表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/153

<119>家族会議、2月

 事前にエリックが連絡してあったからか、公爵家の馬車寄せに馬車が到着すると、家の中から執事や侍女達が走ってきて出迎えてくれた。

「お嬢様、お怪我をなさっていられるのですから、荷物など持ってはいけません。」

 えらく大袈裟なことになってるなーとシャーロットは思いながら微笑んだ。

「たいしたことないから平気よ?」

 シャーロットが一人で馬車から降りようとすると、エリックがシャーロットのスカートの裾を捲って、両膝小僧の包帯を見せた。

「んんまあっ!!」

 侍女達が青ざめた顔で悲鳴を上げ、大慌てで執事達がシャーロットの両肩を抱いて馬車から降ろしてくれた。

「お嬢様。もう大丈夫ですからね、安心してくださいませ。」

 背中を擦りながら宥める古参の侍女達に圧倒されながら、シャーロットは屋敷の中に入った。荷物は執事達が持ってくれ、エリックが静かに付き添って歩いていた。

「シャーロット、」

 母は入ってきたシャーロットを抱きしめ、頬を撫でて心配そうに尋ねた。

「痛くはない? 大丈夫なの?」

「はい、あの、大丈夫です。こけただけですから。」

 シャーロットが答えると、エリックがまたスカートの裾を捲ろうとした。さすがにシャーロットは手で押さえて見せないように妨害する。

「お姉さま、痛いんだろ。誤魔化してないでちゃんと見せてわかってもらえ。」

「エリック!」

 し~っと指で口を閉じる仕草をするシャーロットの手首を、母が掴んだ。

「シャーロット、手を離しなさい。あと、この手の傷は何かしら?」

 エリックにスカートの裾を捲られてしまい、両膝小僧の包帯もバレてしまう。

「大丈夫です、お母さま…。」

 小さな声で答えたシャーロットに、母は静かに、「二人とも、着替えていらっしゃい、シャーロットはきちんと手当もしてもらうのよ、いいわね?」と言った。

 

 着替えて侍女に手当てもしてもらい父の執務室に行くと、父も母もエリックも、祖父も揃ってシャーロットを待っていた。

「ここに座りなさい、シャーロット、」

 3人掛けのソファアに座った父と母の間にシャーロットは座らされた。祖父は斜め向かいのソファアに座り、その傍にエリックが立っていた。

「何があったのか、話してごらん。こけただけではないだろう。」

 父は静かに怒っていた。母は黙って目を瞑ってシャーロットの手を握っていた。

 シャーロットは項垂れて、小さな声で、水曜日の放課後にあった話をした。話し終わる事には母の手はきつくシャーロットの手を握りしめていた。

「誰がやったのかは、エリックが調べてくれている。」

 父が静かに言った。「理由も、だいたい見当はついている。」

「エリックの話は、不十分なの、」シャーロットは急いで答えた。

「ラファエル様に教えて頂いたの…、」

 お昼ご飯を食べながら聞いた話を、丁寧に話した。ラファエルが公爵家と揉めたくないと思っていること、ラファエルの代わりに手足となって情報を集めてくれて、シャーロットを守ってくれる者達を紹介してくれたことも伝えた。

「そう…、」

 母は少し安心したのか、ほっと息を漏らした。

「だが、怪我をさせられたことは事実だ。その者達には自分がした行為の責任を取らせないといけないよ、シャーロット。」

 父は怒りを抑えたように静かに言った。

「サバール侯爵家とは一応付き合いがある。シャーロットの誕生会に祝いに来てくれたくらいだからね。だからといって、有耶無耶にして許すわけにはいかないんだ、わかるかい?」

 エリックが言っていた、顔にした怪我だったら、という仮定の結果のことだろう。

 黙り込んだシャーロットに、父は溜め息をつきながら言った。

「サバール侯爵には王家からも話が行くだろう。関わった責任に見合ったそれなりの罰を受けてもらう事になるだろうが、気にしてはいけないよ、シャーロット。」

「王家と婚約しただけでこのざまなら、お姉さまはやはり婚約破棄して貰った方がいいのでは?」

「エリック、よして。」

「ちょうどいい機会だ、シャーロット、ローズの件もあるし、きちんと話したいと思っていたところだ。シュトルク様が今度いらっしゃるまでに、国王陛下に婚約破棄をしてもらおう。国王陛下には一応話は付けてある。」

「はい? どうしてですか?」

 シャーロットは父の顔を見つめた。

「どうして国王陛下が?」

「ローズとの一件で、シャーロットは被害を受けている。今回も怪我をしている。この国で王太子と婚約し続けても何もいいことはない。父様は他国にてシュトルク殿下に守っていただくのが一番だと、思うようになった。」

「私は、シュトルク様のやり方は強引であまり好きではないのだけれど、この国にいるよりはと、思えているの。ローズは相変わらずあなたの人生の邪魔をするしあなたに悪い影響を与えるわ。ミカエル様は今ひとつあなたを守ってはくれないし、頼りないわ。あの国のあの方と縁を繋ぐのは…、心にはまだ抵抗はあるけれど、あなたの安全を考えると、一番ましなのよ。」

 父は母と顔を見合わせて、頷いた。

「父様は国王陛下と娘を持つ親として話をしたのだよ、シャーロット。国としては調印式を控えている今、シャーロットが国を出るのは損をすることが多い。でも、同じ娘を持つ親として考えると、身の安全を優先した結婚も考えなくてはいけないのだよ。」

「それは、国王陛下が、ミカエル王太子殿下との結婚は安全は保障できないって思っておられるってことなのでしょうか?」

「ローズの一件が大きいのだと思うよ? あの者は国王を冒涜する発言を自覚なしに発する者だ。修道女達がどれほど教育して矯正できるのかにもよるが…。それに、ミカエル王太子殿下とシャーロットの婚約解消を願う者が多すぎる。結婚は祝われてするものだと思わないかい? シャーロット。今回のように暴力まで出てくると、婚約自体に問題があるようにも思えてならないのだよ。」

 祖父がコホンと咳ばらいを一つして、話し始めた。

「シャーロットは、自分がどういう妃になりたいかは決まっておっても、その先の、どういう母親になりたいのかは考えておらんのだろう?」

 そ、そりゃ、まだ結婚すらしてないからね。

「ローズのような者がうろうろしている環境で、子供が安全に育つのか? お前自身が安心して生活できないような環境で、子供を育てるのは無理があるだろう? そう思わんか? ましてや今回お前が受けたような暴力を、子供が受けるとしたら? そんな王族との結婚を、本当に望むのか?」

 シャーロットはミカエルと食べたチーズ鍋を思い出した。子供とは一緒に食事できないだろうと考えた寂しさも、思い出した。

「ミカエル王太子殿下の傍にいて、一緒に寄り添って生きていきたい。それだけではいけませんか?」

「好きな相手と一緒にいられるのが一番だということは判っている。でも、その相手が君を守ってはくれないのだとしたら、そんな結婚を私達は認めるにはいかないのだよ、シャーロット。」

「遅くとも調印式までに決めなさい。あとはお前の返事次第だ。ワシらはもっと早くとも構わんが、長い付き合いとあっては踏ん切りをつける時間が必要だとも、わかっておるつもりだからのう。」

 父も母も、シャーロットの手を握って、静かに微笑んだ。

 ふるふると首を振って、逃げるようにシャーロットは立ち上がった。

「私は婚約破棄などしません。暴力にも屈しないし、ローズの言動にも振り回されたりもしません。明日は用事が立て込んでいるのでもう失礼します。用意をしなくてはいけません。」

 祖父が面白そうに言った。

「ああ、宰相の家に呼ばれておるんだな、ワシはあの家に嫁ぐのが一番だと今でも思っておるよ? 宰相の家は地位こそ高いが侯爵家だ。うちよりも貴族の縛りが少ない。家族で食事するのは当たり前だし、一つの鍋を囲むこともあり得るだろうな。あの家は休みの日は家族で出かけたりもするようだからのう。」

 リュートと結婚すればミカエルとは正反対な生活が待っているのね、とシャーロットは少し心惹かれた。子供と手を繋いで出かけたりもするんだろうな~と思うと、素敵な家族だなとも思う。でも、リュートとキスしたいと思わないシャーロットは、神の前で誓いのキスもできない以上、結婚式すら挙られないと思った。

「ローズから受けた怪我の一件で流れてしまったアルウード侯爵家との食事会が、2月の調印式の後には待っているわ。私はその場でリュート様のひととなりを見て決めてしまってもいいと思っているわ。」

 母は静かに言った。

「あなたが国外に嫁ぎたいと思わないのなら、せめて私達の安心できる相手と結婚してほしいの。」

「シャーロット、私達はお前が幸せに結婚できる相手を望んでいるだけなんだよ?」

 父が優しく微笑むと、シャーロットは言葉に詰まってしまった。ミカエルは幸せに結婚できる相手ではないと、言われてしまった気がした。

「ちゃんと夕食の席には顔を出すのですよ、シャーロット。一人で部屋で食べるなんてわがままは許しませんからね、」

 母は、部屋を出ようとするシャーロットの心の中を見透かしたように言った。


 土曜の朝は侍女達に「おいたわしい」と嘆かれながら体を磨かれ、身綺麗にして手当てをされ、シャーロットはチョコレートが届けられるのを待つ間、母の着せ替え人形になっていた。いつの間に作ったのかよく判らないドレスを着せられて、あーでもないこーでもないと言う母の趣味の時間に付き合うのだ。

 仕立て屋の採寸師も朝早くからやってきていて、15日の調印式で着る為のドレスを作る下準備をしてもらった。仮縫いの寸法直しをしながら、シャーロットの足の膝小僧に巻かれた包帯と手の傷を見て、採寸師は泣かんばかりに嘆いて、「そんな者達が平伏すような素晴らしいドレスを拵えて見せます、お任せください」と燃えんばかりの闘志を漲らせて鼻息荒く帰っていった。

 チョコレート専門店の支配人が到着したと執事が呼びに来たので、シャーロットは母と応接間へ向かった。今日は午後からのお茶会の為に黄色の光沢のある素材の膝下丈のワンピースを着て、白いレースのエプロンを付け、下にレースの沢山重なったパニエを履いていた。膝の包帯が見えないようにした配慮だった。招待状の指示通りに赤色の靴に白いレースの靴下まで履いて、頭には白いレースのカチューシャをしていた。

 3人掛けのソファアに母と二人で座って待っていると、やがて、執事が会釈してドアを開いた。

「失礼いたします…、奥様、シャーロットお嬢様、おはようございます。」

 支配人と、沢山の箱の入った袋を抱えた焦げ茶色のスーツ姿の青年達が挨拶をして入ってきた。誰もが一様にシャーロットの格好を見て、目を輝かせた。

 支配人は微笑みながらシャーロットに嬉しそうに尋ねた。

「失礼ですが、今日のお嬢様は、今王都で流行りの本の格好をされていらっしゃるのでしょうか。」

「そうなの? 今日招待されているお茶会での指定された格好なの。本は知らないわ。」

「さようですか、それにしても、美しいですね。あの本の女の子はこんなに美しいのでしょうか、私は眼福でございます。」

 読書好きな支配人は目に涙を浮かべて喜んだ。

「ありがとう。今日は頼んだものを持って来てくださったのね、嬉しいわ。」

「はい、奥様のご注文の品もご用意が完了しましたのでお持ちしました。こちらがお嬢様の分、こちらが奥様の分です。」

 シャーロットの分は執事に渡され、2袋あった母の分は侍女達に渡された。

「あと、以前お許しいただいた品のお話をさせて頂きたく、お嬢様にお見本とご案内をお持ちいたしました。」

 恭しくシャーロットに一枚の紙と、光の加減で金色に煌めく黄色い小さな箱を手渡した。小さな箱には艷やかな青いリボンがあしらってある。

「これは…?」

 シャーロットが手元の紙を広げると、隣から母が覗き込んでくる。

 大きな紙には、美しい飾り文字で『バレンタインは、大切な人に感謝の気持ちを伝えよう』と書いてあり、ポレールという店名が添えてある。その下には青いドレス姿の女性が横を向いた姿が描いてあった。その女性の傍に添えられた謳い文句は、シャーロットには覚えのある言葉だった。

「美味しいものを食べて嬉しいと思う気持ちは、誰かに親切にしてもらった時に思う嬉しい気持ちと同じと思います。私は美味しいチョコレートを贈って、大切なあの人にありがとうと感謝の気持ちを伝えたいのですと、青い姫君は仰いました…?」

 母が読み上げると、シャーロットの顔は赤くなった。

 恥ずかしい…! 恥ずかしすぎる…! 親に自分の言った言葉を真顔で読まれるとか、めちゃくちゃ恥ずかしい!

 恥ずかしさに俯きそうになるシャーロットは、必死に猫を被って堪えて微笑んだ。

「お嬢様のお言葉を、あの時いた職人と私で、店に帰って伝えました。誰もが喜びに震えたのです。その気持ちをお客様にもお伝えしたくて、このようなものを作らせて頂きました。さっそく今日、午後から店の前に張り出して販売をさせて頂くつもりでございます。」

「そ、そう、それは素敵ね、」

 シャーロットはそう言うので精いっぱいだった。恥ずかしすぎて泣き出しそうだった。

「今日はありがとうございました。お嬢様のお姿を拝見出来ましたこと、この者達も良い褒美を頂いたようなものでございます。では、失礼いたします。」

 ぺこりと頭を下げた支配人を見て、母はシャーロットを肘でつついた。

「シャーロット、立って、きちんと姿を見せておあげなさい。」

 母に言われ、しぶしぶシャーロットはソファアから立ち上がり、淑女の礼をして微笑んだ。

「今日は沢山のチョコレートを作って下さってありがとう。大切な人に贈らせてもらうわ。」

 読書好きな支配人は歓喜で震え、職人達は創作意欲を掻き立てられて興奮していた。

 シャーロットは、ひと箱見本に貰った分は後でこっそり食べよう、そう心の中で呟いた。


 チョコレート専門店(ポレール)の支配人達が帰った後、シャーロットは自分の分のチョコレートの袋を執事に持ってもらい、部屋へと帰っていった。母があんなにチョコレートを買った理由が知りたかったけれど、恐ろしくて聞けなかった。

 袋をテーブルの上に置いてもらうと、執事が部屋を出るのを見送って、袋から広げて箱を数えた。ひと箱は父への分で、後は学校でバレンタインに配る予定だった。ミカエルの分もちゃんとある。

 バレンタインて何なのかよくわかんないわ。みんなの様子だと隠し事みたいなのに、大切な日みたいな感じなのよね。シュトルクはバレンタインまでに来ると言ってたわ。私の予定だと結局会わなくて済みそうね。15日にはバレンタインは終わっているもの。

 午後からはリュートの家に行く事が決まっていた。

 さっき、私の服装を見て、支配人は王都で流行りの本の格好だと言っていたわね。それってどんな内容の本なのかしら。

 わからないことが沢山あるわ。

 シャーロットは首を傾げて、窓の外の、降り出した雪を見つめた。

ありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ