菜の花は折れない
少しだけ背が伸びた。
前髪はやや短くなった。
久しぶりに顔を合わせる妹は、家では見たこともないほど生き生きしていた。
一方で、ずいぶん柄の悪そうな友達と一緒に過ごしていることに心配になる。瑞明高校はそこまで治安の悪い学校ではなかったはずだが、公立高校だとこんなものだろうか。私立女子校しか経験のない私には分からない。
「菜子ちゃんのお姉さん、よく見ると菜子ちゃんそっくりだねぇ! 菜子ちゃんより色っぽいけど」
「まあ」
硬くなった空気をほぐそうとしているのか、金髪ピアスの青年が明るく声を上げる。
第一印象に反して人懐っこく、気配りができる子だ。見た目で判断してはいけないなと私は内心で猛省する。
「姉さんは大学生ですからね」
「え、どこ大?」
都内で指折りの難関校の名前を聞いた金髪ピアスの青年は「すごっ」と目を丸くした。
菜子は興味がなさそうに肩をすくめる。
「ここからは遠いので油断していました」
「えぇと……?」
「京也、外すぞ。姉妹で話したいこともあるだろ」
やぶにらみの青年が金髪ピアスの青年の腕を引く。
やぶにらみの青年の方は私たちの家庭の事情を軽く聞いているのか、私を見る目に複雑な感情が混じる。菜子が話したのだろうか。どんな説明をしたのかは想像につく。
先に帰宅しようとする彼らを、私はあわてて引き止めた。
「いいえ、いいのよ。むしろ、貴方達ともお話がしたいのよ」
「「え」」
「私も構いません」
菜子からも言われれば、彼らは退席する理由を失う。
気まずげに顔を見合わせる彼らには申し訳ないけれど付き合ってもらうしかない。
「時間は取らせないわ。そうね……静かなところがいいから、近くの河川敷なんてどうかしら?」
「「「絶対嫌だ(です)」」」
三人に口を揃えて即答されてしまった。
「絶対に静かに過ごせないからダメです」
「そこはやめた方がいいかなぁ」
「死にに行くようなもんだぞ」
「???」
なぜ満場一致で却下されたのか分からぬまま私が首を傾げていると、菜子がため息をついた。
「坂の下のファミレスでいいでしょう。二人に付き合わせるんです、ドリンクバーの代金ぐらいは出してくれますよね?」
「もちろんよ」
高校生相手に割り勘を申し出るなどあり得ない。
私が頷くと、菜子が二人に良いですか? と振り返って許可を求める。
「そりゃあいいけどよ……お前の方が」
「大丈夫ですよ」
菜子は微笑んだ。
家では幼い頃でさえ、一度も笑わなかった菜子が。
私が見たのも、最後に別れる時に見せた吹けば飛ぶような弱々しい笑顔をただ一度きり。
「今更私は揺るぎませんから」
私は息を飲んだ。
菜子のこんなに好戦的な笑みは、初めて見た。
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