中庭にて
『あらぁ! 誰かと思えば邦彦ちゃんじゃないの、アンタ元気にしてたぁ? そうそう、この間アンタの家の近くで石像が走ってるの見たわよ。そう、ちょっと外出たところで立ってるあの子! 厳ついバイクの兄ちゃんと国道で競走してものすごかったんだから! 途中でパトカーが追いかけてきてねぇ、途中カーチェイスになっちゃってもうハラハラドキドキで空から手に汗を握りながら応援しちゃったわ! その後もすごかったのがねぇ!』
挨拶する間もなくおばちゃんマシンガントークが炸裂する。
中庭の花壇の一つ、『ドウダンツツジ』の看板の上にちょんと腰掛けたカラスは相槌すら打たせぬまま話し続けていた。
目を引くのはそのカラスは他のカラスと比べてややふくよかで、そしてなんと足が三本あることだ。
「八咫烏のナギさんだ。周辺のカラスを牛耳ってる」
「ずいぶんお元気な御方で……」
邦彦くんが千鶴さんに紹介するのを横目に、「こんにちは、ナギさん」と話の合間を狙って夢堂くんがなんとか挨拶を挟む。
『んまあ、静ちゃん! いつも悪いねぇ、こないだ腰をやっちゃってからゴミ置き場でご飯を探すのも一苦労で困ってんのよ』
「うちの生徒はみんなナギさんにお世話になっていますから」と夢堂くんが魚肉ソーセージを差し出す。
嘴で受け取ったナギさんは足の一本で器用にソーセージを掴み直し、『嬉しいわぁ』と啄み始めた。
『そういえば、こないだ学校の周りが物々しい雰囲気だったけど大丈夫だった? うちの連中ったら、なんか嫌な気配だって怖がって近寄らなくってねぇ。アタシも隣町の群れ同士のいざこざで仲裁に行ってたから様子を見にこれなくって、心配してたのよ〜』
「幸い何事もなく」と夢堂くんが答える間もなく『ま、どうせテンちゃんせいでしょ』とナギさんは嘆息ついていた。
「テンちゃん……?」
『あらぁ? ずいぶん可愛らしい子を連れてるじゃない。どっちの彼女?』
「ち、違いますよ!?」
「新入生だよ。コイツ、色々トラブル引き寄せそうだし、顔合わせしといた方がいいと思って」
『ふうん?』
真っ黒な瞳がキラリと光ってじっくりと千鶴さんを観察する。
『あぁ、なるほどねぇ。両方に目をつけられたんだ。若いのに苦労するわねぇ』
「へっ?」
『いいのいいの! 気付いてないなら知らない方がいいのよ、こういうのは。アタシはよくこの辺を飛び回っているから、困った時には呼んでちょうだいな』
「ナギさんは情報通だからな。俺らもよく世話になる」
邦彦くんの言葉に、夢堂くんも深く頷いた。
カラス独自の連絡手段で誰よりも耳が早いナギさんはまさに情報屋だ。一度話し出すと長話になりやすいので要注意だが。
初対面の挨拶を交わした千鶴さんは、神妙な顔をしてナギさんに「あの」と切り出した。
「すいません。さっきの話の続きが気になって仕方がないです」
『テンちゃんの話?』
「国道を爆走していたっていう石像の方ですね」
ナギさんによると、最終的に金次郎像はパトカーを足止めしてバイクを逃し、それ以降バイクの青年とは出会うと互いに挨拶する仲になっているそうだ。
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