菜の花はしたたかに
菜子はストローで氷を混ぜている。
炭酸が泡を増やし、少しずつグラスの中の体積を増やしていく。
やぶにらみの青年がジンジャエールを傾けかけた手を止めていた。金髪ピアスの青年の方は私と菜子を見比べている。
菜子は、驚いていなかった。
「何を言い出すかと思えば」
「聞いて、菜子。父様と母様には私から話したわ。菜子が望むなら、家に戻ってもいいって」
菜子は家に戻るべきだ。
この子はちゃんと自分の足で立てる。立派に一人で歩いている。だからきっと大丈夫、父様も母様も分かってくださる。
菜子は二人目の私ではないのだと。
だが菜子は首を横に振った。
「嫌です。帰る気はありません」
「えっと、え? 待って、菜子ちゃん家出中なの?」
「入学前に勘当されました。今は親戚の家にお世話になっています」
「えぇっ!?」
重い身の上を事もなげに説明するが、その心の傷は計り知れない。
父様と母様はとても優しい人たちだった。
娘たちに必要だと思うものを惜しみなく与えてくれた。いつだって私たちのためを考えてくれていた。
父様と母様はとても厳しい人たちだった。
あの人たちは、私たちに完璧を求めた。妥協を一切許さなかった。それが私たちのためだと信じて疑わなかった。
幼い身にのしかかる大きな期待と失望に、小さな菜子は擦り切れてしまった。
「大体、帰ってもいいなんて話聞いたこともないですよ。毎年二回は顔を合わせているのに」
「だって貴女、お正月もお盆も挨拶しかせずに帰っていくじゃない」
「挨拶だけとは失礼な。ちゃんとお中元とお歳暮を持って行っているじゃないですか。受け取ってくれたことはありませんが」
「菜子ちゃん……」
「持ち帰ったお菓子を食べるのが楽しみなんですよ。家に帰っちゃったらおじさんたちに百貨店のお菓子を買うための資金をねだる口実がなくなってしまうでしょう」
「な、菜子ちゃん」
我が妹ながら、本当にたくましい。
だからこそ、思う。
「貴女のためでもあるのよ、菜子。貴女もう高校二年生でしょう? 進路はどうするの。大学の学費をおじ様たちには頼れないでしょう?」
「大学には行きません。卒業したら働くつもりです」
「菜子!」
この子ならば何かを為せる。
期待に応えることしかできず、敷かれた道を歩くしかできなかった私とは違う。
自分の道を切り開くことができるこの子にこそ、もっと多くの選択肢を残すべきだ。学ぶ機会を減らすべきではない。
「そんな話を聞かせるために京也くんと私の邦彦くんを引き止めたんですか?」
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