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<10>男装した美少女が親友だと恋のライバルだと勘違いされるようです

「こっちはガーディだよ、お姫様、」

 ハーディが左側に立つ自分にそっくりな青年を紹介する。

「こんちは。珍しく高貴なお方がお客さんで来るって聞いたんで、今日は西の店から出張してきたんだよねえ。」

「西の店?」

 サニーが尋ねる。西側にも時計店があるのだろうか、シャーロットはさっき見たばかりの街の地図を思い出す。

 ハーディはシャーロットの目覚まし時計を丁寧に布で拭いて、話しながらシャーロットに動いているのかどうかを見せてくれる。

「西側の市場の近くに、この時計店の親方が経営してるゼンマイ仕掛け玩具の店があってね。」

 シャーロットはこの前のネズミのおもちゃを思い出した。ミカエルとエリックがほくそ笑んでいる顔を思い出し、少しイラっとしてしまう。

「いつもガーディはそっちで玩具の開発と修理をしてるんだ。」

「そういえば、先週、姫さんのカバンと同じ犬の絵が付いた服を着た子達が来てたねえ、」

 ガーディはシャーロットのマリライクスのトートバッグを指差す。ミカエル達のことだろうとシャーロットは思った。

「街でこの犬の絵をついたものが流行ってるらしいけど、ほんとなんだねえ、」

「何でもハンサムにモテるって話だっけ?」

 シャーロットと、サニーとローズを見比べて、ハーディとガーディはにやにや笑った。

「噂の通りなんだねえ。」

 顔を赤くしたシャーロットに、これ、あげるね、とガーディがチケットを3枚くれた。おどろおどろしい不気味な模様の紙の上に、からくり屋敷と飾り文字で書かれていた。

「からくり屋敷の入場券。今日中央市場の広場でイベントをやっててねえ、からくり屋敷ってびっくり箱みたいな露店を、東西のうちの店が2店共同でやってるんだ。よかったら来てねえ。」

「正解したのはそっちの人だけど、お姫様に恩を売りたいからお姫様にあげるね、」

 そんな恩いらないしー、とシャーロットは思ったが、ありがとうと言って受け取っておく。あとでローズに渡せばいい。

「これ、修理完了ね、包むから待ってね。」

 お会計を済ませて包みを受け取ると、シャーロット達は双子に見送られて店を出た。

 双子は同じ方の手を振っていた。やっぱ同じ動作をしちゃうもんなのね…とシャーロットは感心した。


 貰ったチケットをローズに手渡すと、ローズは「三人で一緒に行くんですから、誰が貰っても一緒ですよ、」と受け取ろうとしなかった。そういうもんなのかな~とシャーロットが呟くと、「そういうもんです、」と力強く返されてしまう。

 イベントという言葉には抵抗があるけれど、貰った以上行った方がいいのかなとシャーロットは首を傾げた。からくり屋敷って何なんだろうという好奇心もある。

「チケット、見せて貰ってもいいですか?」

 サニーが手を差し伸ばしてきたので、「あげます」といって3枚手渡した。

「からくり屋敷…、いったい何なんでしょうね。」

「お化け屋敷じゃないんですか?」

 即座にローズは小さく言った。

「私はそういうの、あまり好きじゃないので、ほんと、いらない…。」

「からくり屋敷とお化け屋敷は違うでしょう、」

 サニーが面白そうに言うと、ローズは口を尖らせた。

「お二人でどうぞ。私は外で待ってますから、」

 えー、そんなー、とシャーロットは困惑する。

「一緒に行こうよ…、」

「そうですよ、せっかく3枚貰ったんですし、」

「では、お昼ご飯を食べて、気が向いたら、一緒に行きます。」

 結論を先延ばしにしたローズに、あ、こりゃなんだかんだ理由付けていかないつもりだなとシャーロットは気が付いた。ロータスだった頃もこうやって話をはぐらかされたことがあった。

「期待してるわ、」と、シャーロットは期待していないが言っておく。無理強いしてお互いに嫌な思いをするのは嫌だった。

 時計店から中央の市場まではジグザグと道を進んでいけば簡単に出られて、東側の落ち着いた雰囲気とはまるで違って、陽気な音楽があちこちから聞こえ、人々の喧騒と元気な掛け声があちこちで飛び交っていた。

 思ったよりも人が多くて、シャーロットは面食らった。

「まるでお祭りみたいですね、」

 サニーがぽつりと言った。「この街はほんと、繁盛している街なんですね。」

 ローズがええ、と頷いた。

 道化師の格好をした男達が放り投げた紙吹雪が舞って、顔に張り付く。シャーロットは立ち止まって取り除いた。見上げた空に花弁が舞うように紙吹雪が舞っている。

「住むのは西側、買うのは中央、学ぶのは東側、って言うんですよ。」

「詳しいですね。」

 ええ、住んでましたから、とローズは小さい声で言った。シャーロットは聞き取れたけれど、サニーは聞き取れなかったようで、「え?」と聞き返した。

「何でもありません、この街の定説です。」

 さみしそうに笑ったローズに、やっぱり今日なんか変だとシャーロットは思った。


 市場では季節の果物や魚や肉の量り売りに加えて、露店が沢山出ていた。イベントとガーディが言っていた通り、中央広場6月土曜市とのぼりが立っていた。

「そうか、今日第一土曜日なんだ、」

 サニーが納得したように言う。だから第一ドヨウのイチ番目のドヨウイチなのね、とシャーロットも納得する。

 あまりの人混みに、はぐれない様に腕を組むことになった。もちろん真ん中はシャーロットである。サニーは嬉しそうにシャーロットに肩を寄せてくる。ローズは薄ら笑いを浮かべていたけれど、同じようにくっついてきていた。

 暑いのに熱いところに来ちゃったわねーとシャーロットは思った。市場の中で見つけ、サニーが食べたがった串に刺さった焼き肉や果物を買って中央広場まで戻り、三人は噴水の縁に座って並んで食べた。

 串に刺さったものを食べるのも初めてだけれど、屋根のないところで食べるのも初めてなシャーロットは、初めてのことばかりに緊張していた。

「あとできちんとしたものが食べれるお店に行きましょうか、」

 食べながらローズが提案する。

「姫様、やっぱり慣れなくて緊張してるでしょ?」

「ええ…。そうね、屋根のないところで食べるのって、落ち着かないの。」

「串に刺さったものもでしょ?」

 くすくすとローズは笑う。

「ええ、そうなの。口に刺さりそうで怖くて。」

「私も初めてですが、楽しいですね、こういうの、」

 サニーは満足そうだった。男の子は逞しいんだわ、とシャーロットは思った。ミカエルもエリックもリュートも男の子だから、買い食いは楽しかったのかもしれない。

「フリッツは大丈夫ですか?」

 サニーが尋ねた。よく見れば手にした焼肉も果物ももうすでに食べ終えていた。量の事を聞いているのだろうとシャーロットは思った。

「ええ、大丈夫です。」

 あとはおっかなびっくりで食べているシャーロットだけである。

「この先に食堂があるんです。庶民の台所って感じで値段も安くてうまい店があります。そこに行きましょう。」

 何か吹っ切れたようなローズの様子にシャーロットは、やっぱり今日のローズはなんか変だと思うのだった。


 ローズが案内してくれた店は、通りから一本入った裏手にあり、落ち着いた佇まいの店だった。文字の書かれていない白い看板が店の前にあるだけで、開いているのか閉まっているのかよく判らない店だなーとシャーロットは思った。

「おばちゃーん、久しぶりー、」

 ローズが慣れた様子で店の中に入ると、人懐っこそうなふくよかな女性が客の注文を取っていた。奥の厨房にはこざっぱりした男性が二人で調理していた。

「まあ、ロータス! 元気にしてたかい!」

 ああ、ここはローズがロータスとして馴染んでいたお店なんだ、とシャーロットは思った。

 ロータス? とサニーが不思議そうな顔をしている。フリッツの事よ、とシャーロットは、サニーのシャツを引っ張って顔を近付けさせて囁いた。

「まあ、座って座って。」

 空いている席に誘導されて、シャーロット達は席に着いた。長いベンチ椅子で、ローズを向かいに、サニーとシャーロットが並んで座る。

「今日はお友達も一緒なんだねえ、」

 ローズがおばちゃんと呼んだ女性が、嬉しそうな顔で注文を取りにやって来た。シャーロットとサニーを見つめる。

「ロータスの事、仲良くしてくれてありがとね、」

「こちらは姫様。前に話したことあったでしょ?」

 シャーロットを嬉しそうな顔をしたローズが紹介してくれる。

「あっちはサニー、学校の友達。」

「姫様、」

 ローズの言葉に、奥の厨房から歳をとった方の男性が出てきて、コック帽を脱いだ。おばちゃんと並んでお辞儀する。

「いつもロータスがよくして頂いてまして、ありがとうございます。この子の亡くなった母親の兄です。良くしてもらって…、お袋ともども感謝してます、」

 シャーロットは頭の中でローズの家系図を考えた。ローズは兄である男爵とは片親しか血がつながらないということは、ローズの母親は庶民の出で、母親の兄が目の前のこの人で、ばあちゃんが祖母という事はこの人の親なのか…。

「こちらこそ、いつもロータスには助けて貰ってます。」

 シャーロットは飛び切りの笑顔で感謝を伝える。

「今日も、お会いできて何よりですわ。」

「でね、この前、姫様と、こちらのサニーに誕生日祝いも貰ったんだ。」

 ローズはポケットから財布と小銭入れを出して二人に見せた。

「ロータス、お前…こんな上等なものを…、ありがたいこったねえ、大事にするんだよ、」

 手にとってしげしげと見る二人に、ローズは嬉しそうに頷く。

「こっちはお揃いなんだ、」

 ローズは上着の袖をまくって、アメジストのさざれ石のブレスレットを見せる。

「姫様に貰ったの。」

「お揃いなんですよ、」と、シャーロットも自分の手首のブレスレットを見せた。サニーも無言で手首のブレスレットを見せる。

「まあ…、」

 嬉しそうにおばちゃんは微笑んだ。「よかったねえ、ロータス…!」

 ローズは何度も頷いていた。

「今日は姫様に、おばちゃんとおっちゃんのこと紹介したくて、一緒に来て貰ったんだ。」

「そうかそうか…、じゃあ、なんかおいしいもん食べてって貰おうな、」

「あんた、いつもよりもいいもん作るんだよ、」

「わかってらい、」

 ローズはすかさず注文を伝える。

「サニーはまだまだ食べれるでしょ? 姫様はもうデザートにして貰う? 果物が多いのにしようか、」

 こくこくとシャーロットは頷く。この前の喫茶店でこりていた。サニーも頷いている。さりげなくシャーロットのベンチ椅子に置いた手の上に自分の手を重ねていた。さりげなくローズも手をずらして逃げてみる。ちらりとサニーを見ると残念そうな顔をしている。

「おばちゃん、オムレツセット二つとプリンアラモードね。」

 あいよ、と注文をメモしておばちゃんは去っていった。要領を得たローズは勝手に注文してしまうが、外れはないだろうと思ってみていた。

 シャーロットは、もしかして初めからそのつもりで今日街に出てきたのかなとローズを見て考えていた。だから、タイミングをみてたのかな。

「ロータスと呼んだ方がいいですか?」

 先ほどから黙って様子を伺っていたサニーが、ローズに尋ねた。

「ロータスでも、フリッツでもお好きなように。」

 どっちもローズじゃないのね、と思う。シャーロットはローズがローズと呼ばせない理由がいつか知りたいなと思った。男装だけが原因じゃない気がしていた。

「姫様は、ついうっかりロータスって呼んでるよね、」

 くすくす笑うローズに、シャーロットは顔を赤くする。

「長い間ロータスだったのに、いきなりフリッツなんて、言い慣れないんですもの。」

 隣に座るサニーは、急にシャーロットの手を強く握った。また手を握られてしまった。シャーロットはサニーを見上げる。

「サニー?」

 何か問題なのか、硬い表情をしたサニーは何か言いたいことがあるのか、唇を震わせて微笑んでいる。 そっと手をずらして、サニーの手から逃げる。

「二人は本当に、何もなかったんですよね?」

 何かある訳ないじゃん、とシャーロットは思う。私達、普通に仲のいい友達なんだけどな。

「何もないですよ?」

「いいえ、姫様は大恩人ですよ?」

 水の入ったグラスとおしぼりを持ってきたおばちゃんが、話に参加する。

「姫様がいたから、この子はまっすぐに自分を保てたんですよ?」

 おしぼりを手渡されながらおばちゃんの話に耳を傾ける。シャーロットの知らないロータスの世界の話だった。

「姫様がお使いといってお小遣いを下さったり、街の流行りものに触れる機会を与えて下ったから、この子は自分の世界に引き込まらずに世間とかかわってこれたんです。」

 それはシャーロットにとっても同じだった。お城と自分の屋敷の往復での毎日の中で、ロータスとの時間は楽しい友達との時間であり、自分の時間だった。

「じゃあ、私にとってもロータスは大恩人だわ。」

 シャーロットは微笑んだ。

「ロータスは大切なお友達だもの。」

「ふふ、庶民が友達なんて変な姫様、」

 涙目のローズがはにかんだように笑う。

「早くそんな恰好も、辞めれる日が来るといいんだけれどねえ、」

 去り際におばちゃんが呟いた。

 沈黙が流れ、ローズの顔が無表情になる。サニーは理解できないようだった。眉をひそめて、何かを考えている。

「私は本当は女性です、サニー、」

 無表情のままローズは告げる。「だから、あなたが心配しているような関係ではありません。」

「シャーロットは知っていたんですか?」

「ええ、以前、聞いてます。」

 前世の記憶があるとも聞いていた。

「ではその格好は?」

「身を守るため、ではいけませんか?」

 寂しそうに笑うローズに、サニーは「そうですか」と諦めたのか、頷いた。

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