●●は気長に待ち構える
小動物のようにフィナンシェをかじっていた千鶴くんが、「そういえば」と思い出したように声を上げた。
「先日、体育館の用具室で黒いモヤモヤの塊を拾ったんですけど」
ん?
「拾った?」
「あ、拾ったって自分から拾ったわけじゃないですよ!? 気付かない内に憑いちゃったみたいで、ここ数日わたしの背中にのっちゃってるんですよー」
最近寝癖がひどくて困ってるんですよー、とでも言うように話す彼女もずいぶん瑞明高校に染まってきたな。馴染む早さはさすが千鶴くんだ。
忠士が眼鏡を掛け直して千鶴くんの背後に目を凝らす。
「そうなのか? 俺には見えんが、よく自分で憑いていると分かったな」
「鏡越しだとバッチリ見えますよ。顔を洗うたびに目が合うんです」
「目が、あるのか?」
黒いモヤモヤに? と疑問符を飛ばしながら忠士が首を傾げる。
「その割には怖がっていないな?」
「最初はびっくりしたんですが、鏡見るたびにに毎回なので慣れちゃって」
あはは、と千鶴くんは呑気に笑う。
私も目を凝らしてみると、なるほど確かに彼女の背中に何か湧き立つような黒い影を視認できた。
しかし気配が希薄で「見よう」としないと見えないレベル。千鶴くんに危害を加える力もないだろう。
「だが、肩は重いだろう。祓おうか?」
申し出てみたが、千鶴くんは笑って首を振った。
「ちょっとずつ姿がハッキリ見えてくると、なんだが可愛くて」
特に祓わなくてもいいらしい。
千鶴くんに障りがないのであれば問題あるまい。
「あっ。そろそろ塾の時間なので帰りますね! お疲れ様です!」
礼儀正しくお辞儀をして委員会室を出ていく千鶴くん。
その後ろを追って、スルリと黒い影が尻尾を引いて消えていく。
「良いのですか、お嬢?」
「千鶴くんが望んでいない。それに災いを招く類ではなさそうだ。放っておいても大丈夫だろう」
それにしても、全く惜しい人材だ。
千鶴くんが私のクラスを訪ねてきた時にはついに決心してくれたかと胸を躍らせたものだが、代わりに告げられた活動見学をしたいという申し出には少し落胆した。
だが興味があるのは良いことだ、まだ希望があるということだから。あまりガッついても逃げられるだけだ。ゆっくり、そう、餌をつけた釣り糸を垂らすように待ち構えようではないか。
そういう事情で、こうして彼女をあの手この手でもてなしているという訳だ。
「次は実際に学校の見回りを手伝ってもらうよう手配しようか。もう少し超常現象に慣れてからと思っていたが、あの分ならば大丈夫そうだ。静くんあたりに協力を頼んでみるとしよう」
「了解です。メールを入れておきます」
「頼むよ」
静くんは千鶴くんとも相性が良いはずだ。上手くやってくれることだろう。
新しい餌を撒いて、私は今日も釣りを楽しんでいる。
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