、可愛いミチルでも傍にいてくれるだろう。

「今年もよろしくね?」

 シャーロットは優しく微笑んだ。

「今年もよろしく、シャーロット。」

 ミカエルが首を傾げて可愛く微笑んだので、シャーロットは胸がキュンキュンしてしまって余りの嬉しさに言葉にならなかった。

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