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<124>悪役令嬢は悪役令嬢を救うために奮闘するようです

 ミカエルのまっすぐな翡翠色の瞳に、シャーロットはドキドキしながら見つめ返した。

「前に、サニールートのテーマを話したこと、あるよね?」

「ええ、確か、ローズとの街探検だったかしら?」

「そう。みんな他のルートにもテーマはあるんだ。」

「ミカエルにも?」

「僕は王道ロマンチック。愛の詩集を朗読したり、そういう感じ。君は笑っちゃってダメだけどね。」

 ロマンチックが苦手で悪かったわね。

「他にもあるの?」

「ある。エリックルートの家族愛、と、今問題なのは、リュートルートの友達100人計画の方。」

「は、はい?」

 友達を100人も作るの?

「今シャーロットはすごい勢いで友達を作ってるよ? 騎士団とか、チーム・フラッグスとか、その婚約者達とか。」

「え、それって、ミカエルが考えた作戦だよね?」

 婚約破棄にならないように、友達の代わりに仲間を沢山作ることにしたんじゃなかったっけ?

「そう、いわゆる禁じ手を使ったんだ。こっちの世界で婚約破棄にならないように、ゲームのシナリオの婚約破棄までの道のりを少しでも長く伸ばすために、ゲームのシナリオを進めた。」

「え…?」

 言ってる意味がわかんないわ。

「シャーロットには悪いと思ってたから言わなかった。ゲームのシナリオを進めれば、こっちの世界も引き摺られて婚約破棄にいきなりならないんじゃないかなって、あの時思った。」

 ミカエルが済まなそうに言った。

「リュートのイベントを、シャーロットは自覚なしに必要なものを揃えて進めてたよね? ローズにお菓子を貰ったりして。」

「ええ。」

「あの時足りなかったのは、友達を作るっていうリュートルートのテーマの消化だったんだ。そのまま無視しようかと思ってたんだけど、そうできない事態になってた。」

 シャーロットは、サンドイッチやお菓子やリュートと見た演武を思い返しながら答えた。

「何もしないままでいたら…、謁見で私がリュートに指摘された時みたいに、お茶会で、一人でいない事を証明できずに何もしないままでいたら、きっとあのまま婚約破棄になってたわ。今こうやってミカエルと話すらできていないと思う…。」

「あの時の僕は今起こってる状態になることは考えていなくて、婚約破棄が確定してしまう未来を回避することを最優先にした行動をとったんだ。」

 静かなミカエルの声に、シャーロットは何も言えなかった。ミカエルは床に広げたノートに仲間=友達と書いた。

「仲間と友達って、同義語だと思う。実際、シャーロットはマリエッタと親しくなってるし、今日だって、みんな、お見舞いに贈り物をしてくれたよね? それって、他人から見たら友達ってことなんじゃないのかな。」

 ミカエルはノートに、「ローズ シャーロット 怪我」と書いた。隣のページには「ローズ 100人 友達 シャーロット」と書く。

「ゲームのシナリオは、同じ時間軸にこういう感じで必要な要素が並んでいるんだと思う。これに言葉を補っていって、『ローズはシャーロットに怪我をさせられる』とか、『ローズは100人の友達を作ってシャーロットに敵対する』とか、結果を作っていると思うんだ。」

 シャーロットはミカエルが書く文字を見つめていた。シナリオとはいえ、そんな風に思われているのは嫌だなと思う。敵対するなんて、想像したくもなかった。

「実際に今起こっているのは、『ローズと関係なくシャーロットは怪我をさせられた』とか、『ローズはいない。100人の友達を作らずシャーロットは仲間を作った』とかの状態になっているんだと思う。」

「この前言っていた、ゲームのシナリオの進行上必要だから、代わりに誰かが怪我をしているって言うのは?」

「ああ、例えば、『シャーロット リュート ローズ 怪我』なら、『シャーロットはリュートとローズを邪魔するために怪我させた』となるところが、『シャーロットは関係なくリュートはローズに怪我させられた』になってるんじゃないのかな、」

「もしかして、ミカエルが時々、私が悪役令嬢と進行役を同時進行しているって言ってたのも、役割が違っても必要な要素は消化出来ていて、補う言葉がゲームのシナリオと違ってるだけってことなのね。」

「そうなのかなと僕は思ったけどね。」

 自分に自覚がなくても、悪役令嬢として役割を果たしていなくても果たしていることになっているのだとしたら、ローズもいるだけでヒロインの役割を果たしているのだということなんだろうか。シャーロットは眉を顰めた。それじゃあ、ゲームはやっぱりシナリオ通りに進んでいるってことだよね?

「僕は必要だったから、そうやって禁じ手で結論を先送りにした。他に作戦が思いつかなくて、君には悪いとは思ったけど、僕のミカエルルートで挽回すればいいやと思ってたんだ。」

「それは、挽回できていないと思うわ。ローズがフランス語版のプチ・プリンスに拘ってるもの。」

「そうなんだ。サニールートは完全に君が攻略してるよね? エリックルートだと、君達はもともと仲が良い。薔薇のコサージュも誕生会もイベントの成立は潰したけど、ローズが直接関わらなくても、ゲーム進行上必要な要素は回収しているんだと思う。リュートルートはものすごい勢いで攻略中だし…。」

「あのね、質問なんだけど、いいかな。」

 シャーロットは手をあげて尋ねた。

「どうぞ。」

「それだと、私はサニールートもエリックルートもリュートルートもかなりの親密度の高さで攻略してることになるのよね?」

「そうだね。僕のミカエルルートはぎりぎりのプチ・プリンスだから、親密度は低そうだけどね。」

「この前、ミカエルは理解度が高いから親密度も高いって言ってなかった? 同じ異世界からの転生者として理解してるって。」

「僕以外の攻略対象者は、要素としては親密度が高いけれど実際のローズとは高くない。僕は要素としては親密度が低いけれど実際のローズとは高い、ってことかなあ。」

 シャーロットは首を傾げた。

「それって今、いい状態なの?」

「たぶん…、あんまりよくない。」

「どうしてそう思うの?」

「考えてもご覧よ? 仮にエリックと君が仲が悪かったら、もともとのゲームのシナリオ通りだ。この世界でのゲーム開始時点でローズはロータスだったよね? そんな状態でエリックと接点がまず持ててない。ローズの親密度は低いし、要素の回収もできていない。状況は一番最悪だよね?」

「そうね、ミカエルルートよりも低さが勝るのね。」

「そうなると、エリックルートは接点がないのだから存在しなくなるよね? ブルーノと君は出会ってもいなかっただろうし、回収するために他の3つのルートで話は進むと思う。」

 ミカエルはノートにエリック=ブルーノと書いた。

「実際は、今、君達は一番仲良くやってるし、家族愛は上々だと思うよ? エリックと結婚する事は出来ないけど、代わりにブルーノがいるだろう?」

 そうね、と頷くわけにはいかないなとシャーロットは思った。ミカエルは『シャーロット 断罪 婚約破棄 絞首刑』と書いた。文字が並んだだけでも嫌な並びね、とシャーロットは眉を顰める。

「エリックルートで、今の世界のローズと君が親密度が高いと要素は回収できるしどっちも条件が揃ってしまうから、エリックとブルーノが婚約破棄を願い出て君は追放される形で国外に出て結婚して、この街からいなくなるんだ。」

 ローズとシャーロットが仲良くすればするほど、ブルーノと結婚する可能性が高かったってことなのかしら。2学期の出来事を振り返れば、確かにそんな気もしてくる。今よりもずっと、ブルーノが好きだった。その気持ちは否定できなかった。

「ゲームの要素と同じ意味になるように言葉を置き換えてしまえば、『シャーロット 追放 婚約破棄 消える』になるよね? ゲームのシナリオに近い形で、君はこの街から消えてしまうんだよ。」

 ノートに書かれていく文字を見ながら、シャーロットは、さっきミカエルが明日のお昼はミカエルで一緒に行くといった意味が、やっと深く判った気がした。少しでも、エリックルートで必要な要素は揃えない方がいいということなのだろう。

「ゲームの進行上必要なのは要素で、誰が何をしたのかが入れ替わっても影響はなくて、結果が必要なのね?」

「そうなんじゃないかな。僕はそう思った。」

 ミカエルはノートに鉛筆で『ミカエル ローズ シャーロット』と書いた。

「ゲームだと、『ミカエルはローズを庇ってシャーロットを排除した』けど、今は『ミカエルはローズを警戒してシャーロットを守っている』よね?」

 ミカエルはローズを警戒してシャーロットを守っているって、文字で書いてもらっても、言葉で聞いても嬉しいわ、とシャーロットは思った。その部分だけを切り取っていつまでも眺めていたい。

「僕がローズの行動を理解するのをやめて、君にローズの行動を説明をするのもやめれば、僕の親密度はゲームでも今の世界でも低くなってしまう。そうすると、君は理解できないローズを排除し始めるだろう? 」

「そうなるとは限らないわ、」シャーロットはミカエルを見つめた。

「そうかな? 」

 シャーロットは唇を噛んだ。お黙りなさいと言いかけたことを思い出した。

「僕はローズとゲームを攻略する気はないから、ルートは無くなるんだ。他の3人のルートが進んでいくのって、君が僕以外の誰かと結婚するってことになっていくと思わないか?」

 ミカエルは鉛筆の先でトントンとノートを叩いた。

「僕はこのままの状態でもいいから、僕のルートは残したままで行きたい。」

 シャーロットはミカエルの瞳を見つめた。このままの状態を変えるには、今と違うことを選ばなくてはならないのだとしたら…。

「私は、ローズを理解できなくてもいいわ。ミカエルがいてくれれば、それでいい。」

「本当にそう思う? 怒鳴られて泣いたのは誰? 悔しい思いをしたのは誰? ローズと友達と同類と誤解される前に家族に国外へ出されようとしているのは、誰?」

 全部、私だわ…。シャーロットは俯いた。

「まだゲーム終了まで時間はある。少しずつでもやれることはやってみるよ。シャーロットが僕の傍を選んでいてくれる限り、可能性はまだあると思う。」

 ミカエルはそう言ってシャーロットの頬を撫でて、優しく微笑んだ。


 目覚まし時計を止め隣を見ると、またベッドにはミカエルがちゃっかり寝ていた。隣でミカエルが寝ている朝に慣れてきている自分に呆れながらも、シャーロットは緊張した面持ちで月曜の朝を迎えた。制服をきちんと着こなし、両足の包帯を隠すように黒いタイツを丁寧に履いて、耳の上に髪留めを付けて鏡で位置を確認する。

 ミカエルはミカエルの部屋へ寄ってミカエルの格好に着替えると、二人は改めてお昼の待ち合わせを確認した。

 教室に行くと、ガブリエルが機嫌良さそうに微笑んでいた。

「シャーロット、もう足の怪我は大丈夫なんですの?」

「ええ、もう大丈夫よ?」

 包帯を一応巻いてはいたけれど、瘡蓋も剥がれそうだし、もう明日には包帯を巻かなくていいだろうと思っていた。

「そろそろリュートのところへ行く生活も終わりそうですわね。」

 リュートが怪我をして、もうじきひと月経とうとしていた。

「ええ。あのね、ガブリエル、今日はお昼休み、一緒に学食に行けないの。ミカエルとエリックと約束があるの。」

 シャーロットは躊躇いながらガブリエルに言った。

「私が一緒だと、出来ない話をするのですね?」

「ええ、ごめんなさい。」

「大丈夫ですわ。ラファエルと近くの席にいますから。」

 そういえばそうだったー。この子は近くで盗み聞きしちゃう子だった…。

 シャーロットはドキドキしながらガブリエルを見て言った。

「あのね、お話が終わるまで、来ちゃダメだからね?」

「ふふ、そういうお話をするのですね?」

 ガブリエルはにやりと笑った。


 お昼休み、シャーロットはエリックとブルーノと3人で学食に行こうとした。ミカエルはクララと先に行って待っているはずだった。

「シャーロット、私も一緒に行ってはいけませんか?」

 サニーが微笑みながら問いかけてきた。

 エリックがちらりとシャーロットを見て、小さく首を振った。

「ごめんね、サニー。実は学食で先に行って待っててくれている人達がいるの、ちょっと同じテーブルは遠慮してほしいの。ごめんね?」

 シャーロットが微笑むと、サニーは「そうですか」と言って友人達のところへ行ってしまった。

「お姉さま、今、人達って言わなかったか?」

「気のせいじゃない?」

 シャーロットはミカエルが一緒だとはまだ伝えていなかった。煩い弟が面倒なことを言い出すのは判り切っていた。

「じゃ、行こうか?」

 シャーロットの手を取って自分の腕に絡ませると、ブルーノは微笑んだ。エリックも歩き出す。

 昨日ミカエルが話してくれたように、ブルーノと結婚してこの国を出てしまっていたのかもしれなかったのかと思うと、不思議な感じがしていた。意識し始めると、頭の中はブルーノとの思い出で一杯になる。

 見つめるシャーロットを優しく見つめ返して、白銀の髪を肩に流しているブルーノは「なあに?」と言った。髪、のびたね。そう言いかけてシャーロットは黙った。ブルーノの髪が短かった頃の、白い婚礼衣装を着た姿を思い出して髪の長さを比較していた自分に気が付いた。

「何でもないわ、」

 シャーロットは頬を染めて俯いた。まさか結婚式で隣を歩くお互いの姿を想像していたなんて、恥ずかしくて言えなかった。

 

 学食の入り口には、ミカエルと俯いたクララが先にいて待っていた。誰もがクララの髪形を見て、息を呑んで通り過ぎていく。毛先の長さが綺麗に揃えられた髪は、揃えた結果、余計に短くなっていた。名のある家の娘ではありえない髪型だった。今朝からずっとこういう視線に耐えているんだろうなと思うと、クララが可哀そうに思えた。

 こうしてみると、綺麗な王子様のミカエルは正統派なお嬢様な雰囲気のクララと背の高さも近くてお似合いなんだよね、とシャーロットは思った。そりゃみんな勘違いするよね。

「あのね、エリック、ミカエル王太子殿下もご一緒なさりたいのですって。」

 シャーロットがそう言うと、エリックはむすっとした表情のまま、「仕方ない、」と言った。ブルーノは黙って微笑んだまま、エリックの傍に立っている。シャーロットは唯一の部外者のブルーノに紹介した。

「こちらはクララ・サバール様。私とエリックの新しいお友達なの。これから、ご一緒する機会が増えると思うわ。今日はお昼ご飯を一緒させていただくの。クララ様、こちらはブルーノ・ペンタトニーク様。異国から来た王子様なの。」

 シャーロットが微笑むとブルーノは小さく会釈し、クララは戸惑いながら微笑んだ。

「では、エリック、今日はこの5人だからね?」

 エリックはブルーノと連れ立って先に席を確保しに行ってしまった。

「やれやれ。弟くんは難しいね。」

 ミカエルがシャーロットに囁いた。


 学食の中央付近の6人掛けの席に座ると、シャーロットはエリックとブルーノの背中の向こう側のすぐ裏手の席に、ラファエルとガブリエル達が座っているのを見つけた。またあんな近いところに…! よく目を凝らせば、その周辺にはあのラファエルの学友達も座っていた。シャーロットの後ろの方の席をちらりと振り返って見れば、昨日話した影響か、チーム・フラッグスやその婚約者達も座っていた。リュートの姿も見え、シャーロットと目が合った。

 もしかして、このあたり一帯、知り合いだらけなんじゃないのかしら。クララと仲直りするところをこの全員が知りたがっている。

 大丈夫。クララはいい子だもの。

 シャーロットは猫をしっかり被って微笑んだ。

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