巨人は言葉に迷う
己は口下手な男だ。
特に女性の前では何を喋ればいいか分からなくなる。
そのせいで怖がられたり、何を言っている分からないと突き放されたこともある。全ては己の責任だ。
オバケ処理班、ならぬアヤカシ対策委員会に所属を決めたのは、己を理解してくれる人達がそこにいたからという弱い理由である。
黒名先輩は木偶の坊だった己に役割を与えてくれた。
照間はぶっきらぼうだが己の友とは誰かと問われたら己は照間の名を必ず挙げる。向こうはどう思っているかは知らないが、すれ違うとハイタッチで挨拶してくれるぐらいだから悪い関係ではないと思う。
彼らが己の力を必要としてくれるのであれば、己は喜んで手を貸そう。
そう思っていたのだが。
「ム……」
逆さチャイムが鳴ったと思った途端、世界が反転した。
よく晴れていたはずの窓の外から光が入らなくなり、真夜中のように暗くなった校内から人の気配が消えた。
クマのぬいぐるみの目撃情報を得ようと、いつも学内を歩き回ってインタビューをしているトオルくんを探していたのだが、一人で行動していたのが仇となったようだ。己以外誰もいない。
『この画像を送られた不幸なあなたは呪われました。呪いを解く方法は簡単です。一時間以内にあなたの知り合い五人に同じ画像を送ってください。放置した場合、あなたは恐ろしくも×××の晩餐に呼ばれることになるでしょう』
あのチェーンメールの文面が頭を過ぎる。
×××の晩餐とは何のことかは分からないが、この状況と何か関係があるのだろうか。
どちらかというと、これが黒名先輩の言っていた「荒れるかもしれない」という情報とは無関係ではなさそうなのが怖い。
黒名先輩はどこか得体の知れない部分がある。
それを含めて黒名先輩ではあるのだが。
体感にして十五分ほど学内を歩き回ってみたが、残念ながら今のところ誰とも出会うことはなかった。
ひょっとして本当に己だけなのだろうか?
また何か良くないものと波長が合ってしまったのか。
それならばどれほど安心できるだろう。己以外には害がないのならば、他の生徒達は無事だということだ。
キキキ……ッ
キキィ…ッ
また金属の擦れるような甲高い声が聞こえる。
己が手に持った椅子を構えるのと、教室に隠れていたらしい小鬼が二体飛びかかってくるのが同時だった。
椅子の足を両手で握り込み振り上げると、小鬼の顎に直撃した。もう一体にぶつかり、二体同時に床に倒れ込む。
これからは箒を振り回す照間をあまり言えないな、と思いながら己は倒れ込んだ小鬼に椅子を振り下ろした。
ギャッ、と潰れる声が聞こえる。
完全に昏倒した小鬼たちはみるみる黒くなり、影に溶けるように消えていった。
かれこれ何度もこうした襲撃を受けているのだ。
キキキ…
キキキ…
椅子を叩きつけた音が思いの外響いたのか、今度は五体ほどの小鬼たちが廊下の向こうからやってくるのが見えた。
重ねていう、これが己だけならば本当に良かった。
荒事など己と照間だけで十分だ。
己は足の歪んだ椅子を再び持ち上げた。
小鬼たちを迎え討とうと構える。
五体を相手にするのはさすがに分が悪いかもしれないが致し方ない。見逃して奇襲などされる方が面倒だ。
覚悟を決めた、その時。
「あっ、見つけた! 夢堂先輩ー!」
暗い校内も華やぐような明るい声が聞こえたかと思うと、小鬼どもが横薙ぎに蹴散らされた。
「やっと人に会えたぁ〜! 一人だったらどうしようかと……どうしました?」
「……」
無事で良かったというべきなのか。
今のは一体何なのかとまず問いただすべきなのか。
やはり己は口下手だ。
小鬼たちを一閃で屠り、屍を軽やかに飛び越えて心底嬉しそうに駆け寄ってくる結女千鶴に、何と声をかけたものか全く分からないのである。
ほら、夢堂くん前回ほとんど喋ってなかったしさ……。
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