表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/153

<125>悪役令嬢は一芝居うつようです

 ミカエルは周りに誰が座っているのか気にならない様子で、「さて、食べながらでいいから話をしようか」と言った。

 シャーロットの隣にはミカエルが座り、シャーロットの向かいの席にはクララ、その隣にはエリック、ブルーノが並んで座っている。

「私は、クララ様と仲良くしていきたいと思っています。」

 シャーロットは柔らかく微笑むと、はっきりと伝えた。同じことを何度も言うつもりはなかった。

「俺も、可能なら、そうしていきたい。」

 エリックはクララに優しく言った。なんだ、出来るじゃない、エリック。シャーロットは内心ニヤニヤしていた。エリックとクララは、こうして並ぶとお似合いで、しっかり者なおねえさんな彼女と、ぶっきらぼうな年下彼氏な関係に見えた。

「シャーロット様、エリック様、私のような者で宜しければ、ぜひともお友達の一人としてお付き合いさせてくださいませ。」

 クララは小さい声で答える。ミカエルは微笑みながら促すように言った。

「聞こえないから、もう一回、大きな声で言って?」

 ミカエルはちょっと厳しいんじゃないの? シャーロットは思った。この雰囲気でそれを言えるのは王子様だからかな。

「クララ様、ごめんなさい。もう一度、お願いできますか?」

 優しく微笑むとシャーロットはフォークを持つ手を止めて尋ねた。

「シャーロット様、エリック様、私とお付き合いしてください。」

 クララの声ははっきりとよく聞こえた。

「はい、合格。」

 ブルーノが揶揄うように言うと、優しく微笑んでクララを見た。

「もういいだろ? この人はこんな罰を受けてるんだ。女性でこんな短い髪なんて、何かあったんだろうなって誰でも思うよ。」

「お心遣いありがとうございます。」

 クララは泣きそうな顔で、ぺこりと頭を下げた。

「こんな事くらいしか私は出来なかったんですの。シャーロット様はまだお怪我が治っておられないですわ。」

 やっぱりみんな、膝小僧の包帯を確認するのね、とシャーロットは心の中で呟いた。もう、たいしたことないのになあ。

「私はクララ様と仲良くなれるのでしたら、気にしませんわ。エリックとはもっと仲良くなっていただかなくては。」

 シャーロットはわざとにこやかに言った。

「エリックはこう見えて甘党なんですの。私が貰うお菓子はほとんど、この子の胃の中に消えてしまうのですよ?」

「お姉さま、」エリックが睨んできても、シャーロットは平気だった。

「クララ嬢は美味しいお菓子を良く知っているんだよ? 僕もこの前、フォンダンショコラを貰ったんだ。とてもおいしかった。」

 甘党なミカエルが嬉しそうに言った。

「クララ様はお菓子の中では、チョコレートがお好きなんですか?」

「ええ、王都のチョコレート専門店は制覇してますわ。」

 クララは嬉しそうに答える。

「そういえばお姉さまは、ポレールと仲がいいよな、」

「しーっ、エリック、内緒にしてよっ。」

「へえ、ポレール。シャーロット、誰だい?」

 黙々と食べていたブルーノが真顔になってシャーロットを見つめた。

 隣に座るミカエルも黙って微笑みながらシャーロットを見つめている。

「ポレールは高級なチョコレートの専門店のことですわよね? シャーロット様?」

 エリックをちらりと見て、クララが優しく問いかけた。

「ええ、そうなの。いつもはチョコレート屋さんて呼んでいるから、お店の名前で呼ばれるとびっくりするわ、エリック。」

「ポレールと言えば、私、お店の前の看板を読んで感動いたしましたの。」

 にこにこと話しながら、クララは食べている。シャーロットはみんなよく話しながら食事が進むなあと思って食べていた。急いで口を動かさないと、喋っている間にどんどん差を付けられてしまう。

「何か面白いことが書いてあったのかい? クララ嬢?」

 ミカエルは尋ねる。シャーロットはチラリと目をやった。

「日曜に、お屋敷からの帰り道に通りかかったらすごい人だかりが出来ておりましたの。何かと思いまして馬車を止めて、執事に見に行ってもらったのですわ。」

 お屋敷ってうちのことだよね、とシャーロットは思った。

「執事が見て帰ってきた内容を聞いて…、私も欲しくなってしまって、お父さまにお願いして買っていただきましたわ。」

 クララは手を止めて、シャーロットを見つめた。

「青い姫君の絵が描いてあって、私はこの方に許して貰えたんだと思うと嬉しくて…、同じ気持ちをお父さまに伝えたくって…。」

 泣き声になってしまったクララの背中を、エリックが優しく撫でた。

「どうせお姉さまが何かをやらかしたんだろうなとは思っていたけど、ポレールと今度は何かをやるのか?」

「何かをやるんじゃなくて、やらせてくださいってお願いされちゃったの。だから、いいわって答えただけよ?」

「シャーロットは何か知ってるのか?」

 ブルーノは碧い瞳に優しい笑みを浮かべて尋ねた。

「ええ、知ってるけど、恥ずかしくて、言えないわ。」

「それでも聞きたい。」

 ブルーノに首を振って黙って食事を再開するシャーロットの顔を見て、鼻声のクララが微笑んだ。

「シャーロット様、私も、一年生の子達の真似をして、姫様とお呼びしてもよろしいですか? 」

「ええ、あなたの方が年上なので変な気分ですが、構いませんわ? クララ様。」

 なんとでも呼んで。投げやりに、シャーロットは優しく微笑んだ。

「私の話よりも、エリックの話をしましょう。クララ様は本をお読みになりますか?」

 愛の詩集とか、愛の詩集とか、愛の詩集とか?

「ええ。多少は。私は薬草の本を眺めるのが好きですの。私の領地は窯業が盛んで、花瓶や陶器を生産しておりますの。器に合わせた花を飾るつもりで温室を作ったのですけれど、いつの間にか薬草園になってしまって…。」

 意外…!

「薬草ですか? ハーブとか、そういった?」

「はい。料理長が凝りはじめまして、異国から取り寄せたよく知らない薬草やハーブを庭師も面白がって育てるものですから、名前が知りたくて…。」

「あらエリック、今度一緒に伺わせていただきましょうか?」

 いろんな珍しい草が見られるなんて楽しそうだわ、とシャーロットは思った。美味しいならもっと素敵だ。

「え、姫様、エリック様もですか?」

「エリックは料理の本が好きなのよね?」

「ああ、」

 エリックは珍しく頬を染めながら頷いた。シャーロットはニヤニヤしながら、知っていて尋ねた。

「最近読んだ本は何だったっけ?」

「健康的な体作りのための食生活の料理本。」

「…! それはぜひご協力させてくださいませ。」

 クララは嬉しそうに微笑んで言った。

「クララ様は愛の詩集とか、そういう本がお好きなのではないのですか? 無理されていませんか?」

 シャーロットが心配そうに尋ねると、クララは顔を真っ赤にして俯いて答えた。

「あれは…、シャーロット様に読み聞かせになるミカエル様の優しいお顔を見て、私もあんな風にエリック様が囁いてくださったらなんて素敵なんだろう、と思って聞いておりましたら、恥ずかしくなってしまって…、」

 ちらりとミカエルを見ると、ミカエルは苦笑いを浮かべていた。愛の詩集はそういう効果があったんだね。

「私は普段、ああいうふわふわしたものは読みませんの。自分には合わない気がして。」

 あれ、エリックと同じようなことを言ってる気がするわ。エリックは目を見開いてクララを見つめている。

「クララ様とは今までそんなにお話する機会がありませんでしたが、とても気が合いそうで、私は嬉しいです。そうよね、エリック?」

「ああ、また一緒に話がしたいし、食事もしたいな。」

 クララは瞳を輝かせて、エリックとシャーロットを見た。

「私は、夢のようですわ。ぜひ、また、お願いします。」

 ミカエルは優しい眼差しでクララとエリックを見ていた。

 先に食べ終えたブルーノは、黙ってシャーロットの顔を見つめていた。シャーロットも急いでランチを食べながら、ブルーノを見つめる。

 なんだろう、ちらりとミカエルを横目に見ると、ミカエルは食事をしながらにこやかな表情を浮かべていた。

 エリックとクララは何か小声で話をし始める。あの二人は上手くいきそうだなと思うと、シャーロットは嬉しくなった。


 学食の帰り道、ミカエルとクララが2年生の教室への階段の方へ行ってしまうと、追いかけて来ていたガブリエルとラファエルがシャーロットに飛びついた。

「見ていましたわ。シャーロット!」

「話も聞いちゃったわ、エリック!」

 エリックとブルーノは呆れたように3人を見つめていた。5人でそのまま教室へと歩き出した。

「お姉さまは王女様達と本当に仲が良いんだな。」

「私達が仲がいいのは当たり前です、ね、ガブリエル?」

 ラファエルは得意そうに答えた。ガブリエルもうんうんと頷いている。

「ええ、シャーロットと三人で仲良しなので、あの者を許したシャーロットを誇りに思います。」

「王女様は、シャーロットお姉さまに怪我させた3人がどうなったのかは知ってる?」

 エリックが冷たい声で尋ねた。

「ええ、存じてますわ。あの者達は3日間の謹慎と、今週末舗装工事をするのですよ?」

「舗装工事?」

 シャーロットは首を傾げた。

「ええ、サバール侯爵家とユリス様の実家の伯爵家と、あの3人の家とでお金を出し合って学校と寮とを結ぶ道の舗装工事をしますの。お昼休みが始まる前に、学校理事に聞いてまいりましたわ。」

「王女様は機動力があるね、」

 ブルーノがくすくすと笑いながら言った。

「クララ嬢はそれにしてもバッサリ切ったわね。しばらく舞踏会も何も出られないじゃない。」

「ええ、その間、エリックがお相手をします。」

 シャーロットはエリックを見上げた。

「いいお相手なようで、よかったわね、エリック。」

「料理に関心がある人で良かった。」

 エリックは満足そうに答えると、ブルーノと一緒に「行くぞ」と言って先に行ってしまった。

「ねえ、シャーロット。もしかしてエリックはクララ嬢と婚約を前提にお付き合いするの?」

 ラファエルが興味深そうに言った。ガブリエルも興味があるようだ。シャーロットは二人を見つめて頷いた。

「ええ、そうなるといいですね、」

「リルル・エカテリーナ王女はどうするの?」

「祖父が反対してます。将来エリックの子供が王族に嫁ぐ可能性が出来た時に、外国の干渉を受けるようなことはあってはならん、ですって。」

「へえ…。」

 ラファエルは目を細めた。

「ミカエルとあなたが結婚すれば、エリックとクララ嬢との間で、公爵家は中立になるわね。」

「ええ、みたいですね。」

「ますますあなたを外国に嫁がせるわけにはいかなくなったわね。」

 ラファエルはシャーロットをまっすぐ見つめて、「じゃあね」と言って教室へ帰っていった。

「シャーロット、」

 ガブリエルが手を差し伸ばして言った。「解決してよかったですわね?」

 シャーロットはガブリエルと手を繋ぎながら、「そうね」と答えた。


 放課後、シャーロットは今日のクララとエリックとの会食を思い出して、にこにこしながら帰る準備をしていた。ガブリエルは今日はまだ授業があるらしく、先に帰ってねと言われていた。図書館で残っているとまたひどい目にあっても困るので早く帰りなさいね、とも念を押されていた。

「シャーロット、」

 教室を出ようとしたシャーロットを、ブルーノが呼び止めた。いつも一緒にいるエリックの姿は見当たらなかった。随分髪の伸びたブルーノは、改めて見ると、出会った頃のように肩に髪が流れる程伸びていた。髪を耳にかける仕草が、優しく微笑んだ顔が、とても美しかった。

「一緒に帰ろう?」

「帰るだけよ。寄り道はしないわよ?」

「ああ、」

 ブルーノはシャーロットの手を握ると、シャーロットのカバンを持ってくれた。並んで歩きだすと、ブルーノは囁いた。

「コート、変えたんだね。」

「ええ、お母さまに変えられちゃったの。」

 シャーロットは白っぽい灰色のコートを着ていた。首にはピンク色の上品なマフラーを巻いている。母の趣味ですっかり貴族の御令嬢だわ、と自分の格好を揶揄して心の中で笑う。

 黒いトレンチコートを羽織るブルーノは、シャーロットの手をしっかりと握った。この人は人目を気にしない人なのよねと、手を見ながら思う。

 学校を出て寮へ向かって歩いていると、ブルーノは、「ちょっと寄り道していこう、」と中庭の方へと歩き出した。寄り道しないって言ったはずなんだけどなあと思いながら、シャーロットは付いていった。

 噴水の池の傍を通り過ぎ、人気のない木立の小路の影で、立ち止まった。木立にまだ花の咲かない季節を吹き抜ける、冷たい空気が寒々しい。

「ブルーノ?」

 震えて見上げたシャーロットを、ブルーノは優しく包み込むように抱きしめた。

「シャーロット。今日の話は、何?」

「何って、エリックとクララと私の、仲直りの会?」

「違う。王子様との愛の詩の朗読や、ポレール。」

 囁き声が悩ましい。シャーロットは困ってしまって俯いた。ブルーノの抱きしめる力がより一層強くなった気がした。

「シャーロット、君のことが好きなんだ。もっといろんなことを教えて?」

 耳に囁く声が、息遣いが、切なく聞こえる。ブルーノの背中に思わず手を回しそうになって、手をぎゅっと握りしめて我慢した。

「何も…、話すようなことじゃないの。知らないといけないような話でもないわ…。」

 愛の詩集は聞いても恥ずかしくて最後まで聞けないなんて言えないし、ポレールのことは、バレンタインまではできれば言いたくない。

 ブルーノの体から香るアンバーウッディーのほのかな香りに、シャーロットは瞳を伏せた。この美しい人は結構なやきもち焼きだ…。強引だけど優しくて、でも、距離を置かないといけない人だ。

「今日は走りに行かないの?」

 話を逸らしたくて尋ねてみた。ブルーノはシャーロットの耳の後ろに唇をあてる。吐息が暖かい。

「あと少しだけ。」

「ブルーノは案外甘えるのが好きな人なの?」

「そういうの、嫌い?」

「ふふ、嫌いじゃないわ。」

 微笑んだシャーロットに、ブルーノは頬にキスをした。

「キスしてもいい?」

「もう、してるよね?」

「少しだけ、このままでいて?」

 シャーロットは瞳を閉じて微笑むと、ブルーノの胸を押して、体を離した。

「ダメ。帰らないと、ブルーノ。寄り道はしないって言ったわ。」

 シャーロットはブルーノに持ってもらっていたカバンを掴み取った。

「ありがと、ブルーノ。先に行くわ。」

「待って、一緒に行こう?」

 手を掴んで腕に絡ませると、ブルーノは歩き出した。

「今度ゆっくり話を聞かせて、シャーロット。」

 何も話すことなんてないわ、とシャーロットは思った。ブルーノと話をして距離を縮めてはいけない。

 ミカエルが言っていたようにブルーノと結婚する未来を、現実にしてはいけない、そう、思った。

ありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ