餅玉6
我に返った。
「あ、あのっ!京也さん!?」
「どうしたの?千鶴ちゃん」
「わ、わたしっ!あの鏡餅に仲間だと思われてるんですか!?」
京也さんは、あははと苦笑した。
眼の前が真っ暗になりそうになる。
なんということだ。妙に鏡餅に絡まれると思ったけれど、まさか仲間認定されていたとは!
「ああいうのはね、怨霊とかとは違うんだよ。落ち込んでいる時の重い気持ちとか、怒りや妬みみたいな負の感情が団子になっているんだ。普通の人はあそこまで大きくないから、取り憑かれても気が付かないんだけどねー」
わたしの場合、集め方が顕著すぎてすぐに発見されてきた。不幸中の幸いというべきか。
「あいつは、自己肯定感が低い人に寄ってくるんだよ」
「自己、肯定……?」
「『自分は大したことない』とか、『友達のあいつはすごいのに、自分は全然ダメだ』とかさ。そういうことを考えているとどんどん気が重たくなってくる。そういう時は、あいつらが肩に乗っていることが多いんだってさ」
見透かされたような言葉に息を飲む。
わたしの取り柄は「取り立てて目立つところがない」ことだった。
たくさんいるクラスメイトの一人。
女の子グループの一番端っこ。
どこにでもいる平凡な女子高生。
「自分より要領がいい人は上手く生きてて、正しいだけじゃ孤立する。誰かと悪口を共有できないと仲間外れだ。愛想笑いして、本音は誤魔化して、嘘ついて足並み揃えてる自分が嫌になってくる。……そういう生活してるとさ、自分が取るに足らない存在に思えてきちゃうんだよね」
同じグループの子に忘れられて帰られたことがある。
彼女たちがわたしの知らないところで遊びの約束をしているのを聞いたことがある。
ごめん、私たちだけの話だからって輪に入れてくれなかったことも。
仕方がない。
だってわたしは端っこだから。
今一緒にいるグループだって、きっとクラスが変われば弾かれる。そうしてまた別のグループの端っこを探す。
今までだってずっとそうしてきた。
親友と呼べる子もいたけれど、小学校の頃に遠くへ引っ越してしまった。
今のわたしに心の底から「友達」と呼べる人はいない。
それでも一人になりたくないから、必死で誰かの後についていって、その子の話すことに馬鹿みたいに頷いて同意する。それは違うって心の底で思っていても。
「自分に自信が持てないと、人の愚痴とか聞いてもまるで自分のことのように聞こえてきてさ。マイナスな言葉聞くたびにどんどん気が重くなって、背中も丸まって頭も下がって、そうしてある時ふと思うんだ」
「『あ、もう死のうかな』って」
一日の終わりに「疲れたな」と部屋で呟くように、すとんと言葉が落ちる。
わたしは何も言えない。
とても他人事に聞こえなかった。
「『死にたい』なんて積極的なものじゃなくてさ。どうせ今自分がいなくなっても誰も困らないし、それなら今のうちに死んどくかって。自分よりすごい奴いっぱいいるから一人いなくなっても大丈夫だって。本当に、自然に思うんだよ」
「き、京也さん……」
まるで体験したことがあるみたいに言う。
もしかして、今京也さん自身のことを話しているんじゃないかって。
気が付いたように京也さんはわたしを見て微笑んだ。
「大丈夫だよ。千鶴ちゃんは強いからさ」
「なんで……」
そんなことはない。
わたしは臆病だ。
一人になるのが怖い。一人でいるときの周りの目が気になって仕方がない。「あの子ぼっちなんだ」ってクスクス笑いに耐えられない。
わたしは……。
「うわっ!こっちも!」
階段を半ばまで登ったわたしたちは、上から覗き込んでくる真っ白な塊に足を止める。
「あれ?」
「さっきより小さく……なってます?」
京也さんが首を傾げ、わたしも違和感を口にする。
さっきわたしの身長よりも大きかった鏡餅は、見上げているから正確な大きさは分からないけれどわたしよりも小さく見えた。
まさか……。
ズルリ……と階段の下から音がする。
「ぶ、分裂!?」
鏡餅は二つに分かれて、半身を上から先回りさせたらしい。
完全に挟み撃ちされた。
「ど、どうしましょう!?」
「これはちょっと、ヤバいかも……?」
顔を引き攣らせる京也さんに、いよいよピンチに陥ったことをわたしは知る。
この階段を登ったら四階、屋上まではもうすぐなのに!
『うふふ、つかまえた』
『あそぼ』
『いっしょにいこう』
『あははは』
「そいつは困るな。大事な後輩なんだよ」
上の方にいた鏡餅が縦に真っ二つに割れる。
耳を塞ぎたくなるような甲高い悲鳴。
箒で一刀両断にしたその人は、盛大に舌打ちしながら「おう、京也」と低い声で言った。
「よく呼んだ」
下の鏡餅を見下ろし箒を構えた邦彦さんは、ぶっきらぼうにそう言った。
【裏話】
京也は雨少年時代に鏡餅に取り憑かれていたことがあります。
当時邦彦との仲が険悪だったことから、最後まで彼を呼びませんでした。もし邦彦と良好な関係を築けていたら、雨少年は鉄塔を登ることはなかったでしょう。
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