●●は勧誘する
アヤカシ対策委員会は、私が一年の頃に仲間を集めて結成したものだ。
頭でっかちなPTAどもを説き伏せるのは骨が折れたが、苦労の甲斐あって予算と委員会室を確保することに成功した。
「オバケ処理班などと呼ばれているが、実はそう呼ばれるようなったのは最近になってからだ。邦彦くんが箒を持って走り回っては実力行使で解決していくせいで、我々の活動目的が討伐だと勘違いされるようになった。だが本来の活動目的は違う」
瑞明高校は「出る」場所だ。
だが、そのせいで生徒達が勉学に励むことができず、学生生活に支障をきたすのであれば由々しき事態である。
「超常現象に困っている者、アヤカシに目を付けられてしまった者。我々はそうした悩める生徒達に手を差し伸べることを活動理念としている。要は相談窓口だね。一人で解決できないのならばみなで協力して解決を試みようと、まあそういう取り組みだよ。相手が相手だけに、委員になるにはみな『見える』ことが条件だがね」
邦彦くんのように撃退できなくても良い。我々に求められているのは、寄り添えること。
必死で隣の非日常に見ないふりをし、恐怖しながら送る生活のなんと味気ないことか。
困った時に頼れる場所が必要だ。
「何かあった時はここに助けを求めれば良い」と思えることこそ、安心を生むのだ。
私の話をじっと聞いていた千鶴は、口を開く。
「めちゃくちゃ良い人じゃないですか……っ!」
オレンジジュースの入ったグラスを握りしめて、感激していた。
「正直、菜子さんの知り合いなので変な人だったらどうしようって心配していたんですが……」
「あれ、今私ディスられました?」
アイスゾーンを終えて、下のブラウニーの詰め込まれた層に突入していた菜子くんが細身のスプーンを手に聞き返す。
あ、と千鶴くんが声を上げた。
「でも、わたしあんまり見えないですよ?」
先日、学校中の浮遊霊を一身に背負っていた少女がそうのたまった。
「委員の者でも全て『見える』と言えるのは一握りだよ。必要なのは、非日常を日常の中に飼い慣らしているということ。アヤカシに悩まされる者たちの声を否定なく聞くことができる、そういった者をこそ私は歓迎する。そして、君には適任だと私は思う」
「わたしに……」
「そうともさ。君は先日、実際に異形に直面した。君には恐怖が分かる。非日常を信じることができる。そして何より、これが一番大事だが、君は聞き上手だ」
私の指摘に千鶴くんは目を見開く。
実は少々、忠士に千鶴くんについて調べてもらったのだ。
小中学と取り立てて目立つタイプではなかった。良くも悪くもクラスに馴染み、孤立もしていない。恐ろしく印象の薄い少女であった。
結女千鶴は、協調能力が非常に高い。
私はそう結論付けた。
誰とでもそつなく付き合うことができるというのはなかなか難しい。だが彼女にはそれができる。
証拠に、学年が違うにも関わらず千鶴くんは二年生たちとも上手くやっている。菜子くんもそうだが、邦彦くんとその周囲はなかなかに個性が強い。彼らと足並み揃えて一緒にいられる人材は貴重だ。
「どうだろう? 自分の能力と経験を、委員会で活かしてはみないか?」
「あ……えっと」
「なんなら、君の体質についても何か助けになれるかもしれん。うちの面子にはそういったものに得意な者もいる。君の力になれるだろう」
「わたし……」
「お話の途中すいません。少しお腹が冷えてきてしまいました。千鶴さん、お手数ですがコーヒーを淹れて来てはいただけませんか?」
強引に割り込んで菜子くんが通路側の千鶴くんに頼んだ。
「え。あ、はい!」
パシらせる先輩に少しぐらい嫌な顔をしても良いのに、こちらも当たり前の様子でドリンクバーへと小走りで向かう。
「フェアではないですよ。黒名先輩」
静かに菜子くんが指摘してくる。
「おや。何のことだろうな?」
「たまたま見つけたから声をかけたというのは嘘ですね」
「本当だとも。まあ、機会を窺っていたのは確かだがね」
誓って嘘ではない。
もともと声をかけようと思っていた。それがたまたまこの場だっただけだ。
「なるほど。邦彦くんが嫌がる訳です」
コーヒーを後生大事に運んできた千鶴くんは、神妙な顔をして私に向き直る。
「あの! さっきの話、少し……考えさせてください」
「もちろんだ。ゆっくり考えてくれたまえ。前向きであれば私はとても嬉しい」
性根は優しいのだろう。
協調性が高いということは、他者との争いを好まないということだ。
人の良さゆえに、畳み掛ければ首を縦に振ってくれるだろうと思っていたのだが。
菜子くんの横槍のせいで、冷静さを取り戻してしまったか。残念だ。
まあいい。
上手く接触できた、今回はそれだけで十分だ。
「……」
「菜子さん?」
じっと固まっている菜子くんに気が付いた千鶴くんが声をかける。
「どうしましょう。お腹いっぱいになってきました」
「でしょうね!」
さすがの千鶴くんも突っ込んだ。
彼女の前にはまだ半分も減っていないタワーパフェ。
「お金は私が持ちますから、お二人とも手伝ってはいただけませんか」
卓上の棚からスプーンを追加で取り出して我々に差し出した菜子くんは、彼女にしては必死に懇願した。
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