焦燥
吹っ飛ばされて頭を打っていたらしい。
意識を飛ばすとは不甲斐ない。体はまだ動く。お嬢はどこだと探せば、屋上の真ん中、先程とそれほど変わらない位置に佇んでいた。
彼女の背中しか見えないのは、それだけ自分が吹き飛んでしまったせいだろう。
「あぁ、すばらしい」
天に両手を伸ばして、恍惚とした声で呟く。
「かような忌むべき災いでも、かような醜い姿でも、祀られ拝まれれば神となれるのだな」
背筋に冷たいものが走った。
「お、おじょ……」
痛みのせいではない。ふいに胸に湧いた不安を拭いたくて、俺は華奢な背中に手を伸ばす。
お嬢は俺を振り返らなかった。
「うらやましいなぁ」
「……っ!!」
白馬の王子様を焦がれて夢見る乙女のように、うっとりと羨望をこぼす。
彼女の前には狭い檻から解き放たれた鬼の姿がある。
校舎そのものを覆ってしまいそうなほどの巨体を横たえ、鎖にぐるぐる巻きにされた鬼の神であった。目元には布が巻かれているが、歪んだ口元を見れば怒りに満ちた表情が分かる。
校舎が潰れてしまうのではないかと思ったが、鬼には上半身しかないようだった。だから巨体を支え切れずに片方の爪を大地に食い込ませる他ない。それでも空いた片方の腕で引き裂いてやろうとお嬢に伸ばしている。
ギシギシと鎖が軋む。
その太い鎖もヒビが入り、今にも千切れてしまいそうだ。
「居場所を用意され、誰も彼もから皆に敬われる気分はさぞ心地良かろう?」
『……っ!!!』
「お前さんには窮屈か。よほど外へ出たいと見える」
「なあ、その席、代わってはくれないか?」
怒りを宿した鬼の咆哮が大気を揺らした。
毎日7時に更新しています。
※もし気に入っていただけましたら、ポイント、いいね、ブクマ等をお願いします。




