桜はそして、夢に落ちる
電車を降りればすでに日は落ちていた。
私は家路を急ぐ。これでは門限ギリギリになってしまうだろう。
母様に怒られてしまうかもしれないという状況にも関わらず、私の胸中は驚くほど穏やかだった。
帰ったら、父様と母様と話をしよう。
育ててくれた感謝を伝えて、それから。
まだ私のやりたいことは分からないけれど、私も私を生きてみたい。
心も軽やかだった。
ずっとかかっていたモヤが晴れたよう。
その時、道の向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。
日が落ちたとはいえそこまで遅い時間でもない。私のように帰路に着くサラリーマンや塾帰りの学生もいるだろう。いつもなら気にも留めずすれ違うだけの通りすがり。
なのに私の目を引いたのは、街灯の下に照らされた制服が妹のものと同じだったから。
「ふむ、失敗してしまったか……」
コツコツとローファーを鳴らしながらやってきた瑞明生は、私の前で立ち止まった。
「いや、構わないんだよ。どうせあまり期待はしていなかった。少しばかり釘を刺せれば良いと、ただそれだけのつもりだったからね」
「貴女は……」
私よりもずっと小柄な彼女は、闇の中にフワフワの髪を揺らして嗤っていた。
私は彼女を知っている。
でも、どこで会っただろう?
「欲を隠すのが上手い人間は扱いづらいものだ。なぁ?」
「……っ!」
全身が粟だった。
コレは、危険なモノだ。
後退しようとして、私は不意に自分の頭が霞がかってしまう。抗いがたい眠気。
「心配しなくていい。私のかけた暗示は邦彦くんに解かれてしまったようだしね。ちゃんと調整し直して帰してあげよう」
「ぁ……」
倒れかける私を、誰かが支える。
後ろに誰かいるのかと見上げれば、同じ瑞明生と思われる男子生徒だった。
「……ここまでする必要があったのですか、お嬢?」
「言っただろう、ただの保険だ」
少女の足が私の目の前にやってきてかがみ込む。
「菜子くんにとって姉とは自身の劣等感の象徴だ。ぶつければ少しは揺らいでくれるかと期待したのだがな。そして晴海菜子を揺さぶれば、邦彦くんは動かざるを得ない」
少女の手が私の視界を覆う。
体が重くて力が入らない。逃げなければと思うのに指一本動かなかった。
「ま、結局のところ失敗したとしても何も変わりはしないのだけれどね」
視界が暗転する。
遠のく意識の向こうで、少女が実に楽しげに言葉を紡ぐのが聞こえた。
「築城京也はアヤカシに心を奪われ、晴海菜子は非日常への憧憬を捨てられない。友が闇に落ちる時、邦彦くんはどうするのだろうね? フフフ、楽しみじゃないか」
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