渇望
俺の家は代々人狼の家系だった。
とはいえ、全員が人狼という訳ではなく、人狼となるかどうかは運次第だったそうだ。人間としての生を全うした者もいれば、数代続けて人狼であったケースもあったらしい。
俺がそうだと分かったのは五歳の頃だ。
「あぁ、ウチの代で獣の血が出てしまった」
祖父が俺を見てそう呟いたのを覚えている。
それから俺は離れに放り込まれ、隠されるようにして育てられた。
人を噛んではいけない。すぐにバレてしまうから。
人に血のことを話してはいけない。排除されてしまうから。
正体を隠しきれ。
それこそがお前の生きる道なのだから。
人として生きられるようになるまで、外に出ることは許されなかった。
結局、児童相談所がやってくるようになって、隠しきれなくなった両親は俺をやむを得ず小学校に通わせるようになった。
人狼の血が目覚めるのは夜。
日中ならばそう暴れることもないだろうという苦渋の選択だった。
幼い頃から檻に入れられ、獣として育てられてきた子どもがどんな状態かなどろくに考えもせずに。
「ずいぶん荒れているじゃあないか」
中学生にして俺は近所の不良やチンピラを軒並み倒してしまい、テッペンに上り詰めてしまった。もはや高校生や大人すら敵わない。
人間が嫌いだった。
力もないくせに偉そうな正義ばかり振りかざす連中の意味が分からなかった。
そういう奴らは、決まって少し首を絞めればたちまち静かになるのだ。ならば最初から黙っていればいい。
自然界において人間は弱者だ。
にも関わらず、我が物顔で世界を牛耳っている気になっているコイツらに生きている価値はあるのか。俺にはどうしても分からなかった。
なんで、こんな弱い奴らを噛んではいけないのか。
持て余した本能のままに暴れ、誰も触れず近寄れなくなった俺は相当酷い格好をしていたと思う。
ボロボロの服に、ボサボサの髪の間から獲物を探して爛々と目ばかりを光らせる俺を、誰が名付けたか皆が『狂狼』と呼んだ。
そんな俺の元に、彼女は現れたのだ。
「いやなに、用事というなら君が今しがた殴り倒した男の方に用があったのだがね。私の母を誑かし、借金を返さぬまま逃げたので私が代わりに取り立てに参上したという訳だ。それにしても珍しいモノに出会ったね。化け犬……いや、人狼か」
彼女に対峙した瞬間、無理だと思った。
勝手に足を引っ掛けて、激昂して絡んできたので殴り飛ばし足元に転がっているクズを囮に逃げようかとすら考えた。
今までどんな人間に出会っても「殺しやすそう」としか思えなかった俺は、初めてこの時「コイツは殺せない」と本能で悟ったのだ。
噛む前に俺が殺される。
コレはダメだ。
「あぁ、そうだ。ちょうど良かった。なあ君、少し手伝ってくれはしないか」
「何を……」
「私はね、『私が存在しても良かった理由』が欲しいんだよ」
ドキリ、と俺の鼓動が鳴った。
自分が存在しても良かったと思えたことなどなかった。そんな理由など見つかるならば俺が欲しかった。
本能を抑えこみ、周りを欺いて、本来の自分をひたすらに隠して、ありままの俺の生きる場所はどこにあるというのか。
「そのためにやりたいことは山ほどあるんだがね、どうにも一人でやるのは手が足りなくて困っている。どうだろう、君が手を貸してくれるならばとても私は嬉しいのだが」
「……っ」
コイツは俺が人狼であると知った上で、俺に助力を求めた。
人狼の俺を、必要とした。
利用しようという魂胆が透けて見えたがどうでも良かった。
その時俺は気付いたのだ。
俺はずっと居場所を求めていたのだ。己すらも欺き続けて得る仮初の居場所ではなく、自分のままで生きても良いと言ってもらえる場所を。
手を差し伸べたのがたとえ悪魔でも、俺は構わなかった。
答えは、決まっていた。
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