雨少年のこの頃
ああ、京也くんといえば。
昔話とは違いますが、一つご報告しておかなければならないことがあります。
ええ。何を隠そう、メリーさんの件なのですが。
◇
「菜子ちゃ~ん」
「どうしました。京也くん」
「最近、メリーちゃんがおれにかまってくれない!」
以前、京也くんはメリーさん魅力アップの成果について、うちのクラスの男子全員にアンケートを取ったそうですね。
あの萌え声の持ち主をみんなが知りたがっていまして。私の所にも身辺調査がきましたよ。お教えしたくても私自身は彼女にまだお会いしていないのですが。
ただこの実験の結果、受け手のあまりの食いつきに、どうやらメリーさんは電話恐怖症の気が出てしまったそうで。今や京也くんくらいにしか電話をかけなくなったらしいですよ。
いじけている彼女に京也くんが必至でなだめているところを私も目撃しました。
が、京也くんにも電話をかけてこないとはただごとではない。
「最後にお電話したのは?」
「うぅ、三日前」
三日。
電話でしか喋れないらしいメリーさんが、三日電話をかけてこない。
「三十円値引きのシュークリームじゃ口に合わなかったのかな……」
「いえ。そんなはずは」
京也くんから聞く分では、メリーさんはずいぶん京也くんになついていたようです。
そう。その仲の良さは幼馴染である邦彦くんですら辟易するほど……。
「姿も見えないわけですか」
「あ、いや。白いもやもやはまだうちにいるんだけど」
メリーさんが消滅したわけではないようです。
というか、声だけとはいえ幼女を家に上げているとはなかなか京也くんも抜け目ない男です。
しかし……ふむ。
「仲が良かったはずなのに、三日間電話をかけてこない。しかし離れる訳でもなく、ずっと背後にいる……」
「えぇっ。なんで背後にいるの知ってんの!? そうなんだよ、あの子家に帰ったらおれの後ろからぴったり離れなくってさぁ!」
それはメリーさんの特性だと思います。
メリーさんは通常少しずつ近づいて来ては電話し、最終的に「今あなたの後ろにいるの……」とお知らせする怪談ですから。ちなみに対処法は、壁にぴったり背中をくっつける。
ただ、この場合京也くんはメリーさんを消滅させたい訳ではないので。
私はずばり言いました。
「思うに、メリーさんは京也くんにどうやって話しかけて良いか分からないのでは?」
「なんで!? 今までずっと話してたじゃん!」
「確かに今まで通りの関係を望むならば、今まで通りに接すれば良い話です。しかし、そうでないとすれば」
そう。たとえば。
「少し私からも実験してみましょう」
そう言って、私は体育祭前なので教室に保管されている拡声器を取り上げ、電源を入れました。
『えー。お知らせです、お知らせです』
ハウリングと共に、私の声が窓から校門に向かって飛んでいく。
『私、晴海菜子はこれからA組の築城京也君に告っちゃおうと思います。いーんですかー。告っちゃいますよー』
「ちょ、菜子ちゃん!?」
ひとまず京也くんの文句はスルーして、相手を焚き付けることに専念します。
『ほらほら、影に隠れてもじもじしているそこのあなた。私ごときに愛を取られてもいいんですかー。なんなら今ここで京也くんのファーストを私が頂戴していーんですかー』
やだ、大胆! とか、邦彦くんをどうするの!? とか、そんなことをわめいていた京也くんのポケットでスマートホンが鳴り始めました。
「えっ!? あ! はい、もしもし!?」
『あぁっ、わ、わ、私っメリーさん!!』
かすかに聞こえる、息を切らしたメリーさんの声。おぉ、やはり京也くんを追いかけてきていましたか。
教室まで来なかったのはうちの男子諸君を恐れてか、それとも京也くんへの遠慮か。
私は京也くんのスマホを奪い取り、耳を当てました。
「初めまして、メリーさん。晴海菜子と申します。ちなみに私は邦彦くんにぞっこんなのであなたの京也くんを奪うつもりはありません。ご安心ください」
『えっ!? あ、うぅ……だ、だました、の…っ!?』
確かにこんな切なそうな声が耳元で聞こえたら、健全な男子ならノックアウトしますね。
「えぇ。そうです。あなたがいつまでもうじうじ悩んでいるようだったので、老婆心ながら後押しさせていただきました。京也くんに何か言いたいことがあるのでは?」
『う……で、でもぉ……』
「嫌われたくない? 着信拒否されたくない? しかしあなたは、これでもかというくらい充分京也くんに憑きまとっているではないですか。それで彼が少しでも嫌な顔をしましたか?」
『……!』
「これ以上無用に京也くんの周りをうろつくなら、お祓いを呼びますよ」
「菜子ちゃん! それ言い過ぎだって! 別に喧嘩した訳じゃないんだからさ!」
「京也くんは黙っていてください。これは女同士の話です。……メリーさん。あなたがどういうつもりなのかは知りません。が、機が熟すのを待っている、なんて甘ったれたことをぬかすつもりならいずれ誰かに先を越されますよ。しょせんあなたは、京也くんにとっては白いもやもやです」
『…………』
「諦めるならけっこう。しかし、そうでないなら、あなたは今どうすべきか分かるでしょう。いつかではない。今でなければ、きっとあなたは後悔する」
そこで、私は一息つきました。
「もう覚悟を決めなさい。あなたはもう自分の気持ちに気付いているはずですよ」
後はあなた次第です、と。
それだけ言って、私は京也くんにスマホを返しました。
「もしもし、メリーちゃん!?」
『……私…』
「ごめんね! おれ、あんまり君がふさぎ込んでるみたいだったから、いろんな人に相談してて!」
その時、私は京也くんのスマホをさりげなくスピーカーモードに切り替えていました。
ですから、この時の会話は全て教室中に響いていました。
えぇ。私の拡声器での演説により注目したクラスメイトの目は、そこに集中していたのです。
「お前……性格わっる」
「さて、何のことでしょうか」
邦彦くんの一瞥を、私はひょいと肩をすくめてやりすごしました。
「いや、いいですね。青春というものは」
その時、メリーさんは意を決したのでしょう。
『私、メリーさん!』
大きく、はっきりと、彼女は京也くんに伝えたのです。
『私、あなたの、京也くんのっ、隣にいたいの……っ!これからもっ……ずっと、ずっと!!』
完結済みから連載中へ変更しました。
今後とも駄文職人をよろしくお願いします。
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