桜は誘う
そういえば、ファミレスに入るのは初めてだった。
大学生になってから誘われるのは洒落たカフェばかり、高校生の頃も勉強ばかりで友達とこうした店に入ることはなかった。
ドリンクバーの勝手が分からず戸惑っていると見かねた菜子が「何を飲むのですか?」と聞いてきた。
「えっと……ウバの早摘みはあるかしら?」
「そんな小洒落たものはここにはないので、アールグレイでいいですね」
ティーバッグを入れたカップにサーバーからお湯を注ぐ。ポットですらないことに私は新鮮な思いだった。
「……もしかして菜子ちゃんちってすごいお金持ち?」
「『一流の人間になるためには一流に触れなければならない』と言われていましたね。幼い頃からキャビアだのフォアグラだのは食べさせられました。安物は感性を曇らせるからダメだと」
私たちの親は私たちをあらゆる高級料理店へ連れて行った。
料理だけではない。音楽、絵画、全て一流のものを叩き込まれた。勉強一つとっても高学歴で実績のある家庭教師をあてがって、少しでも質の良い知識をと両親は私たちに与えてくれた。
「うわぁ、本当にお嬢様だったんだ……」
「私から言えるのはただ一つです」
量産と分かるグラスにコーラを注いだ菜子は断言した。
「ジャンクフードは至上」
「良かった、おれの知ってる菜子ちゃんだ」
金髪ピアスの青年は心底ホッとした様子だった。
それぞれの飲み物を持ち寄って四人が着席する。見回せば私たちの他にも制服姿の瑞明生のグループが見受けられた。勉強でもしているかの思えば、みんな話に興じるのに夢中で手元のペンは進んでいない。
「それで、姉さん。わざわざこんな遠方までいらっしゃって何事です?」
視線を戻して、私の向かいに座った菜子に目を向ける。
すっかり良くも悪くも高校生として馴染んだ様子の菜子。昔のような儚さも脆さもなくなり、すっかりたくましく育ってしまった妹を見て、私はもしかしたらという思いを捨てられなかった。
今なら、菜子は。
「ねえ、菜子。家に帰ってくる気はないかしら?」
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