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<126>物語を形作るのは「要素」なようです

 シャーロットは寮の自分の部屋に帰り、ベージュのニットワンピースに着替えるとラグの上に寝転がり、課題で使う資料本を眺めていた。まだミカエルは戻っていないのか、ミチルは来ていなかった。

 いろんな情報が多い一日だったわ…。疲れた…。とても眠い…。窓からの日差しが程よく当たって、シャーロットはうとうととし始めた。

 眠っていると、誰かがシャーロットにキスをしていた。

 優しいキスだわ…。夢うつつでキスをに応えていると、ミカエルの手にしては大きな手が、シャーロットの胸や腰、頬を撫でた。あれ? この香りはアンバーウッディー…?

「ん?」

 瞳を開けると、シャーロットに覆いかぶさるようにブルーノがキスをしていた。黒いヘンリーネックのセーターを着て、焦げ茶色のズボンを履いている。着替えてここへ来たのだろう。

「!」

 びっくりしてシャーロットが手で顔を押しのけると、美しい人は微笑むと囁いた。

「忘れ物、持ってきた。」

 ブルーノはシャーロットの髪留めを摘まんで持っていた。シャーロットの上に馬乗りになっているブルーノは、シャーロットの唇を舐めた。

「いつの間に?」

「さあ? コートのポケットに入ってたけど?」

 体をブルーノから逃げるように後退って身を起こすと、シャーロットは恥ずかしそうに俯いて言った。

「ブルーノ、女子寮の部屋へは入って来ちゃダメなのよ? 兄弟でもないのに…、」

「知ってる。ドアは鍵が開いたままだったし、シャーロットは眠っていた。」

「それでも、女の子の部屋には勝手に入ったらダメよ?」

「鍵をかけないのは、シャーロットの悪い癖だね?」

 私の家の部屋でも、ブルーノの国のホテルでも、そんなことがあったっけ。でも、自分の部屋にいて警戒しなくてはいけないなんて、思わないもの。シャーロットは心の中で反論した。

 ふふっと笑ってブルーノは身を起こして膝立ちになる。

「もう帰って、誰かに見られたくないもの、」

「シャーロットがキスしてくれたら、ね?」

「さっきしたわ。」

 シャーロットが睨んでいるのに、ブルーノはふっと微笑むと近寄り、囁いた。

「エリックから聞いた。キスして貰えると、自分を特別だって思えるんだろ?」

 顔が熱く火照っていくのを感じた。ブルーノの顔が見られない。エリックはいったいその話をどうやって伝えたんだろう…。ブルーノはシャーロットの傍にまた近付いた。

「好きだから触れたい、一番近くで特別を感じたい。僕もそう思う。」

 ブルーノは微笑むと、シャーロットの口を覆うように優しくキスをした。

「君が好きだよ、シャーロット。僕の特別を感じて?」

 震えながらシャーロットはブルーノを見つめた。この部屋でこんなのは嫌だ。こんなところをミカエルに見られたくなかった。

 こんこんと、ノックする音がする。ブルーノは微笑むと立ち上がって、「続きはまたね、」と言った。

「遅くなってごめーん、」

 ミカエルがミチルの制服姿で機嫌良くドアを開けると、ブルーノが「また学校で、」と言ってさっと部屋から出て行った。

「ん? 誰、今の、」

 後姿をちらりと見て、ミカエルは部屋に入ってきた。シャーロットは慌てて髪留めを見せながら答える。

「落としたみたいで、届けてくれたの。」

「で、誰?」

 部屋の鍵をかけながら、ミチルなミカエルは腕を組んで仁王立ちになった。

「シャ-ロット、何があったのか説明してもらおうか。」

 

 項垂れたまま床に正座して、シャーロットはミカエルにブルーノと帰ったこと、部屋にブルーノがいたことを話した。聞かれなかったので、キスした話はしなかった。

「ふうん、それだけ?」

「それだけです…。」

 ミカエルをちらりと見ると、部屋着に着替えながら、ミカエルはぶーたれている。

「あのさー、シャ-ロット。」

「ん? なあに?」

「今日のお昼だって、僕がいるのにブルーノと見つめ合ってたよね。」

「そ、そうだったかしら?」

 気が付いてたんだ…。シャーロットは髪を耳にかけながら視線を逸らした。

「ポレールのことだって教えてくれなかったし、秘密が多過ぎじゃないの?」

「そ、そんなことはないわよ?」

 聞かれないことは話さないのが一番だと、経験から知っているだけだった。

「ミカエルのことだって、知らないことだらけだもの、お互い様だと思うわ。」

「今週の土曜日は僕はお城に帰って公務だったよ? つまんない公務ばっかり。日曜の午前中にこっちに帰ってきて、後は勉強ばっかり。良いことと言えば、マリライクスのパジャマが刺繍を変えたら売れ始めて、売り上げがいい感じってことくらいだね。騎士団キツネもクマリュックも絶好調だし。シャーロット、ありがとう。」

「どういたしまして。それは良かったわね?」

「他には内緒にしてない?」

「さあ?」とシャーロットはとぼけた。何から何までが内緒なのかよくわからない質問だわ、と思った。

「さて、シャーロット、」

 白い色のセーターに水色の毛織のキュロットを履いたミチルなミカエルは、シャーロットの前に正座して言った。

「今月は月末に学年末テストがあるよね? それが終わったらどこかへ遊びに行こうよ?」

「3月はラファエルの卒業式があるわ。ミカエルは補講があるんでしょ?」

「土曜市くらいはいけるよ。」

「ライト、また、これそうなの?」

「ライトがいなくてもいいかな。」

 ミカエルは首を傾げた。

「あいつ、奥さんにちゃんと渡したのかな。また気を遣わせると悪いから、二人だけで行きたいな。」

「そうね。」

 シャーロットは、卒業式が済むとラファエルはいなくなってしまうのだと思うと、なんだか急に寂しく思えてきていた。

「ラファエルとお出かけしたいわ。この前はガブリエルと行けたもの。もしかしたら、ダメかな?」

「そうだね、ラファエルとお母さまに相談してみるよ。」

 ミカエルはシャーロットの手を取って、微笑んだ。

「今度の学年末でどっちも10位以内とったら、何か特別な思い出を作りたいな。」

 嫌な予感しかしない。

「普通にほっぺにチューじゃ、ダメかな。」

「特別がいい。」

 ミカエルはじーっとシャーロットを見つめていた。

「それは…、ミチルが隣国の隣国に帰っちゃうようなこと?」

 まさかね? と思いながらシャーロットは心の中で滝のような汗をダラダラ流しながら尋ねてみた。

「えー?」

 可愛い顔をして誤魔化して笑うミカエルに、それは無理かも…とシャーロットは心の中で呟いた。

 

 ハウスキーパーに頼んだ母へ手紙でチョコレートの件をお願いしてみたら、さっそく袋に入れて2粒入りの黄色い箱のものが5箱持って来て貰えた。火曜日で一緒に寮に帰ってきたミチルなミカエルに見つからないように、袋を椅子に置いて隠した。ミカエルが部屋着に着替て後ろを向いているうちに、こっそりベッドの下の床に滑り込ませた。

「ん? シャーロット、何か落とした?」

 落としたんじゃなくて隠したんだよ。シャーロットは「気のせいよ、」と言いながら自分も着替える。ピンク色のゆったりとしたニットワンピースに焦げ茶色のタイツを履いた。もう今日から包帯は巻いていない。

「あのね、ミカエル、」

 シャーロットはミカエルの背中を人差し指で撫で上げた。

「ちょっと、くすぐったいよ。」

「言えなかったんだけど、14日のお昼、リュートとエリック達とご飯を食べることになってるの。」

 日程を決めたのは先月で、内容が決まったのは今日の授業合間の休み時間だった。

「ふうん? もしかしてバレンタインだから?」

「ちょっと違う。リュートの怪我をして包帯を取れるのが週末なんだって。今日学校でそう言ってた。だから、来週からもうリュートのお手伝いをしなくていいって。」

「お祝いも兼ねたバレンタインかな。」

「バレンタインって、チョコレートをあげる日なんでしょ? ミカエルのお誕生日だし。」

「ああ、そう教えてたっけ?」

 ミカエルは首の後ろを掻いていた。水色のセーターに灰色の毛織のキュロットを履いている。

「あのね、みんな私にご褒美をくれるんだって。リュートをお手伝いしたご褒美。お昼休みはそっちに行ってもいいかな?」

「ああ、僕はお城に帰っちゃうから、いいよ? 午前中はミカエルで登校してお昼休みには帰る予定にしてるから。」

「結構大変なの? 歓迎の舞踏会って。」

「一応国交の友好的な回復の記念行事だからね。向こうの国は国王の代わりに王太子が来るらしいよ?」

「へえ…。すごいのね。」

 一国の王太子が調印式にはるばるやってくるなんて凄いわ、とシャーロットは思った。

「今回は王太子妃も来るんだって。夫婦でくるなんて新婚旅行みたいだよね。だから歓迎の式典は結構派手にやるんだって。ラファエルとガブリエルも早めに帰るみたい。木曜日の午後には帰るって言ってたよ? 話、聞いてない? 」

「うん、初めて聞いた。じゃあ、結構用意大変なんだね。」

 ミカエルとガブリエルの分のノートを作るつもりで支度しよう。シャーロットは計画を立てながら話を聞いていた。金曜日に家に帰ったら取りかかろう。土曜日も日曜日もシュトルク絡みで忙しい。

「シャーロットは来ないんだよね?」

「私は15日、16日かな。代わりにエリックが行くわ。」

 毎日公務は大変なんだよね。

「僕はダンスを踊らないでおこうかな、君がいないし。」

「そっか、出ればよかった。ミカエルと踊れるんだね。」

 シャーロットはミカエルと抱き合って、手を添えてダンスの真似事を始めた。お城で二人でよく練習した。王子様なミカエルだったりもしたけど、二人ともドレス姿だったりもした。懐かしいわ…。

 1、2、3、とワルツのリズムで、姿勢を正して体を揺らす。

「ミカエル…、また背が伸びた?」

 少し見上げて、シャーロットは囁いた。ミカエルは嬉しそうに微笑んだ。

「僕はたぶん、あと少しは伸びると思う。」

「どうして?」

「ゲームの中の僕はシャーロットよりも随分背が高いんだ。」

 上げ底の靴はゲームのミカエルも履いていたのかしら。シャーロットは想像してくすりと笑った。

「クラウディア姫よりも?」

「あの人はゲームに出てこなかったからよく判らない。」

「ねえ、シュトルクは出てきた?」

「出てこないよ?」

「そうなんだ…。ねえ、ゲームに出てこない人が沢山出てきているなら、ゲーム通りにならないのよね?」

「だからって君がシュトルクと結婚する必要もないけどね。」

「それはしないわ。ただ…、」

「何?」

「この前の話だと、要素が重要なんでしょ? シュトルクの影響で起こることとか変わったことってあったのかなって思ったの。」

 ミカエルは黙って踊っていた。やがて、ぽつりと呟いた。

「リュート。」

「え? どうして?」

「…シュトルクが出てきて海外研修の日程が変わって、帰国日時が変わってるよね? ローズのせいで怪我をしたよね? シャーロットも公務で呼び出されたよね?」

「シュトルクが来なければ、そういうことは起こらなかったかもしれないのね?」

「そう思うよ? リュートと君は一緒に勉強することもなかったんじゃないかな。」

 シャーロットはミカエルの腕の中でゆっくりと身を任せて踊っていた。

「君も、怪我しなかったかもしれないね。」

「いろいろ、変わっちゃったのね。」

「そうだね、シュトルクはゲームには出てこなかったけど、すごく重要な役割なのかもしれないね。」

 ミカエルは踊りながらシャーロットのおでこに自分のおでこをくっつけた。

「シャーロット、君が大好きだ。」

「私も、ミカエルが大好き。」

 二人はゆっくり踊りながら、しばらく黙ってお互いの体を抱き締めていた。


 水曜日の放課後、シャーロットはミチルなミカエルとガブリエルと一緒に並んで帰っていた。ガブリエルは機嫌がよく、金曜からは公務だと言うのに不満ひとつ漏らさなかった。ミカエルと楽しそうにじゃれ合うように話をしていた。いつもならラファエルには言えないようなことも、親しい身内の気安さで公務に対して何かしら意見を言うのに。今日のガブリエルは珍しいわね。シャーロットは二人の会話を聞きながらぼんやりと考えていた。

「あのね、シャーロット。実は、お話があるのです。」

 上目遣いにシャーロットを見て、ガブリエルは頬を染めて言った。

「なあに?」

「ラファエルが、お話があるのですって。部屋に帰ったら、着替えたらすぐに私達の部屋に来てほしいのです。私はミカエルの部屋にいますから。」

「ふうん? 僕もダメなんだ。」

 ミカエルが意外そうに口を尖らせた。

「わかったわ、着替えたらすぐに伺うわ。」

 ラファエルに呼び出されて1対1でお話なんて、今までになかった気がするわ。シャーロットは首を傾げながら返事をした。

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