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<104>ミカエルルートにヒロインがいきなり突入するようです

 放課後、ぶーたれたミチルなミカエルと別れて自分の寮の部屋に帰ったシャーロットは、自分の机の上に手紙が置いてあるのを見つけた。封蝋は公爵家のもので、中の手紙は父からだった。

 週末に用事があるので、金曜に帰ってきてほしいとの内容だった。

 ヴァレントのレストランにでも家族で行くのかしら…? シャーロットは首を傾げた。何か特別なことでもあったかしら。

 シャーロットはピンク色のセーターと膝丈の焦げ茶色のスカートに着替え黒いタイツを履くと、王族用の部屋へと向かった。明日はミカエルで過ごす予定のミカエルは、先に部屋へと戻っていたのだ。


 ミカエルは白色のセーターを着て灰色のズボンを履いて、ソファアに深く座って本を読んでいた。シャーロットが部屋に入ると、微笑んで、ソファアの自分の隣をポンポンと叩いた。ミカエルの翡翠色の瞳は静かに怒っている。

「いろいろ話が聞きたいな、シャーロット。」

 ソファアに座ったシャーロットに、ミカエルが微笑む。

「私も色々教えてほしいわ、ミカエル。」

 シャーロットも上目遣いにミカエルを見て、微笑み返した。

「え、シャーロット、どうしたの? 珍しいじゃない? シャーロットがおねだりするなんて。」

「あのね、この前、ミカエルが言ってた、バレンタインが何なのか知りたいの。」

 ミカエルはシャーロットの手を握って、にっこりと笑った。

「バレンタインは、前世の日本では、女の子が感謝の気持ちを込めて、チョコレートを配る日なんだよ。本命には一番大きなチョコをあげるの。」

「他には?」

 愛を確認しあうの? サニーが言っていた言葉を思い出す。

「チョコを渡しながら女の子が告白する日だよ。」

「告白…。」

「好きです、とか、ありがとう、とか、そういう気持ちを告白するの。」

「ちなみにそれっていつなの?」

「2月14日。」

「ミカエルの誕生日だよね? 毎年私、チョコレートあげてるけど、もしかして、それって、誕生日プレゼントじゃなかったりしたの?」

「えー?」

 ミカエルはシャーロットから視線を逸らして誤魔化した。

「チョコレート渡しながら、はいって言ってただけな気がするけど?」

「そうだっけ?」

「そうよ、去年もそうしたもの。」

「今年もチョコレートがいいなあ。ま、シャーロットがくれるなら、別のものでもいいけどね。」

「じゃあ、そうしようかな。今年は金曜日だよね? まだ時間あるし、考える。」

「はい。」

 ミカエルは小指を出して、シャーロットの小指と絡めた。「指きりね」と言うと、いつものお嫁さんになっちゃう指きりをする。

「で、僕の質問にも答えてね。リュート達と何の話をしたの?」

「えっと。あのね…?」

 シャーロットはミカエルに尋ねられるままに、リュート達と話した内容を話した。ご褒美のバレンタインの件は聞かれなかったので、話さなかった。まだ日にちがあるし、2月に入ってから伝えてもいいかなと思っていた。自分の誕生日に自分の婚約者が別の人達と約束があると、こんなに早くから知りたくはないだろうと思った。そう思うと、私って不誠実な婚約者だわとシャーロットは思った。会う時間を短くするか日にちをずらすか何かしないと、まずい気がする。

「ふうん。なんだか警戒しちゃってるんだね。」

 話を聞き終わると、ミカエルは面白くなさそうに言った。

「ゲームのローズとこうも性格が違うと、そりゃシナリオ通りに話が進んでいかない訳だよ。」

 シャーロットは肩を竦めた。

「ローズは、どうしてそんなことを言ったのか、私にはわからなくなってしまって。ローズが前世の日本人のやり方を覚えていて、ミカエルが教えてくれた平民同士の円満解決のやり方を望んでいたのかなと思うと、ここはそういう世界じゃないのよって思ったりもするの。」

「そうだよね。貴族対貴族のやり方っていうのもあるけど。どう考えたって規則を破ったローズが謝るのが筋なんだけど、規則を破ったとも思ってないんだろうなあ。」

 前世の日本というところには馬車が走っていなかったのかな、とシャーロットは思った。馬を何頭飼っているかって、貴族には結構重要なことなんだけどな。

「私には今回の決着は、宰相の家がかなり譲歩しているように思えているの。リュートの身に起こったことがエリックに起こったとしたら、うちの公爵家はローズの家を潰すわ。公爵の威信をかけてね。男爵家自体も、累々に及ぶまで、きっと。例えそれを私達がしなくても、公爵家に纏わる者達がすると思うの。そう考えると、リュートは優しいと思ったわ。」

「そういうことも、ローズは考えていなさそうだね。僕が怪我していたら、ローズは即死刑になってそうだ。」

 はははは、とミカエルは乾いた笑いをした。「昨日、ラファエルやガブリエルにその話をしなくてよかったね。宰相の代わりに報復してそうだよ。」

「あの二人は宰相のことが苦手なんじゃないの?」

 意外だなとシャーロットは思った。リュートのことを宰相の息子と呼んだりするし、嫌いなのかと思っていた。

「二人とも、昔から懐いているよ? うちのお父さまと違って誠実と真面目さの塊みたいな人だからね。宰相のうちは代々宰相だし、親戚のおじさんみたいな感じなんじゃないかな。」

 シャーロットはミカエルと見つめて、首を傾げた。

「こんな調子で、ゲームはちゃんと進むのかしら。もうイベントは終わってるんじゃないの?」

「そうだといいんだけど…。前半の山場はどれも終わってるはずなんだよね。何か残ってたかなあ。」

 ミカエルも腕組みをして考えている。シャーロットはミカエルの膝に手を置いて尋ねた。

「ねえ、前から気になってたんだけど、サニールートのイベントって、ハーディ・ガーディの隠しイベントだけなの? どうしてイベントじゃなくて隠しイベントって言うの?」

「あ。」

 ミカエルは自分の机の引き出しの中から、少し古ぼけたノートを持ってきた。パラパラとめくって、何かを確かめている。

「あった…。」

 隅の方に、小さく鉛筆か何かでぐりぐりと塗りつぶされている個所があり、ミカエルは目を凝らしてその部分を読んだ。

「愛を確認しあうバレンタイン…。」

 サニーが言ってた通りじゃん。シャーロットは心の中で呟いた。

「僕の誕生日だから、関係ないやと思って消したんだよ、確か。シャーロットがサニールートを攻略しなければ発生しないんだから、無くても影響しないだろうと思ってたんだ。」

「そういう感じでいいの?」

「その当時はそう思ってたの。」

「もしかして、あげたらいけないものとかあるの?」

 今までは親密度に合わせて何通りか出てきていた。

「そりゃあるよ。赤い石の指輪。街にデートに出かけて、お互いに嵌め合いっこして買うんだよ。サニーの国だと、婚約指輪だから。」

「そんな大変なものあげないから。安心して。」

 シャーロットは微笑んだ。だいたい指輪のサイズ、知らないもの。

「他には青い石の指輪。これは死者の指に嵌めるんだ。来世で会いましょうって意味なんだって。」

「え。そんなものがゲームに出てくるの?」

「現世で一緒になれないから、来世で会いましょうって意味なんじゃないのかな。ある意味ロマンチックじゃん。」

 よく判んない世界観ね、と、シャーロットは思った。

「そんな高価なもの、よくゲームの中でローズは買えたわね!」

「赤色の石なんて、安い石から高い石までいろいろあるんじゃないのかな。お小遣いで買えるような石だったんじゃないのかな。」

「そっか。それもそうね。」

 街にあるような鉱石屋さんで買っても、王都にあるような宝飾店で買っても、指輪は指輪に違いない。

「今からでもローズはシナリオ通りに戻ってくれるかな。」

 シャーロットが何気なく呟いた言葉を、ミカエルは全力で否定した。

「そんなこと、奇跡でも起きない限り無理だよ。僕でも困るよ。こんな状況で奇跡が起こっても、ああいうローズと愛なんて囁けないもの。」

「えー? ミカエルはだいたいゲームだと、ローズと愛の詩集、読めちゃうんでしょ?」

「あれはゲームだから。エリックだって、リュートだって、サニーだって、今なら無理だって言うと思うけどな。」

「そんなに嫌なの?」

「シャーロットはエリックの恋人にローズがなっても、今の状態で安心できる?」

「無理、かな。ちょっと怖い。」

 価値観が違い過ぎて、エリックが不幸になる気がしてきて、きっと邪魔してしまうだろう。

「今の状態でローズがシナリオ通りに動き始めても、シャーロットは不安になってしまって、妨害し始めるんじゃないの? それこそ、悪役令嬢になっちゃうよね。」

「そっか…。」

「シャーロットが悪役令嬢にならないためには、仕方ない状態なのかもよ?」

 それも納得いかないんだけどなあ…。シャーロットは心の中で呟いた。


 水曜日はミカエルがミカエルとして過ごすので、ミカエルがミカエルのまま王族用の部屋で眠ってくれた。おかげでシャーロットは、久しぶりに自分だけのベッドで眠ることが出来た。今日はいいことがありそうだわと思いながら、上機嫌でシャーロットはガブリエルと授業を受けていた。

 今日もいくつかある重なる授業をリュートの傍にいて受けるシャーロットに、それでも距離を置くガブリエルに手を振って、隣に座るサニーを見上げた。

 シャーロットを見つめて微笑むサニーは、授業中もシャーロットの左手を触っている時があった。指を一本一本撫でるようにしたり摘まんだり、サニーは何かを確かめているようだった。

 今も手を触られながら、シャーロットは少しサニーに体を向けて、囁いた。

「サニーは、何か欲しいものがあったりしますか?」

「何をくれますか?」

「バレンタインは食べられるものでいいのかなって思ったの。」

 シャーロットの瞳を見つめて、サニーは微笑んだ。

「一緒に食べてくれますか?」

「またコーヒー屋さんに行くの?」

 シャーロットはクマのチョコレートを思い浮かべた。

「そうですね、それもいいですね。また出かけましょう。シャーロット。」

 囁き声で話す二人が気になるのか、前の席に座るブルーノとエリックが振り返った。

「シャーロット、話すならもっと大きな声で話して。気になるから。」

「お姉さま、サニーと何を話していたんだ?」

 首を傾げて、シャーロットは微笑んだ。リュートも怪訝そうにシャーロットを見ていた。

「ねえ、バレンタインに何か欲しいものはあったりする?」

「バレンタインは貰う側でしょ? シャーロットって。」

 ブルーノが呆れたように言った。エリックも頷いている。

 お互いに贈り合う国のサニーは微笑んだまま何も言わない。シャーロットも、そっか、私の国では男性しかあげないんだと思った。サニーが言うように誰も本当のことを教えてくれないなら、手探りでバレンタインが何なのか調べていくしかない。

 私も日本人の真似をして、お世話になっている人にチョコを贈ろうかなとシャーロットは思った。週末に家に帰った時に、父に頼んでチョコを王都の専門店からお取り寄せして貰おうと計画を立てる。高級な贈答用のチョコレートは王都の専門店のものがやっぱり美味しい。いっそのこと、お父さまにも贈ろう。お世話になっている人にチョコをあげて感謝するんだってミカエルが言ってたしな~、とシャーロットは思った。


 授業が終わって帰ろうとすると、ガブリエルがラファエルと約束があると言って先に行ってしまったので、シャーロットは一人、寮まで歩いた。ミカエルはお昼休みにあった段階で、先に部屋で待っててと言われていた。

 せっかく一人なんだしと、気ままに中庭を散策しながら帰っていると、学食の近くの薔薇の生け垣の辺りに、見慣れた姿が見えた。

 灰色のピーコートを着たミカエルが黒いコートの女子学生と話をしていた。女子学生は背を向けていて、誰なのかよく判らなかった。

 誰なんだろう。

 シャーロットは静かに音を消して歩いて、判別できるぎりぎりまで近寄った。カバンを地面に置くと、屈んで様子を伺った。

 本を手に、何か言いあっている気配がした。

 聞こえないな…。身を隠すように屈んでぎりぎりまで生け垣に近付くと、ローズの声だと判った。

 ?

 どうしてローズとミカエルが…?

 シャーロットは生け垣に隠れて、二人の姿を目を凝らして見つめた。ローズが手にしていたのは「プチ・プリンス」だった。

 ??

 お城の図書館に持って帰ったんじゃないの? 頭の中が?マークで一杯になる。

 ミカエルを一方的にローズが詰っているように聞こえた。ミカエルは真顔でローズを睨みつけている。

 聞こえないし、でも聞きたいし、でも見つかりたくない…。

 音を立てないように後ろに後退りして、シャーロットは距離を取ると、ゆっくり歩き出した。結構な距離を置いて立ち止まり、白いコートについた埃や葉っぱを叩いて落とした。

「今のは何だったんだろう…?」

 首を傾げ小声で呟いたシャーロットに、ぽんと誰かが肩を叩いた。

「きゃあ。」

 思わず手をあげて小さく悲鳴を上げたシャーロットを、エリックはくすくす笑っている。ブルーノも傍で笑っていた。

「お姉さま、何やってんだ、面白すぎだろう。」

「び、びっくりするじゃないの、エリック…、」

 シャーロットはへなへなとしゃがみ込んだ。びっくりしすぎて力が抜けたのだ。

「あっちに誰かいるのか?」

 います。ミカエルです。ローズと一緒です。

 その名前を言い出す元気もないシャーロットは心の中で答えて、エリックには口を尖らせたまま何も伝えない。

「誰?」

 さっと音を立てずに歩いて見に行ってしまうエリックが、音もなく無言のまま、すぐ帰ってきた。

「あれはどういうことなんだ、お姉さま?」

 ふるふると首を振って、シャーロットは何も答えられなかった。

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