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<127>王女様は悪役令嬢がご心配なようです

 母好みの上質な素材の白い地に茶色の花柄の裾模様の入ったワンピースの上に、エリックに貰ったミルキーピンク色のカーディガンを羽織ると、シャーロットはラファエルの部屋を訪ねた。付き合いが長いとはいえ、ラファエルは年上で、寄宿学校に先に2年入学していた影響で知らない時間がある。普段着よりはおめかしして会いに行く事にした。

「入っていいわよ?」

 ノックをしたらすぐにラファエルの返事が聞こえた。

 透かし編みの茶色のカーディガンを羽織り薄紫色のニットワンピースを着たラファエルはお茶の支度をしていて、部屋の中にはほろ苦いコーヒーの香りと甘いチョコレートの香りがした。

「シャーロットはコーヒーの方が好きなんでしょ? ガブリエルに聞いたわ。素敵なコーヒー屋さんに一緒に行ったんですってね?」

「はい。サニー様とクラウディア様と一緒に、出掛けました。」

 くすくすと笑って、ラファエルは微笑んだ。3人掛けのソファアにシャーロットを促すと、向かいの席に座った。

「付き合いが長いんだから、いつもの話し方にして? 学校だからって改まらなくていいわよ?」

「ありがとうございます。では、できるかぎり、で?」

「ええ、それでも構わないわ? このチョコレートは今日届けてもらったの。シャーロット、知ってるでしょう?」

 可愛らしい花模様の縁取りのお皿の上にちょこんと並んだ二粒のチョコレートは、チョコレート専門店(ポレール)のトリュフだった。

「感謝の気持ちを伝えるために贈るんだってね? ありがとう、シャーロット。ミカエルと婚約してくれて。」

 ラファエルは嬉しそうに微笑んで、自分の分の皿から一粒口に放り込んだ。シャーロットが頼んだ、ほろ苦い味のトリュフだった。

 シャーロットはドキドキしながらコーヒーに砂糖とフレッシュを入れた。いいものを食べ慣れている王族の口にあえば嬉しいな、と思う。

「ふうん。おいしいわ。思ったよりも上品で、思ってたよりも、甘いのね。私、この味好きよ?」

「ありがとうございます。私も好きな味なんです。」

 良かったー! 支配人にいつか会ったら伝えないと、とシャーロットは心の中で小躍りした。

「ねえ、シャーロット、聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」

 ラファエルは姿勢を正して、膝の上で両手を組んだ。シャーロットも倣って改まる。

「なんでしょうか?」

「あなた、ブルーノ・ペンタトニークと恋仲なの?」

「はい?」

 シャーロットは飲みかけていたコップを、思わず落としかけてしまった。慌ててソーサーの上に置き直して、ラファエルを見た。

「私の近しい者達が、あなたをそれとなく見守ると伝えたわよね? あなたはブルーノと一緒に帰って、人気のない中庭で抱き合って話をして、ミカエルと一緒に暮らす寮の部屋に招き入れていたりもしたんでしょう?」

 心当たりがあり過ぎて、シャーロットは焦ってしまう。見られてたんだ…!

「招き入れたりはしません、私に忘れ物を届けてくれただけです。」

 その一点だけが違っている。冷静に答えても、手は震えていた。

「冬の長期休暇でも理事長達と、ペンタトニークの国へ行ってるわよね?」

 それは事実だった。

「二人で街に出かけたりもしてるわよね?」

 それも、事実だった。背中を汗が伝う気がした。誤魔化すように甘くない方のトリュフを口に放り込んだ。

 ラファエルはコーヒーにフレッシュを入れ、スプーンでかき混ぜてゆっくりと微笑んだ。

「あなたは本当にミカエルと結婚するわよね? 婚約破棄してブルーノと、というのではないわよね?」

「…ミカエルと結婚したいです。ブルーノには、出来ないと伝えてあります。」

「でも、仲がいいのね。シャーロット、」

 シャーロットに微笑みかけて、ラファエルはコーヒーをゆっくり飲んだ。

「私が知っていることと同じことは、ミカエルも知っているわ。ミカエルも同じような者達をたくさん使っているもの。シャーロット、ミカエルが何も言わないからって、何も知らない訳じゃないのよ?」

 ラファエルは悲しそうに微笑んだ。

「ミカエルがあんなになってしまったのは、私が原因なの。あんまりかわいいから面白がって女の子の格好をさせていたら癖になってしまって、今じゃあんな二重生活を送ってるわ。」

 黙り込んだラファエルを見つめながら、シャーロットは甘い方のトリュフを口に放り込んで様子を見ていた。あっまーい。でも、甘さは緊張を和らげる糧になる。

 ミカエルは前世でも女装を趣味でしていたと知ったら、ラファエルは悩まず楽しい日々を送れていただろうに。ミカエル本人が内緒にしていることを自分がいうのは違う気がして、シャーロットは何も言えなかった。

「シャーロットが、ミカエルの女装を嫌がらずに付き合ってくれて、今も寮も一緒にいてくれて、私はとても嬉しいの。」

 ミカエルの女装は可愛いからシャーロットも好きだった。ミチルとして一緒にいてくれる優しさも好きだった。

「でも、シャーロットがブルーノみたいな…、背が高くて、筋肉質で、美しい顔をしていて、とても魅力的な男性が好きなんだとしたら…。ミカエルがあんなになってしまった原因は私にあるから、私が、償わないといけないわ。」

「え、いえ、そんな。」

 シャーロットは慌てた。ミチルなミカエルもミカエルもどっちも好きだと、どういえば伝わるのだろう。

「私なら…、シュタイン様に女装の趣味があったら、ちょっと結婚は躊躇ったかもしれないわ。」

 シュタインのそういう姿を想像出来ないシャーロットは、ちょっと困ってしまった。好きなら許せる、という『許せる』度合いが、人によって違うのだろうと思った。ミカエルがああいう人だと知っているからシャーロットは受け入れてはいるけれど、突然言い出されたら確かに躊躇うかもしれない。

「クリスマスだって、ミカエルがシャーロットと一緒に夜を過ごしたいって言うから、私は嬉しかったわ。ミカエルがシャーロットをそういう対象と見れるようになったのも、嬉しかったわ。シャーロットがミカエルとそういう関係になってくれるんだと思うと、嬉しくて…、」

 シャーロットは瞳を逸らした。期待に添えなくてごめんなさい…。何もなくてごめんなさい…。

「なのに、あなた達は別々の夜を過ごしたのよね? 今も清い関係なままだし、この先も、そうなのでしょう?」

 清くない関係を望まれるなんて不思議だな、とシャーロットは思いながら答えた。

「…理事長である祖父との約束で、ミチルのまま私と一緒の部屋を維持したいのなら、そういう関係にはなってはいけないのです。」

 口に出すと照れてしまって、シャーロットは俯いた。恥ずかしい、こんなことを口にするなんて恥ずかしすぎる…!

「そうなの? ちゃんと理由があるのね?」

「はい。」

 ほっとした様子のラファエルの顔を見て、シャーロットはさらに恥ずかしくなった。どうしてみんな、そういう話題が好きなんだろう。

「ミカエルのことが一番好きです。あまり言いたくはありませんが、両親や弟は、婚約破棄を願い出る話を諦めてはくれません。でも、私は、どんなことがあっても破棄を願い出るつもりもありません。」

「それは…、ミカエルが女装をしていても、女装したミカエルがあなたを好きだと言っても、そう言ってくれるの?」

 全然大丈夫です、むしろ、可愛いミチルが大好きです。シャーロットは心の中で力強く返事をしたけれど、言葉にはしなかった。こくんと頷くだけにして答えた。

「ええ、スカートを履いているミチルの時のミカエルとも…、キスしたことはあります。」

 ギャー恥ずかしー。猫を被って澄まし顔をしつつシャーロットは心の中で叫んだ。めちゃくちゃ恥ずかしー!

「それを聞いて、安心したわ。」

 ラファエルはふっと微笑んだ。

「あのね、シャーロット。今度の調印式があるわよね?」

「ええ、私も出席するように言われています。」

「私達、私と父は、あなたがミカエルと婚約破棄を望むなら、仕方ないと諦めようと思っていたの。ミカエルがあまりにも評判が悪すぎるんだもの。私の近しい者達の間でも、シャーロットにひどい仕打ちをする王子様って印象がいまだに拭えないでいるの。」

「それは…、私の友人関係のことですか?」

 そんなに友達って重要なのかな。そんなに一人でいちゃダメなのかな。シャーロットは首を傾げた。

「それもあるけど、ローズの件で、ミカエルは表だって何もしなかったでしょう?」

 確かに、ミカエルの代わりに、エリックやブルーノが動いてくれた気がする。

「今回のユリス様の件にしても、ハープシャー公爵家に負担をかけすぎているのではないか、と思われていたりするのよね。私達王族が口を挟まない方がいいことも確かにあるわ。貴族間で解決できるに越したことがないもの。でも、ミカエルの場合は、シャーロットに依存しすぎている印象があるの。ミカエルがしなくても、あなたが上手にいろいろ解決してしまっているのかな?」

 ラファエルは首を傾げた。シャーロットもそんな自覚がないので首を傾げた。

「ミカエルと婚約破棄をするなら、シャーロットにはリュートと婚約し直してもらう手筈でいたの。」

「は? はい?」

 リュートと婚約? シャーロットは大きく目を見開いた。

「あなたを国外に出す訳にはいかないと、この前も伝えたわよね? シュトルク様の結婚相手などには絶対させられないの。そうなると、爵位を考えても、宰相の息子と結婚するのが一番なんだもの。」

 リュートはそんな当て馬扱いなの? シャーロットはリュートが哀れに思えてきた。

「シャーロット、」

 ラファエルは飲み終えたカップを置くと、シャーロットを見つめた。

「ミカエルをお願い。私はもうじき卒業してしまうわ。夏前には向こうの国に嫁いでしまうでしょう。私はこのままあなた達の傍にはいられないわ。だから、私の代わりに、ミカエルを支えて?」

 シャーロットには頷くことしかできなかった。リュートとは結婚しないし、ブルーノともしない。ミカエルとこのまま結婚する日まで一緒に居続ける。そう思っていても、声にならないでいた。


 話が終わったシャーロットは緊張が解けて疲れ切っていた。それでもミカエルの部屋に行くと、明るく楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

「まあ、シャーロット、お帰りなさい。ちょうど今、私達も話が終わったところなのですわ。」

 ガブリエルは黒いセーターに緑色の巻きスカートを履いていて、ソファアにミカエルと並んで座っていた。ミカエルは群青色のセーターを着て、チャコールグレイ色のズボンを履いて足を組んで座っていた。

「シャーロット、その格好可愛いね。ちょっと隣に来てよ?」

 ミカエルは目を輝かせて嬉しそうに手招きして言った。ガブリエルとミカエルの間に座ると、シャーロットは両方から手を握られてしまった。

「ねえ、シャーロット、何のお話でしたの?」

「僕にもラファエルは教えてくれなかったんだ、聞かせてよ?」

 ラファエルはこの二人に聞かせたくない話だったんだ、とシャーロットは悟った。シャーロットも、あまり話したいと思わなかった。

「特に何も? 二人でコーヒーを飲んだだけよ?」

「コーヒーねえ、」

「シャーロットと行ったコーヒー屋さんは素敵でしたわね?」

 ガブリエルが嬉しそうに微笑んだ。ミカエルがぶーたれ顔をして、ぼそりと言った。

「僕だけ行ったことないんだよね。今度の3月の土曜市で行こうかな。」

「素敵ですわね。土曜市、私まだ行ったことがありませんの。」

「ラファエルも誘って4人で行こうか?」

「とっても素敵ですわね…!」

 シャーロットを挟んで、ガブリエルとミカエルは盛り上がる。思い返せば、昔からずっとこんな感じだったわ。シャーロットはお城で学んだ日々を思い出す。ラファエルが司令官で、ミカエルとガブリエルが参謀、シャーロットは一般兵という役割だった。シャーロットは黙って微笑んで猫を被っていただけだったけれど、それでも、楽しかった。

「学年末テストを頑張って、一緒に行こうね。」

 ミカエルはソファアの背に肩を回して微笑んだ。シャーロットはその腕に凭れ掛かるようにして座ると、ミカエルを見つめた。

「ずっと一緒にいるわ。急がなくても、この先もいつでも一緒に出掛けるわ。」

「まあ…、仲がよろしいこと!」

 ガブリエルが揶揄うように言って笑った。ミカエルはシャーロットを見て、「そうだね」と言って笑った。ラファエルが言ったようにミカエルも知ってるんだろうか、ブルーノとのこと…。シャーロットは少しだけ不安になった。一緒に生きていきたいのはミカエルなんだけどな、どうやったら伝わるんだろう。もどかしい気持ちのまま、唇を噛んだ。


 夕食をミカエルと学食で済ませたシャーロットは、ミカエルと一緒に自分の部屋に戻ってきていた。部屋の扉の下に、手紙が挟んであった。

 エリックの署名と、話があるから部屋に来てほしいと一言書いてある。

「もう結構な時間だよ?」

 懐中時計を見たシャーロットは9時という時間に躊躇いつつも、「ちょっと行ってくる」と言って、男子寮のエリックの部屋へと急いだ。

 部屋のドアをノックすると、ブルーノが嬉しそうに顔を覗かせた。

「シャーロット、エリックならいるよ?」

「ちょっとだけ、話があるの。」

 部屋の奥の方にいた、黒いざっくりしたセーターを着てカーキ色のズボンを履いているエリックを手招きする。ブルーノは、「せっかくだから入って行きなよ?」と部屋の中へ誘った。

 ふるふると首を振ると、シャーロットはエリックと廊下へ出た。

 女子寮近くの階段の踊り場の隅に、二人で並んで立った。窓を背に立つと、月明かりで、二人の影が床に落ちる。

「話しってなあに?」

 小声で尋ねるシャーロットに、エリックは小さく言った。

「今、王都にブルーノの両親が来ている。今週末ブルーノは王都の別荘に帰る予定らしい。」

「そうなんだ。私達とは合わない予定だし、気にしなくていいんじゃないの?」

「そうもいかない。明日には遠く東方の国から使節団がやって来る。14日、お姉さまは一人で留守番だろ?」

「ええ、お父さま達とエリックは舞踏会に出るのよね?」

「ブルーノは何を考えているのかよく判らないが…、そこで、お父さまからの伝言だ。絶対に14日の夜はうちで食事すること。誰に誘われても断るように、だそうだ。」

「それって、手紙の連絡じゃダメだったの?」

「お父さまの手紙には、こういうことは俺が一枚噛んで、お姉さまへは口頭で伝えた方が間違いなくお互いに共通の認識として把握できると書いてあった。それに、先に言っておかないと、お姉さまはうっかり誰かと約束をしそうだしな。」

 信用されていない気がする…。シャーロットは苦笑いをした。

「んー、わかった。誰もダメってことは女子でもダメってことね?」

「そうだな。クララとなら良さそうな気もするんだが…、」

「あら、エリック、もうクララって呼んでいるのね?」

「一昨日も昨日も今日も一緒に帰ったぞ?」

 肩を竦めたエリックは、事も無げに言った。

「あの者一人ではなく、仲の良い女子生徒達も一緒だったからな、女子だらけだった。」

 侯爵家令嬢4人組のことだろう。

「ブルーノも一緒だったの?」

「ああ、今日はな。まんざらでもなさそうだったぞ。」

 それはいい傾向だわ、とシャーロットは思った。自分以外の女子と仲良くしてほしいと思うなんて、なんだか傲慢な気もした。

「じゃあ、伝えたからな?」

 エリックはそう言うと去って行った。シャーロットはエリックを見送った後、階段を上ろうとした。

「シャーロット、」

 階段の上の方から、リュートが降りてきた。紺色のセーターに黒いズボン姿の、背が高いリュートは、歩幅が大きく颯爽と近付いてくる。

「また寝られないのかい?」

 優しく微笑むと、ゆっくりとシャーロットの髪を撫でた。距離を保ったままリュートを見上げて、シャーロットは尋ねた。

「今日も風紀委員の見回り?」

「ああ、仕事は仕事だからね。」

「怪我はもう大丈夫?」

「そうだね、」リュートはシャーロットの顔を見つめた。「今ちょうど、月を見ていた。」

 月明かりに照らされたリュートは、優しい目をしている。シャーロットはリュートに教えてもらった言葉を思い出した。

「月が鏡になればいいんだっけ?」

「そうだね。君に会えたから、今夜の月はもういい。」

 ゆっくりと、シャーロットは、リュートから視線を逸らした。

「もう、帰るね? おやすみ、リュート。」

「ああ、おやすみ。シャーロット。」

 手を振って、リュートに背を向けてシャーロットは歩き出した。

 リュートをミカエルと婚約破棄した時の相手にと、母やラファエルは考えている。リュート自身も、私にきっと好意を寄せてくれている。

 でも、そんなつもりがシャーロットにはない。

 月を見上げるだけで満足なんて出来ない。好きな人には傍にいて欲しい。

 ノックをして自分の部屋のドアを開けると、「お帰り」と微笑むミチルなミカエルがいて、シャーロットも微笑んだ。

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