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<105>悪役令嬢はどっち?

 ローズがいつか見ていたプチ・プリンスの本は、どこかの国の言葉で書かれていてシャーロットには読むことが出来なかった。

 ブルーノと一緒に図書館で見つけたプチ・プリンスの本は、自分の国の言葉で書かれていて、ブルーノは翻訳しながら読んでくれた。

 ミカエルに在りかを教えて一緒に見つけ出したプチ・プリンスの本は、やっぱりどこかの国の言葉で書かれていて、しかも、お城の蔵書印が押してあった。

 そう考えると、今日ローズが持っていたのは、ブルーノと見つけたこの国の言葉で書かれた分だろうと、シャーロットは思った。

 ミカエルを待っている間に部屋着のベージュのニットワンピースに着替えて勉強をしていたシャーロットは、気を抜くとついプチ・プリンスの本とローズのことを考えてしまって、ちっとも勉強が捗らなかった。

 いっそのこと、今日はもう遊んじゃおっかな~と思ったりもする。でも、リュートにノートを貸した分のノートをミカエル用に作ったり、週末家に帰らなくてはいけなかったりする日程を考えると、今やるしかないんだよね~と項垂れてしまった。

 真面目に勉強に取り組み始めたシャーロットは、帰ってきたミカエルの様子をつい観察してしまう。表情も服装も、いつものミチルなミカエルだった。

「シャーロット? どうかした?」

 ミカエルは、手には何も持っていなかった。そっか、本を持って帰って来たなら、ミカエルとして王族用の部屋に置いてきてるよね? シャーロットは残念に思う。その本は何って聞きやすかったのにな~。

「ううん、特にないよ? 遅かったね。用事でもあったの?」

 知ってて聞くのはなかなか勇気がいるわね…。猫を被って微笑んだまま、心の中で苦笑いをする。

「何もないよ? 遅くなったのはミカエルの部屋に寄ったからじゃないかな?」

 それだけじゃない気がするけどなーとシャーロットは思った。

 ミカエルが私に隠し事をしている。それだけは判った。


 金曜日に家に帰ることを告げると、ピンク色のセーターに黒色っぽいタータンチェックの毛織のキュロットの部屋着に着替えたミカエルは口を尖らせた。

「土日は一緒にまったりしたかったな~。ミカエルの格好で、婚約者がいますよってアピールしたかったな~、」

 上目遣いに言われると、シャーロットはキュンキュンしてしまう。可愛い、ミカエルが可愛すぎる。

 くっついてきたミカエルが、猫を被って微笑むシャーロットにとどめとばかりに囁いた。

「シャーロットは僕のものなんだよね~って、たまにはアピールしたいよね。」

 たまにじゃなくても沢山やって、とシャーロットは思っても黙っておいた。そんなこと、口に出して言ったりしたら、恥ずかしすぎて心臓が止まってしまうかもしれない。

 冷静さを装って勉強してても手が震えてるよね? とミカエルはシャーロットを観察してニヤニヤして黙り、シャーロットの頬にチュッとキスをする。

「な、ナニ? ミカエル。」

 照れているのを隠して澄まし顔を作るシャーロットが可愛すぎる、とミカエルに思われているとは、シャーロットはちっとも気がつかないでいた。


 学校から帰ったらすぐに家に帰れるように、トランクに荷物を詰めて着替えを用意すると、シャーロットはミカエルなミカエルを王族用の部屋に迎えに行った。寮を出ると、晴れた空に白い鳥が飛んでいるのが見えた。

 ミカエルと並んで登校していたシャーロットに、リュートのカバンを持ったローズがいそいそと近寄ってきた。振り返ると、リュートは後方で、トミーやマリエッタと話しながら歩いていた。緑色のコートのトミーと紺色のコートのマリエッタは、お揃いの白いマフラーを首に巻いている。恋人同士って感じで羨ましいわね、とシャーロットはミカエルをそっと見つめる。ミカエルはシャーロットが編んだマフラーを王族用の部屋の中だけで使っていた。

「王太子殿下、姫様、おはようございます。」

「ああ、おはよう、」

「…おはよう、ローズ。」

 ローズの明るい声に、シャーロットは戸惑いながら挨拶をした。この前ローズに怒鳴られたことを思い出して、身が縮こまる思いがしていた。ローズにはもう忘れてしまえる程小さなことだったのかしら、とシャーロットはローズの顔を見れないまま思った。

「姫様、王太子殿下からお話は聞かれましたか?」

「お話って何?」

 猫を被ったシャーロットが微笑みながら問いかけると、ミカエルは黙って何も言わなかった。ミカエルが何も言わないなら聞かなくてもいい話なんだろうと、シャーロットは経験から思った。

「たいした話ではないんです。姫様。ただちょっと、気になっただけです。」

 シャーロットは含みを持たせるローズの言い方が、どういう訳か気になった。心がざわついて、聞きたくもないのに尋ねてしまう。

「ローズ、言うんならはっきり言って?」

 ローズはまだ迷っている表情だった。

 話したくないならそれで構わないわ。シャーロットはローズに背を向けようとした。慌てて、引き止めるように、ローズは声を荒げた。

「姫様は、この本をご存知ですよね?」

 手提げ袋から出したプチ・プリンスの本を、ローズはシャーロットに見せた。

「この本は二冊あるんです。図書館の司書の方に聞いたら、お城の図書館に王太子殿下がお持ちになったと聞きました。」

「ええ、知ってるわ。私が見つけたから。」

 シャーロットはサニーに教えて貰って見つけて、ブルーノと読んだ方の本だと思った。この前、放課後にミカエルとローズが揉めていた本だろう。この国の言葉で、プチ・プリンスと書いてあった。

「私は、こっちじゃなくて、あっちの本が読みたいんです。」

 は?

 シャーロットは思わずローズの顔を見返した。

「王太子殿下がお城からこっそりお持ちになって、図書館に隠しておられたんでしょう? それならそのまま、あの本をこっちの図書館に置いておいてほしいんです。」

 ん? シャーロットは言葉の意味が分からなくて、隣を歩くミカエルの顔を見た。ミカエルは無表情で、綺麗な顔には感情が見えてこない。

「姫様からも言ってください。姫様の言うことなら聞いてくださるんでしょう? 王太子殿下に、お城の図書館からこの本と同じフランス語版のプチ・プリンスを、どうにかして持って来てくださいって、言ってください。」

 フランス語版? ナニソレ。

 シャーロットは困ってしまう。ローズが何をしたいのかよく判らなかった。ローズはこの前、泣きながら姫様なんていらないと言っていたわ。私にクッションを投げつけたわ。なのに、ミカエルに本を持って来てってお願いしてって、私に言うの…?

「こっちの本は、この国の言葉で書いてあるんでしょう、ローズ。それじゃダメなの?」

「私はこの本が読めても、懐かしいと思えないんです。あの本は、フランスと呼ばれていた国の文字で書かれています。この世界でああいう文字を見つけるのは難しいことなんです、姫様。」

 要は前世で知ってる国の言葉の本で書いてある方の本を読みたい、ということなのだろう。だからといって、王太子であるミカエルに指図するのはおかしいとシャーロットは思った。平民に近い男爵家のローズと王族で王太子でもあるミカエルとは、身分にかなりの差があった。しかもシャーロットが頼めばミカエルは持ち出すと思っているのも、おかしな話だ。いくら関係が親密になろうと結婚しようと、可愛いミチルでも綺麗なミカエルでもミカエルは王子様で、猫を被っていてもいなくてもシャーロットは臣下だ。自分より身分が上のミカエルに指図など出来ない。ローズが言っていることは、貴族社会においてはありえないことだった。学生とはいえ、学校にいても親の身分が影響しているとローズは考えたことがなかったのだろうか。

「黙ってないで、なんとか言ってくださいよ、姫様。」

 ローズは何もわかってないんだわ。本当は私にこんな風に話すこともありえないことなのだと、考えたこともないんだわ…。

 どこから説明していけばいいんだろう。まさかローズが自分の立場を考えず、ここまでものを知らないとは思ってもいなかった。友達だからと甘い対応をしてきたからなのかしらと思うと、悲しくなってきていた。

 お黙りなさい、と、その一言で身分に拘る悪役令嬢になるのだろう。でも、言わなければ、ミカエルを守れない…。

「お、」

「朝から何の話をしているんだ…。」

 シャーロットの声に被せるようにはっきりと、立ち止まってミカエルが、忌々しそうに話始めた。

「この前伝えたように、出来ない事は出来ない。ハープシャー公爵家の令嬢を利用しようとするな、フリッツ男爵家の娘。」

 シャーロットには、ミカエルはわざと爵位でシャーロットを呼んだと思った。登校途中に立ち止まったミカエル達を、生徒達が不審そうに追い抜かしていく。

 ミカエルは黙ってローズを睨んだまま、その場に立ち止まっていた。

 後ろの方からリュート達が追い付いてきた。シャーロットはすぐ後ろにその気配を感じて、沈黙したままのミカエルの様子を伺った。

「いいかい、フリッツ男爵家の娘。君が姫様と呼んでいるこの女性は私の婚約者で、ハープシャー公爵家の娘なんだ。君が利用していい立場にいる人じゃない。ましてや城の図書館から本を盗み出せと、王子である私に公爵令嬢を介して頼むのは、自分の手を汚さずに彼女に犯罪を犯せと唆しているんだと、自分の行動を理解しているのか?」

 ミカエルはゆっくりと、はっきりと、ローズに言った。

 傍に立つリュート達が息を呑んでいるのが伝わってくる。シャーロットはミカエルと、顔を顰めて黙ってしまったローズを見守った。

「フリッツ、ミカエル王太子殿下に何を申し上げたんだ。」

 ミカエルの言葉で状況を察したのか、リュートが険しい表情で言った。前方から、エリックとブルーノまでもがわざわざ学校の方から走って来るのが見えた。

 ローズは戸惑ったように、シャーロットを見つめた。ああ、ローズはまた、自分がおかしなことを言っていると思ってないんだわ…、とシャーロットは思った。ローズから視線を逸し、シャーロットは自分の腕を握った。

「今、私、王子様が、そこの者が姫様を唆そうとしていると仰ったのを、はっきりと聞きましたわ。」

 沈黙を破るようにマリエッタが言った。

「あなたは、姫様を過労に追い込んで、リュート様に怪我を負わせたのに、まだ懲りずに姫様を利用しようとするんですか?」

 マリエッタの声は怒りを堪えているのか、震えていた。ローズはマリエッタとトミーを知らないのだろう。この人達は誰? とばかりに、視線をうろうろとさせている。

 ミカエルの視線に気がつくと、マリエッタはぴょこんと頭を下げた。

「私は、姫様を守ります。王子様の前で失礼だとは思いますが、発言をお許しください。」

「いいよ、許可する。君はシャーロットが大切にしているチーム・フラッグスの関係者だろう。」

 マリエッタと一緒にいたトミーの顔がパッと明るくなる。

「ミカエル王太子殿下、朝から不快な思いをさせたことを、この者に代わりまして私がお詫び申し上げます。どうか、お気を悪くなさらずに。ハープシャー公爵令嬢も、お忘れになっていただきたい。」

 リュートが場を治めるように頭を下げた。走ってきたエリックが、息を切らしながらシャーロットを見つめた。

「シャーロットお姉さま、どうしたんだ?」

 唇を噛んだまま、シャーロットは答えられなかった。シャーロットを介して王子であるミカエルにお城の図書館から本を盗み出せと頼んだローズを、エリックは許さないだろうと思った。実際にシャーロットがそんなことを言ったりしたら、手癖の悪い娘のいる家だと断罪されて公爵家が社会的に潰される可能性があるとは、ローズは思ってもいないのだろう。

「なんでもないよ、エリック。今、私がフリッツの代わりにお詫び申し上げたから。」

 リュートはシャーロットに向き合うと、申し訳なさそうに言った。

「不快なことを耳に入れてしまい、申し訳ない。フリッツ、きちんと謝りなさい。理由は今、ミカエル王太子殿下がはっきりと判るように仰って下さっただろう。」

 ローズは黙ったまま、俯いてしまった。

「お姉さま、何があったんだ? 何を言われたんだ?」

 エリックは黙るローズを睨んでから、不安そうにシャーロットを見た。

「失礼します。発言をお許しください。姫様を、この者が利用しようとしました。王太子殿下はその態度をお怒りになり、注意なさいました。それでも理解する様子が見られなかったので、私の婚約者のマリエッタが、姫様を守ろうと勇気を出してこの者を諫めました。」

 トミーが礼をしながらエリックに報告した。エリックは頷き、トミーに「よい婚約者を持って君は幸せだな。姉に代わって感謝する、」と礼を言うと、マリエッタはほんのりと頬を染めた。

「フリッツ?」

 リュートが黙るローズに尋ねると、ローズは持っていた荷物をリュートに押し付けると、黙って走り出した。

 ブルーノが横を通りけようとしたローズを、咄嗟に手を伸ばして腕を掴んだ。

「痛い! 放して!」

 駆け寄ってきた学校に常駐している警備の騎士達に、ブルーノはローズを引き渡した。「騒ぎを起こした原因を聞きたい、」と騎士の一人は言った。

 ローズを連れて歩き出した騎士に、事情を説明するからと、リュートとトミーとマリエッタは付き添って歩き出した。ブルーノはシャーロットを見て美しく微笑んだ。

「もう大丈夫だから。さっきこっちに来る時、呼んで貰ったんだ。間に合ってよかったよ。」

「ブルーノ、ありがとう。説明は…、私も一緒に行きましょうか?」

 シャーロットが尋ねると、マリエッタが微笑んだ。

「大丈夫です、姫様。王子様が仰った言葉でだいたい事情はわかりましたから。あの言葉を伝えるだけで通じると思います。」

「姫様は俺達が守ります。これぐらい任せて下さい。」

「マリエッタ、トミー、ありがとう。」

 シャーロットが微笑むと、リュートと一緒に先に行ってしまった。

 エリックはシャーロットが無事なのを確認すると、ミカエルにお辞儀して、ブルーノと先に行ってしまう。騎士達を追いかけて何かを言うつもりらしかった。

 シャーロットはミカエルと黙って立ち止まっていた。エリックやブルーノの後ろ姿が小さくなると、ミカエルは歩き出した。

「ミカエル。こうなると知ってて、ああいう風に、言ったでしょう。」

 助けてくれて嬉しかったけど、やりすぎな気がする。シャーロットは小声でミカエルに尋ねた。

「あ、気がついた?」

 ミカエルはしれっとした表情で言った。

「ローズも自分に不利になるから、余計なことを言わないだろう。あれでいいんだよ?」

 何事もなかったかのような表情のミカエルに、シャーロットはこの確信犯めっと思った。

「この前、ローズに放課後捕まって、本を返せと言われた。」

 ミカエルは歩きながら言った。おそらくシャーロットが見てしまった光景だろう。

「僕は持ち込んだ証拠もないし、関係ないからと断ったけど、しつこく言われたんだ。あの本は私の心の支えなんです、辛い時はあれを見てやり過ごすんです、と。」

 シャーロットがローズがあの本を見ているのを見つけたのは、過労と貧血で倒れて休んだ後の頃だった。ローズは辛かったんだ…。シャーロットは今さらながらローズの気持ちに思いを馳せた。

「あれはゲームに出てくるアイテムだから、本当のフランス語が使われている本なんだ。こっちの世界でも似た言語の国はあるけど、ローズはまだ気がついてないみたいだね。あの本をローズは前世を思い出す貴重な物と縋っちゃったんだね。」

 ミカエルがそう言って、シャーロットの手を握った。

「君はいい人達に大事にされているんだね、シャーロット。なかなかああいう場で助けてくれる人はいないと思う。」

 私もそう思うわ、と、シャーロットも頷いた。

 でも、誰よりもミカエルが一番助けてくれた気がするわ。ミカエルは私を悪役令嬢にしないで助けてくれた。そう思うと嬉しくて、シャーロットはミカエルの手をギュッと握った。

「ところで、シャーロット、」

「なあに?」

 シャーロットはミカエルに微笑んだ。

「さっき、お、って何か言いかけたよね? お、って何?」

 そこは覚えてなくてもいいのに…。シャーロットは聞かなかったことにして、視線をミカエルから逸らした。


 リュートはトミーとマリエッタに付き添われて教室に帰ってきた。シャーロットはトミーとマリエッタに改めてお礼を伝えた。「お役に立てて何よりです、」と言うと、二人は嬉しそうに自分の教室に帰っていた。

 ローズは結局、教室にこなかった。

 お昼休みに会ったミカエルも、その話題に触れなかった。

 いくつか一緒の授業を受けたリュートは、どうなったのかを何も教えてくれず、ただシャーロットの頭を撫でた。エリックもブルーノも何も言わない。サニーは優しく、シャーロットの手を握った。

 ローズはどうなったんだろう。

 放課後ガブリエルと帰りながら、青く澄んだ空を見上げた。モヤモヤした気持ちが晴れるわけでもなく、シャーロットは、こんな気持ちで週末を迎えるなんて後味悪いなーと思った。

 ピンク色のニットワンピースのスーツに着替えて寮の部屋を出て馬車に乗ると、先に乗っていた灰色のスーツを着たエリックが、向かいの席でにやりと笑った。

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