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<118>犯人と首謀者は別の人なようです

 金曜日のお昼休み、シャーロットはミカエルなミカエルと一緒に、ガブリエルとラファエルに呼ばれて学食で一緒にご飯を食べることになった。窓ガラスを背に隅っこの方の4人掛けの席に座ると、ラファエルは話し始めた。隣にはミカエルが座り、ラファエルの前にはガブリエル、ミカエルの前にはシャーロットが座った。

「見つけてもらったわよ、黒子二つの女子学生。」

 シャーロット達の座る席の周りは、ラファエルが自分の友達や信頼のおける者達に座らせて部外者に話が聞こえないようにしていた。大半は3年生の統治や武芸の騎士コースの学生達で、男子も女子もいた。シャーロットはラファエルって実はすごい人なんじゃないのかしらと思った。

「3年生の商業のコースの学生達ね。親は誰も貿易業に関わっていて、ハープシャー公爵家とは何の縁もゆかりもないわ。」

「そのような者がどうしてなんですの?」

 ガブリエルがフォークを持つ手を止めて尋ねた。「関係がないなら、誰と結婚したって構わないのではありませんか。」

「関係はあるわ。サバール侯爵家とは縁があるもの。」

 ラファエルはくすりと笑った。ガブリエルは即座に名前を口にする。

「え、ユリス様がらみですか?」

「たぶんね。クリスマスの一件はあなたも覚えているでしょう?」

「ええ。お母さまが大変お怒りになってしまわれて、お父さまとしばらくお話になりませんでしたもの。」

 国王が寵妃ユリスの遠縁にあたるクララ・サバール侯爵令嬢とミカエルは新しく婚約しなおしたらと提案して、王妃と喧嘩になったという話のことだろう。

「私の頼りになる者達が、調べてくれたの。あの者達はサバール侯爵家の娘がミカエルに恋していると思い込んでいるようね。ハープシャー公爵家の方から話を持ちかけてした婚約だとも思っている様子なのよね。」

「だから辞退しろ、という言葉が出てくるですのね。」

 ガブリエルの言葉に、シャーロットも納得した。

「もうそんな段階の話ではないのに、愚かですわね。」

「王家との婚約は成立してしまえば、臣下の立場の貴族に辞退する権利は無くなってしまうのも知らないようね。シャーロットに出来るのは、ミカエルかお父さまが破棄を言い出すのを待つしかないのにね。まあ、そんなことは私がさせないけどね。」

 ラファエルが黒い笑みを浮かべて言った。

「商業コースの者なら、庶民の同じ立場同士での婚約しか知らないのでしょう、無知ですわ。」

 ガブリエルは忌々しそうに言う。少し空中を見つめて考えた後、続けた。

「まあ、普通は、王家の方から婚約の話を持ち出したなんて思いませんものね。」

 ミカエルとシャーロットを見ながら、ガブリエルは苦笑する。ラファエルも頷いた。

「そうよね。貴族の誰もがみんな、王族と縁を結びたがってる訳じゃないのにね。」

「シャーロットのハープシャー公爵家ぐらいですわよね、こちらから縁を繋ぎたくなるような財力と政治力を持つような貴族は。」

 これにはシャーロットは苦笑するしかなかった。買いかぶり過ぎだと思う。

「理由だって、私達だけが知っていればいい話ですものね。」

 王妃の実家の爵位に拘っている話なんて、庶民が理解できる話ではないとガブリエルは言いたいのだろう。王家と遠い親戚になる話もシャーロットも知らなかったくらいなので、普通の貴族も普通の平民も知らない者が多いのだろう。

「シャーロットはミカエルと結婚してくれると言ってくれているのに、どうしてそんな余計なことを言い出すのでしょう。」

 ハープシャー公爵家は家風からも王族には向かないと自負している貴族で、婚約の解消を希望しているような考えを持っているともあんまり知られていないのだろうな、とシャーロットは思った。まあ、知られていたら国家反逆罪になっちゃうんだろうけど。

「既に王族と婚約しているシャーロットに怪我をさせると、どういう罰を受けるのかも考えていない様子なのよね。」

 ラファエルは溜め息をつきながら言った。婚約している以上、シャーロットの扱いは準王族になる。王家への暴行となり、程度によっては国家反逆罪になってしまう。

「サバール侯爵家の娘は今回の一件を知らないと思うわ。関係する者達が勝手にやったことなんでしょう。自分の親がお世話になっている貴族の娘が婚約者候補に名前があがったり、娘自身が恋をしているとなったら、望みを叶えてあげたいとでも思ったのでしょうね。浅はかだし、思いあがりにも程があるわ。」

「ユリス様は、そんなことをサバール侯爵にお話になったのですの?」

「まあ、何かの話のついでにそんなことも話されたんでしょう。もし決定したら、今から王太子妃教育を受けさせなくてはいけないもの。淑女教育に王妃教育にと、沢山学ばなくてはいけなくなるでしょ?」

 ガブリエルはそっと微笑むと、シャーロットを見つめた。

「私達、ずっと一緒にそういうことを時間をかけて学んできましたものね。」

 頷いたシャーロットに、ラファエルも頷く。ずっと4人で学んできていた。ミカエルもいたし、シャーロットにはそれが当たり前の生活だった。

「そういう話が持ち込まれたら、普通の貴族は名誉なことと喜んであちこちに話をするんでしょうね。悩んだりお断りを、なんて思わないと思うわ。」

 あ、それ、うちのことだ、とシャーロットは思った。最後まで抵抗したみたいだもんなあ…。婚約違約金が相場の半額以下なのはそういうところを汲んで貰った結果だもんなあ…。心の中で冷や汗をダラダラ流しながら猫を被って微笑んだ。

 ずっと黙って食事しながら話を聞いているミカエルは、面白そうにシャーロットの顔を見ている。

「シャーロットが辞退しないと怪我をさせるって言ってたのなら、話してわかる相手じゃない気がするのよね。」

 ラファエルはシャーロットの手元を見つめながら何かを考えている。シャーロットの手にはまだ包帯が巻かれていた。今朝、ミカエルの部屋でミカエルに巻かれてしまったのだ。

「その者達は、ミカエル達の婚約はシャーロットからは辞退できない婚約だと知らないんだから、シャーロットにはどうにもならないのよね。だからといって怪我させたくないし。という訳で、」

 ガブリエルににっこり微笑んで、ラファエルは言った。

「お父さまからユリス様を叱っていただきましょう。お父さまにも責任を取っていただきましょう。それが一番だわ。今回の一件はきっちり私が報告をあげます。」

「はい?」

 シャーロットはあまりのことにびっくりして声をあげた。

「あの、叱るって、どういうことでしょうか。」

「お父さまの不用意な発言がそもそもの発端です。ユリス様にも未確定なことを話した不注意さを反省してもらいます。怪我をしたシャーロットがこれ以上怪我をする事態とならないように、今後シャーロットの周りには、ハジェット侯爵家か私が頼りにしている者達にそれとなく警護を頼みます。」

「それがいいですわ、さすがですわ。」

 ガブリエルが嬉しそうに微笑んだ。「私も一緒に週末お城に帰って、お父さまに一言申し上げますわ。ハープシャー公爵家の者にこのことが漏れたら、本当に婚約破棄を願い出てこられそうですものね。」

「それは困るわ。今度の調印式でも、ミカエルの婚約者としてシャーロットがいるから王家として調印できるのよ? あの国はシャーロットがいる公爵家と調印したいって最初は言ってきたのよ?」

「は? はい? どういうことでしょうか?」

 それは初耳だった。フォークを落としそうになりつつ、ラファエルを見つめた。

「なあに、シャーロット、知らなかったの? 遠い東方の国は最初、ハープシャー公爵家の港の開港を求めて公爵家とのみ調印する予定で打診してきたの。しかもシャーロットとミカエルの婚約破棄を将来的に見据えた話としてね。あの国の王子とシャーロットが婚約してしまえば、シャーロットはこの国からいなくなるでしょう? そうなった場合、この国ではなく公爵家の領地とのみ協定を結んでおけば、いつでも利用だけして必要なくなったら使い捨てることが出来るでしょう?」

 そんな事情を、エリックや父は知っているのだろうか…。シャーロットは首を傾げた。

「知らなかったです。初めて聞きました。」

「何度か王子が来国しているみたいだから会って話を聞いていると思っていたけれど、そうなのね。」

 ランチを食べ終えたラファエルはミカエルをニヤニヤしながら見た。シャーロットも急いで食べ終わる。ミカエルもガブリエルも、もう食べ終えていた。

「ミカエル、あなたの婚約者は大きな富を呼ぶ存在なんだから、もっと大事にしなさいね。」

 シャーロットは念のために尋ねてみた。

「あの、私が調印式の後、婚約破棄など万が一することになった場合は、調印の結果はどうなってしまうのですか。そういうことは決まっているのでしょうか。」

 シュトルクが虫除けの婚約と言った以上、調印式では婚約している状態でも、その後に婚約破棄をさせられる可能性だってある。シャーロットにそのつもりがなくても、ゲームのシナリオ通りにシャーロットが悪役令嬢として断罪されて婚約破棄されてしまう未来はいつでも付きまとっている。

「まあ、簡単に言うと、破棄になるでしょうね。また国交が途絶えてしまうわ。そうなると私達は国を挙げて損をすると思うわ。やっぱり、シャーロットを手放すなんて出来ないの。あなたが怪我をするのも困るし、一部の者達のおかしな企みは潰しておかないと、みんな困るのよ。」

 ラファエルがそう言うと、周りにいてランチを黙々と食べていた者達は聞いていたのか、揃ってうんうんと頷いている。

「あの遠く東方の国と国交回復の調印式があることは、国民のほとんどが知らないわ。その立役者があなたであることも知られていないの。この私の周りにいる者達は、必要だから私が話して知っているわ。みんなであなたを守るから、何かあったらあなたも助けてもらいなさいね。」

 パンパンとラファエルが手を叩くと、ざっと音がして、一斉に周りの席にいた者達が立ち上がった。ラファエルも立ち上がる。

「シャーロット、この者達はあなたやミカエルに将来仕える者達です、顔を覚えておきなさい。きっとみんな役に立ってくれるから。」

 ミカエルも立ち上がった。ガブリエルとシャーロットも立ち上がって、周りの席を振り返る。

 向き合ったシャーロットの手を両手で握って挨拶をして微笑み名を名乗ると、ランチプレートを持って席を去って行く学生達は32人いた。みんな去ってしまうと、周りのテーブルから人が消えた。4人掛けのテーブル8セット分から、学生が一度にいなくなった。

「名前はあとで私が改めて教えるわ。一覧を渡すから覚えてね。今日は顔を覚えたかしら、シャーロット。」

「ええ、一応は…。」

 32人て、結構な人数だよね? 名前までって大変だよね? シャーロットは情報の多さに目をぱちくりさせた。

「あの者達はあなたのことは知ってるわ、青い姫君って言えばあなたのことだってこともね。」

 ラファエルは優しくシャーロットに微笑んだ。

 お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴って、シャーロット達は急いで教室に戻った。その道すがら、ミカエルがそっと、「日曜に寮に帰ってきたら話があるんだ、」と囁いた。


 帰りの馬車の中で、白いコートの下にピンク色のアンサンブルのニットワンピースを着たシャーロットは窓の外の景色を見ながら昼間にラファエルに言われた話を考えていた。32人の学生も、思い出せる限り名前と顔を思い出す。ラファエルがくれた名前と所属コースの一覧と頭の中で照らし合わせていく。

「お姉さま、何を考えているんだ?」

 向かいの席に座るエリックが、目を細めてシャーロットを見つめている。黒いセーターを着たエリックはカーキ色のズボンを履いていて、足を組んで座っていた。隣に丸めた黒いコートが置いてある。

「別に?」

「その手の怪我のことか?」

 手には包帯を巻いてはいなかった。母が怒り出すのは判り切っている以上、目立つようなことはしたくなかった。制服から家に帰る服に着替えた際に、取ってしまっていた。かさぶたが出来ていても、触れると痛い。

「どうってことないし、何でもない。」

「俺が、何も知らないとでも?」

 エリックは静かに言った。シャーロットの膝下丈のスカートの裾を捲って、膝小僧の包帯を見て、忌々しそうに顔を顰めた。うまく隠せたと思ったのにな。

「お父さまには今朝、一足早くハウスキーパーに手紙で知らせてもらった。おじいさまも知っている。お姉さまが言いたくないのは判っている。」

「なら、どうして?」

「その程度の怪我で済んだから良かったものの、顔だったらどうするつもりだったんだ?」

 シャーロットは言葉を飲んだ。顔は痛い。傷が残っても困る。

「お姉さまは調印式に出るってどういうことなのか、わかっているのか?」

 面倒なことだってわかってるわよ?

 口を尖らせてそっぽを向いたシャーロットに、エリックは腹立たしそうに言った。

「調印式なんて出なくてもいい。お姉さまが出なければ、王家が恥をかく。その理由があの人だって判れば、今度こそ、こちらに非がなく婚約破棄を宣言して貰えるからな。」

 出なかったら出なかったで、断罪されて絞首刑が待ってそうな気がするけどな~。

「どうして、そんなことを言うの?」

「お姉さまは、巻き込まれたんだろう?」

「エリックは何を知ってるの?」

 ミカエルが関係あるとは思えない。エリックを睨みながら、シャーロットは尋ねた。

「その怪我の原因はあの人だろう? あの人と結婚したい者がいて邪魔なお姉さまを排除しようとしているんだろう?」

 え?

「誰がそんなことを言ったの?」

「集まってきた事実を照らし合わせるとそういうことだろう? 王太子と仲が良いクララ・サバールの願いを叶えようと彼女に近しい者達が、婚約辞退するようにお姉さまに暴力で訴えかけた。その結果お姉さまは怪我をした。違うのか?」

 あってるけど、あってない。

「それは、でも…、」

 ふるふると首を振って、シャーロットは黙り込んだ。

「でも、なんなんだ? 俺が知っているくらいだから、あの人のところにも同じような情報が集まっているだろう? もう聞いたんじゃないのか、今日のお昼休みだって一緒にいたんだろう?」

「ええ。話を聞いたわ。王女様達から。」

「なんて?」

 国王の話をしなくてはいけないのは気が引ける。シャーロットは黙り込んでしまった。

「言えないなら、やっぱり、あってるんだな。」

 無言は肯定になってしまうと判っていても、何も言えなかった。シャーロットは唇を噛んでエリックを見た。

「今日は家族会議だ、手紙にもあっただろう。お姉さま、覚悟を決めておけよ?」 

 答えられないシャーロットに、エリックは呆れたようを溜め息をついた。

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