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<11>ミカエル病弱説とガブリエル女王説があるようです

 ローズとサニーの前に運ばれたオムレツとミニサラダとパンのセットはいい匂いがしておいしそうで、シャーロットも今度来た時はそれが食べたいなと思った。

 嬉しそうな顔で黙々と食べる二人に、よく食べるなーと感心しながらシャーロットも運ばれてきたプリンアラモードを食べる。可愛い陶器の器に盛られたプリンと果物と生クリームの盛り合わせは、サービスだよといっておばちゃんが何故か国旗の付いた小さな棒を刺してくれ、シロップを全体にたっぷりかけてくれた。

 あ、甘い…、一口食べて無言になったシャーロットだった。国旗が刺さったプリンを崩さないように食べていくが、後でかけて貰ったシロップが甘かった。余計な甘さだと思ったけれど、おばちゃんのおまけをしたい気持ちは受け取るべきだろうと思い黙って食べる。

「姫様、もしかして甘い?」

 ローズがまたかという顔をして尋ねてくる。ローズはいつの間にか食べ終えていた。

 甘くて甘いしか言えなくなってしまっているので、うんと言えないシャーロットは無言で頷く。

「少し、貰うね、姫様、」

 フォークを紙ナプキンで拭って、他のものに触れないようにバナナをひと切れクリームを救い取るようにして、刺して取ってくれる。

「あまーい、シロップいらないね、」

 ローズが甘さに震えている。

「私も貰いますね、」

 サニーも桃をひと切れ貰ってくれた。

「あまっ」

 三人は、シロップがいらないなと同じ意見で落ち着いた。ただより高い物はないのだとシャーロットは思った。ただなので文句が言えないのである。


 食堂でお代はいらないと言われたけれど会計を済ませ、中央広場に戻った三人は、からくり屋敷を探した。

 土曜市のイベント会場の露店の一番奥の大きなテントに、からくり屋敷、と、チケットと同じ図案の看板が掛けてあった。

「さあ、一緒に入るんですよ?」

 にこにことサニーが言っても、ローズは「そういう気分ではありません」と断り、入ろうとしなかった。

「外で待ってますから、お二人でどうぞ、」

 えー、二人は嫌だー、とシャーロットは思うけれど、サニーはしっかりシャーロットの手を繋いでいて、放してくれそうになかった。何度手を離しても、いつの間にか手を繋がれてしまうのだ。

「怖くないですよね?」

 チケットの半券を回収する係のお兄さんに聞いてみる。「怖くないですよ?」

「だって。ねー、一緒に行こう?」

 ローズを振り返ると、すでにローズはいなかった。少し離れたベンチに座って、手を振っている。どう見ても爽やかな美少年なローズに、シャーロットもときめきながら手を振り返して、仕方なく中に入る。

「私が付いていますから、大丈夫ですよ?」

 微笑むサニーに、それが一番心配なんだって、と、シャーロットは思った。あとで絶対ミカエルがぶーたれそうな気がしていた。


 テントの中は薄暗く、キラキラした星のような飾りが沢山天井からぶら下がっていた。沢山の鏡が細い通路の天井や壁に貼り付けられていて、足元には青く光る石のようなものがところどころ置かれていた。

星のような飾りと鏡の反射と青い光で、不思議な明るさが置くまで続いていた。

 腰のあたりの高さに走っている沢山の銀色のトロッコの模型やゼンマイが、奥に向かって進んでいる。

「これは…、すごいですね、」

 サニーが呟く。入場者の間隔はあけているようで、前に入った組の後ろ姿は見えなかった。

 シャーロットは鉱石採りの洞窟ってこんな感じなのかしらと、ドキドキしながら歩いていた。

「シャーロット、」

 歩きながらサニーが話し掛ける。サニーはシャ-ロットと指を絡めて固く手を繋いでいる。

「ロータスは本当に女性なんですか?」

「ええ、本当よ、ローズっていうの。」

 シャーロットにはみんなが何故、ローズ・フリッツという本当の名前に気が付かないのかの方が不思議だった。入学してからもうふた月は経っているのである。何かの拍子にローズという名前を聞いていてもおかしくないだろうに、と思っていた。

「いつから知ってたんです?」

「同じ学校に入学していることに気が付いた頃くらいから?」

「教えてくれなかったんですか?」

 サニーは不満そうだった。

「ええ、本人が言いたくないことを、私がいう訳にはいかないでしょう。」

 ロータスには何か事情があってローズと名乗らないのだろうし、前世とかスカートとかの話を外しても、何か理由があって女子の制服を着ないのだろう。シャーロットは身近なミカエルが同じような事を言っているので、ローズの事情を深く追及したりはしなかった。

「シャーロット、本当にあなたは…、」

 溜息をついて、サニーは歩みを止める。奥まった少し開けた空間には、鉱石を採掘する沢山の小人達のからくりが動いている世界が広がっていた。あちこちに鉱石が光っている。壁中の鏡があちこちで光を拾っていて、キラキラと星や光が輝いていた。

「綺麗ね…。」

 うっとりと光を見つめるシャーロットは、ここに来れてよかったと思った。ミカエルやローズも誘ってこれたらよかったのに。

「シャーロット、」

 なあに、と、サニーの声に隣を見上げると、サニーが、シャーロットの顔を両手でしっかり包み込んで、自分と向き合わせた。

「?」

 ゆっくりとサニーの顔が近付いてきて、シャーロットはキスされてしまった。ぎこちなく微笑むと、サニーはシャーロットを抱きしめた。

「あなたが好きです、シャーロット。」

 シャーロットはキスされたことにも驚いたけれど、抱きしめられたことにも驚いていた。この前のミカエルとは違う、サニーという少年の身体つきの違いにも驚いていた。

「放してください、」

 サニーの腕の中で、シャーロットは顔を背けた。

「あなたが婚約者のいる身だとは判っています。それでも…、」

「それでもはありません、サニー。」

 シャーロットは必死になって逃げる術を考えていた。抱きしめてくるこの力の強さは、シャーロットにはない力強さだった。頭一つ分背が高いサニーに、力尽くで進められてしまうことだけは避けたかった。

「キスは今日の思い出にしてください。私達だけの秘密です。それ以上は何も進展しません。…私も、ミカエル王太子殿下に誠実でありたいのです。」

 サニーがはっと気が付いた気配がする。名残惜しそうにシャーロットをきつく抱きしめ、サニーはようやく体を離してくれた。

 助かった…と思ったけれど、シャーロットは出口を出るまではまだ油断できないぞと心を引き締める。

 奥へ進むとすぐに出口で、テントの入り口の反対側に出た。明るい外の光に、眩しくて目を細める。

 よかったー、外だー! シャーロットは嬉しくて微笑んでしまう。

「姫様、」

 ローズが手を振りながら駆け寄ってくる。

「どうでした? 怖かった?」

「いいえ、大丈夫でした。」

 サニーを見て、微笑む。「いい思い出、ですよね?」

 意味を理解したのかサニーも答える。「ええ、私達だけの秘密です。」

「そんなに良かったんですか、入れば良かったかな、」

 ローズの言葉に、シャーロットは思う。本当はめちゃくちゃ怖かった…!


 3人で肩を並べて学校へ帰る頃には辺りはもう夕暮れ時で、「しまった、仕事が待ってた!」とローズは言い、またね、姫様、と、慌てて去っていった。

 サニーは寮の近くのテイカカズラの木の傍で、なかなか手を放してくれなかった。テイカカズラの木の角を曲がれば二人は男子寮へと女子寮へとの二手に分かれてしまうのである。

「もう少しだけ、」

 何度その言葉を聞いただろう。シャーロットは半目になってじっと見つめる。

「サニー、このままの関係でいられないなら、友達も辞めなくてはいけません。私は反逆罪で絞首刑などにはなりたくはありません。」

 シャーロットの頭の中には、ゲームのラストの悲しい結末が思い描かれていた。断罪されて婚約破棄され絞首刑って、今の状況でもありうるのかもしれないと思っていた。サニーとの仲を勘繰られて、断罪されて王家への反逆罪で絞首刑などなりたくはないのだ。

「そうですね、気を付けます。」

 本当か~? と思うけど追及はしないでおく。今日はもう疲れていた。シャーロットは「じゃあね、」といってサニーに背を向ける。

「また会ってください、シャーロット。」

 そんな声が聞こえた気がしたけれど、聞こえなかったふりをした。会ってもどうしたらいいのか、シャーロットには判らなかった。

 二人の別れゆく姿を寮の廊下の窓から見ていた生徒の間で、『公爵令嬢は隣国の王子と禁断の愛を育んでいて、二人は切ない愛の中にいる』というとんでもない噂が流れていようとは思ってもいないのだった。


 日曜の夜に寮に帰ってきたミカエルは、早速ミチルの格好になってシャーロットの部屋に戻ってきていた。

 久しぶりに見るミカエルに、シャーロットは可愛すぎて泣きそうになっていた。つやつやしたお肌に綺麗な煌めく髪。ミカエルはやっぱり天使だ。上目遣いに、「元気にしてた?」と尋ねられただけでキュンキュンが止まらない。

「元気にしてた、」ついさっきまでは。

 ピンクの部屋着がまたよく似合うミカエルを見て、シャーロットはキュンキュンしすぎて心臓が止まりそうだった。ここまで来ると、可愛いのは罪である。

「ミカエルは元気だった?」

「大変だった。」

「私も、大変だった。」

 二人は向き合っておでこを合わせて笑った。

「大変だったけど、頑張ったよ、シャーロット、」

「そうなの?」

 シャーロットは祖父に聞いたミカエル病弱説とガブリエル女王説を思い出す。噂に負けないように頑張って公務をこなしてきたんだね、と思う。

「だから、ここ、チューして、」

 唇をちょんちょんと指差す。

「いやー。」

 シャーロットはくすくす笑う。こういう関係の方がやっぱり私には合ってると思う。逃げられないような場所で不意打ちにキスされるとか、無理だ。

「じゃあ、僕がシャーロットにするねー」

 キスしようとしてくるミカエルに、シャーロットは笑いながら、「ほっぺならいいわよ」、と頬を指差す。

 チュッと頬にキスされて、シャーロットはくすぐったく思う。サニーにキスされたことをいつ打ち明けよう。笑って許してくれないかな、と不安にもなる。

 頬を撫でながらシャーロットが考えていると、シャーロットの机の上に置いてあった目覚まし時計と、からくり屋敷の半券をミカエルは見つけていた。

「ありゃ、シャーロット、お出かけしてたんだ?」

「うん…、土曜に、ミカエルと行きたかったんだけど、ミカエルいなかったじゃない? だから…、」

「ローズと、もしかしてサニー?」

「そうなの…、3人で、街に行って、時計屋さんで、双子に会って。ハーディとガーディっていうの、」

「おお! ハーディ・ガーディのスペシャルイベント! サニールートでないといけない隠しイベントね。あれのスチル画、素敵なんだよ。」

 やっぱりイベントだったんだ…、シャーロットはため息をついてしまう。

「もしかして、からくり屋敷、シャーロットはサニーと行ったの、」

 ミカエルが半券を手にしたまま近づいてくる。

「サニールートでは、からくり屋敷で、…好感度が高かったらキスするんだよね。」

 シャーロットはミカエルと視線を合わせられなかった。頬を手で隠したまま、目線を逸らす。

「ローズは入らなかったんだね?」

 頷くしかなかった。入ったのはサニーとシャーロットだけだった。

「シャーロット、キスしちゃった?」

「…キス、されたの。」

 ミカエルを見つめる。怒っているのか、ミカエルはシャーロットを見つめたまま、立ち尽くしている。

「サニーの事が好きなの?」

「ミカエルの方が好き。」

「好きなの?」

 ミカエルは、はっきりさせたいらしかった。

「友達の一人…だわ。」

「シャーロット、僕はシャーロットが好き。」

 おでこをくっつけて、肩をしっかり持って、ミカエルは堪え切れないように、囁いた。

「シャーロット、ゲームのミカエルルートだと、この先、ローズは王族専用の部屋に入り浸るようになるんだ。」

 ゲームの展開だと、ローズとはそういう親しい仲になるのだろう。

「そこでキスもするし、勉強会と言って泊まったりもする。シャーロットにはゲームのお話にしか思えないことでも、現実に進んでいってるんだ。シャーロット、君は今、きちんとサニールートを攻略していってるんだ。」

 ゲームの展開と言われても…、シャーロットは困ってしまう。ローズが主人公のゲームではないの?

「ねえ、シャーロット、キスしてもいい?」

 ミカエルが切なそうに見つめる。

「君はシャーロットだよね?」

 いかんいかん、シャーロットは流されそうになる。切なそうだからといってキスを許していい道理などないのだ。

「だ、駄目よ、ミカエル…、」

「サニーとはしたのに?」

「あれは…、」

 不可抗力だから、無理やりだから、確かに流されちゃったけど、逃げられなかったやつだから。シャーロットは心の中で精一杯言い訳を考える。

 ミカエルの顔が近くなる。

「シャーロット…、」

 し、仕方ないっ、シャーロットは覚悟を決めて、ミカエルの頭を両腕で抱きしめて、自分からキスをした。キスをして何かが変わるとは思えなかったけれど、身の潔白を証明することが出来るのなら仕方ないと割り切る。

 口に中に舌を入れようとしてきたミカエルにびっくりして、シャーロットは身を離した。

「ちょっと、ミカエル、何するの?」

「え?」

 にやりと笑って、ミカエルはシャーロットを上目遣いに見た。

「もちろん、シャーロットとキスだけど?」

 か、可愛いーっ、ナニこの可愛い小悪魔っとシャーロットは顔を真っ赤にしつつも、心の中で絶叫していた。

 まんまとミカエルに乗せられたとは気が付いていないシャーロットなのであった。

ありがとうございました

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