そして●●は目をつける
もう使われていない校内の倉庫の一つをあてがわれた委員会事務室。
どこかから持ち込まれた教員用デスクを挟み、後輩くんの前で私、黒名蘭子は手すり付きの椅子に深く腰掛けていた。
A4一枚にまとめられた報告書を読み終えた私は、それを提出した彼を見やる。
「仔細は分かった。ご苦労だったね、邦彦くん」
やぶにらみの目でこちらを見下ろす後輩君は「うす」と低く言った。
彼の報告してくれたのは、数日前に学内を騒がせた鏡餅ならぬ浮遊霊の塊についてと、その発生から消滅までの顛末だった。
おかげで授業を一コマ受け損ねたと彼は愚痴っていたが、生徒の救助には代えられない。
「それにしても、うちの神様には困ったものだ。新入生を餌に自らのオヤツを調達しようとはね」
最近妙に浮遊霊が我が校に集まっていたのも神様が呼び寄せたのだろう。
集めて、丸めて、ペロリと平らげたのだ。
「気付いたのは京也のヤツですよ。白いモヤモヤがよく視界に入るけど、アレは何だって」
「ほう?」
邦彦くんとよく行動を共にしている愉快な出立ちの彼のことは私もよく知っている。
零感であるという理由から委員会ーー通称・オバケ処理班に所属してはいないが、私は京也くんのことを高く評価している。普段見えていない割には肝が据わっている上、案外対処も的確だ。
今回に関しても、零感であるが故に浮遊霊の増加という我々「見える」者達なら気にも留めない些細な変化にいち早く気付いたのだろう。
「本人は若くして白内障になったのかって心配して眼科に駆け込んでましたけど」
「はっはっは! 一般人ならばまずそちらの心配をするか」
「あいつで見える浮遊霊が大量発生ってのが異常事態でしょう。まずあり得ない」
本来、浮遊霊など埃と同じで存在しても目に見えないものだ。私だって目を凝らさなければ見えない。
普段から様々な奇々怪々を目にしている私にしてみれば、浮遊霊の増加など「ちょっと今日は埃っぽいか?」というレベルの変化でしかない。
だが今回は違う。一般人が「あれ?」と思うような埃玉があちこちで浮かんでいたのだから。
「しかし、なるほどね。今後のために我が委員会にも零感を一定数入れるべきかな? どう思う?」
私は斜め後ろに控えている男、伊東忠士にきいてみた。
眼鏡を押し上げた彼は分かりやすく難色を示した。
「生徒の大半は超常現象に耐性がないんですよ、お嬢。素人を不必要に招き入れるなど、面倒を増やすだけでしょう」
「しかしながら、我々は三年だ。後輩の育成についても考えねばならんよ」
オバケ処理班、正式名称・アヤカシ対策委員会は通常の委員会と異なり兼任可の完全有志制。時には我々所属する委員が適性ありと判断した生徒を勧誘することで数を増やし成り立っている。
逆に言えば学年によって数にバラつきができてしまうのが課題だ。
特に一年生の委員は今も不在。最悪委員会が存続するかどうかも怪しい。
「だからといって、有象無象を招き入れるのは感心しませんね。ただでさえ数日おきに問題を引き起こす後輩がいるんだ。特にそいつは先日も箒を三本叩き折っている」
後半は邦彦くんに向けたものだ。
箒を折った理由を聞くと、テケテケと第二ラウンドしてきたという。
鎌二刀流に箒で対抗した邦彦くんに私はむしろ感心したが、忠士はそうではないらしい。
「そっちもちゃんと反省文書いて出しただろ」
「『次は必ず仕留める』と書いてあるものを反省文とは呼ばん! それを持って先生方に頭を下げるのはお嬢だぞ!」
「いや、爆笑してたぞ?」
あぁ、あれには腹を抱えて笑わせてもらった。
事情を知っている校長も苦笑いして受け取ってくれたよ。備品を新たに購入してくれると確約していただいた。
「第一、貴様はもう少し上級生を敬え! 定例会を抜けるにもお嬢にお伺いを立てるべきだろう!」
「忠士」
私が呼びかけると、忠士がびくっと止まる。
「そうカッカするでない。今回は緊急事態であろう。分かっているよ、お前は私のために怒ってくれたのだものな?」
下から手を伸ばして頬を撫でると、生真面目そうな顔があっという間に朱に染まる。
泳ぐ視線につい意地悪をしたくなってしまう。
「フフ、可愛いヤツめ。思いやりのある同級生に恵まれて私は幸せ者だよ」
彼のネクタイを指で弄びながら耳元で囁いてやると、忠士はすっかり大人しくなった。
活動に熱心なのは喜ばしいのだが、忠士は以前から邦彦くんに突っかかる。邦彦くんも売られた喧嘩は買うタイプなので、じゃれ合いは日常茶飯事だ。
「まあ良い。後輩の育成については改めて考えることとしよう」
「俺もう行っていいスか?」
何故か邦彦くんがゲンナリした様子だった。「俺は一体何を見せられているんだ」とでも言わんばかりである。
実際、私はそこまで委員会の将来を心配はしていない。邦彦くんは見た目こそ怖がられがちだがなかなか面倒見が良い。
ただただ後進育成を彼に任せきりというのが先輩としては心苦しいというだけだ。
「あぁ。……と言いたいところだが、一つだけいいかね」
忠士のネクタイを解放した私は、邦彦くんに向き直り問いかけた。
「今回浮遊霊の標的となっていた新入生。君の目から見て適性はありそうかい?」
邦彦くんは三白眼を細めた。警戒を引き上げる時の癖だ。
「……耐性がなさすぎてダメっすね。あれは一般人ですよ。それこそ足を引っ張る」
「ふむ。少し話がしてみたいので、紹介してはくれないか」
「あいつのクラスを知らねぇ。失礼します」
けんもほろろに断られてしまった。
邦彦くんはぴしゃりと扉を閉めて退室する。
「おい照間……!」
「良い」
激昂して噛みつきに追いかけそうな忠士にステイをかける。
「なるほどねぇ」
私は手元の報告書に目を落とす。
そこには確かに事件の全容について余すことなく記されていた。
だがただ一つ、関係者である新入生の情報だけが抜けている。
まるで私に触れてほしくないみたいに。
……面倒見が良いとはいえ、あの邦彦くんがずいぶん新入生に目をかけるじゃないか。
「俄然、興味が湧いた。少しこの新入生について調べてみようか」
面白いものの気配に、私は知らず口端を引き上げていた。
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